王城の花々
【拝復 緑も青さを増し我々も鮮やかさを深めるこの頃。心躍るお手紙に同じ気持ちだと分不相応にも嬉しく感じております。この度の件につきましては父と相談し、2週間の猶予を下さればとお願いしたく存じます。】
「…ふふ、堅いわねえ。」
何度読み返しても、悔しいけれど美しい文字。丁寧で簡潔で、読みやすい言葉。私が送った手紙と同じような材質を使用する徹底ぶりに、手紙を検めた従者が彼女の年齢を噂するほどだ。
リリルフィアからの返信は私の悪戯に少しの反応も無かった。そして王城への招待に応じているのは良いのだけれど、そのための準備期間として書かれていた些か短く感じる期間。
それを好ましく捉えるかどうかは周りの意見が分かれていた。
『姫様を軽んじているのでは?』
『あら、なるべく早いほうが良いではありませんか。』
『私は一月以上欲しいですわ。』
口々に私の周りで囀ってくれる。
私としては早く会えるから嬉しいけれど、その速さを良く思わない者たちも居るようで、今も返事は私を置き去りにして従者たちが最適なものを考えているところだ。
「レイリアーネ様、そろそろお時間です。」
「ええ。」
掛けられた声に手紙を仕舞い、別室へ行くために立ち上がる。扉を開いて待つミカルドの傍へ寄れば、この男は私が座っていた場所を見て一つため息を吐いた。
今度は何だ。最近は特に何もしていない筈で、リリルフィアに初めて会った日から私は周りを驚かせるほど、別人のように大人しくなった。
ミカルドとはなるべく素直に話すようになり、そうすれば彼は私の願いを叶えてくれようとするようになっていた。
大好きな本を、読む時間も作ってくれている。
「貴女様を差し置いて、外野が騒がしいですね。殿下から一言言ってしまえばいいのでは?」
「“私はあの方の全てを肯定します”って?」
私の言葉があまりにも心酔したものだったからか、ミカルドは王女である私に対して残念な者を見るような、面白い顔をする。
この男は本当に、私の態度をアレコレ指摘する癖に自分自身の態度を改めない。私が態度を改めるようになったら、更に物を言ってくるようになったのは気のせいじゃないはずだわ。
「…本当にそれを言葉にしてしまえば、きっとお友達を無くしますよ。」
「ハルバーティア伯爵令嬢なら、きっと本当に離れてしまうわ!怖いこと言わないで!」
権力への関心が全く無いんだから。だからこそ貴重な私のお友達にあの日やっとなれたというのに、会って3回でサヨナラなんて嫌よ!
想像したくない交友関係即終了という可能性に、廊下を歩きながら先導するミカルドの背を叩く。絶対に本人には言わないけれど優秀な騎士であるこの男は私が背から何かしても小揺るぎもしない。そう思っていたけれど、ピタリと彼は動きを止めた。
その直後、賑やかな声が廊下に響く。
それを聞いてしまい、うんざりしてしまうのは何度めか。
「やはり王女殿下は麗しく聡明であらせられる!!」
「いやはや将来も安泰ですなあ!!」
「是非とも、貴女様の未来の伴侶は我々にお任せを!!」
花に群がる虫。薔薇を害する芋虫。権力に群がる大人。
最近王城の風紀が乱れている。そう感じているのは私だけではないだろう。国王陛下とそれに親しい者たちを差し置いて、遠い血の者共がやたらと騒いでいるのだ。お陰で下手に話せない。
彼等が見える前にミカルドは進路を変え、回ることになるが別の廊下を進む。
リリルフィアと会える嬉しさが、塗り潰される心地だった。
「…お姉様は大丈夫なの?」
「優秀であらせられます。それに、呼べば“茨”が出るでしょう。」
分かってはいるけれど、他者に聞かなければ不安が拭えない。害虫に群がられ美しい花が枯れる様など、見惚れるほど美しく、私自身も愛してやまない薔薇が弱ることなど、受け入れられよう筈もない。
何か出来ればと思っても、大人たちに止められる。
それは花を枯らす魔の手が、こちらにも寄ってきてしまうから。
「…誰もが、ハルバーティア伯爵家やガーライル伯爵家のような貴族ならば良いのに。」
溢れた言葉にミカルドは何も言わなかった。
けれど、肯定も否定もしない代わりに彼は独り言のように呟く。
「嵐に耐えうる茎、乾きを凌ぐ根があるからこそ、花々は強く咲き誇る。美しく咲いたとしても、刺激の無い環境で育ったものは朽ちるのも早い。」
ミカルドはその言葉の最後に「と、以前仰っておられるのを聞きました。」と付け足した。誰と言わないがこの男が“仰って”と言葉に気を使う相手は限られる。
当て嵌まる人物が誰であれ、悔しいが頷くしかない説得力がある。同じ意見ばかりでは国の発展は見込めない。危機感がなければ衰退すらしてしまうだろう。
「ま、レイリアーネ様は咲き誇るための土壌から頑張らねばなりませんよ。今日こそ、課題を熟して頂かなくては。」
「…ひ、一言多いわよ!!」
軽口を叩く騎士の背に、次は拳を当てる。それでも動じないこの男に、少しでも真面目な反応をしてしまった自分を、弱い部分を見せてしまった自分を悔いた。
彼の言う“刺激”が今、王族に忍び寄っている。それを必要なものだと言うのなら、受け入れねばならないのか。乗り越えねば我らは枯れるのだろうか。
答えは無いだろうその問いかけを前を歩く男に、向けることは無かった。




