初めましての再会
ミカルドの背を追って突き刺さる視線の中を進み、辿り着いた場所に待っていたのは本来遠目で見るだけでも大騒ぎであろう人たち。
…由緒正しく王家に忠誠を誓う家柄とはいえ我が家は伯爵家。歴史的にも王家と血の繋がりを持ったという文献が残らない家であるにもかかわらず、偶然にもこの場の八割と顔見知りという、本来なら『分不相応』や『身の程を弁えろ』や『どうやって取り入ったのだ』といった野次が飛びそうな事態になっている。
一番問題なのは、その答えを私が持ち合わせていないことだけれど。王城でお過ごしになっている筈の方々と2度も偶然の出会いを果たすなんて、私だって作為的なものを感じてしまうのだから。
「殿下、お連れ致しました。」
ミカルドが頭を下げたことで開けた視界。
誰もがこちらを目を向け、その中でも侯爵夫妻の何処か憐れみを含んだ視線の意味は、きっと正しい解釈が出来ている。
ガーライル伯爵の夜会の時、王弟殿下は私を知っていた。私の素性を調べるにあたってまず行うことと言えば、会場の招待客並びにその連れを主催者に開示してもらうことだろう。その時に王弟殿下が侯爵に私と会ったという事情を話していたとすれば想像に容易い。
事情を知っているからこそ協力することになり、おまけに『自分の主催した夜会で偶然王弟殿下と出会った伯爵令嬢が、偶然第三王女殿下とも出会っていた。』となればこの視線も頷ける。自分の立場を客観的に見ていたとしたら、私だって侯爵夫妻と同じ視線を向けていたから。
「ああ、貴殿の噂は耳にしている。ハルバーティア伯爵、兄上からも忠義に厚い者だとね。」
昨年の夜会で私をポーカーに誘った時見せていた紳士的な態度で、王弟殿下は父へ手を差し伸べた。それは王族と忠臣の関係にしてはあまりにも軽い態度で、流石の父も戸惑いを見せている。
「殿下、公式の場でそれはどうかと。」
「公式の場だからこそだろう。私はハルバーティア伯爵に相応な態度を取っているつもりだよ。“賢王の左足”は当代当主殿も同じかそれ以上の逸材だと兄上から聞いている。」
この方からその言葉が出るとは思わなかった。
私の好きな本をこの方が読んでいて、ここでその話を持ってくるとは。
誰が見ても友好的な王弟殿下に、父は戸惑いを残しながらも拒絶するのも悪手と判断したのか、殿下の手を取った。
「恐悦至極に存じます。」
「ああ。これからも兄上の忠臣であることを願う。」
噂を跳ね除けるには本人の言葉以上に有効なものはない。
以前ガーライル伯爵夫人、エマ主催の茶会でタチエラが口にした『王弟殿下が動いた』との王位争いを仄めかす噂は、今この時点で王弟殿下自身が兄君である国王への忠義を人に託した事で払拭されたことになる。
父は失礼にならない程度に王弟殿下の顔を視界に収めてから、フワリと緊張の解れたような表情を見せた。その緩んだ笑みに不意打ちを食らったような顔をしたのが、意外なことに王弟殿下。
「お小さい頃に一度、国王陛下に連れられた貴方様をお見かけ致しましたが、ご立派になられました。」
忠臣として、一児の父として、サラリと言ったが国王陛下と関わった経験のあるものとして。様々な立場から成るその言葉は、色々な意味で王弟殿下を驚かせたようだった。
誰に聞こえたかはわからないが、小さく「…そうか、父親だったな。」と私に視線を向けたのにも気付いてしまった。
父は娘から見ても年齢に不似合いな若さの持ち主だ。そこから発せられる言葉の数々は、時折周囲に実年齢を伺わせ、見た目の年齢との差を思い知る。今の言葉から、王弟殿下が父をどう見ていたのかを察することができた。
「成人もとうに超えたからな。」
「左様で御座いますね。つきましては、その“二十を超えられた王弟殿下”が、我が娘にご用があると伺いましたが?」
言葉の切り口が目に見えたとすれば、父性を感じさせる発言の後に年齢を引き合いに出していきなり本題を問うてくるそれは、一流の剣士顔負けの鋭さだろう。
…父は不敬罪とか色々と、怖くないのだろうか。
先程までの柔らかさとは打って変わって、何時もの溺れるほど愛を私にくれる父がそこにいた。
「………。それなのだが、ここに居る私の近衛が関わった茶会で伯爵の息女が見事に振る舞っていたと聞いてな。」
父の言葉に頬を引き攣らせた王弟殿下はたっぷりと間を開けてから、気持ちを切り替えるようにして呼び出した訳を話す。初対面であることが前提となっているこのお呼び出しの理由をどうするのかと思っていたけれど、納得の行く内容で安心した。
「話してみたいと思ったのだ。それと」
「私が、お会いしたいと我儘を言いましたの!」
王弟殿下の言葉に食い込むように、瞳をキラキラさせて、それでも優雅に軽く膝を折ってみせたのは、王弟殿下の腕に手を添えている第三王女、レイリアーネ。
「初めましてですわね。私、第三王女、レイリアーネ・ケイロン・クラウィンテですわ。」
誰よりも真っ先に挨拶したその少女は、私を真っ直ぐに見つめていた。
『約束、したわよね?』
そう言われるような心地だった。




