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雇う理由


夕食前の時間。


約束通り返事を聞くためにアルジェント達を呼び出せば、アルジェントとよく似た笑顔を見せるネルヴが彼の隣に立っていた。


昼までとは一転して愛想の良い彼に、リンダは訝しんだ様子で中へと促す。






「どうするか、決まったかしら?」


「はい、ネルヴもここで雇って頂ければと思います!」





強い眼差しのアルジェントからネルヴへ顔を向ければ、一つ頷いて「お願いします!」と頭を下げる。健気な二人の様子に自然と笑みが浮かび、私も彼らへ頷いて見せる。





「雇うかどうかはジャニア次第だけれど、きっと大丈夫よ。これからよろしくね。」


「はい!」






花が咲くような笑顔、とはこういうことだろう。子供らしい大きな瞳を細めて笑う姿は私達令嬢の微笑みでは出せない無垢さがある気がする。ほら、メイベルも私も少し頭を使うタイプだから…


ネルヴも屋敷で働くという方向で話が決まり、今後の予定を伝えた。


彼らが街に移っていたら難しかった王都への同行もお願いすることになって、真剣に弟が聞いている横で心なしか嬉しそうなアルジェントに和み。


雇うことになれば恐らくジャニアの後にアルジェントが指導に着くだろうと伝えれば、今度はネルヴが飛んで喜びアルジェントがその態度に怒ったり。






「それでは失礼致します。」


「ええ、改めてこれから宜しくお願いするわ。」





アルジェントの退室の礼を最後にパタンと扉が閉まる頃には、私は背凭れに体重を預けるほど疲労感を感じていた。


ため息を吐いていると、リンダがテーブルにお茶を差し出しくれる。その目は私を心配そうに見つめ、彼女もため息を小さく吐く。





「本当に宜しかったのですか?あんな…」


「見え透いた演技?」


「お分かりなら…」





睨むほど敵意を持っていた相手に信じてもらえるような笑顔を向けるには、少し時間が足りなかった。

ネルヴが屋敷で働くことを決めたのが兄弟のどちらが先かはわからないけれど、きっとネルヴは私へ敵意を見せたまま雇われるべきではないと判断したのだろう。


それが何の裏があってかまで分かるような目を持ち合わせてはいないけれど、隠した感情くらいなら貴族の娘として見抜けないようでは話にならない。


そして見抜けた上で、私は彼を受け入れることにした。





「ねえリンダ、私ね。とっても愛されてると思うの。」





突然自慢を始めた私にリンダは驚きつつも「それは、当然かと。」と返してくれる。


そう、当然。


愛してくれる父がいて、心配性のリオンがいて、良くしてくれるリンダや侍女がいて、配慮してくれるジャニアと他の使用人もいて。私に雇ってほしいと強く願ってくれたラングに、恩義を感じて素直に働いてくれるアルジェント。親友のメイベルに、最近は私を心配してくれる夫人たちもいることに気づいた。


本当に私に敵意なんて感じる人が少ない、というより驚くくらい居ないのだ。それは周りが自然と私の目の届かないところにそういった人たちを置いているからだと私は考えている。





「皆が守ってくれているから、私は私を嫌う人と接する機会がないの。」


「彼を雇うことは、いい機会だと?」


「そう思うわ。真っ直ぐ私へ『嫌い』って態度を取る人なんて、初めて見たもの。」






優しい人達に囲まれてずっと生活するのも素敵だろうけど、それでは私はきっと成長できない。リリルフィアとしての人生を全うするためにも、ネルヴのような相手と関わることも大切だと思うのだ。





「それに、私のことをよく知りもしないで一方的に悪感情を抱かれるのも、納得出来ないじゃない。」





私を知った上で『やっぱり嫌い』と言われるのなら納得できる。私に何か至らないところがあったからであったり、自分ではどうしようもない理由があるだろうから。






「…つまり、お嬢様は喧嘩がしたい、と?」


「…けんか?」





リンダの言葉に、何かがストンと腑に落ちた。


そうか。私を肯定してくれる人たちに囲まれて、私は対立するということをしてこなかった。明らかに相手が悪い時や自分が悪い時の会話は、諌める行為であって喧嘩ではない。


同じ年頃の令嬢と関わることも殆どなく、メイベルはこの上なく気が合う相手だ。喧嘩に発展することがまず無い。







「喧嘩…そう、そうみたい」






私は喧嘩がしたいのだ。


真正面から嫌いだと言われて、その理由を知って、自分を知ってもらって、相手を知って。そういう喧嘩を、してみたい。


分かってしまえば何ということもない。クスクスとこみ上げるままに笑いを漏らした私に、リンダは微妙な顔をする。






「お嬢様、喧嘩というのは相手から言われるばかりではなく、お嬢様も何か相手に言わないと成立しないものかと。」





リンダの言葉に「当たり前じゃない。」と首を傾げる。軽く左右に首を振ったリンダの顔から、どうやら私が何も言えないと思っているようだとは分かった。



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