ごめんなさいとおかえりなさい
少し暴れるネルヴ。体力差はアルジェントに軍配は上がるようで、ネルヴも抵抗しているが手をどかせてはいない。
「お嬢様申し訳ございません!!」
「何も謝られることは言われていないわ。アルジェントが言う前に口を塞いでしまったじゃない。」
手を振って彼の謝罪に対して返せば、アルジェントはネルヴを睨むようにして叱る。
「ネルヴ!!お嬢様になんてことを…!」
「…!!っだって!!ノコギリで切れって言ったのその人なんだろ!?」
「枷をだ!!何で足をになるんだよ!」
「どっちも一緒じゃないか!!俺の足切れそうだった!!」
言い合う二人を見て思うこと。
意外と口調が荒いわねえ。アルジェントは矯正する前緊張してばかりだったので気づかなかったけれど、思ったより元気なネルヴの言葉を聞いているとラングよりも雑な言葉使いに感じる。
それにアルジェントの一人称が“私”や気が抜けると“僕”なのに対してネルヴが“俺”と言うのにも新鮮味があった。
「怖かったのは分かったけれど、そんなに危なかったの?」
私の問いかけに首を横に振ったのはラング。彼は部屋の隅に置いてあるノコギリの少し細いものを見てから「枷と足の間に、ちゃんと布を挟んでいましたよ!!」と説明する。
私が切るように言ったのは枷を留めているであろうネジなどの細かったり薄かったりする接合部分。人の足に枷をはめるには留め具が最低でも二箇所はあると思っていたからだ。
どうして足が切れると思ったのだろうか。
「あなたが暴れたからでは?」
「何を言っても切ろうとするからだろ!!!やめろって言っても『リリ様の指示だから』って!兄さんも俺のっ…味方になってくれないし…!!」
ネルヴが涙を溜め始めたことで部屋に沈黙が流れる。
ラングが私の指示に従って動こうとしたから、彼は指示した本人である私を敵視していたと。そして全幅の信頼を寄せていた兄が自分の味方になってくれないことも、彼の態度を顕著に悪くさせている理由のようだ。
事情は粗方理解できた。彼の態度は、私が自分で対応出来なかったから起きてしまった問題。実行者ではなく指示者を敵視するような聡い彼なら、ちゃんと説明すれば理解できた筈だ。
私はゆっくりと息を整えるようにため息を吐いてから、正面で立ったまま瞳を俯かせているネルヴと向き合った。
「ネルヴ。奴隷というのは、多くが“枷の有無”で判断されることは分かるわね?」
唐突な問いかけに私を睨むネルヴだけれど、私は構わず続ける。
「枷が付いていれば当然、その人は奴隷ということよ。だから枷を付けていた者が“枷の呪い”を恐れている。貴方にもあったのよね?」
問いかけても返事は無い。リンダへ目を向ければ、彼女は一つ頷いた。ということは外した後にアルジェントにも施した拭き作業をしたのだろう。
「“枷”と“枷の呪い”の2つは、貴方を奴隷と周りが判断しないため、判断させないために早急に取る必要があったのよ。だから私は3人に指示を出して、それらを貴方から取ってもらった。」
なるべくゆっくり言葉を紡いでいれば、ネルヴは顔を上げた。不機嫌そうな表情は変わりないけれど、瞳の鋭さは敵視よりも警戒くらいに和らいでいて、やはりこの子は聡いと頬が緩む。
説明すればわかってくれる。
「急に押さえつけられて刃物を持ち出されたのは怖かったわよね。それはごめんなさい。でも、貴方が逃げる前の生活に戻らないためにも、必要な事だったのよ。この場の皆はそれを理解していたから、アルジェント…あなたのお兄さんは貴方を助けたかったから、無理矢理でも枷を切ろうとしたのよ。」
チラリとネルヴはアルジェントへ目を向けた。
それは怒られることを怖がる子供そのもので、それを見る優しい表情のアルジェントは兄らしい態度で彼の手を引いて座らせ、頭に手を置いた。ゆっくり撫でられるのを受け入れていたネルヴは一つ、涙を零す。
「ごめんなさい…」
その言葉は誰に向けられたものなのか。
ネルヴは下を向いていたので分からなかったが、この場にいる全員が彼の反省した姿に表情を緩めた。
「さて!話の続きよ。枷は外れた、“枷の呪い”も消える、外せた枷の方は?」
「使用人の部屋の暖炉に入れました!…でも、捨てなくていいんですか?」
切り替えるように明るめを意識して声を出した私に答えたのはラング。彼の問いかけは誰もが気になっていたようで、私の答えを待っていた。
私はアルジェントの付けていた枷を思い出して、この方法を取ったのだ。これは枷を隠すのではなく、“消す”ことが出来ると私は思っている。
「恐らく、燃やせば溶けるわ。」
「鉄が!?」
「いいえ、“枷の呪い”が付いていたのはアルジェントの時と同じ枷が使われていたからだと思うの。あの枷は鉄よりも早く溶けるわ。それは暖炉等の火でも可能よ。」
“枷の呪い”を消したときと同じように、火に焚べることを指示したのは前の生活で身に付いた知識があったから。
枷で使われたであろう素材、真鍮は鉄に比べると溶ける温度が低い。暖炉等の火で溶ける温度まで上げ、歪ませたり原型を無くすことなら出来るだろうと思ったのだ。その後処理すれば、屋敷から枷が出るということも無い。
「流石はリリ様!!なんでも知ってますね!!」
「読書も趣味にしていれば、時に役立つものよ。」
話を聞き終え、雰囲気はお茶会のように和やかだった。気まずそうなネルヴ、子爵家の者達への対応をしているであろう父、部屋でずっと待たせているメイベル。色々処理することはあるけれど、一先ず私はラングとアルジェントへ向き直る。
「言ってなかったわ。おかえりなさい。」
驚いたようなアルジェント、嬉しそうなラング。二人揃って「「戻りました!」」と姿勢を正した姿に、やっと肩に入れていた力が抜けた気がした。




