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読めること


『あら…無い…』




その侍女が気付いたのは、書庫の埃払いをしているときだったらしい。何時もは順序立てて並べられた本は隙間無く棚に納められているというのに、侍女が見たときは一冊か二冊程の厚さの空間が空いていたそうだ。




「屋敷内の者が借りているのならば問題はないのですが、もしもの事がありましたらと。」




皆に聞いて回っているらしい侍女は「お嬢様で無いのでしたら、お時間頂戴して申し訳ありませんでした。」と礼して去っていった。




「…どう思う?リンダ。」


「どうと言われましても『語学本』はその国の言葉の不得手な者が使用するものです。更に我が国のものであれば、該当するのは一人だけかと。」


「そうねえ。」




侍女が訪ねてきたのは種類別に整頓された書庫の中でも、文字や正しい発音を習得する際に用いられる『語学』の棚に並べられた本のこと。数年前は私も随分お世話になった棚で、キッチリと納められた本たちから一冊取れば今回のようにすぐ分かる。


そしてこの屋敷に語学が必要な者は今、一人しか居ない。




「お父様に報告する程のことではないわね。」


「そのようです。返却が遅かった場合のみ、本人に申し立てるくらいでしょう。」




私は楽しんでいたアフタヌーンティーを再開し、リンダの淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。


それにしても本を借りたのはアルジェントだろうとして、彼が黙って借りるようなことをするだろうか。拾って半月、雇って20日は経つ今、彼の今の姿を思い出す。


痩せた体は相変わらずまだ細いが、顔色は回復して元気に仕事をしている。ジャニアの判断の結果彼は下男として雇うことになったそうだが、その仕事は雑用を一手に引き受ける中々な重労働。


皿洗いや掃除、荷物持ちなどを他の使用人に言われたら熟すというもので、少数精鋭の使用人で回しているハルバーティア伯爵家では引っ張りだこのようだ。


焼き菓子を口に入れ、アルジェントのことを考えているとコンコンと扉が叩かれた。リンダに目配せをして開けてもらうと、扉には噂をすればと言わんばかりのアルジェントが立っていた。




「失礼致しましゅ。」




あ、噛んだ。




「お手紙をお持ち致しみゃした。」




また噛んだ。




「ご苦労さま。」




リンダの言葉に頭を下げ、中にいた私にも深く下げてからアルジェントは去って行った。その所要時間、30秒。




「…頑張ってるわね。」


「主人の前であんな失態、訓練が必要です。」




滑舌が悪い訳ではないだろうが、もしも緊張からくるものならば慣れるしかない。本を借りているのならば正しい発音も身につけられるだろう。


そこまで考え、ふとあることに気づく。




「ねえリンダ、アルジェントって良いところの生まれなのかしら。」




私の言葉に不思議そうに「いえ、奴隷でなくなったということしか知りません。」と答えた。




「本、読めるのね?」


「!!」




ハッと口元に手を当てて、先程アルジェントが訪れた扉の方を向く。


貧困格差の強い我が国は、労働階級の者たちが学べる環境が無い。子供が教会で数字と足し引きを習う事はあるが、それも商家や貴族に仕える旧家などの裕福な者たちに限られている。


本を読んで学ぶという発想すら、この国の平民の多くには存在しないのだ。




「…気が付きませんでした。」


「私も頭から抜けていたわ。私達にとっては、知ってて当たり前なのだもの。」




気づけたのは領内の教会に寄付とともに訪問したことがあったからだ。ボロボロの服を着た子たちが針仕事や畑仕事の合間に、稼いだお金を管理できるよう足し引きだけは学ばせているのだと聞いた。


他の教育を施す余裕も時間も無い。そんな現実に目眩がする思いだったのを鮮明に覚えている。


初めてアルジェントを見て助けたいと思ったのは、そういったことも理由の一つかもしれない。




「今後、アルジェントが話せるのなら聞きたいわ。」




小説では『口減らしに売られた』という文章と家族についてしか書かれていなかった。だから元々貧困した家庭だったのだろうと思っていたのだが、違うのかもしれない。


小説では書かれなかった部分を知りたいという好奇心と、アルジェントというハルバーティア伯爵家の使用人のことを知りたい興味。まあどちらも強く望むものではないから、彼を見守りながらいつか知れたらいいな。



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