お父様の本気
周りから私、リリルフィアは年齢に似合わず理性的な印象に見られているらしいことは知っている。
けれどそれは子供にしてはということであり、私に関すること以外に対して自分を害されることですら許してしまう父には及ばないと思う。
「お客人、その手を離してはくれませんか。それは我が家の使用人だ。」
そんな父が、現在聞いたことないくらい低い声で、見たことないくらい胡乱な瞳で、相手を威圧するように話しかけている。
もっとも、それを止めようなんて思わないし、寧ろ父が落ち着けと私を止めなかったら、私が言っていたところだ。
「銀の髪は珍しい。貴方方は知っていて黙っていたとお見受けする。その理由を話してください。」
「その前に使用人をこちらへ。」
「話が先です。」
譲らない会話に場は冷えていく。
その間もアルジェントは震えこそしていないが青い顔で成り行きを見守っており、掴まれた腕とは反対の手が自身の胸辺りの服を掴んでいる。
「少し待っていてアルジェント。すぐに終わるわ。」
私は父の隣で座っていたが、一その場に立ち上がってアルジェントを見据えた。何よりもまず、彼の不安を少しでも減らしたかった。
こちらを見たアルジェントは強く頷き、姿勢を正す。私達のやり取りを座って見ていたレッグの破顔する様は、今見てしまうと怒りしか沸かない。
「これはどういうことでしょう!!奴隷がこんな所に?伯爵、聞いていませんよ!」
「奴隷?あの子のどこが奴隷だ。証拠はあるのか。」
「その珍しい髪色!何よりの証拠ではありませんか!」
「話にならない。貴殿は珍しい髪色を持つ者は皆奴隷に見えているのか。それは随分と浅ましい瞳をしているものだね。」
何時に無く辛辣な父は私と同じく立ち上がって茶髪の男へ歩み寄る。
一歩下がった男に引かれてアルジェントも下がり、父が止まると彼らも止まった。
警戒心の強そうな男へ近づいても、最悪の場合アルジェントが傷つけられてしまう。ラングは何をしていたのか、リンダはどうしたのか、聞きたいことは沢山あるけれど、今それを聞くのは悪手だと分かる。
父はどうするのだろう。
「浅ましいとは!!私を遣わせてくださった子爵への暴言と取りますよ!」
「ならば我が家の使用人に手を出したこと、そして同じ奴がこの屋敷に昨日無断で侵入していたこと、そして我が娘の手紙を開封して盗み見たこと、これらは私達への侮辱ということになるな。」
言い切った父に、一瞬反論を失ったのがレッグの敗北を決定した。
「な、なんのことやら…」と動揺を見せて言い逃れようと必死な姿も滑稽にしか映らない。
「君たちには我が家の使用人を奴隷だと決めつける決定的な証拠は無いように思えるけど、こちらにはきちんとした証拠が揃っている。」
何時の間にか傍に居たジャニアから父は書類の束を受け取ると机へ放る。バサリと音を立てた束を見つめ、レッグは唇を噛んでいた。
「読みなよ。どうせ『証拠はあるのか』と騒ぐつもりだったんだろう?」
目の前の束に触れ、ゆっくりと開くレッグ。目がしっかりと束に書かれているだろう文字を追っているのを見た父は、茶髪の男の方を確認しながらジャニアに何やら耳打ちをした。レッグはそれに気づかず、茶髪の男は気付いているのだろうけれどアルジェントを掴んでいるからか反応を見せない。
レッグの表情はもはや、始めの笑顔など消え失せているどころか束を捲る度に温度さえも無くしているようだった。青白くなっていく顔は最後に唇を青く染め、今の彼は正常な判断ができるのかと不安になるほどだ。
「どうやって…これほどのモノを…」
「我が家の使用人は優秀でね。まあ、君たちが我々を甘く見すぎていたこともあるけれど。」
「そんな、ことは…」
父の言葉にレッグは顔を上げた。
そして疑う眼差しが父に向けられ、呟かれた言葉から自分たちが我々を軽視しすぎていたことに気づいていないようだった。
父と私は伯爵家の人間。そもそもの話、子爵家に仕えているレッグとは階級からして異なり、私達の対応は破格と言っていいものだった。
場合によっては格下の家の遣いに対して、場を設けることすらしない上流階級の人間が多い。そんな中で父は最初から面と向かって話していた。もしかしたら、その親しみやすさを見せたのが彼らを増長させることに繋がったのかもしれないが、それは子爵家の人材教育の問題になるだろう。
「分からないかな、俺が貴殿の事を『邪魔だ』と言えば、マルデイッツ子爵は君を重用できなくなる。言った場がパーティー会場なら、君は貴族家から白い目を向けられるだろうね。」
階級の上下は絶対的で、上の者に下の者が刃を向けるのならそれは反逆となり、逆ならば粛清となる。理不尽で不平等に思えるだろうが、貴族階級とはそういうものだ。
力が抜けたのか、バサリとテーブルに書類の束が落ちた。
戦意喪失したに思われるレッグから目を離し、父は茶髪の男の方を見据える。警戒を顕にして後退る男に対して父は低く、唸るように言葉を発したのだった。
「さあ、ハルバーティアの使用人を返してもらおうか。」
決着は、茶髪の男がゆっくり、ゆっくりとアルジェントの腕を離して、力の抜けた様子のアルジェントをジャニアが受け止めたことで、父の完全勝利となった。