初めての街はオレンジと
「よし!じゃあアルジェントくんは荷車の後ろな。」
なんとかラングさんのお父さんの協力を得られることになって、ラングさんのお父さんは僕達を街へ案内するに当たって荷車に僕を乗せることにしたらしい。
カゴいっぱいのオレンジと一緒に揺れるのは悪い気分ではないけど、その荷車を引くように言われたラングさんを思うと心地良いとは言えない。
「なんで俺が…いや、連れて行ってくれるのはいいけどさあ…」
「ブツブツ言ってないで歩けバカ息子!お前のせいで遅れてるんだぞ!」
「わかってるよお!っていうか、元はと言えば会って早々殴ろうとした親父のせいだけどなあ!!」
賑やかな二人の言い合いにも結構慣れてきた。事情を話し終えて、ラングさんのお父さんがオレンジを売るために街へ行くのに扮して案内してくれると話が纏まった時にも、二人は言い合いしていたから。
大きな声で言い合っているのは少し怒鳴られるような気持ちを思い出して恐いけど、仲がいいんだなあって思う。だって、どんなに喧嘩してもラングさんはお父さんを殴り返すような事はしないし、お父さんもラングさんを文句は言うけど『すまんなあ、ウチのバカ息子が。』って親子であることを主張するように彼を息子と言い続けている。
住んでいた家から出て、枷を嵌められて、逃げ出して旦那様やお嬢様に拾われた僕には、到底見えない強い絆に思えた。
「アルジェントくん、少しいいか。」
「あ、はい!」
何時の間にか言い合いは終わっていたらしくて、静かにラングさんのお父さんが話しかけてくれる。後ろから荷車を押しているお父さんの大きな体と低い声はラングさんと喧嘩しているときの威圧感は消えて、代わりに威厳がある気がした。
「俺はオレンジを売る時に街の中を移動しながら売っているんだが、例の子供が居るのは街の東側でな。あそこは少し静かだろう?」
「えっと、すみません。分からないです…」
下男として働いて半年以上。実は僕、街に行ったことが無い。
旦那様達が言うには拾ってくださったのは北街という領の近くとは別の街だそうだけど、なんだか怖いというのと行く理由が無いというのとで、今まで行こうと考えもしなかった。
僕の答えに「そうなのか?まあいい。」と特に詮索もしなかったラングさんのお父さんは話を進めてくれる。
「商店が並ぶ西とは反対にあって、仕事に困っていない家族が暮らしている場所なんだ。俺はそこにもオレンジを運んで、玄関先で売る。その時にその…アルジェントくんは髪とか容姿がなあ…」
そこまで言われてやっと、僕は首の後ろに垂れるようにして外していた外套の頭の部分を被る。それに頷いたラングのお父さんが「すまんな。」と苦く笑った。
「農家で領主様と懇意にしている事は誰もが知っているんだが、今回ラングやアルジェントくんがここにくる理由を周りに知られては不味いだろう?おいバカ息子!お前は顔出しとけよ!」
「わかってるー、隠したら余計面倒なんだろお?後で被る!」
「分かってるならいい!…街へ入って東側の手前に例の親子の家はある。そんなに時間もかからんから、辛抱してくれ。」
ラングさんのお父さんの言葉に何度も頷いて、ラングさんと決めていた街へ入ったときの行動を確認する。
オレンジを売るお父さんと一緒に目的の家まで行って、保護された弟かもしれない子と会う。そこでラングさんはそのまま連れて帰れたら良いなあって言っていた。改めてこの街に来るには、子爵家の方々に疑われるだろうからって。
「言ってる間に、街に入るぞ。」
ガタンと何度か揺れが強くなっていた道も、何時の間にか振動が少なくなっていた。進む先には建物が多く並んでいて、いよいよだと唾を飲む。
道の両端から伸びた大きなアーチを潜れば、被った布から顔を出しすぎない程度に周りを見てみる。すれ違う人が多い、道も無いくらい家が隣り合っている、それは王都やそこまでの道で通ったソテラでも言えた事だけど。
ここはなんと言うか、行き交う人々の表情が穏やかに思えた。
「俺らのような農家から仕入れた材料を売ったり、作っている奴から直接買った材料で商売する奴がこの街には多い。他から入ってくる商人が少ないから、治安は良い方だな。」
僕の頭の中を見透かしたような説明に街の雰囲気の理由を納得できた。
そう言えば、ジャニア様が前に言ってたな。『旦那様方が過ごされる屋敷の周囲に治安が悪い場所があるわけ無いでしょう』って。奴隷の身分の人たちが多いのは治安の悪い場所、反対にこの街やハルバーティア領は他と比べて治安が良いから、奴隷は滅多に見ないって。
「ここだ。おおーい!奥さーん!いるかー?」
ガコンと荷車が止められたのは、伯爵家の屋敷の庭師道具が置かれている小屋くらいの一軒家。
扉を叩いたラングさんのお父さんの声に、中から「あ!オラさん!?」とバタバタ近づく声がした。直後、中へ開かれる扉から顔を出したのは華奢だけどハッキリとした瞳の女性だった。




