伯爵令嬢リリルフィア
お初にお目にかかります。
初心者マークのフラフラ運転で走行いたしますので、色んな意味で危なっかしくモヤモヤすることもあるかもしれませんが、薄目でご覧くだされば幸いです。
フワフワとした雪の降る、小さな小さな伯爵領。
濡れた地に触れた雪は消え、整備された細い道を歩く領民に寒さを呼ぶだけで積もることは無い。
空は息の詰まるような暗い色。それを見上げながら吐く息は白く、寒さと今の気分的に自然と長くなった。
「どうしたリリルフィア、空なんて見上げて。」
「お父様…」
私を呼ぶ声に振り向けば、高い高い位置に金髪の髪を揺らして首を傾げる海のような深く澄んだ青い瞳の、私の父。
キョトンと不思議そうに私を見る表情は若いというより幼く見えて、人によっては私達を兄妹と勘違いするだろう。
「いいえ、何でもありませんわ。」
手を差し出す父に私は手を乗せて、首を横に振る。
遥かに小さいこの手を引く父の大きくしなやかで、少し硬い手。
それは子供にするものとは少し違う、ゆっくりと令嬢を導く紳士的な動きで街を歩くよう促す。
容姿の色はお揃いなのに、何故私は父のように柔らかい笑顔や仕草ができないのか。
店の品を魅せるためにある硝子に自分を映すと、父とお揃いの容姿に加えて“勝ち気そうな”と“愛想の無い”という印象が加わるのだ。
試しに口元を上げるように笑ったら、ニコリではなくニタリという柔らかさとはかけ離れた仕上がりになった。
「リリルフィア、それが欲しいの?」
父の声に鏡台代わりにしていた硝子の向こうに意識を向ければ、豪奢なドレスや靴、装飾が並んでいる。中でも私の目の前にあるのは着れば歩けないであろうボリュームの、釣り鐘やプリンセスラインと呼ばれる形状で、フリルが多量に縫い付けられた、ちょうど私の背丈に合いそうなサイズのドレスだった。
なんて偶然。けれど、こんなの絶対いらない。
「いいえ。」
「そう?似合うと思うけど。」
似合うと言われて悪い気はしないけれど、喜んだら喜んだだけ父は買ってくれる。
買ってくれてしまうので、私は改めて首を横に振った。
「このようなドレス、着たらきっと歩けませんもの。」
釣り鐘型のドレスは美しい形を保つための骨組みを縫い付けたパニエというものを身に着ける。それから装飾が多分に施されたドレスを纏うのだ。
トルソーに纏わされたドレスの丈はくるぶし辺りまでで、腰からふんわりと広がるスカート部分は裾から繊細なレースが幾重にも覗いている。
見ただけでも重そうで、着たが最後歩ける気がしない。
私の言葉に父は空を見て数分何やら考える素振りを見せた。そして直後、様相をだらしなく緩めたそれはニヤついている、もしくは弛んでいると表現できるもの。
しかし周りにはそれでも美麗に見えるらしく、すれ違う女性は頬を染めて色めき立っていた。
「そんなの父様が抱いて歩けばいいのさ!」
「お止めください。ハルバーティア伯爵家の恥になりますので。」
小さな小さな伯爵領とはいえ、こんな父が領主で良いのか。
十の歳になる今まで父のこの姿を何度か見たけれど、見る度思うハルバーティア伯爵領の行く末。
そしてこんな父が私の知る本の一頁では優秀な伯爵領領主、フィルゼント・クレモナ・ハルバーティアとして周りを先導する姿が描かれているのだから、行く先というのはどうなるのか分からないものだ。
登場人物の名前は
名前・家名・地名
という形式で統一しております。
ハルバーティアは領地名で、クレモナが苗字という感じです。