2話 彼女は出会った
__土曜日
今日は待ちに待ったバンド『クライス』のライブ当日。私、田中すずは親友の天野空と一緒にライブに参加するため会場に来ていた。
「空〜、楽しみだね。」
「うん、今日はバンドの結成日みたいだし、何か発表とかあるかな??」
「新曲発表があったりとかね。」
「もし新曲だったら、すずのお姉さんには感謝だよ。それに前から三列目!最高だよ!」
そう、今回のライブは元々私と姉の二人で行く予定だった。それなのに姉は急な仕事が入ったためこれなくなってしまったのだ。『クライス』のライブチケットは簡単に取れるものではない。販売開始数秒でサーバーはダウン。さらに抽選のためかなりの倍率である。だからこそ、今回ライブに参戦出来なかった姉はかなり悲しんだのだ。社会人の財力で大量に購入したイベントグッズを自慢してくるような姉にも同情してしまう。だがしかし、家に帰ったら一番に自慢してやろう。私と姉の仲だ。少しいじけてしまうだろうが、問題ない。多分……
そんなことを考えながら、私たちはライブの開始を待っていた。
◇◇◇
「ん〜、最高だったね!結成日に新曲発表。いやぁ〜、あたしの予想がドンピシャだよ〜。天才かな??」
「そうだね!空やるね〜、天才天才。さっすが〜。」
「もぅ!ばかにしないで〜。」
「そんなことより、新曲よ新曲。あの心臓に響く低音!最高だったね。それにタクの声。綺麗に低音から高音に変わる所が良いのよ〜。」
あぁ、またやってしまった。私はタク樣の話だとついつい盛り上がって早口になってしまう。
「すず本当にタクのことが好きね。
その割にミーハーって思われたくなくて、普段クライスの話しないんだから。もっと話せばいいのに。」
「タク様よ。タクさま。いつも話せないからこそ、空と話してるんじゃない。それにあのかっこいいギターソロも__」
二人でライブの感想で盛り上がりながら、私たちは会場の最寄駅近くのファミレスに入った。
「いやぁ〜、やっぱり駅前は混んでるね。どうする?場所変える?」
「いや、今から場所を移動するのも面倒だしここにしよ。」
他に店を探すのが面倒だった私は、幸いにも席が空いていた為空の提案に賛成した。
「やっぱりライブ終わりに外食しながら感想を話すのもライブの醍醐味だよね!」
「本当にその通り!!」
会話をしながら、食事を進める私たち。ライブ中にメンバーと目が合ったなどの会話をしながら、徐々に普段の生活の話題へと変わっていった。
「すずの方の学校はどう?楽しい?」
「うーん、当たり障りのない日常かなー。あっ!でも昨日面白い男の子とお話ししたわ。彼、『anthem』の曲聴いてたの!」
「そうなんだ。正直周りに『anthem』聞いてる人少ないからなぁ〜。ちょっと羨ましいかも。」
「だよねぇ〜今度話してみようかな。」
私と空は近所に住んでいるのに通っている学校は違う。だからこそ、こういう集まれるときは学校の話題を選びがちである。
久々に会う親友との会話は楽しいものだ。
会話するのに夢中になっていた私たちは、時間が過ぎていくのをいつもより早く感じていた。
「もうこんな時間。空、もう帰る?」
「そうねすず、今日は楽しかったわ。またチケット当選したら誘ってね。」
「あはは、お姉ちゃんが聞いたら怒りそうだよ。」
そんな軽い冗談を交わしながら私たちは別れようとしたとき、
「ねぇ!すず!見て!!早く!後ろ!タク様だよ!」
空の声を聞いた私は、ギネスブックに乗れるほどの速さで振り返ったが……
「誰もいないじゃない。驚いて損しちゃった。」
どうやらいつもの空の悪戯だったようだ。期待した分だけ損した気がするよ。
「もぅ、空やめてよね。タク様に会ったときに話そうとしてた話題を思い出そうとしたのに……」
「ごめんて、許してよ。また今度何かご飯奢るからさ。それにそんな事いつも考えてるのやばいね。」
「そんな意地悪のために食事を奢ろうとしないでよ。別に何考えてもいいでしょ。」
ぬか喜びをした私はちょっと怒りげに返答をした。それでも、久々に会う親友との別れはやはりちょっと寂しい。
「じゃあね、すず。今度こそ本当にだよ。バイバイ。」
「うん、バイバイ。また一緒にライブ行こうね。お姉ちゃんも一緒に行けるといいけど。」
そうして私たちは会場付近の駅で分かれた。
「あぁ〜、楽しかったなぁ〜。」
そんな独り言をしながら、駅に向かうと見覚えのある人を見かけた。
「あの子、anthem以外にも、クライスとか聞くんだ。」
そう呟きながら、私は名も知らない彼に、月曜日学校で話しかけようと決意した。
まさかあの日、彼のスマホを拾ったせいで、
いや、そのおかげで私の学校生活は大きく変わる。
もちろん、彼と同じで私も、思いもしなかったわ。