第9話 レティのパーティが解散した理由
「あの、エヴェさんとセラさんて、どこかのパーティに入っているんですか?」
冒険者のパーティに興味が湧いたライナは、エヴェリーナとセラフィーナにそう聞いてみた。
本当はレティシアがパーティを解散したということを彼女に聞きたかったのだが、どうも聞き辛く、こちらのふたりに話を振ってみたのだ。
並んで腰掛けているエヴェリーナとセラフィーナは顔を見合わせ、ぷっとお互いに笑った。
それを見て、何か変なことを聞いちゃったのかなとライナは思う。
「この子たち、どこのパーティにも入れて貰えなかったのよ」
「あ、レティ姉さん、それバラすか」
「でも、そうなんだろ」
「実力が無いからとかじゃないのよぉ、ライナちゃん」
「そうだぜ。ライナが誤解するだろ、姉さん」
「この子たちはさ、大森林に入れないようなパーティには実力が合わないから入らないって、グリフィニアに来て直ぐに言っちまったのさ。それで、これからパーティを組もうっていう若手から、生意気だって一時総スカンを喰ってね」
「それに、ふたりで揃ってじゃないと嫌だっていう条件もだ」
それまで黙って楽しそうに話を聞いていたカリナがそう説明し、レティシアが補足した。
「大森林で活動してるパーティで、戦士と斥候職の空きが出るのは滅多に無いし、ましてやふたりセットというのはね。一方で、まだ大森林で活動出来ない若手からは誘いが来ない。だから、どこのパーティにも入れなかったというわけ」
「それでどうしたんですか?」
「それは仕方なく、セラと組むしかないだろ」
「仕方なくってなによ。ホントは実力のあるパーティに入りたかったのだけど、エヴェがひとりで入るのは嫌だ、セラと一緒じゃないと嫌だって言ったからじゃない」
「あー、わたしもその当時は、まだ子どもだったってことさ」
ライナが詳しく話を聞いてみると、エヴェリーナとセラフィーナはグリフィン子爵領から少し離れたデルクセン子爵領の出身で、従姉妹の間柄なのだという。
デルクセン子爵領もギルド長のジェラードが言うところの、アラストル大森林にへばりついている貴族領で、彼女たちは少女時代から冒険者を目指して訓練を重ねて来たそうだ。
12歳で冒険者になり、同世代の子たちとパーティを組んだはいいが、どうにも実力が噛み合なかった。
それだけ、彼女たちは冒険者適正が高く、また日々の努力も重ねていたのだ。
これではもうダメだと思い立ったふたりは、翌年にはそのパーティを精算し、そして冒険者の本場であるグリフィニアに来た。
しかし、来たばかりの、どこの馬の骨とも分からぬ13歳の少女ふたりが、大森林で活動出来るパーティじゃないと叫んでも、グリフィニアの若手冒険者から相手にされる筈もなった。
それで仕方なく、ふたりで組んで活動するうちに、すっかりペアの冒険者となってしまっていたということだった。
「あれから4年経つけど、もう他の冒険者のみんなとは仲がいいのよ」
「それに、大森林の浅い場所なら、ふたり組で入れるようになったしな」
「でもね、そろそろ戦士と斥候のペアじゃ限界があるのよね」
「だな。そう思うだろ、レティ姉さん」
「そう思うわよね、レティ姉さん」
そう交互に言って、ふたりはレティシアの顔をじっと見つめた。
「わたしは、パーティを解散したばかりだ」
「だからさ」
「そうよ、だからね」
「あの、レティさんて、パーティを解散したって何回か耳にしましたけど、どうしてなんですか?」
ライナはこのタイミングだと考え、思い切ってそうレティシアに尋ねた。
しかし、そのライナの言葉で他の4人は口を閉ざした。
暫し、無言の時間がテーブルの上を流れる。
「さあて、蜂蜜酒をもう少し持って来ようかね。追加分もこのカリナおばさんの奢りだよ」
沈黙の気まずい空気を和ませるようにカリナがそう言って、台所へと行った。
わたしって、やっぱり聞いちゃいけないことを聞いちゃったのね。どうしよう。
ライナは、この楽しい夕食会の雰囲気を壊したのが自分なんだと、どうしようかと俯いてしまった。
「ライナ、顔を上げてくれ。ライナは何も悪くないんだよ。わたしのパーティが解散した話は、みんなが気を遣ってくれているだけだから」
そう言うレティシアにライナは顔を上げ、そして隣に座る彼女の顔を見つめる。
向かいに座っているエヴェとセラは、そのライナの顔を黙って温かい表情で見ていた。
「わたし、聞いちゃいけないこと、聞いちゃったみたいです。ごめんなさい」
「いいんだ、ライナ。この家のみんなは、話をだいたい知っている。だから、今日、この家の一員になったライナにも聞いて貰うよ」
「そうよ。ライナちゃんだって冒険者になったらもう大人だ。レティちゃんも、ライナちゃんに話してあげて、それでその件はお終い。もう忘れちゃいなさい」
追加の蜂蜜酒を持って来たカリナが、レティシアのカップに注ぎ足しながらそう言った。
「そうだね、カリナおばさん。この件をうじうじ考えるのは、わたしも今日でお終いにするよ。それじゃ今夜は語っちゃおうかな。長くなるよ、ライナ」
そうしてレティシアがライナに語った話は、こんな話だった。
レティシアは、アルタヴィラ侯爵領の領都で店を構える、そこそこに大きな商会の次女なのだという。
彼女は商家の娘なのに小さい頃から剣術に興味を持ち、親にねだって剣術の家庭教師を付けて貰い、熱心に稽古を続けた。
領都の学校に通い、家に帰れば毎日、剣術の稽古。商会を営む親は、次女のレティシアには子どものうちぐらいは、好きなことをさせようと思っていたのかも知れない。
そして12歳になる年の冬、レティシアは王都のセルティア王立学院を受験して見事合格し入学する。
それで学院生となった彼女は、ますます剣術にのめり込むことになる。
4年間の剣術学の講義を熱心に受講し、課外部では学院最大の総合剣術部に所属して実力はトップクラスと言われた。
レティさんて、難関と言われる王立学院に入って、そこで剣術がトップクラスだったなんて、じつは凄い人だったのねと、ライナはあらためて彼女の顔を見た
しかし、学院を卒業するにあたって、剣術ばかりをやって来たレティシアにはその先が無いことに気が付いたのだ。
もし彼女が騎士や従士の娘であったら、地元に戻って騎士団に入団するという道があっただろう。だが彼女は、実家が裕福ではあっても商家の出身だ。
アルタヴィラ侯爵家の騎士団は、他の領主貴族の騎士団と同様に騎士爵とそれに従う従士で構成されている。
騎士爵は一代爵位とはいえ、実質的には代々受け継がれるものだ。
新たに騎士爵位を叙爵されるには、よほどの勲功がないと難しい。
また従士は、その騎士爵家が治める領地の村の出身者で、騎士爵家に臣従する者であるのが一般的で、こちらも代々受け継がれる立場なのだ。
つまりレティシアには、地元に帰省しても騎士団に入るという道は存在しなかった。
あとは何があるのか。例えば、大商会の会頭などは常雇いで護衛の剣士を置いている場合があるが、自らが商会の経営者の娘である自分には選びにくい道だ。
また剣術の先生になるにも、社会に出てある程度の経験が必要となるし、実力をもっと磨かねばならない。
結局、レティシアに残された選択肢は、実家に帰って花嫁修業をするというものぐらい。
剣術ひと筋で少女時代を過ごした彼女には、あり得ない選択だった。
「それで、わたしは冒険者になることに決めたのよ。わたしの剣術を活かせる道で思い付いたのは、冒険者だけ。それで冒険者になるには、この国で冒険者がいちばん活躍出来る北辺、それも最も優れていると言われているグリフィニア、ってね。その辺は、この子たちと同じね。だから、グリフィニアに来たのは15歳で卒業して直ぐ。両親からは猛反対されたけど、なんとか説得してね」
あとはだいたい一般的なコースだ。
ギルドに登録し、剣士を募集していたパーティに入り、パーティの一員として働きながら冒険者の仕事や流儀を学んで行く。
レティシアが加入したのは、剣士と戦士、それから魔導士の3人だけのパーティだった。
そこに剣士のレティシアが加わり、接近戦に比重の高い4人パーティとなった。
リーダーはベテランの男性剣士で、魔導士も経験豊かな年配の男性。レティシアはこのふたりに助けられながら、冒険者のイロハを学んだ。
戦士はまだ20歳前の若い男性だった。そしてパーティで行動を共にし多くの仕事をこなして行くうちに、レティシアはこの戦士の男性と恋仲になり、やがては結婚する約束を交わすようになる。
レティシアは幸せだった。冒険者として充実し、めきめきと実力をつけて行く。
しかし状況が変わったのは、魔導士が体調を崩してからだった。
怪我なら回復ポーションや、回復魔法の出来る他の魔導士に頼んで治して貰える。
しかし彼はどうやら不治の病にかかっていたようで、年齢も冒険者としては限界に近かった。
そして、その魔導士があっけなく魂を召されてしまった後、パーティは新しい魔導士を加入させることになった。
そして入って来たのは、他領から流れて来た若い女性の魔導士だった。
「そこからは、もうよくある話よ。結婚を約束していた戦士の男を、その魔導士に寝取られちゃった。おまけに結婚資金にと預けていたわたしの分のお金を盗んで、ふたりはどこか他領に逃げたの。リーダーはこの事態にもう冒険者を続ける気力がなくなり、地元に帰ってしまい、パーティは解散ってね。尤もリーダーは、長年の友人が亡くなってしまったことも大きかったのね」
レティシアは、パーティの仲間と恋人と結婚資金に貯めていたお金とをいちどきに失い、ひとりになってしまったという訳だ。
それで心の傷を癒したいという思いもあって、アルタヴィラ侯爵領の実家に帰っていた。
しばらくそこでのんびり過ごし、そして当初の剣士として生きようという意欲を再び回復させ、グリフィニアに戻る途中でライナと出会ったのだった。
ライナはレティシアの語る話を聞いて唖然とし、可哀想なレティさんと思った途端に涙が流れて来てしまった。
「あらあら、また泣き虫のライナに戻っちゃったのね。あなたが泣かなくてもいいのよ。ほら、これで涙を拭いなさい」
「なんだ、ライナちゃんは泣き虫さんだったのかい。心が優しいんだね」
「この子、芯の強いところと泣き虫のところの両方があるみたい。でもありがとうね、ライナ。わたしのために泣いてくれて」
「ううん、レティさんがわたしにお礼なんて。それよりも、こんな子どものわたしにちゃんと話をしてくれて、ありがとうございます」
「いいのよ。わたしもあらためて順を追って話したら、とてもすっきりした。男を見る目が無かった自分が今更ながら恥ずかしいけど、当面は男とか恋とかなんていらないわ。冒険者で頑張る、そういう決心が出来た。それに、せっかく貯めたお金も随分と持って行かれちゃったから、また稼がないとだし」
レティシアは努めて明るく、冗談めかして大きな声でそう宣言した。
この世界では、いったん盗まれたお金が戻ることは滅多に無い。仮に逃げた男女を追いかけたとしても、その苦労に見合うものを取り返せる保証は無いのだ。
冒険者ギルドは、他領のギルドにもその盗人の男女の情報を流していて、もしどこかでギルド登録をしたという情報が入った場合、直ぐにレティシアに報せてくれることにはなっている。
しかし、仮にそれを知っても彼女が取り戻しに行くことはおそらく無いだろう。
万が一彼らを見つけた場合、レティシアはふたりとも殺してしまうだろうと自分でも思っていたが、そんな相手と二度と顔を合わせたくないとも考えていた。
「だからレティ姉さん、わたしたちと組もうぜ」
「そうよ。わたしたちも姉さんとなら心強いし、3人で稼げるし」
どうやらエヴェリーナとセラフィーナは、これを機にレティシアとパーティを組みたいと考えていたらしい。
そしてレティシアが立ち直り、グリフィニアに戻って来るのを待っていたようだ。
「そうだな。わたしもエヴェとセラが誘ってくれるのは、とても嬉しいよ。だけど、少し時間をくれないか。なにせ、今日、グリフィニアに戻って来たばかりだしな。それに……」
そう言って彼女はライナの方を優しい目で見た。エヴェリーナとセラフィーナもそれに気が付く。
「そうか、そうよね。この可愛い魔導士さんが、どんな実力を持っているのか、わたしたちもそのうち見せて貰わないとね」
「え、いまはライナの話だったっけ? なんでだ?」
「エヴェはあまり深く考えなくていいの。でもそうなったら楽しそうかも。ね、レティ姉さん」
「なんだ? 何がそうなったら楽しいんだよ、セラ」
「まあ、楽しみにしていなさい、セラ、それからエヴェ」
エヴェリーナとライナはキョトンとし、レティシアとセラフィーナにカリナも加わって、3人は楽しげに笑い声を上げた。
翌日、ライナはレティシアとカリナが用意してくれた朝食をいただく。
そのあとは昨日に購入した装備を身に着けて、建物の裏にある共同の中庭でダガーの使い方をレティシアから教わった。
「いいこと、ダガーは刀身が短いから、基本は斬るよりも突くよ。でも突くにしても斬るにしても、それが出来る距離にまで踏み込まなくちゃいけない。これを間合いと言うんだけど、ダガーを持つあなたの間合いはとても距離が短い。でも相手が槍だったら凄く遠いし、剣でも遠いよね。だったら、どうする?」
「えーと、もっと近づかなきゃいけない、だよね。そのためには、相手の攻撃を避けて……」
「そうね。でも初心者のあなたがいきなり、相手の攻撃を避けるなんて、まず無理ね。でもあなたが得意なのは何だったかしら。剣? それとも」
「あ、土魔法だ」
「そうそう。あなたは土魔法の魔法使い。剣士でも戦士でもないわ。だから魔法をうまく使って相手と闘うのがいちばん。そして二番目は、もし接近して闘わなければならなくなっても、決して慌てず、あなたの得意の魔法を活かして、そうしたら最後にこのダガーの出番があるかも知れない」
それから、基本的なダガーの扱い方や注意点を教えて貰い、鞘から抜いて突くや斬るのカタチと身体の体勢を実地に教わりながら暫く練習をした。
今日の午後にはギルド長からまた冒険者ギルドに来てくれと言われていたので、レティシアに連れられて出掛ける。
「お昼は中央広場の屋台にしましょ」
「うん、そうだね」
それで中央広場に出ている屋台でお昼ご飯を買い、ベンチに座っていただく。
「もう直ぐ冬至祭よね。えーと、いつだったかしら」
「レティ姉さん、明後日よ」
「そうか、そうだった」
「グリフィニアの冬至祭って、どんなの?」
「そうね、屋台がもっとたくさん出て、大きな焚き火が焚かれて、あ、そうそう、子爵さまと奥さまがいらっしゃるのよ」
「へぇー、そうなんだ。アナスタシアさまがいらっしゃるのね」
「そうよ。ライナもお顔を見ることが出来るわよ」
「ホント? 楽しみー」
それからふたりは冒険者ギルドへと向かった。
ライナとレティシアがギルドの大きな扉を開けて中に入ると、ホールに屯していた冒険者たちが目敏くふたりを見つけて近寄って来る。
「おー、なんとも可愛い冒険者じゃねぇか」
「あらー、可愛い子。たしかライナちゃんだったよね」
「今日から冒険者か。俺らの仲間だな」
「あんたたち、ちょっかいなんか出すんじゃないわよ」
「出さねーよ。だってほら、レティ姐さんがよ」
「レティさん、お久し振りです」
「こんにちはレティさん。復帰、ご苦労さまです」
「あら、ありがと。あなたたちも、ヒマそうにしてないで仕事をしなさい」
「そうなんすけど、まあ、冬至祭も近いですし」
「こいつら、何かって言うとサボろうとするのよ、姐さん」
「冬が越せないんじゃ、困るのはあなたたちよ。さあ、依頼を見つけに行きなさい」
「へーい」「はーい」
冒険者って強面の人が多いけど、みんな仲が良さそうよね。そうか、わたしもこの人たちの仲間になったんだ。
ライナはそんな冒険者連中をニコニコして眺めながら、自分が今日からカタチだけは冒険者の一員になったことをあらためて自覚する。
「ギルド長はいるかしら」
「あ、レティさん、ようこそ。それから、ライナさんだったね。少々お待ちください」
ホール奥のカウンターでギルドの職員に声を掛け、ギルド長を呼びに行って貰った。
暫しそこで待っていると、奥のドアが開いてギルド長とエルミさんがやって来る。
「おう、来たなライナ。なかなか良く似合ってるじゃねえか。レティの見立てだな。良い装備だ。レティもご苦労さま」
「こんにちは、ギルド長さん、エルミさん」
「それで、昨日の今日でライナを呼んで、どんな用件なんです?」
「まあ慌てるなって、レティ。そろそろで大丈夫かな、エルミ」
「ええ、良い頃合いよ」
「よし。では出掛けるぞ、ライナ、レティ」
「出掛けるんですか?」
「どこへ行くんだ、ギルド長」
「どこへって、そりゃ、ライナのお目当てのところさ」
「わたしのお目当てのところ??」
「子爵館だよ。ダレルに会いに行くぜ」
「ええーっ!」
これから、子爵さまがお住まいの子爵館に行くの? ダレルさんに会いに? いきなりなの? どうしよう、わたし。なんだか吃驚して緊張して来た。
ライナは突然のことに驚き、そして思わず横に立つレティシアの手を握ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。