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第7話 ライナの部屋

「よし、ギルド登録は済んだな、ライナ。これでおまえは、登録上はグリフィニアの冒険者だ。本当は12歳の年からだが、まあもう少しで年が明けるから、それは良しとしよう。それで家名は、無しなんだな?」

「はい、無しでいいです」


「無しでいいってことは……。まあいいだろう。ギルドはそこまでは関与しねえ。ほとんどの奴が家名なんかねえからな。だがよ、自分の大もとがどこにあるのかは忘れるな。それはおまえを縛るものじゃなくて、普段は見えなくても、おまえをどこかで支えているものだからな」

「はい」


「それじゃ、あとはレティに教えて貰え。あ、そうそう。明日の昼過ぎにでも、もういちど俺のところに来てくれるか」

「明日ですか?」

「ああ、頼むな」

「わかりました」


 エルミに連れられてギルドへの登録手続きが終わったライナのところに、冒険者ギルド長のジェラードがやって来てそう言った。


 彼はライナが手続きをしている間に、ライナが当面の金を持っているのか、寝泊まりの場所をどうするのかなど、いろいろ細々(こまごま)とレティシアに確認していたのだ。

「ジェラードは、じつは心配性」とアウニに突っ込まれていたギルド長は、「俺らはよ、ちゃんとした家庭や子どもとか、持てなかったからな」と少し照れて、そう弁解していた。




「じゃ、行くよ、ライナ」

「あ、はい。クリスさん、アウニさん、本当にありがとうございました」

「おう、頑張れよ。応援してるからな」

「グリフィニアにいれば、どうせまた直ぐに会える」


 レティシアにそう声を掛けられて、クリストフェルとアウニに礼を言い、ギルドの正面ドアへと向かう彼女を慌ててライナは追いかける。

 ギルドに残ったふたりは、これからここで他のパーティメンバーと待ち合わせをしているとのことだった。

 まだ顔を合わせていないその3人にもライナは会ってみたかったが、この街にいたらどうせ直ぐにまた会えるというアウニの言葉に、今はレティシアに従うことにした。


 レティさんがわたしの面倒をみてくれるって、わたしもお願いしますって言っちゃったけど、本当に良かったのかしら。

 なんだかこのギルドに来てから、物ごとの進むスピードが急に速くなった気がする。

 つい何日か前までは、バラーシュ村で自分にイライラするほど時間が進むのがゆっくりだったのに。

 場所が変わると、時間や物ごとの進む速さが変わるものなのね。


 そんなことを考えながら、あらためて冒険者ギルドの広いホールを振り返り、そして建物の外に出た。




「さあこっちよ」

「あ、はい」


 冒険者ギルドを出てアナスタシア大通りを行き、途中から折れて路地に入る。


 このアナスタシア大通りは、子爵館の前を出発してぐるりとグリフィニアの街の中ほどを一周し、再び子爵館の前に戻る街路だ。

 途中で、グリフィニアのほぼ真ん中にある中央広場を起点に放射状に伸びるサウス大通り、ノースウェスト大通り、そしてグリフィン大通りと交差する。


 先ほどまでライナたちがいた冒険者ギルドは、サウス大通りとの交差点の角にある。

 サウス大通りはライナたちが都市城壁内に入った南門に通じ、ノースウェスト大通りは北西門、グリフィン大通りは子爵館に通じるのだ。


 この放射状の直線街路によって、グリフィニアの街は東南地区、西南地区、北地区の3つの街区にわかれている。

 その3つの街区を一周して繋ぐ大きな街路が、アナスタシア大通りということになる。

 そしていまライナたちがいるのは西南地区だった。


 路地を入って行くと、先ほどまで歩いて来た大通りよりはずっと細い道の両側に、2階建ての建物が並んでいる。

 それぞれの建物には出窓やバルコニーが付いていて、暖かい季節になったらみんな花の鉢を出して飾るのよとレティシアが教えてくれた。

 アルタヴィラ侯爵領でもそうだが、夏至祭の時には街中が色とりどりの花で飾られ、とても華やかで美しいそうだ。

 そう言えば、あと数日で冬至祭だわ。グリフィニアの冬至祭ってどんなお祭りなんだろうと、バラーシュ村の祭しか知らないライナは少しワクワクして来た。



「着いた。はい、ここ」

「ここ?」


 ひとつの建物の前でレティシアは歩みを止め、その建物のドアを開ける。


「カリナおばさん、ただいまぁ」


 建物の中に入って直ぐに、レティシアはそう大きな声を出した。

 ホント、クリスさんじゃないけど、レティさんて可愛らしい声なのに大きな声が出るのよね。


「レティちゃん、いっつも大きな声だねぇ。帰って来たのかい」

「ただいま、カリナおばさん」

「はい、おかえりなさい。おや、その子は誰だい?」


「この子はライナ。ライナ、わたしがお世話になっているカリナおばさん」

「こんにちは、初めまして。ライナと申します」

「おや、随分と礼儀正しい子だね。わたしはカリナだよ。それでレティちゃん、この子は?」


「このライナをわたしが預かることになったのよ。この子、今日、冒険者になったばかりなの。ねえ、カリナおばさん。わたしの部屋の隣が空いてたよね。あそこを借りられるかな」


「おやおや、レティちゃんがこの子を預かったのかい。確かに隣の部屋は空いているけど、ちょっと話を聞かせて貰えないかね」


 ここはレティシアが部屋を借りている家だった。

 町中の家というのを知らないライナには、この建物が家とは分からなかったが、キョロキョロと内部を見回し、言われてみるとドアを入ったここは家のリビングのようだった。

 室内は広く食堂にあるような大きなテーブルと何脚かの椅子、そして向うにはソファなどもある。

 奥には暖炉に火が燃え、とても暖かい。そして部屋の横には2階に伸びる階段があった。


 ライナとレティは大きなテーブルの椅子に座り、カリナが紅茶を淹れて持って来てくれた。

 それで、ギルド長に話した内容よりはだいぶ簡略にしたが、冒険者になろうとグリフィニアにやって来た経緯をカリナに話した。ところどころレティシアが補足してくれる。



「なるほどねぇ。そんな遠くから、ひとりでグリフィニアに来ようとしたんだね。馬車でレティちゃんと会ったのは、アマラ様とヨムヘル様の思し召しさね、きっと」

「はい。わたしもそう思います。あとは、前の晩にお婆ちゃんが背中を押してくれて、決心が出来たから」


「そうだね。少なくともお家の誰かにちゃんと話して、賛成して貰って出て来たんだ。黙って家出したのなら、こうは行かなかったさ。お婆さまに感謝だ」

「そうですね」


「よし、わかった。レティちゃんの隣の部屋は、今日からライナちゃんの部屋だよ。ただし、部屋代はきちんといただくよ。尤も今日、グリフィニアに着いて冒険者になったばかりじゃ、まだ払えないだろうから、稼げるようになったらまとめて貰うようにしようかね」


「いえ、カリナおばさん。とりあえずライナの分もわたしが払うよ」

「ダメよレティさん。わたしがちゃんと払います。カリナおばさん、いくらですか?」


「ははは。これは、しっかりした娘さんだよ、レティちゃん。部屋代は1ヶ月で2,000エルだ。部屋に居るときは朝ご飯を食べさせてあげるから、それも込みにしとくよ」

「え、それでいいの? カリナおばさん。それに、わたしは朝食代が別になってるんだけど」


 どうやらカリナは、かなりやすい金額を言ったようだった。だがライナには、こういった金額の相場がまったく分からなかった。


「レティちゃん、あんたは一人前の、それも一流と言われる冒険者だろ。それに引き替えライナちゃんは、まだ生まれたばかりのヒヨッコだ。ヒヨッコには、栄養になる食べ物を与えるものさね。はははは」

「わたしはまだ、一流ではないけど……」


「ただし、朝食以外は別だよ。このカリナおばさんの手料理を食べたい時には、前もって言ってくれれば作ってやるからね」

「はい、わかりました」


「それはいいが、ライナは部屋代を払うお金は残っているのか? 冒険者の仕事をするには、最低限の装備も整えねばならないし」


 ああ、装備か。最低限というのがどのぐらいなのかライナには分からなかったが、少なくとも冒険者のみなさんが着ているような鎧装備なんかは必要なのだろうか。

 でも、アウニさんは随分と軽装だった気がするし、ましてやあの猫人のマリカさんとかは、かなり肌を出して不思議な格好をしていたわよね。



「あの、はいこれ。これで1ヶ月、お願いします」


 ライナはお婆ちゃんから貰ったお金の袋から、小金貨を2枚取り出してカリナに差し出した。

 まだ小金貨は何枚か入っていた筈だし、それよりも大きな金貨も4枚あった。あとは大銀貨や小銀貨、白銅貨、銅貨が何枚も入っている。


「おや、ライナちゃんのお婆さまは、ずいぶんとお金を渡してくれていたみたいだね。まだ残っているなら、お金を出す度にお婆さまに感謝するんだよ。そして早く、自分で稼いだお金を遣うようになるんだ」


「はい、御者のビアージョさんにもそう言われました」

「おや、ビアージョの馬車に乗って来たんだね。あいつもたまにはまともなことを言うもんだ」


 カリナはビアージョを知っているようだった。

 グリフィニアにどのぐらいの人がいるのかライナには分からなかったが、村人全員が知り合いのバラーシュ村から来たライナは、そんなものだろうと思う。



 それからライナは、カリナとレティに案内されて自分がたったいま借りた部屋に行く。

 それは階段を昇った2階で、廊下を挟んでふた部屋ずつ、4つの部屋のドアがあった。


「この奥がわたしの部屋で、手前の隣がライナの部屋だよ」

「中にはベッドがちゃんとあるからね。家具も少しばかり揃っているよ」


「あの、こっちのふたつのお部屋にも、どなたか住んでいるんですか?」

「ああ、住んでるよ。どっちも女の子の冒険者だ。つまり、あたしの家は、ライナちゃんも含めて女性冒険者だらけの貸し部屋って訳さね。あたしとしては、男を入れてもいいんだがね、なぜかそうなっちまった」


「えーと、すみません」

「あははは。ライナちゃんが謝ることはないんだよ。今のは冗談だ。ライナちゃんが乗って来た御者のビアージョがあたしと知り合いでね。グリフィニアまで女の子の冒険者を乗せて来ると、うちを紹介するものだからさ」

「わたしもそうなのよ」


 レティシアとカリナが共にビアージョと知り合いなのは、そういう理由だった。

 それにしても、女性冒険者ばかりのお家なのね。どんな人たちなのだろうかと、ライナは興味が湧く。みんな、グリフィニアを目指して来た冒険者さんたちよね。


「この家に、あたしひとりだったからね。まあ、女の子の冒険者ばかりで、安心ってことさね。さあ自分の部屋にお入り。ただし部屋の鍵なんかはないからね。その家具の引出しに鍵が掛かるから、大切なものはそこに仕舞うといい。鍵は引出しの中に入ってるよ」


 ドアを開けて中に入ると、ちゃんと毛布や枕の揃ったベッドに、小ぶりのテーブルと椅子。洋服などが納められる戸棚と引出し付きの家具があった。

 部屋は凄く広いとまでは言えないものの、バラーシュ村の家のライナの部屋よりも広く、充分なスペースがある。


 窓を開けると小さなバルコニーが付いていて、下には建物に囲まれた裏庭が見えていた。


「下の庭は、周囲の家が共同で使う中庭だ。まあ窓からの眺めはいいとは言えないけどね。部屋はどうだい?」

「ええ、とっても清潔でいいお部屋。凄く気に入りました。わたし、今日からここに住むんですね」


「ああそうだよ。ここが今からライナちゃんの居場所だ。気に入ってくれたようで良かったよ。それじゃ、家の中のことで何かあったら、あたしに直接言っておくれ」


 そう言うと、カリナさんは部屋を出て階下に下りて行った。



「どう、ライナ。カリナおばさんて、とってもいい人でしょ。わたしたちのグリフィニアでのお母さん。だから今日から、ライナのお母さんね。それにしても、今日は大変だったよね。疲れてない?」


 レティシアは、ライナが初めて言葉を交わしたときから比べると、随分と柔らかい言葉付きになっている。

 もしかしたら普段は剣士の冒険者として、わざとぶっきらぼうにしているのかも知れないと、ライナはなんとなく想像した。

 レティさんもきっと普段のレティさんに戻ったのね。だから、わたしも普段のわたしで話した方がいいわよね。


「うん、大丈夫よ。まだ元気。でも、なんだか色んなことが次々に進んで、ちょっと吃驚してるの」

「そうよね。村を出て王都に行って、それから直ぐにグリフィニアまで来て、ギルドに行ったと思ったら冒険者になっちゃって。こうして自分のお部屋も出来ちゃったからね。だけど進みついでに、もう少し先に進む準備をしておくよ」


 レティシアの言う準備とは、やはり装備のことだった。

 ライナは背負って来た荷物に着替えの服や下着、身の回りの物を詰めて来てはいたが、冒険者としてライナが着たり持つべき装備のことは何も知らない。


「まだ陽が高いから、少し休んだらお店に行ってみない? 冒険者の装備が揃う大きなお店があるのよ」

「うん、行ってみたい。いま直ぐでも大丈夫よ」


「うふふふ。ホントにライナは元気で疲れ知らずよね。それだけ元気なら、冒険者として充分にやって行けるわ。じゃ、わたしも荷物を置いて来るから、あなたも荷物を片付けたら下のリビングに集合しましょ。でもその前に聞いておきたいのは、お金のこと」


「お金のこと?」

「そう、装備は最低限にするとしても、揃えるからにはお金がかかる。じつのところ、あなたはどのぐらい持っているのかしら。ああ、言いたくなかったらいいのよ。もし足りなかったら……」


 ライナはレティシアの言葉が終わらないうちに、お婆ちゃんから持たされたお金を袋を出して、そこからテーブルにお金を出し始めた。



「ちょっと、ライナったら」


「えーと、大きな金貨が4枚。小さな金貨が、あと8枚で、大きな銀貨が、えーと16枚。それから小さな銀貨が……」

「もういいわ。出さなくていいから、それ仕舞いなさい」


 ライナがテーブルに並べた分だけでも29,600エルもあった。物によって物価はかなり異なるが、別世界の現代の日本円に仮に換算すると、30万円ぐらいになるだろうか。

 まだ袋から出していない小銀貨や銅貨なども、かなりありそうだ。

 この世界では、11歳の庶民の子だったら、持ち歩くには考えられない大金だった。


「ライナは、と言うかライナのお婆さまは、随分とお金持ちだったのね。それだけあれば暫くは暮らせるし、盗人に盗られたら大ごとだった……。まあいいわ。あなた、別にお財布袋も持ってたよね。それに大金貨を1枚と小金貨を2枚、それから銀貨や銅貨は何枚かずつ入れて、残りは鍵の付いた引出しに仕舞っておきなさい。とりあえずはそれで充分だから。鍵は忘れずに持って、絶対に無くさないのよ」


 そう言いながら、この子はやっぱりバラーシュ村の、とレティシアにはあらためて思い当たるのだった。



 暫くしてライナは階下のリビングに行き、直ぐにレティシアも下りて来る。


「じゃ、行きましょうか」

「うん」


「おや、またお出掛けかい?」

「ええ、ライナの装備を買いに行くの」

「そうかい。今晩はライナちゃんの歓迎会だからね。美味しい料理を作っておくよ。今夜はあたしの奢りだよ」


「えっ、ありがとうございます、カリナおばさん」

「それは楽しみ。それじゃ、行って来るね」


 ライナはレティシアに連れられて、再びグリフィニアの街に出掛けるのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。


本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。

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