第5話 到着、そして冒険者ギルドへ
ライナたちを乗せた乗り合い馬車は、ブライアント男爵領の領都の宿屋を出発してグリフィニアに続く街道を軽快に走っていた。
一昨晩に泊まった王都圏外れの町の宿屋、そして昨晩泊まったこの宿屋のどちらも、決して豪華とは言えないが、とても清潔で居心地の良い宿だった。
部屋も2部屋が確保されていて、男女に分かれて提供された。
ライナはレティシア、アウニと一緒の部屋に泊まり、グリフィニアの冒険者についていろいろな話を聞くことが出来た。
そして何よりもライナにとって新鮮だったのは、レティシアが剣士、そしてアウニが魔法と弓矢を駆使する現役の冒険者であることだった。
「わたしは剣士で魔法が使えないので、ライナの参考にならないと思うが、アウニさんは一流の魔法使いだからね。それもライナが会いたがっているダレルさんと同じパーティ、グリフィニアでいちばんのパーティにいたんだよ」
「あの、アウニさんはどんな魔法が使えるんですか?」
「わたし? 火、水、風。土も少し。それから回復魔法。でも、土魔法はダレルとは比べ物にならないほど下手」
「それでも、四元素魔法が全部に回復魔法。凄いです」
「アウニさんは弓も上手いのよ」
「エルフはたいてい、弓が得意」
「へぇー、魔法がそんなに使えても、弓も必要なんですか?」
「森の中では、いちばん攻撃力のある火を使ってはいけない。それに魔導士は、接近戦に弱い。だから、遠距離攻撃に弓、接近戦ではダガーを使う。あまり強くはないけど。わたしは回復がメイン」
魔導士は接近戦が弱点だ。力任せの物理攻撃に対抗出来る魔導士は限られる。
ライナの祖父が部隊長だった魔導士部隊は、混乱に陥った戦場でそのために逃げた。
剣も遣えた祖父がひとりで殿で敵を防いで魔導士を後退させ、そして祖父だけが戦死した。
「それじゃ、ダレルさんは?」
森の中での遠距離攻撃に弓矢を使い、接近戦ではダガーを振るうというアウニさんの話に、土魔法の達人だったというダレルはどうしていたのかを聞いてみた。
「ダレルは、大斧使い」
「ダレルさんはすごく背の高い人で、そこらの獣なら大斧を振るって一撃で倒したって。そうなんでしょ、アウニさん」
「ダレルなら、森オオカミの首ぐらい、ひと振りで断つ」
それってたぶん、もの凄いことなのよね。
森オオカミを見たことのない今のライナには、それがどんなに危険な闘いで、誰にも出来るものではないことなど知りようがなかった。
しかし、ふたりの女性冒険者の話を聞いているうちに、見たことがある筈のない戦闘の様子が頭の中に浮かんで来る気がした。
ライナは、ダレルがどういう風に土魔法を使って闘ったのかが知りたかった。
「土壁を立てて攻撃を防ぐ。大穴を空けて落とす。足首を地面に固める。石弾やストーンジャベリンを撃ち込む。そんな感じ。たぶん、もっと攻撃方法がある筈。それは本人から聞けばいい」
アウニはそう話してくれた。
土壁や大穴はライナにも出来る。足首を地面に固めるのは、先日の盗人商人にやった。
だが、石弾やストーンジャベリンという魔法は発動したことがない。
ジャベリンは投げ槍よね。石で作った投げ槍か。わたしにも出来るのかな。
もしもダレルさんに会えることがあったら、そのとき教えてくれるかしら。
レティシアとアウニの話から、魔法を使う一流の冒険者というのは、魔法だけでなくそれ以外の闘い方もこなすのだということをライナは知った。
そして戦闘の場が森なのか、そうでない場所なのかでも異なることを。
森の中の戦闘を重視するのは、やはりアラストル大森林という名の危険で巨大な森が直ぐ近くに存在する、グリフィニアの冒険者ならではだからかも知れない。
ライナはなんとなくそう思い、わたしも魔法以外の何かが出来ないとダメなのかしらとも思った。
ブライアント男爵領からグリフィン子爵領へと入り、最後の休憩を終えて馬車はグリフィニアを目指す。
街道の両側にはのどかな田園地帯が続くが、気温が徐々に低くなって来るようだ。
でも凄く寒くて、凍えて死にそうってほどでもないのね。
温暖なアルタヴィラ侯爵領からやって来たライナは、寒さには慣れておらずコートなどの防寒着も持っていなかった。
「寒いか、ライナ」
「うん、でも大丈夫です」
「グリフィニアの辺りは、レティやライナの故郷よりだいぶ北だからな。でもよ、大森林のおかげで、これでそれほどでもないんだぜ。雪も少ないしな」
クリストフェルの話では、グリフィン子爵領は西にティアマ海、東にアラストル大森林があり、そのふたつに挟まれた土地なのだそうだ。
ティアマ海は海流のおかげで北方でもそれほど冷たい海ではなく、また大森林はなぜか極寒にはならない。
なので雪もそれほど多くなく、凍てつくほどの寒さにはならないのだそうだ。
「俺は獅子人だから、寒さには弱いんだ。でもよ、大森林があるから、冬でもこうして冒険者をしてられる訳さ」
「クリスには、森林が似合う」
「へっ、だから王都とかでの仕事は苦手だぜ」
「ラインマーは大盾使いだし、ブルーノは行きたがらない。だからクリス」
「そうなんだがよ」
クリストフェルは戦士だ。アウニが口に出したラインマーとブルーノという名前は彼女とクリストフェルのパーティのメンバーで、あともうひとりメラニーという魔導士がいるそうだ。
主にそのメラニーが攻撃魔法、アウニが弓矢と回復魔法を担当する。
「グリフィニアが見えて来たぞー。もうひと息だ」
御者台のビアージョの声がした。その声にライナは馬車の窓から顔を出す。
王都と比べるとずっと小規模だが、頑丈そうな都市城壁が巡らされているのが見える。
そしてその右手から城壁の向うに、大きな森の風景が広がっていた。
それはどこまでも続いているように見える。とてつもなく巨大な森林。あれが何度も話題に上がっていたアラストル大森林だ。
「さあ、もう直ぐグリフィニアの南門だぞ。ライナ嬢ちゃんは、身分を示すものは何も持ってないんだったよな。どうする」
またビアージョの大きな声が聞こえた。この行程のなかで、彼もライナの事情は把握している。
「わたしが身元を保証する。衛兵に尋ねられたら、そう答えてくれ」
「レティさんの身元保証だな。たぶんそれで充分だ。良かったな、ライナ嬢ちゃん」
「レティさん、いいんですか?」
「いいも悪いも、それしかないだろ。わたしの故郷出身の娘なんだ。わたしが保証するさ」
「ありがとうございます」
馬車の車内では、クリストフェルが「よしっ」と声を出し、アウニが小さく頷いた。マッティオと奥さんのジリオーラもニコニコ笑っている。
ライナたちの乗った馬車はグリフィニアの南門に到着し、領都に入る馬車の列に並んだ。
そして、特に問題もなく手続きを終え、街の中へと入って行く。
グリフィニアの馬車の停車場は、街の中央にある中央広場の近くだ。
中央広場までは、南門からサウス大通りという真っ直ぐの街路が伸びている。
途中、アナスタシア大通りと呼ばれる街路との交差点を過ぎた。
「ほれ、あの角の建物が冒険者ギルドだ。けっこう立派な建物だろ」
「へぇー、冒険者ギルド……」
「グリフィニアで冒険者をするには、あのギルドに登録しないといけないのよ」
「そうなんですね」
「いま過ぎた通りは、アナスタシア大通りっていう名前なんですね」
「そうですよ。子爵様の奥様のアナスタシア様が嫁いでいらして、そういう名前になりました。いま話に出た冒険者ギルドと交差点を挟んで斜向かいには、私どもが所属する商業ギルドがあります」
マッティオがそう教えてくれた。
冒険者ギルドに商業ギルド。アナスタシア様の名前が付けられた大通り。バラーシュ村しか知らなかったライナには、何もかもが新鮮だった。
「さてライナ。グリフィニアに到着したよ」
「はいレティさん、着きましたね。わたし、グリフィニアまで来ちゃいました」
「凄く嬉しいのはわかるが、それでどうすんだよ、おまえ」
停車場で馬車を降り、マッティオ夫妻と別れ、いまライナはレティシア、クリストフェル、アウニの3人と、中央広場に出ている屋台で食べ物を買って遅めの昼食をいただいている。
「俺とアウニはこれから、ギルドに帰着の報告に行かなきゃならねえ。レティは?」
「わたし? わたしは特に用は無いよ。グリフィニアに帰り着いたら、自分の部屋に帰るだけ。でもねえ」
大人3人が屋台の串肉やらパンやらを食べながら話しているのを、ライナは3人の顔を交互に見て首を傾げる。
そうね、ここは皆さんの家や仕事がある地元。帰ったらそれぞれご用とか予定とかがあるのよね。
わたしはどうしよう。何も決めてないし、何も考えていなかったわ。
「仕方ないから、わたしもギルドに行くよ。ライナを連れて」
「そうだな。それがいいと思うぜ」
「それがいい」
レティさんも冒険者ギルドに行くのね。え? わたしを連れて?
「じゃあ食い終わったら、みんなでギルドだ。いいか、ライナ」
「え? わたしって、ギルドに行くの?」
「そりゃそうだろ。おまえ、グリフィニアで冒険者になりたいって、はるばるここまで来たんだろ。だったらまずギルドだ」
「あ、はい」
それでライナは、レティシアたちに連れられて、先ほど中央広場まで馬車に乗って来たサウス大通りを歩いて戻る。
グリフィニアはそれほど大きな都市ではないので、先ほどのアナスタシア大通りとの交差点まではたいした距離はない。
街路に沿って軒を並べるお店に目を取られながら歩いて行くと、程なくして冒険者ギルドの大きなドアの前に着いた。
「さあ入るぞ、ライナ」
「うん」
ステップを少し上がり、重厚な作りで古そうなドアをクリストフェルが開いて4人は建物の中に入る。
そこは大きなホールのような空間だった。
「へぇー」
ライナは立ち止まってキョロキョロと周囲を見る。
こんな大きな建物って初めて入るわ。うちの村でいちばん大きな建物は祭祀の社だったけど、こんなに大きくて中も広くない。
あ、あっちには人が随分といるわ。みんな冒険者さんかしら。
正面の向うには、なんだろ、あれ。たぶん、カウンターとかいうものよね。あの向うにも人がいる。
「おいおい、ずいぶんと可愛らしい嬢ちゃんだな」
「へっ?」
ライナが立ち止まってホールの中を眺めているうちに、レティシアたちは先にあのカウンターの方に進んで行ってしまった。
そうしたらいきなり誰かから声を掛けられたのだ。
「あの、わたしですか?」
「おうよ。このギルドの中にゃ、可愛らしい嬢ちゃんは嬢ちゃんしかいねえぜ。冒険者ギルドに用事でもあんのかよ」
近寄って来たその人族の若い男性は、見上げるような大男だった。背が高いばかりでなく、体格も良い。軽装の鎧を身に着けているが、全身に相当の筋肉が付いているのがわかる。
ふーん、見るからに冒険者さんよね。でも偉そうな口のききかた。よーく見れば、わたしより少しばかり歳上って感じじゃない。
そのとき、先に歩いて行ってしまっていたレティシアが小走りに戻って来た。
「なんだ、どうした。おまえ、確かニックとか言ったな。ライナに何か用か」
「あっ、レティさん。すんません、その」
レティシアが戻ったのに気が付いて、クリストフェルとアウニもやって来た。
「何かあったか? ん、ニックじゃねえか。おまえ、ライナに何かしたか」
「きっと絡んだ」
「おまえ、俺らの連れに絡んだのかぁ」
「いえ、レティさんやクリスの兄貴のお知り合いの嬢ちゃんとは知らず。アウニ姐さん、絡んでなんかいませんですよう」
「絡むとかわからないけど、この人がギルドに用事でもあるのかって聞いて来るものだから、冒険者になるためにって、答えようとしてたところなんです」
「ということだ、ニック。わたしが連れて来た子だが、何か文句でもあるの?」
「いえいえ、レティさんがお連れになったんじゃ、何も文句なんかありません。そうですか、冒険者になりに。こんな可愛らしいお嬢ちゃんが」
「ややこしいから、おまえはもう向うに行け。おい誰か、このデカイのを引き取れ」
「あ、すみませんクリスさん。いま直ぐあたしが回収します。ニックったら、可愛い子だからってやたらと近寄って声掛けるんじゃないよ」
「あら、マリカちゃん、久し振り。頼むね」
「レティさん、お久し振りです。ほれ、行くよニック」
ニックという若い大男を引っ張って行く、対照的にとても小柄なマリカさんは猫人の獣人族のこちらも若い女性だった。
冬だというのに、なにやら露出の多そうな薄着の服装をしている。
「まあ、これが冒険者ギルドだ。怖くはなかったかよ、ライナ」
「いえクリスさん、ちっとも怖くはないですよ。大きくて生意気なので、少し吃驚してただけです」
「ライナは泣き虫なのかと思ったら、意外と肝が据わってるんだな」
「クリス、話しただろ。ライナが盗人の足を地面に固めた話」
「おお、そうだったな」
4人はホール正面のカウンターの前に着いた。
「アウニ、お姉さんはいるかな」
「たぶんいる筈」
アウニさんがカウンターの向うにいたひとりの男性を呼んで、「姉さん、いる?」と声を掛けた。
この男性は服装からして冒険者ではないようだ。
「あ、アウニさん。エルミさんは奥におられます。ただいまお呼びして参りますので、少々お待ちを」
男性はそう言うと、奥に走って行った。
それから暫くして、正面の奥にあるドアが開き女性と男性のふたりが出て来た。
女性の方はアウニさんに良く似ているから、あの人がエルミさんというお姉さんなのだろうとライナは直ぐに分かった。つまりあの人もエルフさんよね。
そしてもうひとりの男性は、それほどの長身ではないが凄く体格が良いおじさんだ。
「お、ギルド長も来たのかよ」
そうクリストフェルが呟く。
と言うことは、あの人がこの冒険者ギルドでいちばん偉い人なの?
その厳ついギルド長をライナがじっと見ていると、こちらに近づきながら彼はライナを見つけたようで、おやっという表情をし、それからニカっと笑いかけて来たのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。