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第4話 グリフィニアへの道

 レティシアが交渉してくれた馬車は、確かに彼女が言っていた通り先ほどまで乗って来た馬車よりも大きく、同じ二頭立てではあるものの馬も逞しそうだった。


「レティさんの頼みじゃしょうがねえよなぁ、まあうちは5人か6人しか乗せないのが慣らいだがよ、今日の客はレティさんを入れて5人だ。つまり、その可愛らしい嬢ちゃんが乗っても定員のうちってこったね」


「すまんなビアージョさん。よろしく頼むよ。この子はライナちゃんだ。ライナちゃん。この人がグリフィニアまで連れて行ってくれる、御者のビアージョさん。顔が怖くて口は悪いが、とても優しいおじさんだ」


「顔が怖いって、なんだよ。あ、ライナちゃんには怖えーか。まあ、よろしくな」

「いえ、ちっとも怖くありませんよ。ちょっと、厳つい感じだけど。でも、急なお願いですみません。乗せていただけるなんて、本当にありがとうございます」


「ははは、ライナちゃんは正直だな。うちはよ、グリフィニアの馬車屋だ。王都やほかの土地の馬車屋は知らねーが、俺らは地元の冒険者とは仲がいいし、お互いを大切にする。それが北辺の流儀だ。だからレティさんの頼みごとを無碍にすることはねえんだ。ただし、商売だから料金はちゃんといただくけどよ」


 レティシアとは馴染みらしい御者のビアージョはそう言うと、ライナが言った通りの厳つい顔を崩して、ニカッと笑った。

 北辺の流儀か。グリフィニアの人たちって、地元を大切にしていて仲がいいのね。

 レティシアとビアージョの会話に少し加わっただけなのに、ライナはなんだか嬉しい気分になった。



 王都からグリフィニアまでは2泊3日。

 午前中に王都を出発する便と、午後いちばんに出る便の1日2便だそうだ。

 朝便は翌々日の午前にグリフィニアに到着し、午後便は同じく翌々日の午後過ぎに到着する。

 途中の宿泊地点は、王都圏の外れにある直轄領の街道沿いの町と、ブライアン男爵領の領都の2ヶ所。

 午後便は宿泊地に夜遅く到着するが、翌日の出発も遅めの時間なのだとか。


 料金の仕組みは、先ほどまで乗って来た乗り合い馬車と同じく、食事代、宿泊代と運賃を合わせた料金と、運賃のみの2種類だが、この馬車の場合は2泊3日の旅ということもあって、すべて込みの料金を払う乗客がほとんどということだった。


「すべて込みで1,000エルだが、ライナちゃんに払えるかね」

「もし足りなかったら、わたしが少し出すぞ」

「いえ、払えます。はい、これで」


「おお、小金貨なんぞをお持ちかよ。ライナちゃんは、どこかのお嬢様か」

「ううん。お婆ちゃんが貯めていたお金を、ぜんぶ渡してくれて」

「そうかいそうかい。いい婆ちゃんだな。まだ残ってるなら、その度に感謝して使うんだぞ」

「はい、そうします」


 アルタヴィラ侯爵領から王都までは、1泊2日で400エルだった。

 グリフィニアまで2泊3日で行くこの馬車は1,000エルだから倍以上だ。

 レティさんが少し料金が高いが、ずっと良い馬車で安心して旅が出来ると言っていたが、そうだといいわよねとライナは思う。

 でも確かにこの馬車は頑丈そうで、さっきよりは快適な旅になりそうだ。


「さあ、出発は昼が済んだ後だ。昼飯食べて、しっかり腹ごしらえをしてくるといいぞ。ただし、遅れるんじゃねーぞ。金は払って貰ったが、出発に遅れたら置いて行くからなー。そしたら俺らの丸儲けだ。はっはっは」


 ふたりが乗っても乗らなくても同じように馬車は動くんだから、ぜんぶの丸儲けにはならないわよね。

 ビアージョのどでかい声を背に受けながら、ライナはそんなことを考える。

 でも、まずはお昼ご飯よね。レティさんが食堂に連れて行ってくれるそうだ。

 王都のご飯、ちょっと楽しみね。




 ふたりで入った食堂は、乗り合い馬車の発着場近くの店なだけあって、旅に出る商人姿の客が多かった。


「王都は内陸の街だからね。魚は頼まない方がいい。無難なのは、肉と野菜の煮込み料理だよ」

「だったらわたし、それを食べます。そうか、王都ってお魚はダメなのね」


 ライナが生まれ育ったアルタヴィラ侯爵領はティアマ海に面した貴族領なので、わりと海産物は豊富だ。

 彼女のバラーシュ村は海からは少し離れているが、それでも魚介類は行商の商人が持込んで来るので、子どもの時から親しんでいた。


「グリフィニアは、お魚料理とかはどうなんですか?」

「ああ、グリフィン子爵領にはアプサラという港町があってね、グリフィニアからその日のうちに行ける距離だから、魚も美味しいぞ」

「へぇー、そうなんだ」


 ライナとレティシアは同じ肉と野菜の煮込み料理を注文し、旅の商人が多い店だけあって美味しくボリュームも満点だった。



「それでライナちゃんは」

「あ、ライナでいいです」

「そうか、ではライナ。ライナに聞きたいことが、いくつかあるのだが」

「はい、なんですか?」


「そうだな、まずはさっきのことだ」

「さっきって、ああ、あの盗人商人のことですか?」

「そうだ。あいつの足を固めたのは、あれはライナだよな? あれって魔法か?」


 やっぱりその辺は説明しないといけないわよね、とライナは考えた。

 たぶんレティさんは、わたしがなぜグリフィニアに行こうとしているのかを聞いて来る筈だし。


「あれは、土魔法です」

「そうか、土魔法なのか。あんな風に足を地面に潜り込ませて固めるなんて、凄いな。ライナはその、魔導士なのか」

「魔導士? あははは。わたし、魔導士なんかじゃないですよー。だってまだ11歳だし。ただ、わたしって、8歳から魔法を練習して来たから」


「そうか、8歳で魔法適正を見て貰ったのだね」

「はい。うちの村では8歳になる子は、領都から騎士団の魔導士に来て貰って、魔法適正を見て貰うんです」

「ほう。それはたいした村だな」


 その話を聞いてレティシアは何かを考えている風だったが、ライナは話を続けた。


「わたし、魔法の適正はあったんです。でも、土魔法しかうまく発動出来なくて。だからその時から毎日、土魔法の練習ばかりして」

「それで、あれが出来るようになったということか」


「あ、レティさん。もうそろそろ行かないと、置いてかれちゃいますよ」

「おっ、そうだな。金を払ったのに置いて行かれたら敵わないぞ。よし、行こう」



 ライナたちが乗り込んだ乗り合い馬車は、座席も簡素な板張りとかではなく、綿を詰めた革張りの座席で座り心地がいい。

 車内も広く、6人が乗っても余裕のあるスペースが確保されていた。


 乗客は御者のビアージョが言っていた通り、レティシアとライナ以外に4人。

 グリフィニアから王都に働きに出ていて、冬至祭を控えて帰省するというご夫婦がひと組。

 それから、レティシアと同じように武装した若い男と、もうひとり凄い美人の若い女性だった。

 でもこのふたり、なんだか普通の人と様子が違うわ。どうしてかしら。あれ? 耳が。


「お、レティじゃないか。王都でどうしたんだ?」

「そっちこそ、どうしたんだ。わたしは、ちょっと実家に帰っていたのよ」

「ああ、おまえんとこのパーティ、解散したんだよな」


「それは話題にしなくても、いいでしょ。それよりそっちこそ」

「ああ、悪かった。俺たちは王都で仕事だったんだ。まあ、つまんねえ護衛仕事だったがな。ギルド経由で依頼が来たんじゃ仕方がない。それで、こっちの冒険者も何人か付くって言うんで、俺とアウニだけで来たって訳さ。なんせ、回復が出来るやつがこっちにいないって言うもんでな」


 ライナは、その若い男性とレティシアとのやり取りをキョトンとした顔で聞いている。

 あれれ、この人、耳だけが違うんじゃなくて、尻尾もあるわ。と言うことは、獣人族の人なのよね。

 アウニと呼ばれた凄い美人の女性には尻尾はないみたいだから、こちらは獣人族の人とは違うようだ。

 しかし、レティさんとの会話からすると、この人たちもグリフィニアの冒険者なのだろう。



「そっちのお嬢ちゃんは、レティの連れか?」

「ああ、この子とは王都に来る途中で知り合ったんだ。ひとりでグリフィニアに行くと言うのでな」


「おおそうか。こんな女の子が、ひとりで。俺はクリストフェルだ。クリスでいいぞ。こっちはアウニな」

「ライナ、です」

「ライナちゃんか。さっきから俺とアウニのことを見てるが、どうだ、獣人族は珍しいか」


「はい。お会いしたのは初めてで、それでちょっと珍しくて。あのー、じろじろ見てて、すみません。でも、アウニさんは獣人族の方ではないですよね」

「お、はきはきした嬢ちゃんだな、ライナは。俺は獣人族の獅子人だが、アウニはエルフのお姉さんだ」

「エルフさん……」


 エルフは精霊族だ。いくつかある精霊族は、それぞれに始祖が精霊だという伝承を持ち、人族よりも長い年月を生きるという。中でもエルフは最も長命だとライナも聞いたことがあった。


「こんにちは、アウニさん。よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 アウニはそうひと言、口を開いて、あとは黙ったままだった。


「アウニは無口だからな。まあ気にしないでくれ」


 そうなのね。ここにいる誰にも関心が無さそうで、何を考えているのかもさっぱりわからなそうだけど、でも本当はきっと優しい人よね。

 それにこの中ではいちばん若く見えるけど、エルフさんだから人族と違って見た目で年齢は判断出来ないのかしら。


 アルタヴィラ侯爵領全体ではどうなのか知らないが、バラーシュ村にはもちろん獣人族や精霊族の人はひとりもいなかった。

 さっきの王都でも、食堂とかでは見かけなかったし、グリフィニアって人族以外の人もたくさんいるのだろうかと、ライナはこれから行くグリフィン子爵領がますます不思議な場所のように思えて来るのだった。




「それで、ライナはどうしてグリフィニアに行くんだ? 親戚とかでも居るのか? それとも働きに?」

「あの、働きに、です」

「おや、そのお嬢さんは、グリフィニアに働きに行くのですか?」


 それまで静かだったもうひと組の乗客の男性の方が、興味を覚えたのかそう聞いて来た。


「ああ、口を挟んで申し訳ありません。私はソルディーニ商会王都支店のマッティオと申しまして、こっちは妻のジリオーラです」

「ソルディーニ商会の方か。里帰りだな?」

「はい。妻と王都勤めなのですが、今年はお休みが取れまして」


「冬至祭は、やっぱりグリフィニアだよな」

「はい。子供たちを祖父と祖母に預けてますしね」

「そいつは、帰り着くのが待ちきれねえぜ」


「ええ、そうなんですよ。あ、それで口を挟んだのはですね。遠方の他の貴族領の女の子が、おひとりでグリフィニアに働きに行くなんて、とても珍しいと思いまして。そちらのライナさんには失礼でしたが」


 マッティオという男性は商会勤めの人だけあって、グリフィニアで働くという女の子に興味を覚えたようだった。


「ソルディーニ商会と言えば、王都やいろんな町に支店を出してる、グリフィニアでいちばんでっかい商会だろ。そんなソルディーニ商会でも、珍しいのか?」

「うちですと、支店で下働きの商会員を雇うときは、その土地の人間を雇います。それで支店からグリフィニアの本店に他領の者が行くことはありますが、それは支店で相当の年月、経験を積んだ場合ですね」


「なるほどな。そうすると、遠くの貴族領の女の子が、グリフィニアのどこかで雇われてひとりで行くなんてのは、滅多に無いって話か」


 この馬車に乗っている5人の大人たちは、ライナがなぜグリフィニアに行こうとしているのか、じつは本当の事情や目的が別にあるのだろうと勘づいていた。

 あとは本人が正直に話すのか、それともおせっかいだが心配なので強引にでも聞き出すか。



「あの、わたし、働く場所とか決まってないんです。えーと、家出して来ました」

「なんだって。家出して来たのか、ライナは」


 レティシアが吃驚して大声を出した。他の大人たちも、それぞれ驚いた顔をしている。


「でもでも、お婆ちゃんには話して、行って来いって背中を押されてお金を貰いました。お母さんには手紙を書いて来たけど」

「お父さんとかは」


「お父さんと兄さんは、仕事で離れているので。お父さんとお母さんには、お婆ちゃんが話してくれるって。だからおまえは、前だけ見て進めって」


 ライナの目からは涙が溢れて来た。村を出て王都までは、初めての旅の経験から緊張と興奮で泣く暇なんて無かったのに。

 なぜか本当のことを言った途端に、涙が流れる。


「ああライナ、泣くな。ほら、これで拭って。大声を出して悪かった」

「まったくだぜ。レティは可愛らしい声のくせに、出す声はでけえからな」


「クリスは煩いぞ。なあライナ。もし良かったら、わたしにもう少し詳しく話してくれないかな。ライナがどうして家を出たのか。どうしてグリフィニアに行こうとしているのか」




 それからライナは、馬車に揺られながらゆっくりと、考え考え自分のことを話した。


 自分が8歳の時、騎士団から来た魔導士に見て貰って、土魔法の適正があるのが分かったこと。

 だけど、騎士団では土魔法だと役に立たないから魔導士になれないこと。

 でもそれからひとりで魔法を訓練して、自分は魔法を活かして生きて行きたいと考えるようになったこと。

 でも、騎士団の見習い学校に入るつもりもないし、王都のセルティア王立学院を受験するつもりもなかったこと。


 それでずっと悩んでいたのだけど、先日、8歳の時に魔法適正を見てくれた魔導士が、王立学院の先生になるため王都に行く途中で自分を訪ねて来て、グリフィン子爵家のアナスタシア様のことと、土魔法の達人だという庭師さんの話を聞いたこと。

 もしかしたらグリフィニアに行けば、土魔法でも何か自分の道が拓けるのではないかと考え、その庭師さんと同じように冒険者になろうとグリフィニアを目指すことにしたこと。


 うちのお婆ちゃんは、昔は騎士団の魔導士で、魔法で生きようとする者のことは、普通の人にはなかなか分からない、魔法は何かに縛られたら本当には活かせない、というようなことを、そのお婆ちゃんから言われたのも付け加えた。



 馬車の車内では、ライナが話し終えると誰も何も言わず、ただ車輪が土を踏んで転がる音だけが聞こえていた。

 やがてレティシアが、おずおずと口を開いた。


「ライナの話を聞いていて、やっと思い出したのだ。先代が魔導士部隊の部隊長だった騎士の領地のある村では、毎年8歳の子のために騎士団の魔導士が村を訪れて、魔法適正を見ているという話を」

「それって、わたしの村のことですね」


「ライナのお婆さまが、昔に騎士団の魔導士だったことや、王立学院の教授になるようなその若い魔導士が、わざわざライナを訪ねて来たことを聞いて、わたしは何となくライナの家のことが分かったよ。でもそれは、いまはいい。それよりも、グリフィニアで冒険者になろうという目的の方だ」


「おお、そうだぜ。おまえ、冒険者って何をして暮らしてるのか、知っているのか?」

「えーと、魔獣を倒したり、悪いやつを懲らしめたり?」


「まあ、そういうことをする場合もある。だが普段は、薬草を採って来たり、町で頼まれ仕事をしたりの地味な仕事だ。大森林に入れるようになれば、獣を狩って毛皮や肉とか役に立つ部位なんかを売れるがな」


「そう、初めは面白く無い下積みからよ。それを続けて経験を積んで、ギルドから認められないと、グリフィニアでは大森林には行けないしね。だから、魔法を使うのは……」

「土魔法は、とても役に立つ」


「アウニ。おまえ、ちゃんと聞いてたんだな」

「聞いていた。もういちど言う。土魔法は役に立つ。ダレルを見ればわかる。それに、その子のお婆さまが言ったことは正しい」

「そうか、ダレルさんか。アウニが言うなら間違いねえな」


「あの、ダレルさんて?」

「ライナ、おまえが話していた、土魔法の達人の庭師だぜ。アウニの昔の仲間だ」



 どこにいるのか分からない相手でも、本当に会いたいと心から願うなら、知り合いの知り合いと、ふたりか3人ぐらいを辿れば会えるのだという。まさにその通りだった。

 いま同じ馬車の中に、ライナが会いたかったひとり、土魔法の達人の庭師が昔の仲間だというエルフさんが座っていた。



お読みいただき、ありがとうございます。


本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。

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