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第13話 グリフィニアの冬至祭

 今日は冬至祭の日、正確には冬至の前日の冬至祭イヴだ。

 各地の都市や町、村々では今日と明日の2日間、冬至祭が行われる。

 祭の様子はどこでもだいたい同じで、メインとなる会場に大きな焚き火が焚かれ、屋台が出て大道芸や楽団の演奏、誰でも参加出来るダンスなどが行われる。


 ただしグリフィン子爵領のような寒い地方では、冬至祭の場合はダンスに参加するよりも屋台巡りをしながらお酒と温かい食べ物を楽しむ人たちの方が多い。

 ちなみにグリフィニアだけの名物として、祭りの会場となる中央広場のど真ん中に、色とりどりに飾り付けられた巨大なアラストルトウヒの樹木が立てられるようになるのは、もう少し後年の話だ。



 ライナは同じ下宿に住むレティシアやエヴェリーナ、セラフィーナに連れられて、グリフィニアの中央広場にやって来た。


「わぁー、賑やかねー」

「そうだろ、夏と冬、年に2回の大きな祭りだからな」

「屋台で何食べる?」

「もー、エヴェったら、いま来たばかりでしょ」


 この中央広場はレティシアが言った通り、グリフィニアの年に2回の祭、太陽と夏の女神アマラ様に感謝を捧げる夏至祭と、月と冬の男神ヨムヘル様に同じく感謝を捧げる冬至祭のふたつの大きな祭りの会場となる。


「でもさ、冬至祭と言ったら、屋台で飲み物と食べ物を買って食べるのが最大の楽しみだろ」

「食べ物以外にも、飾り物や雑貨、食器、骨董品とか、色んな店が出てるのよ。そういうのを見て廻る楽しみ方が、エヴェには出来ないんだよねー」


 普段から中央広場で店を開いている屋台以外に、祭りの時には街中の商店が店を出店するので、かなりの数が軒を並べる。

 もちろんエヴェのように、もうもうと冬の冷気の中で煙や湯気を上げて様々に美味しそうな匂いを漂わせる、食べ物屋台や出店に人気が集まるのは確かなのだが。



「そろそろ、子爵様と奥様のお出ましよ」

「そうみたいね」

「これで、やっと祭りが始まるぜ」

「これで始まるの?」


「ああそうだよ、ライナ。グリフィニアの冬至祭と夏至祭は、子爵さまの開始のお言葉で始まるんだ」

「そうなんだ」


 ライナがいたバラーシュ村では彼女の父が村の領主ではあるのだが、騎士として領都の警備任務に就いていて不在であるのが通常なので、村を預かる村長や従士家の人たちが音頭を取ってなんとなく始まる。

 だがこのグリフィニアは、領主である子爵様のお膝元なのをあらためて実感する。


「おや、お出ましになられた」

「お嬢さま方も一緒ね、あらカワイイ」

「え、どこどこ」


 エヴェリーナとセラフィーナ指差す方を見ると、広場の奥に少し高くなったステージが据えられていて、背が高くがっしりとした男性と、寒そうにしながらも笑顔を浮かべ、そこだけ花が咲いたような見える女性がその壇上に上がっていた。


 アナスタシアさまだ。とてもお奇麗でステキだわ。

 つい一昨日にあんなに間近でお会いしたばかりなのに、こうして壇上に上がり手を振っている姿を遠くから眺めていると、やはり遠い存在なのかなとライナは思う。


 お隣にいる精悍そうな男性が子爵さまね。それからアナスタシアさまの左右に手を繋いでいらっしゃるのが、ふたりのお嬢さまか。

 あのザカリーさまは来てないのね。まだとてもお小さいものね。


 大きい方のお嬢様がヴァネッサ様で、小さい方がアビゲイル様だとレティシアが教えてくれた。

 ヴァネッサが来年に6歳でアビゲイルが4歳。ヴァネッサは今年からもう、騎士団で見習いの子たちに混ざって剣術の稽古をしているのだという。


「へぇー、そんなに小さいときから、子爵さまのお嬢さまなのに剣術のお稽古をするの?」

「グリフィン子爵家は特別なのよ」

「なにせ、王国一の武勇の誉れ高い貴族家だからなぁ」


 グリフィン子爵家って、アナスタシアさまの魔法だけじゃなくて剣術も凄いのかしら。王国一の武勇かぁ。


 壇上では子爵様が話し始めた。屋外でライナが立っている場所はステージから少し離れているのに、その声や話す内容が良く聞こえる。


「子爵さまって、声が大きいのね」

「あれは戦場声って言うらしいよ。たくさんの騎士や兵士が戦っている戦場で、どんなに騒がしくても、大将は遠くの自分の部隊に自分の声を届かせないといけないから、よく通る声や話し方をするんだって」

「そうなんだ。でも、寒いから大変よね」



「それでは、これからの厳しい冬を笑顔で乗り越え、暖かで豊かな春を迎えるために、ヨムヘル様に感謝を捧げて、ただいまより、グリフィニアの冬至祭を始めるぞ。みんな、楽しんでくれ」

「おーっ」「わぁーっ」


 子爵様の挨拶と冬至祭開始の宣言が終わると、中央広場は歓声と拍手に包まれた。

 そして子爵様ご夫妻とふたりのお嬢様が、手を振りながらステージを降りて行く。


 集まった領都民の間からは「アナスタシアさまーっ」という歓声がとても多い。

 グリフィニアでは彼女が嫁いで来て以来、とても人気が高いとライナは聞いていたが、本当にその通りのようだった。


「よおし、始まった。屋台に行くぞ、ライナ」

「あ、はい」

「エヴェったら、やっぱりまず食べ物屋台?」

「あたりまえだ。たくさん食べるぞ、ライナ」


 あちこちの屋台から好きな食べ物と飲み物を買って来て、各所に設置されている立食テーブルで立ちながら飲み食いをするのが祭りの流儀だ。

 主にエヴェリーナが先頭に立ち、肉の串焼きやら海鮮の焼き物やら様々な食べ物とワインを買って来て、4人でテーブルを囲む。



「グリフィニアの冬至祭名物と言えば、これでしょ」

「揚げ菓子?」

「フライドムーンと言ってね、ヨムヘルさまに捧げる揚げ菓子よ。とっても美味しいわよ」


 そのフライドムーンというお菓子を見ると、まん丸の満月から半月形、三日月形といろいろな月の形をしている。

 小麦粉の生地を油で揚げて、砂糖やハチミツ、果実ジャムなどが塗られて種類も豊富だ。


「フライドムーンは最後、最後。まずは肉に魚に貝に……」

「ライナちゃん、エヴェは放っておいていいからね」


「しかし、あいつはホントによく食べるな」

「レティ姉さん、エヴェは食べるために生きてるから」

「でも、あんなに食べても、ぜんぜん太ってないよね」

「あの子は、食べたのを消費するのも半端ないのよ。昨日の訓練で見たでしょ」


 確かにエヴェリーナは疲れ知らずで、その底なしのバイタリティにはライナも驚きを隠せなかった。


「どんなに強い相手と闘っても、最後まで生き残って動いていられる者が勝ちっていうのが、あの子の持論なのよね」

「まあ、間違いではないがな」



 ライナたち4人がそうやって立食テーブルで屋台の味を楽しんでいると、周囲がざわざわし出した。


「あら、どうしたのかしら?」

「あっ、あっちを見て」

「アナスタシアさまのご一行だね」


 まだ食べて飲むのに夢中になっているエヴェリーナは置いておいて、レティシアが見ている方向にライナとセラフィーナは目を向ける。

 するとそちらには、アナスタシアとふたりのお嬢様が何人かの侍女を従えて、屋台や出店を覗きながら歩いて来るのが見えた。


 その一行が進む周囲の人たちからは、「こんにちは、アナスタシア様」とか「ヴァネッサ様、アビゲイル様、カワイイわー」などと声が掛かる。

 またライナたちの近くで食事を楽しむ人たちも、領主夫人一行に目を奪われていた。

 ライナもその華やかな様子に、目が離せなくなる。

「お、アナスタシアさまとお嬢さまだな」と、エヴェリーナも気が付いたようだ。


「おい、なんだかこっちに来られるぞ」

「そうみたいよね。お側で拝見出来るかしら」


 いや、こちらにいらっしゃるみたいだわ。ライナはついさっき、自分とアナスタシアの目が合った気がしたのだ。

 そのとき、アナスタシアがニッコリ微笑んで、なんだか小さく頷いた気がした。


 あ、やっぱりこちらにいらっしゃるわ。えーと、どうしましょう。

 今日は先日と違って冒険者の装備じゃなくて普段着だし、みすぼらしくないかしら。

 ライナは村住まいとはいえ曲がりなりにも騎士爵の娘だったので、普段着でも決して貧相な服ではなかったのだが、世間を知らないライナにはそういった自覚が無かった。



「ライナちゃーん、先日振りね。レティシアさんも、こんにちは。あらあら、今日のライナちゃんは可愛いわね。それから、美人のお姉さんたちとご一緒なのね。みなさん、冒険者なのかしら」


 いきなりアナスタシアから元気よく声を掛けられた4人は、一瞬、声も出ない。

 ただただ頭を下げて、礼をするばかりだ。


「お祭りなんだから、畏まらなくていいのよ。さあさ、お顔を上げなさい」

「アナスタシアさま、先日はありがとうございました」

「いいのよ、ライナちゃん。それでこちらのおふたりは?」


「アナスタシアさま、こんにちは。このふたりは冒険者仲間で、わたしとライナと同じ下宿に住んでおります、エヴェリーナとセラフィーナです。ほら、ご挨拶を」

「あ、あの、はじめまして。エヴェリーナと申しますです」

「セラフィーナでございます。お目に掛かれて光栄です」


「いいのよ、お硬い挨拶なんか。そうそう、ライナちゃん。こっちに来て」

「あ、はい」


「この子がヴァネッサで、こっちの子がアビゲイル。ザックのお姉ちゃんよ。ほら、ヴァニー、アビー、ライナちゃんよ。このお姉さんは土魔法の天才なのよ」


「ヴァネッサです。こんにちは、ライナさん」

「アビゲイル、です。こんにちは」

「はい。こんにちは、ライナです。土魔法の天才だなんて……」


 ふたりの美しいお嬢様は、きらきら輝く目でライナを見ていた。


「ほほほ、謙遜しなくていいのよ、ライナちゃん。じゃ、わたしたちは行くわね。あまり一ヶ所に留まっていると、皆さんのお邪魔になっちゃいますからね。では、また遊びに来なさいな」

「はい、ありがとうございます」



 ヴァネッサとアビゲイルもバイバイと小さな手を振り、一行は去って行った。

 ライナが気が付くと、大勢の人たちがここを囲んでいて、今のアナスタシアとライナたちのやり取りを眺めていたようだ。


「おい、あの子、土魔法の天才だとよ」

「アナスタシアさまがおっしゃられるのなら、そうなのね」

「土魔法と言えば、ダレルさんだろ」

「すると、ふたり目の土魔法使いがこのグリフィニアに現れたってことか」

「でもあんなお嬢さんなのに、もう冒険者なのね」

「と言うか、4人とも冒険者のお嬢さん方なんだろ」


 そんな周囲の声が聞こえ、視線が少しくすぐったい。


「おい、ちょっと恥ずかしいな.」

「なんだか注目されちゃったみたいよ、わたしたち」

「えーと、ゴメンナサイ、わたしのせいで」

「ライナのせいじゃないよ。と言うか、アナスタシアさまは良くライナを見つけたよね」


 少々居心地の悪くなったライナたちは、場所を移動することにした。

 それで今度はセラフィーナが先導して、雑貨や飾り物などの出店を見て廻る。

 食べ物以外には関心がないのかと思われたエヴェリーナも、可愛い装飾品や雑貨、置物などが好きなようだ。



「この子の1位は食べることで、2位が闘うこと、3位にカワイイものなのよ」

「おい、間に戦闘が入ってるのは、女子として変じゃないか」

「でもそうでしょ」

「まあ、そうだけどな」


 さっきはちょっと驚いちゃったけど、グリフィニアの冬至祭ってホントに楽しいわ。

 レティさんもエヴェさんもセラさんも、知り合ったばかりだけど、とても大好き。


 明日で今年は終わり、新しい年がやって来る。そしてライナは12歳になる。

 もう子どもじゃないのよね。大人の道を歩き始める年。でも今日は、子ども時代最後の冬至祭を楽しむわよ。

 ライナは前を歩く3人の冒険者のお姉さんを、そうして急いで追いかけるのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。


本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。

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