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第12話 接近戦訓練

「ライナ嬢ちゃん、また遊びに来なさい。次に来た時には、攻撃魔法を教えてあげよう」

「え、ホントですか?」

「ああ、あらかじめ連絡してくれれば、いつでもいいよ。そうだな、年が明けたらまた」

「わかりましたー。また来ます」


 ダレルとそう約束をして、ライナたちは子爵館を辞去した。

 彼の作業小屋を出ると、空からちらちらと雪が舞い落ちている。


 大森林があるおかげでグリフィニアはそれほど寒さが厳しくないと聞いていても、王国の比較的南の地方から来たライナにとっては経験したことのない寒さだ。

 しかし彼女はまだ続いている興奮で、少しも寒いとは思わなかった。


「吃驚しましたよ、ギルド長。アナスタシアさまとお目に掛かれたなんて」

「ほんとだよレティ。俺もちょっと驚いた。ダレルばかりじゃなくて、ライナが会いたいって願っていた奥様にも会えて、お言葉も交わせたんだからな」

「なんだか、ご長男のザカリーさまが、奥様を引き合わせたみたい」


 エルミがそうぽつんと言った。


「そうか、そうだよな。ダレルは良く遊びに来るって言ってたが、あのタイミングであの子が現れて、それで引っ張られるように奥様が来て」

「ギルド長やエルミさんは、ザカリーさまとは?」


「俺もエルミも初めてお会いした。まだ小さいから、子爵館の外にお出になったことはないだろうしな」

「あの子、なんだか不思議な感じがした。何か別のものを見てるような不思議な目。それと、ライナちゃんを気に入ってたみたいね」

「走るのも素早かったよ。あんなに小ちゃいのに」



 ギルド長のジェラードとエルミ、そしてレティシアがギルドへの帰り道を、そう話しながら歩くのを余所に、ひとりライナは子爵館で出会った人や交わした言葉、出来事などを頭の中で思い返していた。


 グリフィニアに来て、冒険者ギルドに登録して、子爵館に行って、ダレルさんとお会いして、それからアナスタシアさまともお会い出来て、おふたりにわたしの土魔法を見ていただいて、とても褒められて……。


 これで、バラーシュ村にいて考えていたことがぜんぶ実現しちゃったわ。

 でも待ちなさいライナ。実現したけど、わたしはまだひとつも前に進んでいないわよね。

 ギルドに登録したけど冒険者のお仕事はしてないし、自分の土魔法を活かしてこれからどうするのかも、まだぜんぜん分かってない。


 まずはお仕事ね。それから冒険者として強くならなくちゃ。

 接近戦の闘い方を訓練しないとだし、ダレルさんから攻撃魔法を教わらないと。

 そう、わたしの本当の目標って、そうして動き始めないと出て来ないんだわ。


 それから、あの不思議な子。ザカリーさま。

 まるで大人みたいな話し方で、わたしの耳元で小さく囁いたあの言葉。


「僕も、ライナさんのことは決して忘れないよ。いつかまた会えるでしょう。その時まで、グリフィニアで頑張ってくださいね」


 あの可愛らしいけどしっかりとした声が、ライナの頭の中にまだ残っていた。

 そして、あの不思議な子とまた会うまで、グリフィニアで頑張らなければいけないんだと、ライナは思うのだった。




「ねえ、レティ姉さん。わたし、冒険者のお仕事をしたい」

「そうね。あなたもギルド登録をしたのだから、お仕事を始めないとよね。でも、いまは冬至祭が直ぐだし、冒険者たちもお休み期間みたいなものだから。だから、年が明けたら始めることにしましょ」


 ギルドに戻り、ギルド長とエルミに礼を言って別れた後、ライナはレティシアにそう言ってみた。

 だがどうやら、今はレティシアの言う通りのようだった。

 ギルドのホール内には今日も多くの冒険者がたむろしていたが、相変わらず働きに出ようという雰囲気ではない。

 じつはこれは日常的な風景なのだが、ライナはレティシアが言うように明後日が冬至祭のせいだと思った。


「そしたら、またダガーの使い方を教えて、レティ姉さん」

「そうね。せっかくギルドに来たのだから。ちょっと訓練場を借りようか」


 それからふたりは、ギルドの奥にある訓練場で木剣を借りて訓練を行った。

 レティシアは一般的なサイズの両手剣、そしてライナは自分のダガーに近いとても短いショートソードの木剣だ。

 それで剣の合わせ方や躱し方、間合いの取り方や踏み込みなどを実際に向かい合ってやってみながら、ごく初歩的な接近戦の訓練をする。


 ライナは兄のウルバンがまだバラーシュ村にいた小さい頃、剣術の真似事をしてしょっちゅう遊んだのを思い出す。


 わたしに土魔法の適正があるのが分かった頃から、ウルバ兄と剣術遊びをしなくなっちゃったわね。

 そのうちウルバ兄は、元従士の近所のお爺ちゃんたちに本格的な剣術を習い始めて、それから領都の騎士団見習いの学校に行っちゃった。

 ウルバ兄はどうしてるかしら。わたしはこんなに遠くまで来て、冒険者になるんだよ。




 その日の晩、カリナの家のリビング兼食堂にはエヴェリーナとセラフィーナも揃っていたので、ライナとレティシアは夕食の席で今日の出来事を皆に話した。

 ダレルに会いに行ったことは勿論だったが、子爵夫人であるアナスタシアと偶然にも会ったことに皆はとても驚いていた。


「凄いなライナは。そんな偶然なんて滅多にあることじゃないぞ」

「そうよ。わたしたちだってもう随分とグリフィニアに住んでるけど、アナスタシアさまのお姿を拝見するなんて、夏至祭と冬至祭の時ぐらいよ。ねえ、カリナおばさん」


「ときたま、街にお買い物に来られたり、祭祀のやしろやアナスタシアホームをご訪問されたりするらしいけど、それでも直接お会いするなんて、わたしら庶民には滅多にないわね。ライナちゃんは本当に幸運な子さ」


 祭祀のやしろは太陽と夏の女神アマラ様と月と冬の男神ヨムヘル様をはじめ、たくさんの天界の神様や地上の精霊様を祀っている場所だ。

 その祭祀のやしろに併設されて、グリフィニアでは家が無く両親のいない子供たちを大人になるまで育てている、アナスタシアホームがある。

 アナスタシア自身の名前が付いているこの施設に、ときどき彼女が訪問するそうだ。


 それからライナは、ダガーの使い方や接近戦の仕方をレティシアに教わり始めたことも話した。

 楽しそうに話すライナのその話を聞いて、エヴェリーナとセラフィーナが反応する。



「ライナは接近戦に興味があるのか」

「あ、だって冒険者の魔導士は接近戦も闘えなくちゃダメだって、アウニさんとかが言ってたから」

「おお、そうだ、そうだよな。アウニさんが言うなら間違いないぞ」


「ダレルさんも大斧使いで強かったって聞いたし。あと、森の中とかだと火魔法なんかは使えないから、弓矢も大切だってアウニさんが。わたしはそもそも、火魔法は出来ないけど」

「それでライナはまずはダガーか。まあナイフよりは闘えるな」

「弓矢の心得も必要よね」


「王都まで行く途中に、一緒に馬車に乗ってた盗人に襲われたとき、レティ姉さんは剣も抜かないで闘ってた。最後は蹴りで仕留めて、凄かったわ」

「ははは、あれは相手が弱かったからね。それに最後のは、ライナが魔法であいつの足を埋めたからよ」


「でも、武器を使わなくても闘えるのよね」

「そりゃ、姉さんは強いからな」

「レティ姉さんみたいな強い剣士は、体術も優れてるのよ」


「体術?」

「身体の動かし方や、素手での格闘術なんかのことよ。この方面は、わたしよりエヴェの方が強いけど。エヴェ、あなたダガーも上手いわよね」


「いやぁ、姉さんにそう言われると、ちょっと照れるけどさ。よしっ、あたしがライナに、体術や格闘術を教えるぞ」

「わたしは弓矢を教えるね、ライナちゃん」

「えっ、ホントですか? いいの?」


「いいに決まってるさ、なあセラ」

「もちろんよ。それにライナちゃんが強くなれば、ねえ、レティ姉さん」

「もう、おまえらは」




 翌日、カリナの用意してくれた朝食を4人でいただいた後、皆で揃って冒険者ギルドへと行った。

 訓練場を借りてライナの訓練相手を3人にして貰うためだ。

 ギルド職員さんから使用許可を受けて訓練場へと行くと、午前中の早い時間ということもあって他の冒険者は誰もいなかった。


「それでどうするの? エヴェ、セラ」

「あのさ、訓練を始める前に、わたしらにもいちど、ライナの魔法を見せて貰うとか、ダメかな」

「話を聞くだけじゃなくて、自分の目で見てみたいのよ。どうかなライナちゃん。レティ姉さん、いいでしょ?」


「どうだ? ライナ」

「いいですよ。訓練をして貰うのはわたしの方だし。その代わりと言うと変だけど」

「お、そうか。頼む、ライナ」

「わー、楽しみっ」


 それでライナは、3日連続で土魔法を見せることになった。

 でも魔法を使うって、やればやるほど自分の練習になるのよね。じゃあ今日も、大穴と土壁ね。

 ライナは何か工夫することはないかと少し考えて、大穴の底の部分に変化を加える。

 単に大きくて深い穴を空けるだけじゃなくて、そう、村でも見たことのあるあの昆虫の罠とかどうかしら。


 それはアリジゴクの獲物を捕らえる摺鉢状の罠だった。

 アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫で、地面に摺鉢状の穴を空けてそこに嵌った昆虫を中央の穴に引きずり込んで捕らえる。


 そんなイメージを頭の中に描きながら、大きく空けた深い穴の底を敢えて硬くはせずに柔らかくし、更に摺鉢状にする。

 これでこの穴に落ちてしまったら、なかなか這い上がっては来られないだろう。


 ライナは一瞬にして大きく深いアリ地獄を訓練場のフィールドに造り出す。

 そして4人でその穴を覗き込みながら、そんな説明をした。

 それから続けて土壁も立ち上げ、カチンカチンに硬く硬化させる。

 エヴェリーナは所持していたメイスを握って、その土壁というか、既に石壁とも言って良い硬さの壁を確かめるように殴りつけていた。



「聞いて想像していた以上に、実際にこの目で見ると、土魔法って凄いのね」

「ああ、この壁って、土であっと言う間にライナが作ったんだよな。既に石だぜ」

「穴の方も凄いわよ。これって、絶対に落ちたくないわよね」


「ねえライナ。わたしはこれで3日続けてライナの土魔法を見てるけど、なんだかだんだん進化してるみたいよね。今日の大穴の底のつくりなんか、ホント、抜け出れないって感じ。そんなに1日経っただけで、魔法のレベルが上げられるものなの?」


「えーと、わたしには良くわかんないけど、こういうのがいいなって頭の中に浮かんで、それがなんとなく想像のなかでカタチになって、これなら出来るってピンと来たら、出来上がるんです」


「それって、やっぱりライナちゃんが天才だからじゃないの」

「普通、頭の中に浮かんだからって、それが魔法でじっさいのものにはならないだろ」

「そうなんですか? でも、頭の中で想像出来なかったら、魔法でも出来ないから、そんなものかなーって」


「それじゃさ、例えば犬の姿を思い浮かべられたら、魔法で犬のカタチが出来るのか?」

「ああ、それって良く家の庭で、ひとりでやってましたよー。ほら」


 ライナはフィールドにしゃがみこんで、目の前の地面を柔らかくする。

 それから少し無言で空中を見つめていたが、こんな感じねと呟いてその柔らかくなった土の部分に手を翳した。

 するとその地面から、小さくて可愛らしい犬の土人形が、にょきにょきと生えるように現れた。


「ほぉー」「へぇー」「あらあら」


 レティシアとエヴェリーナ、セラフィーナの3人がライナと同じようにしゃがみこんで、その犬の土人形を囲む。


「良く出来てるわねー」

「おい、カワイイな」

「ライナの魔法って、見せて貰えば貰うほど、凄いのがわかるな」


「ライナ、こんどは猫、猫を頼む」

「エヴェったら、ホントに可愛いのが好きよね」

「おい、ライナの訓練に来たんだからな」


「じゃ、猫さんだけですよ」

「おう、頼む」


 そうして今度は異なったポーズの猫を2匹、土魔法で出現させ、暫くそれを4人で愛でた後にライナは元のフィールドへと戻した。

「ああ、土に還っちまったよ」とエヴェリーナがぽつりと言い、吐息を漏らした。




「じゃあ今日は、あたしが格闘術を教えるよ。まずはどんなものか見てくれ。レティ姉さん、相手を頼んでいいか?」

「うん、いいよ。お手柔らかにね」


 それでふたりは素手で相対し、拳を握って殴る、蹴りを出すなどの打撃から、腕を取って捻ったり固めたり、あるいは投げを打ったりと、立ち技の格闘戦を様々なカタチで繰り広げた。

 ふたりとも模擬戦とは思えない気迫で、5分以上はそうして闘っていただろうか。

 やがてレティシアの「ストップ、ストップ」という声で、攻防を中止してふたりは離れた。


「もう、エヴェは、長いって。疲れて倒れちゃうよ」

「やっぱりレティ姉さんは強いな。もう少しで倒せたんだがな」

「姉さんを倒してどうすんのよ、エヴェ」


 レティシアはハァハァ言っていたが、直ぐに気息を整えて大きく深呼吸し平常に戻る。

 一方のエヴェリーナは、まだまだこれからというばかりに、息を少しも乱さずにいた。


 エヴェさんて凄いのね。あれだけ動いてもちっとも疲れた様子がないわ。

 でもレティ姉さんの方も終えた直後は息が荒かったのに、すぅーっと元に戻ったのね。

 あれも何かの訓練とかのお陰なのかしら。


「おい、ライナ。ぼーっと見てないで、訓練を始めるぞ。まずはそうだな、殴り方を教えよう。こっちにおいで」

「あ、はいっ」


 関心してふたりを眺めていたライナは、エヴェリーナの声にハッとする。

 それにしても、殴り方を教わるなんて生まれて初めての経験よね。なんだか楽しそう。

 ライナはそんなことを思いながら、慌ててエヴェリーナの側に駆け寄って行くのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。


本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。

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