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第11話 天才と達人と、そして不思議なおさな子

「それでは、そちらのライナさんの土魔法を、これから見せて貰おうとしていたところだったのね」

「そうなんですよ、奥様。そこにザカリー坊ちゃんが飛び込んでいらして」


「あらあら、それは悪かったわね。皆さんのお邪魔をしてはダメよ、ザック」

「ゴメンナサイ」

「いえいえ、皆さんは坊ちゃんが来たのでちょっと吃驚したぐらいで。それに私のところにこっそり来るのは、いつものことですから」


 シンディーと呼ばれていた侍女さんがお菓子を持って来て、それをいただきながら子爵夫人のアナスタシアとダレルが話している。

 息子のザカリーは、今度はダレルの大きな膝の上に移動してお菓子を無邪気に食べていた。


 一方で冒険者ギルド長のジェラード以下、エルミ、レティシア、そしてライナのこの場にいる面々は恐縮することしきりだ。

 特にライナは、会いたいと願っていたアナスタシアが直ぐ近くにいるので、緊張で目の前にある美味しそうなお菓子に手を伸ばすことすら出来ない。

 ましてや話題はライナのことに移っていた。



「ふーん、その子がアルタヴィラ侯爵領から、ひとりでグリフィニアまでね。それは大変だったでしょう。その目的が、ダレルさんやわたしに会うためだったなんてね」


 アナスタシアはそう言ってライナをあらためて見た。

 その視線を受けて、ライナは顔を上げることが出来ない。


「あら、わたしに会いたかったのでしょ。ほらほら、お顔を上げて、よーく見せて。あなた、可愛らしいんだから」


 ライナは隣に座るレティシアに突っつかれて、ようやく顔を上げアナスタシアを見た。


 先ほどこのダレルさんの作業小屋に入って来た時も思ったけど、なんてお美しい方。

 子爵さまの奥さまになられて、それにお子さまが3人もいらっしゃるって聞いていたけど、そんなことをぜんぜん感じさせないぐらい若々しくて、大きくてキレイな目がなんだかいたずらっ子みたいにキラキラしてる。


 ライナはそんなことを考えながら、思わずアナスタシアに見蕩れてしまった。

 それからふと気が付くと、ダレルの膝に座って大人たちの会話など聞いている筈もなくお菓子を食べていたザカリーが、ライナの顔をじっと見ているのを感じた。


 ライナは、この幼児の目がなんだか強い力を放っているように思えて、ついそちらを見てしまう。

 強い視線。何かを探り見通すような目の力。わたしの顔や身体や着ている装備や、そんな目に見えるものじゃない何かを見ている感じがする。

 このとき、ザカリーが普通の人には持ちえない力でライナを見ていたのを、ここにいる誰にも分からなかった。



「それで、ライナさん。あらためてこんにちは。わたしがアナスタシア・グリフィンよ。わたしに何か聞きたいことって、あるのかしら。せっかくこうしてお会いしたのだし」


「あ、あの、えーと、わたしはライナ、ライナ・バラーシュ、あ、違う、ただのライナです」

「ふふふ、ただのライナさんね。何か事情があるみたいだけど、まあ誰にも事情はあるわよね。それで?」


「えーと、あの、アナスタシアさまは、なんでそちらのシンディーさんと同じお衣装を着てるんですか」

「こらっ、ライナ、なに聞いてるの」


 ライナの突飛な質問に思わずレティシアが声を出し、ギルド長とエルミも慌てている。

 侍女のシンディーは少し当惑顔で、アナスタシアはニコニコ顔、そしてザカリーは何が面白かったのかキャッキャと笑っていた。


「ふふふ、いいのよ。あなたは、レティシアさんだったかしら」

「はい、すみません。冒険者のレティシアです」


「あなた、とても強そうね。それにあなたも美人さん。そうそう、ライナさんの質問ね。いえ、何のことはないのよ。これはうちの侍女の制服でね。わたしが考えたデザインなの。だからわたしのお気に入りで、屋敷にいるときは、ときどきこうしてわたしも着ているの。どう可愛いでしょ」

「はい、とってもとっても可愛らしいお衣装」



「あなた、面白い子ね。いきなり偶然にお会いして、聞きたいこともなかなか出てこないでしょうから、そうだわ、ダレルさん。この子の魔法を見せて貰うところだったのよね。わたしも一緒に見ていいかしら」

「ボクもー」

「あら、ザックも見たいの。どうかしらね、ライナさん」


「私の方は構いませんが、ライナ嬢ちゃんはどうかね?」

「あ、はい。大丈夫です。やってみます。頑張ります」


「あら、そう? ありがとう。では、どこで見せて貰うのがいいかしら?」

「土魔法ですから、この裏にある空き地でどうです、奥様」

「ああ、あそこね。あそこならいいわね。じゃ、早速行きましょうか」


 そうして部屋にいた全員はダレルに案内されて、彼の作業小屋の裏手にある空き地へと移動した。

 この空き地は木々に囲まれていて、ダレルが室外で何か作業を行う場合に使用される場所だという。

 また木々の向うには裏庭園があり、反対側には果樹園がある。

 広さは長手方向で15メートルぐらいだろうか。


 この空き地に入ったライナは中ほどにひとり歩いて行って、曇った空を見上げ、そして足先で地面を確かめ、それから振り返って後ろで見守る皆を見た。

 ギルド長とエルミ、レティシアの3人が固まり、その横にはどこかに行かないように、侍女のシンディーにしっかりと手を握られたザカリーがいる。

 そしてダレルとアナスタシアが少し前に出ていた。



「えーと、ダレルさん、何をしましょうか」

「何でもいいが、この空き地から飛び出るものはダメだ」

「あ、わたし、撃ち出すものはまだ出来ないので」


「そうしたら、そうだな、大穴を開けるのと、土壁を立てるのの両方をやってみてくれないかね。この空き地の中であれば、穴は深く大きく、壁は高くてもいいぞ。ただし、元の状態に復元出来ないものはやめてくれ」

「はい、わかりました」


「では、まず穴をあちらに空けます」


 ライナはそう言って少し離れた場所を、片手を伸ばして示した。

 それから、ここで失敗しちゃいけないわ、と慎重に周囲からキ素を取り込んで、魔法を発動させるためのキ素力を身体に循環させる。

 これは8歳からの魔法の独り稽古で、ライナが自分なりに工夫して練習したものだ。


 ライナの全身にキ素力が巡り始めると、背後から強い視線を感じた。

 しかしライナは、その視線に気を取られることなく魔法の発動に集中する。

 このぐらいでいいかしら。


 片手を伸ばしたままにしていた方向の地面に、その瞬間、とても大きな穴が一気に空いた。

 直径が6、7メートルほどもある円形の大穴。その円形部分だけがストンと下に落ちて、一瞬で穴が空いたのだ。

 ただ、ズンというお腹に響くような低い音がしただけ。

 皆が立っている地面は揺れもせず、音が響いた以外は何の影響も無い。



 ライナの背後から「ふーむ」というダレルの洩らした声が聞こえる。

 あとの皆は何も声を出さず、とても静かだ。


「土壁を立てます。穴の手前に」


 先ほどと同じようにライナは全身にキ素力を巡らせ、そして伸ばした片手の先からそれを放出するように魔法を発動させる。

 高さはダレルさんの背丈の倍ぐらい。横の長さは大穴の直径と同じぐらいね。倒れないようにそこの地面と壁をしっかり硬化させて、少し分厚く。


 今度は地面から壁が、にょきにょきと立ち上がって来た。大穴の時のように一気にではないが、あっと言う間だ。

 やはりズズズズっという音だけがお腹に響くが、周囲の地面は特に揺れたりはしない。

 そして、ライナがイメージした通りの大きくて高い土壁が立ち上がった。


「あ、ザカリーさまっ」


 ライナの足元を小さなものが凄いスピードで通り抜ける。ザカリーだった。

 シンディーがしっかり手を繋いでいた筈だったが、彼女がライナの魔法に驚いて気が緩んだ隙に手を振りほどいて飛び出したようだ。


「もう、ザックは」と、ライナの背後からアナスタシアの声がした。


 そのザカリーは、いま立ち上がったばかりの土壁の前に到達すると、小さな足で壁を蹴り、次には拳をぶつけ、それからペタンペタンと平手で壁面を叩いている。

 ホント、不思議な子。何か確かめてるのかしら。土壁を出したばかりの本人であるライナは、その様子を首を傾げながら見ている。


 そして、その一連の動作が終わると次にザカリーは、壁の横から廻って、その向うにある大穴の方に駆け出そうとした。

 が、しかし、背後から大きな手でその小さな身体が抱きかかえられてしまった。

 ゆっくりと近づいてたダレルが、ザカリーを捉まえたのだ。



「危ないですよ、ザカリー坊ちゃん。それにほら、こっちの方が良く見えますよ」

「ホントだ、たかい、ふかい」


 ダレルの胸に抱えられたザカリーは、大穴を覗き込んでいた。

 その穴の深さは、やはりダレルの身長の倍ぐらいはあるだろうか。つまり、4メートルほどの深さもあり、それが先ほど一瞬で空いたのだった。


「ライナさん、あなた、凄いわ。わたし、久し振りに驚いちゃったわよ。ねえ、ダレルさん」

「はい、奥さま。これはもう一人前の土魔法使いです。この嬢ちゃんは素晴らしい」

「達人のあなたがそう言うのなら、間違いないわね。わたしが見たところでは、キ素力の循環も申し分なかったわよ。ねえライナさん。あなた、お歳はいくつだったかしら」


「あの、来年で12歳です」

「あらまあ、それで冒険者になろうとしたのね。王立学院は受けようとは思わないの?」

「勉強が、それほど。それに落ちたら、家が困るだろうし……」


「ふーん、そうね。学院に入るのが、必ずしもあなたにとって良いかどうかは分からないし。でもあなただったら、学院生だと間違いなく魔法はトップね」


 ライナにはそれがどのレベルなのかは想像がつかなかったが、魔法の天才と言われるアナスタシアがそう言うのなら、そうなのだろうかと思う。

 でも、王立学院に入るという選択肢は、ライナはとうの昔に捨てていた。



 それからダレルに言われて、ライナは大穴と土壁を元の地面に戻す。

 その時も、ダレルとアナスタシアのふたりには凄く褒められた。

 天才と達人のおふたりに褒められるなんて、凄くいい気分。それだけでこのグリフィニアに来た甲斐があったと、あらためて思うのだった。


「あらあら、ザックったら、手に土が付いてるじゃない。さっきぺたぺたしてたからね」

「あ、直ぐに水場に」

「シンディーちゃん、いいわよ。ここで洗っちゃうから」


 そう言ってアナスタシアがザカリーの両手を出させ、彼の袖をまくると、湯気の立つお湯が空中からザカリーの小さな手に流れ落ち出した。


 まるで見えない蛇口が空中に浮かんでいて、そこからお湯が出て来るみたい。

 これって生活魔法なんだろうけど、こんな風にお湯が流れるのなんて初めて見たわ。

 おまけに、地面に落ちた筈のお湯がいつの間にか消えているし、ザカリーさまのお洋服なんかにも少しもかかっていない。これぞ魔法って感じよね。

 やっぱり魔法の天才なんだわ、アナスタシアさまって。


「それじゃ、わたしたちは屋敷に戻るわね。あとはよろしくね、ダレルさん。ジェラードさんとエルミさんは、また冬至祭のパーティでね。それからレティシアさん。あなたに会えて良かったわ。そのライナさんをよろしくね。それで、ライナさん。良いものを見せて貰いました。きっとダレルが、あなたの力になってくれるわ。あと、もしこのグリフィニアで困ったことがあったら、いつでもわたしに言ってね。わたしは、あなたを決して忘れませんから」


「はい、お会い出来て、とてもとても嬉しかったです」


 そのとき、シンディーが出した手拭で手を拭いて貰っていたザカリーが、トコトコとライナのところに歩いて来た。

 そして何故か、小さな右手を出す。

 え? 握手?

 ライナはその場でしゃがんで、ザカリーの手を握る。すると彼はライナの耳元に顔を近づけて、とても小さな声で何かを囁いた。



 その言葉は周りにいる大人たちの誰にも聞こえなかったが、ライナの耳にだけははっきりと伝わって来た。


「僕も、ライナさんのことは決して忘れないよ。いつかまた会えるでしょう。その時まで、グリフィニアで頑張ってくださいね」


 え、なに、いま本当にザカリーさまが話したの? 小さい子の喋り方じゃなかったよ。まるで大人みたいな、しっかりとした言葉だった。でも、どうして?


 ライナからすっと離れたザカリーは、またトコトコとアナスタシアの側に歩いて行くと、幼子らしくお母さんのコートの端を掴んでこちらを見る。

 そして手を振り、「バイバイ」と言って、ザカリーとふたりは去って行った。


 いまのザカリーの言葉は幻聴だったのかと、ライナは思う。

 でも確かに耳元で聴こえたのだ。そう、きっといつかまた会えるのね。あの不思議な子と。

 彼女はその小さな後ろ姿を、暫く目で追い続けるのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。


本編をまだお読みでない方がいらっしゃいましたら、そちらもよろしくお願いします。

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