0話 中村昇
初投稿です。
「ノボルさん。思ったよりも、アイツの球、ノビてきます。サウスポーの割に、直球がウリみたいです。変化球はそうでもないから、スライダーか…カーブに的を絞ったほうが良さそうです」
俺、長尾昇の前を打つ後輩の武田は額に汗をだらだらと流しながら伝えてきた。
「なるほどたしかに。ありゃまっすぐだけはプロ野球のドラフト一位レベル。ま、なんとかしてみっか」
「ノボルさん、頼みます…!」
武田の期待と不安の両方がこもった視線を背中に受けながら、打席へと向かう。
「ノボルー!ベテランの意地見せつけろー!」
「ノボル!かっ飛ばせ!!やっちまえ!!」
観客席から俺を応援するファンの声が聞こえてくる。
あ、あのファン。いつも武田の時だけ声がでかい女。
あれは…俺がこの独立リーグに入ってからずっと応援してくれてるおっちゃん…
ファンのこと、意外と覚えるもんだな。
「……………」
「あ、ごめんなさい」
審判から早く打席に入れと睨まれてしまった。
失敗、失敗。
審判に嫌われるのは良くない。不利になる。
「よろしくお願いします」
「…お願いします」
審判に頭を下げたつもりが、相手の捕手が反応しちゃったよ。まぁ、いいけどさ。
今度、お酒でも一緒にどうかしら。
…さて、と。
ふざけるのもここまでにして、真剣にやりますか。
バット持ったまま、背中を思い切り反って、戻し、右手一本でバットを立てて持つ。
一種のルーティーン。
武田は相手が直球がいいもの持ってると言っていたから、変化球を待てと言っていたな。
なら、ここはカーブを待とう。
カーブを待って、左に流す。
相手のサウスポーの外角への変化球を狙う。
外角に張ろう。内角は甘くなかったら見逃す。
さあこい。
ベテランの華麗な流し打ちをご覧に入れよう。
相手の投手が足をグイとあげた。
顔がこわばっている。相当力が入っている。
緊張しているのか?
なら、甘く入るかもしれない。
打つ。振り抜く。
相手が投げた球は、見た瞬間にボールと分かるそれだった。しかし、その方向がマズかった。
「ッ!」
世界がゆっくりになるような感覚に陥った。
捕手の息を飲むような声。
明らかにボールはこちらへと飛んでくる。否、襲ってくる。
俺の頭めがけて。
世界がゆっくりになり、ボールも遅く見える。
しかし、体もゆっくり動く。それでいて、うまく動かない。
自分が何年も何年も練習したバッティングフォームが中断できない。
今すぐ飛びぬいて逃げなきゃいけないのに。
逃げられない。
そのまま、ボールは俺の頭へとぶち当たった。
ドカンと大きな衝撃が頭に走る。
目の前が真っ赤になる。
意識が朦朧とする。
なにも聞こえてこない。
俺は倒れたのだろうか、それさえも分からない。
俺のすぐ横にはボールが転がっている。
あぁ、目の前が真っ赤だと思ったら、今度は真っ暗に。
これは…俺、どうなっちゃうのかな…?
そのまま、俺は意識を手放した。
ありがとうございました。