10話 勇者
「へー、お前がミーナの結婚相手か。ふん冴えないやつ。」
「「へ?」」
ミーナとともに俺のところにやってきた勇者様の開口一番の言葉に俺とアミスの言葉が重なる。
「ユウヤ様、そんなことないわ。リトは優しくてかっこいいわよ。」
ミーナはニコリと笑顔のままそう言うと、腰に下げていた棍棒を手に持つと下に叩きつける。
ブオンと風を切る音がした後、ドーンという音がひびく。
「「へ?」」
再度、俺とアミスの言葉が重なった。
ふと下を見ると、所々赤黒く染まったどこがで見た覚えのある棍棒がほんとうに地面を叩き割っていた。
「ひっ!」
顔を上げて勇者を見ると顔がひきつっていた。たぶん俺の顔もひきつっている……。
ミーナ想像していたのと違う。もっと、勇者様とか言って寄り添うとか、リトごめんなさい、わたし勇者様のことが……、とか思っていたのに。
いや、俺、殺されるかも……。
ミーナがこちらを見る。思わず目をそらしそうになる。気分はまさしく浮気した亭主。
「それで、リト、アミスも久しぶりね。元気だった? それに、リト、ごめんね、長い間待たせて。」
「え? あ、あぁ。」
気まずくなり眼をそらしつつちらりと横目でアミスを見ると、下を俯いて目元は見えないけれど口元には笑みを浮かべていた。
アミスさん、恐いです。
「ミナ姉、久しぶり。リトとふたりで会えるのを楽しみにしてました。」
一転、顔を上げて、ニコリと笑う、いや嗤うアミス。
いやー、アミスさんを止めてー!
「リト? 呼び方を変えたの?」
「ええ、そうですよ。だって私たち結婚したんです。」
一瞬、シンとなり、時間が止まったような錯覚を覚える。
……いやこのままずっと止まっていてくれれば殺されないで済むかも。
「ど、どういうこと? あはは、そうか冗談ね、アミス、笑えないわよ。」
「いえ、本当のことですよ。ミ・ナ・ネ・エ。」
再度、時間が止まる。首を少し横に傾けて笑顔のアミス。
かわいいけど、それ逆効果……。
ミーナは俺を見る。顔が若干ひきつっている。。
「ねえ、リト、どういうこと? あなた、言ったわよね。あの返事、改めてリトの方から答えるって。いつからなの?いつ結婚したの?」
手に持っていた棍棒がクンっという音とともに振り上げり、ミーナは肩に担ぎ直す。
やばい、たぶんこれ答えを間違うと死ぬやつだ。
周りを見ると、みんな固唾を飲んで見守っていた。勇者様と目が合うと、さっと逸らされた。
いや、助けてください。勇者様出番ですよ、善良な村民がピンチですよ。
「え、あ、いや、数日前に……。」
なんとか答える。
「数日前……。じゃあ、何時から付き合ってたの? 結婚しようって言ったのはどっちから? 」
まだピンチは続くようだ。失敗すると、あの棍棒が頭に降ってくる。確実に。
頼む女神様、俺に選択肢を与えてくれ。
「いや付き合ってはなかった。最初に言い出したのはアミスだけど、でもちゃんと答えたのは俺からだ。」
それを聞いたミーナはアミスを見る。
「ねえ、アミス。リトはあなたのお兄さんよ。結婚はできないわ。」
「リトと私は血が繋がってないの。だから、問題ないわ。」
その言葉を聞いて、絶句するミーナ。
「なっ!くっ。 ……いや、でも、手紙、手紙渡してたよね。あれは読んだよね?」
俺は答える。
「あ、ああ。いや、てっきり、勇者様との結婚の報告と別れ話だと思って……。」
ミーナはキョトンとした顔をする。
「へ? あれは少しゆっくりできそうだからって話よ。……そう、あれを勘違いしたのね。」
ミーナは顎に手を当てて考え込む。
「ねえ、リト。別れ話と思ったってことは、まだ忘れないでいてくれたってことよね。」
「チッ。」
舌打ちが聞こえたので、チラリと横を見ると、アミスがそこに気づいたかと言わんばかりにミーナを睨み付けていた。
「え? いや、それはまあ……。」
「兄さん!」
今度はこちらを睨みつけるアミス。
「そう。……数日前か、だったらまだ何とかなるかも。」
そう言うと、彼女は村長の家の方へ走っていった。
「ねえ、ニイサン、なんでミナ姉にハッキリ断らなかったの?」
プレゼントした剣を片手に持ちこちらに詰め寄る。残念ながら、俺のピンチはまだ続くようだ。




