BADENDは唐突に
目が覚めると、真っ暗な場所にいた。辺り一面を覆い尽くす闇。何も視界に入ることは無い。
ここは何処だ。今は何時だ。ここに私を連れてきた意図はなんだ。
思い当たる節が無い。
何かないかと近くに手を伸ばす。どうやらベッドに横たわっていたらしい。ご丁寧に掛け布団まであるようだ。感触からして、それなりに高さがあるようなので、慎重に足を地面につける。足の裏の感触から、床にマットのようなものがあることが分かる。
立ち上がろうとした所で、突然大きな音が聞こえる。車のクラクションだろうか。二日酔いの頭には堪える。
だが、ひとつ分かったことがある。ここはまだ住宅街の近くだ。鳥の鳴き声や車の走る音が聞こえる。
「渚……?起きたの?」
唐突に声がする。近くの扉から入ってきたようだ。
「その声は……、由香なの?そこにいるの!?」
声が近づいてくる。ベッドに腰掛けたままの私に迷いなく近づいてくる。
「そうだよ!私だよ!由香だよ!」
昔からの親友の声が聞こえただけでも不安が紛れる。
「ここはどこなの?なんで私達はここにいるの?」
「渚……今から言うことをよく聞いてね。」
「え?……うん」
どうやら私の居る場所が分かったらしい由香が私の手を握る。
「渚はね。メタノールを飲んだの」
「メタノール?」
「そう。メタノール」
「それが、どうかしたの?もしかして、なにか悪い成分あるの?」
「メタノールっていうのはね……飲むと、死んじゃうかもしれないくらい強い毒なの。」
「え?…………………」
頭が真っ白になる。
私は毒を飲んだ?
私は、
『ドク』ヲノンダ?
「……で、でも私は生きてる!ほら!手足だって動くよ!」
「ううん、違うの。メタノールを飲むとね、目が見えなくなっちゃうの」
「ここは、渚の部屋の中だよ」
「渚が座ってるのは、渚のベッド」
「今はもうお昼。カーテンも開けてあるから部屋の中は明るいの」
昨日のことを思い出した。昔フった元カレに誘われて、お酒を飲んだ。アイツがカクテルを作れるようになったとか言ってたから、少しだけならいいかなって思って飲みに行った。あまり飲んだことの無いカクテルは少し変な味がしたけど、アイツはカクテルなんてそんなもんだと言っていた。飲み会は後腐れもなく終わって、自室に戻ってから疲れが出たのか眠くなったのですぐに寝た。丁度明日は休みだったしね。
そして、今は土曜日の朝、らしい。
あのカクテルがメタノールだった?
私がフったから?
私のことを恨んでいたのか?
息が詰まる。
目が見えないという事実が私にのしかかる。
重く重く、のしかかる。
逃げられない。逃げ場も無い。
「私は、もう母さんと父さんの顔も、見れないの?」
「……うん」
「由香の顔も?」
「…………うん」
「このさき、ずっと、死ぬまで見れないの?」
「…………………………っ!」
由香の堪えるような反応が、まざまざと伝わってくる。
認めたくなんかない。
だってまだ24だよ?
彼氏もいないし、結婚もしてないんだよ?
将来マイホームを立てて子供と一緒に暮らすって夢も見れなくなっちゃったの?
だって、だって、まだ、やりたいことだらけだったのに。
「渚……」
目の端から涙が溢れるのが分かる。鼻の奥がつんとする。
目が見えなくなると他の感覚が敏感になることなんて知りたくなかった。
「わたし、わたじっ!これがらっ、どうすればいいのっ!?」
「……」
「だっで、まだ、やりたいごど、いっばぃ、あっだのに!」
「…………」
不意に抱きしめられる。頭を抱えるように抱きしめられる。由香の胸の感触が額にぶつかる。
「渚……私がずっと一緒にいるから、ずっと一緒にいてあげるから……泣かないで……。」
「うぅ、うああぁん!うあああああぁぁん!!」
「私がいるからね。大丈夫だよ。あの男ももういないし。渚がしたいことしてあげるから」
一生一緒にいるからね?
どうやら泣き疲れて寝てしまったようだ。
無理もない。
いきなり失明したという現実を受け入れることなど出来まい。
「さてと、私はやり残したことをやらなくちゃ」
そうだ。由香が起きたのを確認して飛んで来たからまだ途中で抜けてきてしまったのだ。
しかし、残りの仕事も大した量では無い。
渚の元カレを警察に突き出すだけ。もちろん通報人は匿名としてね。
名前を出したら勘ぐられちゃうかもしれない。けど、渚の元カレには釘を刺しておいたから私のことを吐いたりもしないだろう。
これで、渚をひとりじめできる。
あとはゆっくりと私に依存させていくだけ……。
ふふっ!楽しみだな~。
早く私に堕ちてね?
ずっとずっと大好きだったんだから!