円卓のお茶会 --婚約破棄-- 仕返しして下さいませ!
「---- 私、婚約破棄されましたの」
シクシクと涙を流し、悲しみに明け暮れているのは、本日の主役メアリー嬢である。
「まあ、お可哀想に--- 一体何がありましたの? 私達にお話し下さいませ。このお茶会はそういう場でもありますから」
慰めの言葉をかけるのは、本日のホストであるミレーユ殿下だ。
ここは円卓の茶会。
爵位に関係なく女性であれば参加出来、この場では皆同等の立場で色事のみを話し、相談し合う場所。
もちろん、ここでのお話しは秘密が原則であり、秘密を漏らせば社交界ではいない存在と見做される。
本日の主役であるメアリー嬢を囲むのは、ミレーユ殿下の他に常連であるセリーヌ侯爵夫人と、男爵令嬢のリリア嬢、そして私の四人。
私は円卓の茶会の進行と、ホストの補佐を為るべく存在し、曽祖母の代から続くこの茶会を、18歳の時に私は母から引き継いだ。
円卓の茶会には現王妃や公爵夫人らも参加しており、社交の一部というより、男性達へのある意味戦いを表明する場と言われている。
メアリー嬢は、ハンカチで涙を拭うと私達の顔を見て、ようやく口を開いた。
「一昨日の昼に、それは起こったのです----」
******
「メアリー、お前との婚約を破棄する!」
温かい日差しに包まれた学園の庭で、メアリーの婚約者であるジーク様は、可憐な女性を連れて来たと思うと、開口一番に私へ婚約破棄を投げつけた。
「婚約--- 破棄ですか?」
私は良く分からないままジーク様に問いかけるが、ジーク様の隣にいる女性が何故だか涙を流しだし、それをジーク様が慰め始めた為、一向に返事が返ってこない。
私達のやり取りに好奇心旺盛で見ていた生徒達は、私達を囲むように近づき、私と同様ジーク様が何て返事をするのか知りたいらしく、聞き耳を立てている。
ジーク様は可憐な女性の頭を撫で、肩を抱き寄せるとようやく口を開いた。
「お前はライラに僕と話すなと言ったのだろう? 何て怖い女なんだ、ライラはそれ以来お前を見ると泣いてしまうらしい。僕はそんな女とは婚約を続けられない!」
えっと小さく声に出してしまったが、直ぐに口を閉める。
ライラってその子の名前? 初めて見たわ---
そう思いながら彼女をチラリと見みれば、彼女の口元は私を馬鹿にした様に笑い、ジーク様に身を寄せた。
如何しく思いながらもジーク様に視線を戻せば、いつもの冷たい表情は消え、顔を鬼のようにして私を睨みつけている。
私はよく分からない状況に、何だか切なくなりつつも口を開いた。
「あの、申し訳ありませんが、私は彼女とお会いした事はないですわ。それに、なぜこの様な場で婚約破棄をされなくてはいけないのでしょう----」
「何を言っている! ライラは確かに言っているのだ! 何て怖い女だ、お前なんかと婚約破棄するのは当然だ! しかも僕はお前に気持ちはない、僕が愛してるのはライラだけだ!」
「あぁ、ジーク様---- 私も愛していますー」
愛の言葉が聞こえると、イチャイチャするようにいきなり二人は抱きしめ合い、更に熱いキスを見せつけ始めた。
---- 人前でキスするなんて。恥ずかし過ぎるわ。
チュッチュッとリップが響き渡ったが、お構いなしに二人は自分達の世界に入り込んでいく。周りにいた生徒達も、そんな二人を見るのが辛くなってきたのか、私達の側から去って行った。
取り残された私は、キスを繰り広げる二人に対峙したまま、どうにか足を突き刺して耐える。
時間が過ぎてもリップ音が続き、キスを見るのに疲れた私は、その場から静かに逃げ出した。
******
「それから翌日、お父様から呼び出されたので家に帰れば、ジーク様のお家から、婚約破棄の申し出がもう届いていて---- 私の家に慰謝料まで請求してきたのです。それなのにお父様とお母様は、優しく私に言葉を掛けて下さって--- 家に迷惑をかけてしまったのが、とても辛いのです。どうしてこうなったのか---- 悲しくて仕方ありませんの」
メアリー嬢は話終わると、手にしていたハンカチで鼻を擤み始めた。叔女としては恥ずかしい行為だが、この場では許される。メアリー嬢は、盛大に音を出して擤みながら、涙を流し続けた。
「まあ、酷すぎますわね。なんて事かしら---」
ミレーユ殿下が呟くと、リリア嬢が胸の前で挙手をしたので発言を促す。
「私、その場にいましたの。ジーク様とライラ嬢のお熱いキスは、下品で居た堪れませんでしたわ。メアリー様はご存知ないようですが、私ライラ嬢を知っていますの。前に、私のお友達の婚約者にも近づきまして、お友達も悩んでいましたわ。そのお友達の婚約者は真面目な方でしたから、ライラ嬢を上手くあしらって下さいましたが---- その時、お友達と私はライラ嬢を調べましたの。ライラ嬢は、お股がどうやら緩い女性のようですわ。何人もの殿方と、お熱い時を過ごされていたようでしたから」
「私も宜しいかしら?」
侯爵夫人が挙手をしたので、発言を促す。
「ジークというと、フリード侯爵の嫡男で間違いないかしら? メアリー嬢は、その嫌な男に未練とかはありますの? ないのでしたら、良い仕返しを私思いつきましたのよ」
セリーヌ侯爵夫人は発言した後、扇子で口元を隠しているが、やっとあの女に仕返し出来るわ、と小さく呟き、悪巧み顔をされた。
「まあ、セリーヌ侯爵夫人の仕返しは、どんな仕返しかしら? 是非とも聞かせて頂きたいわ。出来ればそのライラ嬢への仕返しも、一緒に出来ないものかしら?」
ミレーユ殿下は興味深々なようで、椅子から身を乗り出している。
「では、メアリー嬢の気持ちをお聞きしてから、セリーヌ侯爵夫人の案をお伺い致しませんこと? メアリー嬢は、ジーク卿にまだ未練がおありですか?」
私がメアリー嬢に気持ちを問うと、三人は各々の気持ちを含めた表情をしながら、メアリー嬢へと顔を向ける。
メアリー嬢は、俯いた顔を上にあげると、意を決したかのように大きく口を開いた。
「私---- ぜっったいに許しませんわ!! 私が何をしたって言うのよ! ライラ嬢? そんなの知らないわよー!! キスなんか人前でして、阿保じゃないかしら!!」
メアリー嬢の声は思いの外大きく、隣に座る私とミレーユ殿下は、思わず耳を塞いでしまった。
メアリー嬢は言い終えると、ゼェゼェっと息をしながら興奮していて、息が落ち着く間もないまま、再び口を開いて声を出す。
「セリーヌ侯爵夫人、仕返しを---- 仕返しをして下さいませ!」
最初の儚い姿は消え去り、戦争に向かう騎士のような気迫に、セリーヌ侯爵夫人は圧倒されていたが、直ぐに表情や姿勢を戻して悪巧み顔になり、私達を見回しながらゆっくりと語り始めた。
*******
「あら? ジーク様、ご機嫌よう」
ある王宮の夜会で、ジーク卿を見かけたメアリー嬢が、優雅に挨拶をし始めた。
「お前なんかが、私に挨拶するなど失礼極まりない!」
「ジーク様ー、私怖いですー」
シクシクと、泣き真似をしてるであろうライラ嬢を、ジーク卿が大袈裟に慰めだす。
メアリー嬢とジーク卿の、婚約破棄を知っている夫人達は、興味本位からかメアリー嬢達の周りに、騒がしく集まり始めた。
「ライラがまた、泣き出したではないか! 本当に怖い女だ、僕にまだ未練があるのか? 僕を好いても無駄だ! 僕はライラを愛してるんだ!」
「ああー、ライラも愛してますー」
二人は甘い空気を出しながら、目と目で見つめ合う。
メアリー嬢は、そんな甘い空気を消し去る様に口を開いた。
「私、ジーク様を好きだと思った事は、一度たりともありませんわ。勘違いしないで下さいませ。ライラ様? 貴女を私は知りませんわ、どなたかと間違えているのでは?」
「な、何だと?! 僕を好きではないとは嘘を言うな! お前は僕の婚約者だろ!」
「ええー、私メアリー様とは仲良くしてましたー。嘘言わないで下さいー、シクシク」
「もう婚約者ではありませんわ、ジーク様から慰謝料つきで婚約破棄されましたのよ? 何を言ってらっしゃるのかしら? ライラ様も、貴女とお友達になったのはいつかしら? 分かりませんわ」
メアリー嬢は扇子を口元で広げて、退く様子もなくジーク様と対峙している。ジーク様とライラ嬢は、そんなメアリー嬢の姿に、苛立ち始めたようだ。
「慰謝料は当然だ! ライラを泣かせたのだからな! お前が悪いのだから、払うべきだろう!」
「そうよ!! 私達に謝りなさいよ!」
メアリー嬢に、二人が詰め寄ろうとした時、颯爽と一人の男性が現れた。
「失礼、私のメアリーに何をしようとしてるのかな? メアリー大丈夫かい?」
「えぇ、クリス様。心配して頂き有難うございます」
メアリー嬢の肩を抱き寄せ、優しく微笑むのは、セリーヌ侯爵夫人の長男である、クリス卿。
クリス卿は次期宰相と噂されていて、見た目も精悍でありながら美しく、貴族の若い女性が婚姻したいと夢見る、かなりの有望株だ。
ライラ嬢も夢見る一人なのか、ジーク卿から直ぐさま離れると頬を赤く染めた。
「何故クリス卿が出てくる? 会話の邪魔をしないで貰えるか?」
「ああーん、クリス様! 私、メアリー様から嫌味を言われて困ってるんですー」
「---- ジーク卿、私はメアリーの婚約者だ。メアリーを傷つけるのは止めて貰いたい」
「な、何?! もう婚約だと? 何て尻軽な、しかも慰謝料がまだではないか! お母様に言いつけてやる、お母様ー! 来て下さい!」
ジーク卿は夜会であるのを気にせず、大声で母親を呼び始めた。
その姿を見た夫人達は、クスクスと小声で話しながら笑い始めたが、ジーク卿に気にした様子はない。
人集りに道が出来たと思えば、ジーク卿の母であるマリン侯爵夫人が、女王も負けるような優雅さでドレスを捌きながら現れた。
「お母様! メアリーが慰謝料を踏み倒したまま、婚約したんだ!」
「あら! 何て事でしょう、メアリーは怖い女ですわね。ジークが可愛そうだわ、それにしても--- 新しいお相手はクリス卿なの? セリーヌ侯爵夫人はクリス卿に、価値のない女しか選べないなんて、何て無様かしら!」
高笑いをするマリン侯爵夫人に続き、ジーク卿も笑い声を上げる。その後も、マリン侯爵夫人がメアリー嬢に嫌味を言い始めたので、クリス卿が言い返そうと口を開いた時、セリーヌ侯爵夫人が凛とした姿で現れた。
「まあ、なんて下品な言葉ばかりなのかしら? 育ちが知れてしまいますわよ、マリン侯爵夫人」
「あら、セリーヌ侯爵夫人こそ、こんな価値のない女しかお嫁に貰えないなんて、残念ですこと。慰謝料もそちらが払われるのかしら?」
笑顔のまま、火花を飛ばす二人の侯爵夫人に、恐ろしさを感じながらも、立ち去る者がいないのを見ると、皆目が離せないようだ。
「価値が無いですって? 貴女は見る目がないのかしら? それとも頭が緩いのではないの?」
「あら、価値がないのは、見て同然じゃありませんか。少しお金があるだけの伯爵家ですわよ?」
「貴女---- やはり知らなかったのね。私が教えて差し上げましょう。メアリーの祖母は帝国の王女でしたのよ。ですから、メアリーの父であるシェイナ伯爵は、帝国では公爵の爵位をお持ちですわ」
「そんな嘘--- 不敬だわ! 帝国に対して失礼ですわよ!」
「いえ、嘘ではないですのよ、マリン侯爵夫人」
いきなり正妃であるミリヤ陛下の声がして、その場にいた全員が頭を下げる。
「お話しは聞かせて貰いましたわ。セリーヌ侯爵夫人は、嘘を何もついていませんわ。しかも、婚約破棄は御子息の浮気からと噂に聞いてますが、慰謝料を請求するだなんて、愚かな事をしましたわね。先程、帝国から抗議の手紙が、陛下の元に届きました。明日、陛下から呼び出しがある事でしょう」
「ミ、ミリヤ陛下! 私の話を聞いて下さい! この女はライラに嫌がらせしたんです! この女を裁いて下さい!」
「ミリヤ陛下ー、メアリー嬢は怖くて嘘つきなんですー」
「ああ、ライラ泣くな--- 可哀想に」
ジーク卿とライラ嬢は、無礼な態度と分からないのか、勝手に発言した後、陛下の前でイチャイチャと抱きしめ合う。
セリーヌ侯爵夫人は、ここだ! と言わんばかりに、悪巧み顔で陛下に発言の許可を求めた。
「ミリヤ陛下、この二人は私の可愛い嫁であるメアリーを貶めようとするばかりか、悪い事ばかり考える二人なのです。お聞き下さいますか?」
「セリーヌ侯爵夫人、続けなさい」
茶会のメンバーである正妃は、いつになくノリノリな様子で話を促す。
「私、知ってしまったのです。ジーク卿が、フリード侯爵領の税として国に納める宝石を横領し、ライラ嬢に渡したのを。今ライラ嬢がしているネックレスこそ、その証拠に御座います」
「なっ、何を言うのかしら! そんな事ある訳ないでしょう!」
「セリーヌ侯爵夫人! 僕を貶めるなんて!」
マリン侯爵夫人とジーク卿が喚き散らす中、クリス卿が前に進み出てお辞儀をし、口を開き始めた。
「ミリヤ陛下も知っての通り、フリード侯爵領の税金として支払われる宝石は、希少価値のあるアレキサンドライト。販売は禁止されており、自国では王家か、フリード侯爵家のみが身につける事を許されています。まだ、婚約が成立していない女性にその宝石を贈るなど、横領であると見做されて当然。ライラ嬢のネックレスを見れば、ミリヤ陛下もお分かりでしょう」
「ミリヤ陛下、私の発言の続きをさせて下さい。ライラ嬢ですが、そのネックレスを売ろうとしたのか、商人にネックレスの査定をお願いしていました。商人から直接相談を受けましたから、こちらに証拠もございます。また---- とても言いにくいのですが、ライラ嬢は城内の騎士達とお熱い関係なようでして、王太子様の寝室に忍び込めるよう、お願いしていたようですわ」
「そんな訳ないわ! ミリヤ陛下、嘘です! 私はそんな事していませんー」
「ライラがそんな女な訳ないだろ! ライラは純粋なんだ!」
「---- 無礼極まりない! この二人を連れてきなさい! 王太子に手を出そうとするなど、許しません!」
騎士達が二人に近づき、体を拘束して会場の外へと連れ出す。
拘束しにきた騎士達の中に、お熱い関係の騎士がいたのか、ライラ嬢の喚きはより激しさを増していく。
「やめてよ! ちょっとあんた! 楽しませてあげたでしょ! 離しなさいよ!! あ、あんたも、こないだ色々としてあげたじゃない!」
「---- ラ、ライラ」
ライラ嬢の喚きを聞いたジーク卿は、今までの態度を捨て静かに項垂れたまま、ライラ嬢に続き騎士達と共に、会場から姿を消した。
その後、フリード侯爵家は爵位はそのままであったが、財産の一部を没収され、ジーク卿は爵位の継承権を失う。
ライラ嬢は、厳しいと有名な北の修道院へと、行く事となった。
メアリー嬢は、クリス卿とそのまま婚約を続け、半年後には結婚式を控えている。セリーヌ侯爵夫人いわく、メアリー嬢の騎士のような気迫を気に入ったとか----
ただ私に分かる事は、ジーク卿が拘束された後、セリーヌ侯爵夫人がこれで恨み晴らしたわよ、と満足そうに呟いた事だけだ。
ミリヤ陛下が、あの後夜会をこっそり抜け出して、王太子様の無事を確認しに行った事は、胸に秘めておこうと思う。
円卓の茶会は、まだまだ続く。
次の主役であるサリーナ伯爵夫人の為、私は準備を始めた。
愚妹な姫の円卓会議の話から、思いつきで書いてます。最後まで読んで下さり有り難うございます。