パム!
「正式バンド名は Sapodilla <サポディラ>と発音するの。
とっても有望。
将来BIGになる。間違いない!」
企画会議のときの社長と同じような目をした。鋭い目。
定刻どおり、ライブハウスへ入場する。
もちろんオールスタンディング。
のり子のみちびきで、良い場所を確保できた。
が・・どうにも・・場違いな印象をぬぐいきれない鴈保。
変な汗がでてくる。
ライブは静かにはじまった。
一挙にグルーヴを仕掛けてくるスタイルは苦手なので、助かった。
Sapodillaは通常のバンド編成に、キーボードをくわえた五人。
楽曲は悪くない。
抵抗なく、スッと耳にはいってくる。
盛り上がりも自然で、聞かせる曲では、
オーディエンスもボディアクションを停止させ、静かに耳を傾けていた。
のり子は目を濡らし、Sapodillaの宇宙を遊泳している。
クリエイティビティに関して、
一家言ある鴈保にとって、
まァまァ以上 ━ 最高には ちょいとばかり遠いバンド、という位置づけ。
将来性は未知数・・という感想を持った。
「世の中・・
脳髄を直撃するようなワンダーは、めったにないものさ」
評価をくだした鴈保は、
時計に目をやり、帰りの時間を気にしはじめる。
∴ そのときである ∴
∴ ボーカルの発した ∴
∴ 「『パム!』いきます!」という声 ∴
∴ 呼応するように大歓声が巻き起こった ∴
曲が始まったとたん、ライブ会場は、異様な変化を遂げた。
のり子はレザー・コートを勢いよく脱ぎ捨てた。
拾い上げ、ホコリを払う鴈保。
『パム!』とは得体のしれない 媚薬のような 曲だった。
基本は 「ん・チャッ♪ん・チャッ♪」 レゲエのリズム。
それが、ゴムのように伸びたり縮んだりする。
一定のリズムパターンや転調といった概念を あざ笑っていた。
変幻 自在なリズムに、呪術的なメロディーを融合させ、
絶妙なバランス感覚でボーカルが絡みつく。
類似する曲は・・思い出せない。
このサンプリングの時代にあって、オリジナリティーを有していた。
『パム!』は鴈保の脳髄を直撃した!
曲から、エロティックなマジックが、立ち上がる。
オーディエンスの軟体 動物さながら、クネクネ踊りは・・
・・まるで召喚 儀式のようであった。
匂うようにセクシャル。エクスタシーの波動を放射していた。
ネットリ汗をかいたのり子は、ちょっとした忘我の境地。
踊りながら、寄りかかるように、身体をあずけてきた。
彼女の腰を抱く鴈保。
体温が快い。
のり子に感応するように、
いつしか鴈保も曲に合わせて、身体を揺らしていた。
変則 二人 羽織(もしくは)横並びのチーク。
首すじに、ネバついた汗が、にじんでくる。
冷静な意識はうすれ、陶酔感へと変性。
常識の鎧が重力を失ってゆく。
ミュージックhighへようこそ。
「ひさしぶりに、昂ぶった!
ポップミュージックの可能性は、まだ残されていたわけだ。礼を言うよ!」
ライブ会場をあとにした鴈保のテンションは高かった。
「どういたしましてじゃ。少しはお役に立てたみたいね」
コートを着こんだのり子は、キラキラした眼差しを向けてくる。
「このまま帰るのは惜しいな。
余韻を肴に、お酒でもどう?夜空の星もキレイだし」
彼女の言葉にリアクト。
天空を仰ぐ鴈保。
濃紺の空に星々は、異常なまでにクリアに輝いていた。
目の奥の奥がキーンとする。
美観の琴線が研ぎ澄まされていく。
吐く息・吸う息は、ノーマルから別領域へシフト。
切なく ━ 心地よい ━ 二律背反呼吸へと変化を遂げた。
瞬いている星の一つがふいに流れた。
続いて、別の星も流れだす。
連鎖は連鎖を呼び流星群となって降りそそぎ、
鴈保の中へ、なだれ込んだ。
体内を通過する星のシャワー。
迸る快感。
白い快楽。
立ちつくしたまま、全身を律動させ、驚愕の表情を浮かべる。
鴈保の脳内 活動が開始された。
産まれ出たイメージは、
賦活し、
育成され、
鮮明に立体化していった。
○食べられる(AB)ガム ━ 『プラマナ』。
○原子心母。
○草を食む牛。
⚾消える魔球=大リーグボール2号の謎。
○ピンクサロンのblow-job。
○新食感のガムというミッション。
○Sapodilla作曲 ━ 『パム!』━ の斬新なリズム。
○新しい食感覚の探求。
○その他・・・その他・・・
言葉とイメージは、目的意識の炉で熱せられ、溶融していった。
凄さまじい速度で撹拌され、意味や像を失っていく。
異物を蒸発させては、再び混じり合う。
精製のための不足要素は莫大なエネルギーを駆使し、
脳内 深奥より導き入れた。
オリジナルなDNAが徐々に設計され、命を吹き込まれてゆく。
新たな生命を宿した灼熱の液体は、丁寧に型へ流し込まれていった。
あとは・・冷却を待つだけ。
鴈保は正気に返り、こちらの世界へ、もどってきた。
わずかな時間で、数年分を、生きたみたいだった。
言葉を失ったのり子は、ボー然と、目の前の出来事を見守っていた。
まばたきすら忘れて。