腹ごしらえ
「アホウ!カレー味のガムだと?
どこが新触感なんだ?
そんなアイデアは、トイレに流しちまえ!」
一喝くらって、ソフトクリームに伸びるのり子の舌は静止した。
「だって社長は、前例のない味の付与も、
充分ロッタの条件を満たすって言ってたもん」
舌の活動はなめらかに再開された。
「意味合いを咀嚼できていない。
きみのは、たんなる味のレパートリーにすぎない。
横っとびの発想じゃダメ。
今回のようなビッグプロジェクトに要求されるのは、
縦・・即ちverticalなジャンプさ」
「コロンブスのタマゴみたいな」
「そうそう。いまや、あたりまえの食品になっているカップヌードルだって、
あざやかな工夫が凝らされている。さすがというほかない。そのレベルさ!」
「鴈保さんの頭脳のなかには、
つぎなる新触感のガムの発想はあるワケですか?」
「それをいま探してる最中」
「見つかりそう?」
「見つけるのさ!なんとしても!」
「とんだ、おじゃま虫だったようね、私」
「・・でもない。
初心に帰った気分がする。
ビギナーズラックはバカにならないぞ。
カレー味だったら、チョコレートやキャラメル方面に可能性はあるかもな。
コントラスト狙いで」
「鴈保さん、
やつれているようにみえて、生き生きしてる。
ふだんと違って表情のニュアンスが豊かよ」
「そうかい?
なんだか、追いかけているような、追われているような・・妙な気分さ」
「ガンバってちょうだい。そろそろ私、消えるから」
のり子は伝票をつかんで、しなやかに立ちあがった。
「ちょっと待った!」
相手の声に反応。
表情を出さずに伝票を戻す のり子 (しめしめ)。
「車で来たんだろう。
気分 転換したいから、乗っけてってくれよ」
そういうと鴈保は、伝票を彼女の手にもどし、サッと席を立った。
円らな瞳から、コンチクショウ光線が発射される!
赤のBMWが風を切って進んでいく。
景色は後方にビュンビュン過ぎ去っていった。
お世辞にも安全運転とはいいがたく、
叔母の血を引いているのは疑う余地なし。
社長もスピード狂だ。
ドライバー席から顔を横に向けるのり子。
「鴈保さん、どこまで行けばいい?」
「群馬県のここだ」スマートフォンのモニターを見せ・・
・・「旨いものゴチソウするから」と言ってウインクした。
「なんだろう?ちょっとワクワクしちゃうな」
スピード酔いの入った顔をホッコリさせる。
着いた先は・・無人のオートスナック!
扉を開けると、ズラーッと自動 販売機 御一同さまのお出むかえ。
大型コインランドリーのように、テーブルと椅子が置いてある。
お客は他に誰もいなかった。
「わざわざ、千葉から群馬まで来てコレかよ!」
スピード酔いからシラフへ。げんなりする宗像 嬢。
「さー、着席!
遠慮はいらない、好きなものを食ってくれ」
のり子の肩をポンとたたく。
年季のはいった麺の販売機にコインを入れ、
ニキシー管とニラめっこしつつ、でき上がりを待つ。
秒読み完了。
同時に、プラスチック容器に入った海老天うどんが、
性急な感じですべるように、取りだし口へ姿をあらわした。
ホカホカ湯気をたてている。
「けっこう、本格的なんだ。
天ぷらも貧弱じゃないし。山菜やカマボコも美味しそう」
どんぶりをしげしげとのぞき込む、のり子。
お次に控えしは、トーストサンド。
熱々のトーストがアルミ箔に梱包されて、ご登場。
鴈保は、ボンナイフでアルミ箔をカット。
めくって、パンを刃先で持ちあげ、中を見る。
トロけたチーズとハムが、焦んがりトーストに、サンドされていた。
食欲をそそるイイ匂い。
大トリをかざるのは、カレーライス。
あたためられたライス+レトルトカレーが、
親亀+子亀のように重なってお目見え。
ライスの容器の中には福神漬も入っている。
「ワォ、行き届いてる!」目をまん丸にする、のり子。
トーストサンド、湯気の立つ天ぷらうどんにソバ、そしてカレーライス。
飲み物は紙コップ入りのソフトドリンクである。
ちょっぴり遅めのランチコースの始まり始まり。
「いっただきまーす!」
のり子はうどん、
鴈保はソバをツルツル口にはこぶ。
澄んだ空気は、食欲 促進剤。
味覚のメータを否応なく上げた。
麺類を片ずけ、続いて(二等分にした)カレーライスを、もぐもぐ食べる。
ソフトドリンクでアクセントをつけ、フィニッシュはトーストサンドで決めた。
満腹なり。
「ごちそうさまでした」合掌ポーズをするのり子。
「ガソリン代のほうが食費を上回っているのに、この充実感。
心の贅沢した気分」
「そいつは良かった。じゃあ、お開きにしようか」
二個の空どんぶりを重ね持つと、鴈保は立ち上がった。
「ストップ!こんどは私の方につきあって。
ライブのチケットを持ってるの。ちょうど二枚。
入手 困難なプラチナよ」
「友達 誘いなよ。これから、また出かけるんだ」
「どこへ?」
「うーん、野暮用だ」(ピンサロだ)
「あれで白黒つけましょう。私が、負けたら解放してあげる」
濃い朱色のおみくじ自販機を指さした。
「よし、受けた!」
<吉>を引いた鴈保 ━ 「ヘヘ、いただきマンモス!」
「フフ、残念でした」 ━ のり子は<大吉>をヒラヒラさせた。
あっさり勝負はついた。
「カンベンしてくれよ。ライブは拷問にひとしい。
耳が痛くなるんだな。空気も悪いし」
「負けた人間は、うだうだ言わない。だまって付きあうこと!」
赤のBMWは一路、新宿へ向かった。
ライブハウスの窮屈な入り口から、
係員の指示にしたがって若者たちが押し寿司状態で並んでいた。
人、人、人である。
ほとんどが無表情でスマートフォンのモニターとニラめっこしている。
けったいなメイクをほどこした者もチラホラ混じっていた。
鴈保の目には、なにやら不気味な光景に映った。
若い衆とのあいだにカベを感じるのだ。
「オレも年を取ったなァ」
26歳にしては、ちと早すぎる感慨が胸を突く。
「バンドの名前はなんていうんだ?」
のり子は、電子チケットを示して、バンド名を指でなぞった ━ Sapodilla。
「サポジラ?」
「うん、英語読みすればね。
でも、正式バンド名は Sapodilla <サポディラ>と発音するの。
とっても有望。
将来BIGになる。間違いない」
企画会議のときの社長と同じような目をした。鋭い目。
定刻どおり、ライブハウスへ入場する。