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ドコルタ!  作者: カレーライスと福神漬
2/9

新食感

 竜子りゅうこ社長は、近頃ちかごろの若い子の言葉づかいはなっとらん!と思った。

 そこをグッとこらえる。

「ねえ、宗像(むなかた)さん。

ぎゃく質問しつもんするけど、

なぜ?・・『ガムの鉱脈こうみゃくくした』・・と結論けつろんづけるのかしら?

根拠こんきょはどこにあるのかな?」

「エポックメイキングな製品せいひんは、そうそう出ないと考えるのが、

常識じょうしき的な読み(・・)とゆーか、見解けんかいではないでしょーか。

失礼しつれいですが・・社長はいささか楽観らっかん的すぎます」

「のり子の言う通りだぜ。

格言かくげんにもあるように、二匹にひきのドジョウなんてめったにいないよ。

どーせ社長は、オレたちに丸投まるなげなんだから」

 鴈保がんぼは言い、戸井へ視線パスした。

 戸井は答えずにだまっている。プレッシャーの重さを(はか)っていた。

 ロッタとの契約けいやく話は寝耳ねみみみずだ!

 社長は重要じゅうような取り引きを、独断どくだん 専行せんこうで決めてしまうことが間々(まま)ある。

 やり手だけにぱしってしまうのだ。

 今回こんかい契約けいやくにかんしては、

 すくなくとも、ひとこと相談があってしかるべきだった。

 のり子の危惧(きぐ)は正しい。

 鴈保(がんぼ)(にな)負担ふたんがあまりに重すぎる。

 彼は「小槌(こづち)」ではない。

 戸井の懸念けねん察知さっちした竜子りゅうこ社長は、

 見映みばえの姿勢しせいをさらにととのえ、

 社員一同に安心感を与えようと、表情から(けん)を取りのぞいてゆく。

 経営者けいえいしゃになってからこっち、

 したしい友人たちから「ずいぶん表情がキツくなったね」と、

 しばしば言われるようになっていた。

 ふだんよりもテンポを落とした口調で、

鴈保(がんぼ)くんや宗像(むなかた)さんの言いぶんにも一理いちりあります。

わたくしも、契約をまとめるにあたって正直同じことを考えました。

しかし迷いはなかった。

勝算しょうさんがあるのか?とわれれば、答えはイエスです。

具体的ぐたいてきさくは、なにひとつありません。

ですが・・わたくしの直感ちょっかんがささやくのです。

必ずウマくいくと。

わがB・F社は現在上昇(じょうしょう) 気流きりゅうにあり、

こういうときは一見いっけん 不可能ふかのうなことでも、

成功せいこう(いただ)きにたどり着いてしまうものなのです。不思議(ふしぎ)とね。

すぐれたミュージシャンをイメージしてみてもらえば、理解りかいしやすいかしら。

偉大いだいなアルバムが生み出されるときは、続けざまに出るでしょう。

わが社は、いま、ちょうどそういう時期じきにさしかかっています。

十年後には、わたくしのカンの正しさが証明しょうめいされているはずです。

みんな、もっと自信じしんを持っていいんじゃないかな。

食べられるガム『プラマナ』が[Rubbersoul/ラバーソウル]なら、

つぎはとうぜん[Revolver/リボルバー]でしょう」

一発屋いっぱつやもいるぜ!

メガヒットが生涯しょうがいただ一作いっさくだけという。

うちがそうじゃないとは言い切れないだろう?」

 いつものタメ口でまぜっ返す(がん)()

 のり子は、社長の自信に満ちた言葉と、鴈保がんぼの言いぶんのはざまでれる。

 戸井は うでみして、

 ロッタとの契約けいやくの行くすえをリアルに熟慮じゅくりょしていた。表情はきびしい。

 社長の楽観的らっかんてき見解けんかいと、

 三人の社員の常識的じょうしきてき見通みとおしが拮抗(きっこう)した。

 つぎの瞬間しゅんかん

 竜子社長の表情の奥から、別人のように優しい「菩薩顔ぼさつがお」があらわれた。

 そして、彼女の内面から、やわらかな光が放射ほうしゃされる。

 光は・・社員一同をつつみ込むようにらした。

 かたい空気は、みるみる、ほぐれてゆく。

「みんな、社訓(モットー)をもう一度心にきざんで!」

 社長が凛々(りり)しいポーズで、がくゆびさした。

 ブラインド・フェイス社の()が、(すみ)()きされている。


 ━ のるか そるか ━


 いつしか竜子りゅうこ社長の思いに、一同いちどうがシンクロしていった。

 柔和にゅうわな視線で社長を見つめる、のり子。

 うで組みをほどいた戸井は、おだやかにタバコをくゆらせていた。

 鴈保がんぼは思う。

「いつもこの手で、社長に丸めこまれちまう。

理屈りくつえた、リーダーの資質ししつをそなえていやがる。

詐欺師さぎしになっても、頭角とうかくをあらわすにちがいないぜ」


 竜子りゅうこ社長は、開発かいはつのエースの視線をとらえ、がっちり結びつけた。

 ごくりとツバを飲みこむ(がん)()

「ミスターGANBO!あなたに自由じゆう 手腕しゅわん潤沢じゅんたく経費けいひをあたえます。

ほうにふれない範囲はんいなら、好きなことをしてもらってけっこう。

なんとしても『プラマナ』を超える、

新食感しんしょっかんのガム>の設計せっけいアイデアを生み出してちょうだい。

それだけに専念せんねんして。

ほかのことは一切いっさい かんがえなくてよろしい。

りも、あえてもうけません。

納期のうきさえまもってくれればネ。わかっているでしょう?」

 社長は意味ありげな表情でピリオドを打ち、視線しせんった。

  

 (がん)()は肩をすくめて、小さく息を吐いた。


 のり子は、開発かいはつのエースを見つめた。

 わが社のニワトリはもうひとつ<金のタマゴ>をとせるのだろうか?

 (がん)()頭脳ずのうから生まれたヒット商品はいくつかある。

 しかし・・メガのつくヒットは食べられるガム 『プラマナ』 が初めてだった。

 戸井は、生みの苦しみというものが実感じっかんできるがゆえに、

 てしない気分であった。

 新商品開発とは、ある種の発明であり、マニュアルが存在しない世界であり、

 からゆうを生み出す行為こういに、かぎりなく近い力業ちからわざなのである。


 (がん)()は、かこ去の商品を現在いまふうに、

 リ・アレンジして提供ていきょうする方法論ほうほうろんみとめつつも、

 (本音ほんねは、二流のアイデアとして軽蔑けいべつ

 きん位置いちづけ、一線いっせんかくしていた。

 リバイバルではない、

 純度じゅんどの高いオリジナル(コロンブスのタマゴ)をもとめていたのだ。

 失投しっとう ちではなく、ウイニングショットねらい。

 言うまでもなく、制約せいやくしばりはキツくなる。



 半年が過ぎた。

 (がん)()は、まったく会社に姿を見せなかった。見事にナシのつぶて。

 その(かん)も、BF社はフル稼働かどうしていた。

 企業から小口こぐち依頼いらいえることなく、そのための会合かいごう

 モニターから寄せられたアイデアの選別せんべつ製品化せいひんか検討けんとう

 新商品のクレーム処理しょりなど、

 竜子社長は八面六臂はちめんろっぴ活躍かつやくであった。

 いそがしさをねじせる活力かつりょくげんはアルコール。酒量しゅりょう増加ぞうかしていく一方いっぽうだった。

 マウス・スプレーは、いまやかせないアイテムになっていた。

 今朝けさも、ふらふらしながら二重にじゅう うつしになる風景ふうけいあいまみえて出社した。

 深呼吸しんこきゅうを二~三度して、キリッとした表情をこしらえると、ドアを開く。

「おはようございます!」

 朝のあいさつをすませ、つかつか社長用のデスクに向かう。

 のり子が用意してくれた冷水れいすいを、灰色(グレイ)の大型マグカップにそそぐ。

 胃薬いぐすりくちにふくみゴブゴブ流し込んだ。

 横目よこめで、戸井といを見る。

 なにやらムズカシそうな顔でPCモニターをのぞき込んでいた。

 マイナス信号しんごうをキャッチ。

 素早すばやい動作で立ち上がり、彼のデスクへる。

(社長心得(こころえ)その1~は、びきる前にれ!)


戸井といさん、問題もんだい 発生はっせい?」

「いやなに。『プラマナ』の伸長しんちょう 反応はんのうをどうにかできないのかという、

まいどまいどの江戸屋えどやさんからの御要望ごようぼう

消費者ユーザーから、一定いってい割合わりあいで、クレームがとどくので、

親切しんせつ転送てんそうしてきてくれたってワケ。

ちなみに、売り上げは好調こうちょうだそうです」

 竜子りゅうこ社長は漆黒しっこくのロングヘアーへ片手かたてをつっ込み、

 ポリポリ頭をかく。そして、シブい表情をしてみせた。

「こればっかりは、食べられるガム『プラマナ』の特性とくせいだから、どうにもねえ。

このあいだも、会議かいぎの席で口がっぱくなるほど説明せつめいしてきたんだけど・・」

ユーザー(消費者)神様かみさまだから。

クレームには、およびごしにならざるをえない。

メーカーの宿命しゅくめいというやつでしょう」

 『プラマナ』をみしながら、ってはいるのり子。

「たしかに、ABガムは味もいいしィ、発想はっそうびぬけているけどォ、

Bガムとざって食べられるように変化するときのォ、

もののように[ぷにゅーん]と[一本(いっぽん) びする]反応はんのうには正直しょうじきとまどう。

その[すぐに収縮しゅうしゅくするにせよ]です。

ヒトによってはグロテスクに感じる向きもあると思うな」

「あのね、生まれつきの性格せいかくが変えられないように、

食べられるガムの特性とくせいも変えられないものなのよ。

それが、個性こせいなんだから」竜子りゅうこ社長が応戦おうせんする

「変えられなくても、改善かいぜんは、

あるていど可能かのうだと思います!」ピシャリと、のり子。

「そうだな。のりちゃんの言うとおりだ。

善処ぜんしょするさ。江戸屋の開発部かいはつぶに顔を出してくる」

「さすがは戸井といさん、話がわかる。

小さな改良かいりょうみかさねは、製品せいひん生き残りの秘訣ひけつだと、

歴史れきし証明しょうめいしていますもの(もぐもぐ)」のり子はBガムを口にほうりこんだ。


 戸井が出かけたあとの、静かな事務所内。

 社長とのり子は、それぞれのデスクについて、

 プリントアウトされた書類しょるいたば査読さどくしていた。

 モニターから寄せられた新製品の企画書きかくしょ提案書ていあんしょだ。

 そこから、一歩()み込んだ試作品しさくひんなんかもデスクにまれていた。

 静寂せいじゃくをうちやぶるように、けたたましい声をあげて、のり子が笑った。

 手のひらに乗せたおもちゃを提示ていじして見せる。

「キャハハハ。社長、これおもしろーい!

<ぷかぷかクジラ>

製品化したらちょっとした利益りえき見込みこめめそーう」

 クジラをかたどった、10センチだいのプラスチック人形にんぎょうを手のひらに乗せて、

 上司じょうしに見せた。

 クジラの背穴せあなに、ほそいセルロイドせいのタバコをさしこんで火をつける。

 すると、◎ケムリの っか◎ が、ぷかぷか上がるのだ。

 りょうサイドには取りはずし可能ながついており、水陸すいりく両用りょうようである。

 

 こちらへ顔を向けたメガネスタイルの社長(書類しょるいを読むときはメガネをかける)。

 彼女はクジラを見るや、否定形ひていけい、はげしくくびをふった。

「だめだめ。スモーキング・モンキーのいただきじゃないの。

実用じつよう新案しんあんにもなりゃしない。

っかケムリ◎ を出すタバコの方の発明はつめいならいざらず。

そんなものはやくたず」

特許系とっきょけいとは無縁むえんかもしれない、

大きな利益りえき期待きたいうすでしょううけど、

ガチャガチャ販売はんばいなら、口コミで火がつけば、広がっていきそうな予感アリ」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

いまの時代じだい、火を使う商品は敬遠けいえんされる。

結果けっか、子供の購買層こうばいそう排除はいじょされてしまう。

それ以外いがい年齢層ねんれいそうを取りこめるかといえば、ムズカシイな」

「『ヒット作というのは常識じょうしきそとから出てくる』・・社長しゃちょう口癖くちぐせじゃないですか」

「あなたが、どうしてもというのなら。

全責任ぜんせきにん覚悟かくごで、

プロジェクトを推進すいしんしてもらってもけっこうよ。

そこまでの価値かちがあるかな、この<ぷかぷかクジラ>に?」

「きっぱりげまーす」宣誓せんせいポーズでのり子(責任をうのはヤだ!)。


「えーと、こっちはイケそう!

うまくいけば莫大ばくだい利益りえきを上げると思われます」

「なに?」と社長。

炭酸たんさん入りかんコーヒー」

却下きゃっか!」ニベもない。そく否定ひていであった。

「これこそ人類の待ちのぞんでいる飲料ではないでしょうか?」

禁断きんだん果実かじつね。

毎年、どこかのメーカーが挑戦してはにしている。

リーマン予想なみの難物なんぶつ。手を出さない方が賢明けんめいだわ」

(がん)()さんが本気出したら、

果実かじつをもぎ取れそうな気がする。

きつけてみようかな!」

「あのね、彼は現在のところ新触感のガムで手いっぱい。

よけいなことはしないでちょうだい。ただ一点に集中していてほしいの」

「ところで・・

(がん)()さん恒例こうれいの・・

むちゃな要求ようきゅうは・・いまのところなしですか?」


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