兄と妹、互いに大好きな者同士のデート開幕
翌日。
土曜日の朝は登校時間に追われることもないため、真里が起こしにくるイベントも発生しない。
悠々と2度寝を堪能し、朝食開始の時間ギリギリにリビングへと向かう。
「おはよう」
「にぃ、おはよう」
三悠はすでに起きていて、朝食の準備を手伝っていた。俺もせめて配膳だけはと一家4人分の食事をテーブルに並べる。
「はい、これで終わり」
最後に受け取ったコーヒーで口を湿らす。全員が椅子に座り、平凡で平和な朝食をいただいた。
食べ終わった食器を片付けていると、三悠がエプロンを着用し始める。
「にぃ、11時に家を出よう。わたしは今から、お弁当を作るから」
「分かった。最高に美味しいやつを期待してるな」
「ん」
半眼で静かにやる気を漲らせる三悠に応援を送り、時間まで部屋で待機した。
外出用の服に着替えて、本を読みながらこの後の予定を考える。
ピクニックと言っていたが、外に出て手弁当を食うだけのつもりでいるのだろうか。
目的地はおそらく、小高い丘の上にある公園だろう。見晴らしも良くて緑も多めな、ランチにはうってつけの場所だ。
11時に出立なのだから、真っ直ぐ向かって11時30分ぐらいから食べ始めると想定できる。となると、空いた午後の時間はどうするのだろうか。
もしかしたら予定があるのかもしれないし、無くてそのまま帰宅するのかもしれない。そこは三悠の気分しだいだが、もし予定が無いのならどこかへと連れて行ってやろうか。
まがりなりにもデートと称しているのだから、男として女性をエスコートするべきだ。
もし時間が空いたら、どこへと連れていこうか。
三悠の喜びそうな場所は……。
雑貨屋 29%
ゲームセンター 14%
☆水族館 43%
ペットショップ 14%
普段はめったに行かないし、水族館にでも連れていこう。
そう決めて立ち上がった。
現在時刻は11時の5分前。そろそろ出立かと思い、三悠の部屋へと向かう。
扉をノックして声をかける。
「三悠、準備できたか?」
「うん。いま、できた」
返事を受けて中に入ると、姿見の前にはおめかしした三悠がいた。
体の線を細く見せる青と白の縦縞シャツ、動きやすさを重視したベージュのカーゴパンツ、肩にはナイロンジャケットが羽織られている。
制服や部屋着とは違った姿に、気持ちの入れ込み様を感じ取られた。
「可愛いぞ、三悠」
「たらしにぃ。おでかけするときは、いつもこんな格好じゃん」
「何回見ても可愛いもんは可愛いんだよ。嘘は言ってないんだし、素直に喜んどけ」
「それを素直に肯定するのも、自分は可愛いって主張しているみたいで、フクザツ」
存外めんどくさい思考である。なに、誰か素直じゃないやつの影響でも受けちゃったの? 身内にめんどくさい思考ばっかりするやつでもいるの?
「三悠、ここは1つ世の中の真理を教えてやろう。可愛い娘が自分は可愛くないって言っても、周りの女からは謙虚で清楚アピールかよマジウザイって思われるだけだし、可愛いって言っても、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃねぇよマジウザイって思われるだけだ」
「なにそれめんどくさい……」
「だろ。だけど反面、男は単純なんだ。可愛いって言われたら、それはそのまま可愛いってことなんだよ。だから、お兄ちゃんからの評価は素直に受け取っとけ」
「でもにぃは、わたしのことが好きすぎるからね。甘い評価とかしそう」
「好きだからこそ、甘やかしはしないさ。ほら、早く出立しよう」
いつまでもここで話し合っていても仕方がないと、スッと左手を差し出した。
三悠は俺の手を見て少しだけ首を傾げたが、すぐに意図を理解したのか右手を伸ばしてくる。
1組の男女の手が重なり、優しく握り合ってデートが始まった。
******
他愛ない会話を交わしながら30分ほどのんびりと歩き、丘を登って公園にたどり着いた。
天気にも恵まれて空は澄み渡っており、暖かな日差しが地表に降り注がれている。
休日だからなのか、家族連れの姿がチラホラと見受けらた。若い夫婦はベンチに腰かけてランチボックスを広げていたり、小さな子供が遊具で体を動かしている。
「どこか座れるところがいいよな……。ベンチでもいいけど、シートも持ってきたから原っぱでもいいぞ。どっちがいい?」
問うと、三悠はまぶたを落とした半眼で人気の無いほうを見た。
「原っぱが、いい」
「はいよ」
刈り揃えられた草葉の上にレジャーシートを広げ、四角に荷物や靴を置いて風に煽られないよう固定する。腰を下ろして地面との距離が近くなると、草の青々とした香りが鼻を抜けた。
「にぃ、かご、ちょうだい」
持ち歩いていたピクニックバスケットを手渡すと、レジャーシートに座る俺達の前に様々なものを並べ始めた。竹製のかご、水筒、コップ、気密性の高いタッパー、ウェットティッシュ。
三悠はその中の1つ、竹製のかごを手に取ってふたを開ける。
「はい。わたしお手製、だよ」
現れたのは、サンドイッチだ。レタスやチーズなどが挟まれているが、やはり一際目を引くのはこいつだろう。
「普通のお弁当じゃ珍しくないと思ったから、からあげサンドにしてみました」
堂々と存在感を放つ肉の塊。半分に切られた鶏のからあげが真ん中を陣取っている。メインを張るに相応しい貫禄だ。
「おぉ……、これは予想してなかったな。美味しそう……いや、美味しくないわけがない!」
「サンドイッチはいくつかあるけど、全部味付けが違うんだよ。好きなのから、食べて」
「ありがてぇなぁしみじみ。そんじゃ、いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
かごの中に視線を落とし、レタスとからあげが挟まれただけのサンドイッチを手に取る。まずは素の味から楽しみたい。
一口噛み、レタスをシャクリと音を立てて頬張る。
「うめぇ……、うめぇよ三悠。これならどこにだってお嫁に行けるぞ。いやむしろ嫁になんて渡さん! 俺に嫁いでもらう!」
「はいはい。たらしにぃは、本当に適当なことばっかり言う」
「こんなこと言わせる可愛い妹が悪い」
「えぇ……、理不尽」
三悠は水筒を持ち、2つのコップにスポーツドリンクを注ぐ。手渡してくる片方を受け取ると、三悠もサンドイッチを食べ始めた。
「ねぇ、にい。自分で作ったものを、自分で美味しいって言うのは、変、かな」
「どうしたいきなり?」
「だって、味見しながら作るから、悪かったら直してる。だけどそれでも、いま食べたら、改めて美味しいなって思ったの。なんか、不思議な感じ」
「あぁー……、言いたいことはだいたい分かった」
つまるところ、味見段階で美味しいのは分かってるから、この場で言うのはある意味筋違いなのではと考えているわけだ。自画自賛というか、自意識過剰というか、そんな心配をしているのだろう。
俺は左手を伸ばし、三悠の頭にポンと乗せる。
「食事ってのは、食べる時の心情によって味覚に大きな影響を与えるらしいぞ。同じものを食べても、気分が悪かったら美味しく感じないし、気分がよかったらいつも以上に美味しく感じるそうだ。味付けだけが美味しさを左右する要因じゃない。青い空の下でそよ風に当たりながら食ってたら、台所で味見をしたときより美味しく感じるもんじゃないか」
細い髪をくしゃくしゃと撫でる。三悠はされるがままの頭はそのままに、俺の顔へ視線を注ぐ。
「そう……かもしれない。だけど、ちょっと意外。にぃなら、お兄ちゃんの隣で食べるから美味しいんだ、くらい、言うと思った」
「おっ? そう自惚れてもいいくらい、三悠に好かれていると思っていいのか?」
「にぃのたらし」
「えぇ……、今の俺が悪いの……?」
三悠は先ほどのお返しとばかりに、少しばかり口角を上げて微笑む。
穏やかな陽気に包まれながら、穏やかな時間を共に過ごした。
【トロフィー 三悠の愛妻弁当最高! を獲得した!】