妹との約束 集う高校生組
真里が帰宅し、入浴も済ませて就寝の準備は整った。
ここで夜更かしをすると、翌朝また真里に起こされるのは目に見えている。
今日くらいは早寝するか……?
このまま
寝る 38%
☆起きている 62%
まぁ、今日1日程度早寝したからって何が変わる訳でもないだろう。
俺は本棚から読み止しの書物を引き抜き、しおりの挟まれていたページを開く。
椅子に座って15分ほど読み進めていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「にぃ、入るね」
三悠が扉を開けて入ってくる。
「おぉ、どうかしたか?」
「ちょっと、お話し」
とてとてと歩き、ベッドに腰かける。俺は本にしおりを挟んで閉じ、椅子を回転させて正面から向き合った。
「いつもならそろそろ寝入る時間じゃないか」
「うん。だけど、たまにはいいでしょ?」
「可愛い妹の頼みなら断れないさ」
三悠は両手で口元を押さえ、照れた表情を隠そうとしていた。そんな仕草もまた可愛い。
「にぃ、やっぱりたらしだ」
「あぁ、自信を持って妹をたらしている。そんで、話ってなんだ?」
問うと、ベッドの上で体育座りをして両膝をぎゅっと抱えた。
「今度の土曜日、わたしと、おでかけして?」
「もちろんいいぞ」
2人での外出ぐらい頻繁にしている。今さら改まってお願いされるようなことではない。
などと思って即答したのだが、三悠の様子はいつもと違った。
「あの、その……、ね、にぃ。今回はただのお買い物とかじゃなくて、ピクニックに行きたい……なって」
「ピクニック? そりゃまた珍しいな」
「うん」
パジャマのズボンが握り込まれ、若干のシワを作っていた。気恥ずかしさを堪えているらしい。
「そうか」
俺は思考を巡らせる。例えばこれが恋愛シミュレーションゲームの場面なら、ここで主人公は「どうせなら他の人も誘おう!」とか愚鈍な発言をするのだろう。けれど俺は愚鈍な主人公などというものではない。
三悠の兄として、14年を共に過ごしてきた妹の気持ちを正確に汲み取る。
「分かったよ。今度のデートは楽しみにしてるな」
「デ……!」
三悠は声を詰まらせ、頬を朱色に染めた。半眼の瞳もいつもより開かれている。
かと思えば、すぐに半眼に戻って唸り声を上げた。
「うー……、そうだけど、そうなんだけど、そこはもうちょっと、フクザツな乙女心を理解してほしい」
「お兄ちゃんは世界中の誰よりも三悠を理解しているぞ」
「はぁ……。まぁ、分かってたよ。だってにぃだもん。わたしは世界中の誰よりも、にぃを理解しているからね」
三悠はベッドから下り、立ち上がって部屋の扉へと向かう。
「にぃ、お弁当のおかずは、からあげでいいよね」
「おうともさ」
「大好きだもんね、分かってるよ」
「お兄ちゃんは三悠も大好きだぞ」
「にぃのたらし。おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
三悠が部屋を出て、扉がパタンと閉められた。
見送り終えた後、俺は壁にかけられたカレンダーにメモを書き込む。
5月○日 土曜日 『三悠とデート』
買い出し以外でのお誘いなんてほとんど無い。
妹相手とはいえ紛うことないデートの予定に、多少は心を弾ませながら頬を緩ませた。
【坂衣三悠ルートが解放されました!】
翌朝。
夜遅くまで本を読み耽ったため、自然と目覚めも遅くなる。
「今日もいい寝顔よ、悠一」
結局いつも通り真里に起こされ、この日は2人で登校した。
午前中の授業を終え、昼休みを迎える。
「それじゃあご飯にしましょうか」
昨日は真里が女性徒からお誘いを受けていたため、今日は一緒に食べようと約束も取り付けられていた。
けれど俺の脳裏には、昨日の光景が映し出されている。
桜の木の下で静かに佇む少女、池。彼女は今日も、無表情な顔でそこにいるのだろうか。
寂しそうだとは思わない。1人でいるのが気楽だと感じる人間は多い。
だが、理由があって1人になっている可能性も充分にあり得る。特に池の場合は理由がハッキリしている。
筆談。ただでさえ会話が不便なのに、両手が塞がってしまっては完全に言葉を交わせなくなってしまう。
おそらくはそれが関係していて、1人で昼飯を食べる状況になっているのだろう。
もし、会話そのものに気後れを抱かせない相手なら、一緒に居てもいいだろうか。居る相手は1人でも2人でも、いいだろうか。
「……なによ、そんなにあたしを見つめてどうしたのよ」
ジーッと真里を見据えながら考える。真里からの約束は、今日一緒に昼飯を食べる、だ。けれどこの約束は曖昧で、他に誰かが居ても問題は無いだろう。加えて言うならば、約束は一方的に告げられただけで返答はしていない。破棄も可能だ。
昼食は誰と食べようか。
真里と2人で食べる 40%
☆池がいるであろう中庭に真里を誘い、3人で食べる 60%
真里の約束を破棄し、池がいるであろう中庭に1人で行く 0%
「なぁ、真里。1人誘いたいやつがいるんだけどいいか?」
「いいわよ。誰? 荒州?」
「あら……す?」
「なんで、そいつ誰……? みたいな反応をしてるのよ! あんたの数少ない友達じゃない!」
「おいおい真里さん、舐めてもらっては困る。俺と荒州は友達なんてチャチな関係じゃない。親友すらも越えてもはや一心同体なんだぜ」
「その同体に雑な扱いをしてるのはどこのどいつよ。で、荒州ってわけじゃないのね」
「あぁ、そいつはたぶん、今日も中庭にいると思う」
******
弁当箱を持って中庭まで移動し、桜の木の陰に顔を出す。
「よっ、今日も一緒に飯を食わないか?」
舞い落ちる桜の花びらの下で静寂に身を包む少女、池みぞれ。彼女は昨日と変わらずここに居た。
俺に突然声をかけられたにも関わらず、涼しい表情で視線を向けてくる。
『また来たのね』
「あぁ。そして今日は俺だけじゃなくて、もう1人いるんだ」
俺は半歩横に移動して真里と池を対面させた。2人が視線を交わす。
「あっ、あっ……! あんたが誘いたい相手って、みぞれさんだったの!?」
真里は池を視認すると、驚愕に声を荒らげた。
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「どうしてあんたなんかがみぞれさんと親しくなってんのよ!」
「親しいって表現できるほどの仲かと問われると返答に困るが、少なくとも親しい関係でありたいとは思ってるよ」
「おこがましい!」
真里は俺の肩に腕を回し、体を回転させた。2人で池に背を向ける形となる。
そのまま顔を近付けてきて、声を潜めて内緒話を始めた。
「あんた、どうやってみぞれさんと仲良くなったのよ……!」
「べつに、昨日一緒に昼飯を食っただけだぞ」
「何をそんな軽く言ってるのよ……! みぞれさんよ、あのみぞれさんなのよ!」
「あのってなんだよ。確かに筆談は物珍しいかもしれないが、池だって普通の女の子じゃないか」
「普通って……! あんた、筆談以外にみぞれさんのことは何か知ってるの!?」
「いや全然。綺麗だなーとは思ってる」
「周囲に関心が無さ過ぎよ! いい、みぞれさんは1年生の時の座学テストがほとんどの教科でトップなのよ。身体能力テストだって、この学校にある歴代記録をほとんど塗り替えちゃったんだから」
「典型的な文武両道だな」
「それでも、行えないものもあるの。理由は分かるわよね」
「声……か」
「ええ。例えば音楽の授業では合唱をできない。体育の授業ではチーム競技に参加できない。声のやり取りができないだけで、多くの不可能が立ち塞がるの」
真里の話は想像に難くない。歌なんて歌えるはずもないし、声帯確認ができなければ連繋プレーなど行えるはずもない。
「だから、周りとは自然に距離ができちゃったのよ。1人なら何でもできるけど、複数人だと何もできない。みぞれさんは、孤高の人なの」
「だからって、池が自分から1人で居たいって願った訳じゃないだろ?」
「そうだけど、おいそれと声をかけられるほど気安い人じゃないわよ。綺麗で文武両道でミステリアス、皆の憧れなんだから!」
「そりゃ凄い。ならなおのこと、お近付きになるチャンスだよな」
「……あんた、下心があるとか言わないわよね」
「残念ながら、まったく無いんだなこれが」
俺は真里の腕からスルリと抜け、ジッと視線を注いでいた池に向き直る。
「すまんな池。どうにもこいつは、憧れのみぞれさんと対面して緊張してるみたいなんだ」
「なっ、何を言ってるのよ! 違っ……くはないけど、せめて心の準備はさせてほしかったわ!」
慌てふためく真里を池が見つめる。おかげで余計に動揺していた。
「みぞれさん、こいつが失礼かけちゃってごめんなさい! 昼食の邪魔はしないわ! ほら、行くわよ!」
「お、おい!」
真里は言葉をまくし立てると、池に気を遣ったのかこの場を立ち去ろうとした。俺の腕を右手でガシッと掴む。
俺はせめて真里を立ち止まらせようと、歩き始めた背中に声をかけた。けれど真里は立ち止まらない。
どうしたものかと考えを巡らす。しかし俺が何をするよりも先に、すかさず池が近付いて真里の左手をタシッと掴んだ。
「みぞれさん……!?」
真里は池と接触して動揺している。その間に、池は手帳とボールペンを取り出して文字を書き起こした。
『一緒にご飯を食べられるなら、嬉しい』
1人で居たくないと、共に居てほしいと、無表情ながらも記された思い。
池は俺達2人を受け入れると意思表示してくれた。
「っ~~!」
そこまでされては真里も考えずにはいられないらしい。べつに嫌っているわけではなく、孤高の存在として近寄り難いと感じていただけだ。本人からの受け入れがあれば、否やは無い。
「なら、ご一緒させてもらうわ。安心して、こいつがみぞれさんに変なことをしようとしたら、すぐにしばき倒すから」
「お前は俺を何だと思ってんだよ……」
真里はなおも気を遣いがちだが、3人での昼食の場は整った。