サブヒロイン攻略のルート解放 メインヒロインも黙ってはいません
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昼食を共にした池と別れて、5時限目の授業を終えた休憩時間。教室の窓際後方に座っている俺のもとへ1人の男がやってきた。
「見てたぜ坂衣。池ちゃんと楽しそうに飯を食ってたろ」
さまざまなことに興味を持つ男、学校の通信簿には毎年『落ち着きが無いですね』と書かれるような男、荒州だ。
「浮気すると、真里ちゃんに怒られっぞ」
「浮気じゃねぇし、そもそも俺と真里は付き合ってるわけじゃない」
こんなやりとりはいつものことなので、交際の否定は今さら確認する必要も無い。
俺にはそれよりも、気になる発言があった。
「なぁ、俺と池は楽しそうに見えたのか?」
「あぁん? 違うのか?」
「……いや、違わない。良かったって話だ」
「?」
荒州は言葉の意味が分からず、首を傾げていた。
詳しい説明は続けず、心の中で無表情な少女に語りかける。
聞いたか、池。俺達の食事風景は、他の人からは楽しそうに見えたってよ。
けして自己満足だけで終わらなかったと確信を得られて、俺は満足感に浸った。
【池みぞれルートが解放されました!】
「どうやら坂衣は危機を自覚していないようだな」
「何のことだよ」
「昼休みに真里ちゃんを誘った女子2人がいるだろ。あれの短髪のほうが真里ちゃんに向ける目は、恋する乙女のそれだぞ」
「何を言ってやがる……」
「余裕かましていられるのも今のうちだぞ。相手が女だからって油断してると、たとえ同性でもかっさらわれちまうぞ」
「だから……、べつに俺と真里は付き合ってる訳じゃないし、ついでに同性愛も否定しない。それよりも、お前は背後を気にしたほうがいいぞ」
「あん?」
「あーらーすー……!」
俺に言われて荒州が後ろを振り向くと、怒りやら恥ずかしさやらで顔を真っ赤にしている真里がいた。
荒州ははぁと1つため息をつくと、突然立ち上がって逃げ出した。
「オレは忠告したからな!」
「こら! 待ちなさい!」
荒州の後を追って真里も走り出す。2人が教室から出ていく姿を見つめながら、俺もはぁとため息をつく。
「もうすぐ次の授業が始まるぞ……」
呟いた言葉は虚空に溶け、2人に届きはしなかった。
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放課後。
真里は日直当番の最後の仕事として、日誌を職員室へ返却しに行った。
俺は自分の席に座り、ぼーっと携帯を眺めている。
真里と一緒に下校をする約束をしているわけではない。一緒に帰る日もあれば、今日みたいにタイミングが合わなければ別々に帰る日もある。どちらが不自然ということはない。
何となく立ち上がらずにいたが、早く帰宅してやりたいこともあるといえばある。
真里を
☆待つ 60%
待たない 40%
たまには待つのもいいだろう。
携帯をポチポチいじること10分。教室に真里が戻ってきた。
「あら、あんたまだ居たのね」
「あぁ、なんとなくな」
「用事があって居るわけじゃないのね。あっ、もしかして、あたしを待ってたとか?」
「正解だ」
「ふーん……、そっ。なら帰りましょうか」
真里は少しばかりからかい気味に問いかけてきたが、俺は素直に返答した。それは真里にとって意外だったのか、平静を装うような素っ気ない声が返ってくる。
平静を装うようなと察している時点で、真里が別の感情を隠しているのは筒抜けだ。
生徒用玄関で靴を履き替え、下校路を2人で肩を並べて歩く。
特筆するようなことも無い雑談を交わしながら歩いていると、真里の携帯がメールの着信音を鳴らした。
真里は画面を確認し、返事を送信して俺に向き直る。
「ちょっとスーパーに寄って行くわよ」
「はいよ。母親に買い出しでも頼まれたのか」
「ええ、あんたの母親にね」
「なんで俺の母親はお前に頼んでるのかなぁ……」
予想の斜め上の返答に困惑する他無い。
「仕方ないじゃない。あんたは食材の目利きもできなければ安売りの基準も分からないでしょう」
そういうことではない。どうして買い出しを人様の娘に頼んでいるのかと訊きたいんだよ。と、言葉が喉まで出かかったが堪えて飲み込んだ。
俺の両親は真里に対し、家族みたいな扱いをしている。そして真里もそれを受け入れていた。でなければ、朝から部屋に俺を起こしに来るなどあり得ない。
明らかにただの友人同士という距離感ではないのは分かっているが、このぐらいのバランスで全員が納得しているのだから不必要な発言はしないほうがいい。
おとなしく真里に従い、スーパーへと足を向けた。
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店内に入り、買い物かごを持って真里に付いて歩く。
「ごぼう、人参、玉ねぎ、ナス……」
次々と食材が買い物かごに入っていく。
「卵、薄力粉……」
俺は口を挟める知識が無いため、黙って付き従うしかない。
「エビ、ちくわ、海苔……よし、これで全部ね」
あらかた選び終えたのか、真里は満足げにふふんと鼻を鳴らした。
「これらでいったい、何が出来上がるんだ?」
「さてなんでしょう。当ててみなさい」
分かるわけもない。料理なんて全くしないのだから、予想も何も立てられない。てか薄力粉ってどう使うんだよ。今からうどんでも打つの?
「確認なんだが、これら全部使うのか?」
「ええ、全部ちゃんと使うわよ」
マジかよ。どんだけ豪華なうどんを作るつもりなんだよ。
「ヒント! ヒントをくれ!」
「ヒント? うーん、確かに料理なんて作り方しだいでいろいろ変化するけど、さすがにこれを言っちゃったら分かるかもしれないわね……。まぁいいわ。キーワードは''揚げ''よ」
揚げ……! なるほど、ならば答えは1つしかない!
「釜揚げうどんだ!」
「バカ。天ぷらよ。どうして''揚げ''から釜揚げにいっちゃうのよ!」
「だってマジで分からなくてよ……」
「少しくらいは料理の知識を身に付けたほうがいいわよ。なんか将来、夫婦間で食事するときに問題を起こしそうで恐ろしいわ……」
「そんな大袈裟な」
そう言った途端、プチンと何かが切れた音が聞こえた気がした。
「悠一、あんた料理を舐めてるわね。食材、値段、作り方、手間隙、調理時間、作業頻度、どれもこれも簡単なことじゃないの。嫁に暖かい食事を求めるなら、大変さを理解して労って然るべきなのよ!」
いかん、どうやら真里の怒りスイッチを入れてしまったようだ。こうなると話が長くなる。
俺の失言は百も承知だが、ここはせめて穏便に宥めるよう言葉を差し込もう。
分かった! 今日は俺も手伝うから! 身をもって体験するから! 43%
☆真里さんには感謝しています! だから長い将来、暖かいご飯を食べさせてもらいたいですお願いします! 57%
「真里さんには感謝しています! だから長い将来、暖かいご飯を食べさせてもらいたいですお願いします!」
「!」
思っている言葉をがむしゃらに並べ立てると、真里は驚いて声を詰まらせた。
顔を赤くし、何事かを言おうとして口をパクパクさせている。
しかしついぞ怒りの言葉は出てこなかったのか、呆れたようなため息をついた。
「はぁ……。あんまり調子のいいことを言ってると、そのうち酷い目に遭うわよ」
「調子のいい発言も受け入れてくれる真里さん最高!」
「うっさい。まぁ、今回はギリギリだけど許してあげるわ」
「ははーっ! 慈悲深き処遇に感謝いたします!」
「いい加減そのふざけた芝居はやめなさい!」
店内に真里の叫びが反響する。他の客や従業員から注目の視線を浴び始めたため、俺達は急いで会計を済ませて逃げるようにスーパーを後にした。