妹との距離感は、ハッピーエンドとはならなくて
得体の知れない不安感なんてものを抱きはしたが、別段変わったことなど起きなかった。
パートナーに望むタイプを問われてから1週間ほど経過したが、俺の周囲は平然としている。良くも悪くもない、普通。
……いや、より正確に言うならば、周囲が俺に対する接し方が普通なだけだ。俺の関与しない部分では、多少の変化が起こっている。
「はい、みぞれさん。あーん」
「ーーーー」
真里と池の仲は日毎に縮まっていき、昼飯時には真里が池の口におかずを運ぶ光景まで見れるようになった。微笑ましさやら恥ずかしさやらで、まともに注視できない。
「にぃ。わたしもいつか、誰かとお付き合い、するかもだよ」
三悠は色恋沙汰にやっきになるタイプではなかったが、雑誌の恋愛特集などを読むようになった。年頃の女の子だし、恋愛に興味を持つのは当たり前か。
対して、俺には何も起こらない。いやべつに何かが起こってほしいわけではない。人生は普通が1番。平穏なんて贅沢だという考え方もある。
今はまだ学生だから分からないが、社会人になったら忙しいと感じる日が増えるのだろう。
だから、今くらいは何事も無くていい。
だから、今起きる変化なんて大したことは無いはずだ。
ある日の昼休み、池のボールペンへと視線が向かった。常であれば気が付かないような些細な違和だが、それだけは訳が違う。
「池、そのアクセサリーは……」
違和を口するも、確信を得るに連れて言葉尻がすぼんでいく。
池がボールペンに付けている靴のアクセサリー。先日までは左靴のものだったが、今は右靴のものになっている。
『貰った』
池は短く言葉を書き記した後、真里に視線を向けた。
「あたしももう1つをみぞれさんにあげたのよ。そしたら1番使うボールペンに付けてくれたんだから! 見て見て! ペアアクセサリーの共有なんて、仲良し感が凄いと思わない!?」
真里は胸ポケットから携帯電話を取り出し、池のボールペンへと近付けた。左右それぞれのアクセサリーが揃い、1組のセットに戻る。
たったそれだけの光景が、チクリと胸に痛みを走らせる。
池が先日まで付けていた左靴のアクセサリーは、俺と特別を共有した思い出深い物だ。
けれど今は、真里から渡されたものに変わっている。
それはまるで、真里と池が1組なのだと、俺との特別は失われたのだと、そう表現しているように感じた。
******
家に戻り部屋でくつろいでいると、三悠がファッション雑誌を開いて問いかけてきた。
「にぃ、わたしには、どっちが似合うと思う?」
2つのページには、女性モデルが1人ずつ掲載されている。片方は黒を基調にしたクールで大人な印象で、もう片方は白を基調にした柔らかく子供っぽい印象。
「どっちかったら、白い方かな」
「分かった、黒い方を、着てみる」
「なんで!? 訊いといて逆を選んだりするっ?!」
予想外の返答に声を大きくしてしまった。
しかし三悠は、この返答が想定内だったのか普段通りの口調で言葉を紡ぐ。
「だって、似合うってことは、いまのわたしそのままのイメージなんでしょ。なら、逆の服の方が、違うわたしになれるかもしれない」
「違う三悠に……? なんだどうした、イメージチェンジでもしたいのか?」
「うん。内面をいきなり変えるのは、難しい。でも、外見なら変えられる。まずはそっちからかな、って」
「内面……ってことは、性格のことを言ってるのか。お兄ちゃん的には、今の可愛い三悠で大満足だぞ」
「……にぃ、だからだよ」
いつもみたいに軽くたらすと、三悠が少しばかり顔をうつむかせた。
「にぃはそうやって、わたしに適当なことばっかり言うけど、人生のパートナーは頼れる人がいいんでしょ」
「それは……まぁ」
「なら、いまのわたしは相応しくないからね。変われるように、努力する」
「待て待てどうしてそんな話になるんだ。変わるって、人生のパートナーとかって話か? それならそもそも、妹と結婚なんてできないだろ」
「パートナーになるのに、形は重要じゃないんだよ。結婚なんて、できなくてもいい。付き合うなんて関係性すら、許されないのかもしれない。でも、にぃと一緒にいるだけなら、妹でも大丈夫だよね……?」
まるで自身に言い聞かせているような口調。灰色の前髪で隠れる瞳の端には、うっすらと涙がにじんでいる。
俺はそこで初めて、妹の歪みに気が付いた。
三悠から今まで、誰かを好きになったという話は聞いたことが無い。告白された経験はあるが、中学生で色恋沙汰はまだ早いと断っているらしい。
しかしそれでも興味が無いわけではないのか、たまに真里と2人でコイバナと称して盛り上がっていた。だからけして、恋を知らないわけではない。
では、どうして恋を知っているのか。
その答えは極めて簡単。恋をしたからだ。
ことここに至って、恋の相手が誰か分からないなどと愚鈍な発言をするつもりは無い。
三悠は、俺を好きだったんだ。
「にぃが他の誰かと、一緒になるのは嫌……。たらされるのも嬉しかったけど、それだけじゃ、甘やかされるような守られるだけの存在じゃ、ダメなんでしょ……?」
「……!」
咄嗟に言葉を返せない。
三悠のことは世界中の誰よりも分かっているつもりだ。それこそ、三悠よりも三悠を分かっている。
三悠は今、自身の胸中に渦巻いている感情が分かっていない。中学生相応でしかない心には、恋愛は大きな影響を与える。
好みのタイプは俺そのままなのかもしれない。けれどそれは、恋愛ではなく家族愛だ。仮に恋愛と家族愛を分けて理解していて、俺に対する気持ちは恋愛だと分かっていたのだとしても、兄に恋してしまう状況なんて避けるべきだった。
複雑に、愛が絡まり歪んでいる。
早くに三悠の心情を知っていたとすれば、もっと丁寧に対応した。先日のパートナー選びのように、いきなり対象外だと告げたりしなかった。
結婚は無理だけどいい兄妹仲でいような、とか、ゆっくりと歪みを直していけたはずだ。
三悠に、恋心はまだ早かったのかもしれない。
「……三悠」
俺は近付いて片膝立ちになり、頭に手を置いて灰髪を優しく撫でる。
「恋愛ってのはな、相手の好みに合わせるのが正しいって訳じゃないんだよ。パートナーと何年何十年と一緒にいるつもりなら、無理なんてしたらダメだ」
異性として意識されていた兄の振る舞いなどもうできない。だからせめて、家族の年上として兄らしく振る舞う。
「小さな意見の食い違いはあるかもしれない。それは互いに慣らしていくべきだとは思うが、性格や好みに関する部分は別だ。そんな自分すらも騙すような真似をしてまで一緒にいたところで、長続きするわけが無い。偽りの気持ちに限界が来て、破綻するだけ」
抽象的な説明だが、そもそもが恋なんて具体性の無い話だ。こればかりは仕方がない。
「だから三悠が誰かと一緒にいたいと思ったなら、ありのままの三悠でいるべきだと思う。だから……、俺との恋はできない」
「……っ!」
キッパリと恋心を断ると、三悠の瞳に溜っていた涙があふれ出した。それでも俺は言葉を続ける。
「恋はできない。けど、俺も三悠が大好きだ。妹として、ずっと一緒にいてほしい」
恋愛と家族愛をゆっくりとほどき、家族愛だけを残す。そんな選択もできたはずだが、今となっては失われた未来だ。
唐突に恋愛だけを引き剥がしてしまったのが、紛れもない現実。
三悠が鼻をぐすんとすする。
「恋がダメでも、一緒にいていいの……?」
「あぁ。家族なんだから、ずっと一緒にいて何が悪い」
「妹ってだけで……、一緒にいていいの……?」
「あぁ。お兄ちゃんは、三悠が隣にいてほしい」
「……にぃ!」
妹として受け入れると、三悠は胸に飛び込んできめ嗚咽を漏らし始めた。
「にぃ、にぃ……!」
本当ならもっと、心に負担を与えないで分かり合えただろう。それでも現状でできる範囲で、気持ちを最大限に汲み取れはずだ。
俺は小さな背中に手を回し、優しく叩いてなだめすかす。
いつまでも泣き続ける愛し子を抱き抱え、いつまでも過去の選択を悔い続けた。
【????ルート 急造の兄妹エンド】
三悠との話なのにどうして「????ルート」なのかは、次話で明らかになります。
そして、次話でラストになります。
蛇足の説明のような物語ですが、もう1話だけお付き合いいただければ幸いです。




