声を出せない少女と挑む、アトラクションゲーム
帰りのショートホームルームを終え、身支度を整えて玄関へと向かった。辺りを見回しても池の姿は見えない。まだ来ていないようだ。
壁に背中を預け、空いた時間で思考を巡らせる。
俺に用事があって、真里には用事が無い……と思われる。ならば必要なのは、男手ということだろうか。
いやこちらは考えたところで仕方がない。もうすぐ本人が現れて説明してくれるだろう。ならば、別のことを考えるべきだ。
池は気にしていないのかもしれないが、やはり他の連中からするととても浮いた存在だ。教室へノックしてから入ってくるなんて、通常では考えられない。
それこそ池だから、ミステリアスだなどという評価で済まされている。もし俺が同じようにノックして別のクラスへ入って行きなどしたら、異端者を見る目を向けられるかもしれない。
「……いや、池だからこそ、か」
そこまで考えて、池がノックをした理由に思い至った。
通常であれば、誰かに話しかける際は何らかの声をかけたりする。けれど、池は発声ができない。
だからこそ、いきなり話しかける前のワンクッションとしてノックを挟んだのだろう。もちろん、潔白な性格も影響しているはずだ。
また次があるかは分からないが、同じような事態になったら今回みたいに目立つよなぁ……。メールアドレスくらい交換しておいたほうが良いんじゃないか。
などと考えていると、不意に制服の袖口を軽く引っ張られた。
『待たせてしまったみたいね、ごめんなさい』
引かれた左側へと顔を向けると、手帳に謝罪を書き記した池がいた。そして何故か、学校指定のジャージを着ている。
「待ったってほども待ってないさ。それで、これから何をするんだ?」
問うと、池がボールペンを走らせる。
「ーーーー」
しかし、2秒ほどその手が止まった。かと思うと何かを書きかけていたページをめくり、新たな白紙に文字を書き出す。
『ここで説明するよりも、付いて来てもらったほうが早い』
捲ったほうのページには、何か説明を書き出していたのだろうか。
「分かった。ひとまずはおとなしく同行するよ」
『ありがとう』
表情筋を微動だにしない感謝の言葉も、池ならではの味と感じるようになってきた。意外と俺はクールなタイプが好みなのかもしれない。
校舎を後にし、駅方面へと足を向けた。
この辺りは街の中心部ということもあり、大きなショッピングセンターやカフェが並び立っている。今の時間は帰宅部の学生が溢れ、ファストフード店やゲームセンターが大いに繁盛していた。
池はそれらには目もくれず、真っ直ぐに前を向いて歩き続けている。
想定内ではあったが、会話は1つも無い。歩きながら字を書くのは難しいため、言葉を交わすためには立ち止まらなればならないのだ。池が歩みを止める様子は無く、俺も歩みを止める用事も無い。
肩を並べてお互いに無言で歩行者天国を進む。
すると、池はとある運動場の前で足を止めた。
「ーーーー」
白く綺麗な手で立て看板を指差し、書いてある内容を読めと促してくる。
そちらに目を向け、なにやら派手に書かれている文字を確認した。
特設ステージを駆け抜けろ! 男女2人1組のチームで参加を募集中! 制限時間内にコースをクリアすると、特別な景品をプレゼント!
……あ、はい、分かりました。
どうやらこちらの運動場では現在、一般客参加型のスポーツイベントが行われているらしい。池はこれに参加したいのだろう。
そして俺が連れて来られた理由は、男女2人1組での参加という部分を満たすためだ。確かにこれは、真里相手では満たせない。
『一緒に参加してほしい』
池が懇願する瞳で訴えかけてくる。
「まぁ……いろいろと理解したよ。ここまで来て断る理由も無い。最後まで付き合うさ」
『助かる』
これから体を動かすのか。だからジャージを着てたんですね。
2人で運動場へと入り、受付カウンターで参加申し込みを済ませる。他の参加者も順番待ちをしているため、30分くらいは時間が空きそうだと告げられた。
整理券を握り、ロビーの片隅へと移動する。しばし待機だ。
ジャージでストレッチを始めた池に、制服で棒立ちをしている俺は疑問を投げる。
「なぁ、2人で参加するなら、俺もジャージに着替えてきたほうがいいよな?」
池は向こう側へ立ち前屈をしたまま手帳を爪先に置き、なにやらその体勢で文字を書き始めた。めちゃくちゃ体が柔らかいし器用なことをするなと思ったら、今度は上体を反らしながら手帳を両手で持って文章を見せてきた。
『私が頑張るだけで制限時間に間に合いそうだから、』『あなたは制服姿で軽く流してもらえれば大丈夫』
開かれた2ページを読む俺の目は、面白動物を見る時と同じ目をしていたに違いない。凄い自信だなとかストレッチを中断する時間も惜しいのかとかチラと見えるヘソは気付かないフリをしようとか、そりゃあもういろいろな気持ちを視線に乗せた。
「だとしてもまぁ、どうせ参加するなら俺も思いっきり体を動かしたいな。ちょっと着替えてくるよ」
池は上体を起こし、次いで右に大きく捻りながら顔をこちらに向けてコクンと頷く。確かに『分かった』と書くよりも頷くほうが早いのかもしれないが、さっきからずいぶんと不思議な光景になってるぞ。
「すぐに戻ってくる」
返事のリアクションは待たずにその場を離れた。
通路を歩き、トイレを見つけて入る。更衣室もあるのだが、使用可能なのは運動場の有料会員限定だった。多少は惜しいとも思ったが、ちょっと着替えるだけならトイレの個室でも事足りる。
すぐにジャージを着て池のもとへと戻り、俺もストレッチをしていると店内放送がかかった。
『坂衣様と池様のペアは、競技場入り口までお越しくださいませ。繰り返します。坂衣様と池様のペアは、競技場入り口までお越しくださいませ』
「いよいよだな。行くか」
コクリと頷く池は、相変わらず無表情だった。
競技場の入り口で荷物を預け、中に入って所定位置である中央へと案内される。
そこで受けたルール説明を要約すると次のようになる。
・競技は男女各3種目、合計6種目行う。
・中央部分から各6方向へと道が伸びており、その先でお題をクリアする。
・お題をクリアすると、メダルを入手できる。
・1人がメダルを獲得して中央へと戻ってくると、もう1人が次の種目へ挑戦できる。これを繰り返して6種目全て終えたらクリアとなる。
そして、その合計クリアタイムが10分を切れば特別な景品を貰えるというわけだ。
何の説明も受けずに連れ出されてきたが、いざチャレンジをするとなると気分が高まってきた。雰囲気だけなら池の100倍はやる気が溢れている。
男性の運営スタッフが大きな電光表示器の隣に立ち、ストップウォッチの数値をゼロにする。
「これより開始いたします。準備はよろしいですかー?」
「はい、大丈夫です」
俺達2人は頷く。
「それでは……、よーいスタート!」
そして屋内イベントが始まった。
各種目は50メートルのコースの先に設置してあるか、50メートルのコースそのものが種目であったりする。実際には往復しなければならないため、走るだけでも100メートル×3をこなさなければならない。
先に挑戦するのは池だ。最初の種目は、ただコースを往復するだけ。往復込みの100メートル走。
それを見守るだけならば何事起こらないと思っていたが、予想は大きく裏切られた。
「なんだよあいつ……! むちゃくちゃ速ぇ!」
池はスタートと同時に凄まじい勢いで走り出し、あっという間に50メートル先の壁に到着した。速いと言った時にはすでに、壁にかけてあるメダルを掴んでいる。
勢いそのままにUターンし、ものの13秒ほどで帰ってくる。もう俺の出番かよ。
存分に驚嘆したいところだが、棒立ちして無駄な時間を過ごすわけにはいかない。入れ替わりで俺はすぐにスタートする。
次の競技は壁キック。ただ壁を蹴ればいいのではなく、壁を蹴り登って到達点の高さを競う。今回は壁にメダルが配置されていて、飛んでそれを掴む形だ。
池よりは遅いが50メートルを助走に使い、地面を蹴って壁をかけ上がる。
メダルの位置は意外と高く、本気を出してギリギリ掴めた。一般参加企画のイベントとはいえ、少し難易度が高そうだ。
中央に駆け戻ってメダルを置き、池にバトンタッチした。
次もとりあえずは走るだけだが、コースの先に女性スタッフが待ち構えている。そこで出題されるクイズに正解すると、メダルを獲得できる。
またしても池は凄まじい走りを見せ、女性スタッフのもとへと到着した。遠巻きながらも、女性スタッフが池の走力に驚愕しているのが分かる。
「も……、問題! オリンピックで日本人初となる金メダルを獲得した選手の名前をお答えください!」
女性スタッフの声がマイクで拡散されて競技場内に響き渡る。いやこれ結構難しいぞ。明らかに時間稼ぎのための問題じゃないか。さっぱり分からねぇよ。
出題した女性スタッフは、自分が持っているものとは別のマイクを池に渡す。そして、ある心配が過った。
マイクを渡したのは、口答での回答をさせるためだろう。しかし池は、声を出せない。
案の定、池はマイクを受け取らず、ジャージのポケットから手帳とボールペンを取り出した。書き終えたページをスタッフに見せている。
「えっと、ど、どうしましょう」
手帳を見せられた女性スタッフは、戸惑いながらこちらへと視線を向けてきた。俺の隣で電光表示器の前に立つ男性スタッフも、何事かと困惑している。
俺はすぐさま、隣に立つ男性スタッフに声をかけた。
「あの子は喋れないんです! 手帳には答えが書いてあると思うので、それを回答と認めてくれませんか!」
「わ、分かった!」
男性スタッフが出題スペースへと体を向け、大声で叫ぶ。
「書いてある答えがあってるなら、それでいいから!」
「了解ですー!」
向こうからの返事がきた。予期せぬ事態に多少焦ったが、問題は無事に解決された。
そして女性スタッフは改めて池の手帳を見る。
「織田幹雄……正解です!」
ピンポンピンポンと機械的な正解音が同時に鳴らされた。
池はメダルを受け取り、すぐに戻ってくる。てかこんな難問を1発で当てたのかよ。どれだけ博識なんだ。
入れ替わった俺は、ハードル走をこなしながら思い起こす。
池とは昼飯を一緒に食うだけの関係だったからあまり気にしなかったが、そういえば真里から文武両道なのだと聞いていた。特に運動能力が凄まじく、校内記録をほとんど塗り替えたとか。
これまでは実技も座学も披露してもらう場面が無かったが、実際に目の当たりにすると話が真実なのだと分かる。
そして、だからこそと思ってしまう。もし普通に声を出せたならば、もっと様々な活躍をできたのではないだろうか。
何でもござれの池みぞれ、唯一にして大きなデメリット。本人だって、それは感じ取っている部分だと思う。
無表情な友人を改めて認識し、ハードル走を往復して中央に戻った。
入れ替わりで走り出した池が行う最後の競技は、平均台走。高さ40センチ程度の平均台の上をいくつか渡って行く。
細い足場にも関わらず、地上を走るのと変わらない速度で駆け抜けている。別の平均台へ移る際も、軽々と飛び渡っていた。
確かにこれならば、俺が軽く流しても制限時間内にクリアできる。池って本当に凄いんだな。
などと、気を抜いていた時だった。
難なく平均台を走っていた池だったが、メダルを入手して折り返す際に足を踏み外してしまった。
「!」
咄嗟の出来事に驚きを隠せない。快調に進んでいたため、まさかそんなミスを起こすとは思っていなかった。
池は地面に座り込み、平均台に右腕を預けてもたれかかっている。先ほど問題を出した女性スタッフがすかさず駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
声をかけて隣にしゃがみ込む。40センチ程度の高さとはいえ着地が悪ければ怪我をしかねない。心配そうな表情が遠くからでも分かる。
けれど当の本人、池はいつもの無表情だった。女性スタッフにコクリと頷き、平均台に手をついて立ち上がった。
「アクシデントが発生した場合はチャレンジ中止となるのですが、続行可能ならばその地点から再開してもらって構いません。続行しますか?」
女性スタッフの問いかけに、池は再びコクリと頷く。
「分かりました。では、平均台の落ちた地点から登ってください。そこから再開となります」
池は説明に従い、平均台を踏み登って元の位置に戻った。
遠巻きに見える表情は、いつもと変わらないように見える。痛みで歪んでいればすぐにでも中止させるつもりだったが、大きな怪我は負っていなさそうだ。
池は、悲鳴すら上げられない。何か問題が起こった時は、俺が察知しなければならないんだ。
挑戦を再開した池は、方針を変えたのか今度は慎重に歩き始めた。ゆっくり、とてもゆっくりと中央に戻ってくる。
確かにその速度なら踏み外す心配は無いだろう。しかし、別の問題が浮かび上がってくる。
全6種目をクリアする制限時間は10分で、現在は6分を過ぎた辺りだ。トラブルが発生していた時間もストップウォッチは止まっていなかったため、時間を大幅にロスしてしまった。
加えて、池の移動速度は遅い。このままではクリアできるか分からない。
7分が過ぎた。池は未だ中間ぐらいにいる。平均台へ移る際も、先ほどまでは飛んでいたが、今は1度地面に降りていた。
8分が過ぎた。あと1つを渡るだけ。もうすぐ近くまで来ている。
そして、9分が過ぎたところでようやく戻ってきた。平均台を降りてすぐに座り込む。
「池! 本当に大丈夫なのか!?」
40センチの高さというのは、問題が起こってしまうかどうか微妙なラインだ。落ち方が良ければ打ち身にすらならないが、悪ければ内出血などが起こり得る。
平均台を渡る速度が明らかに遅かったため、足に怪我を負ったのかもしれない。そう懸念して問いかけたのだが、俺を見上げる表情はやはり無表情だった。
そして、最後のステージへと指を指す。早く行けと無言の圧力を感じる。
「……だぁあもう!」
このまま心配したところで、池の気持ちが変化するとは思えなかった。だったら早く挑戦して早く帰ってきたほうがいいと判断し、苛立ちを混ぜた雄叫びを上げて走り出す。
最後の種目は障害物競争。土管のように大きな筒を潜り抜けたりする。
3つの障害を抜け、メダルを取って折り返した時点で電光表示器をチラと見た。残り時間は22秒。来るだけで25秒は使ったのだから、制限時間内でのゴールは絶望的だった。
それでも懸命に走り、網を潜り、筒を抜け、最後の大きな台まで戻ってくる。
これはよじ登るのに時間を取られてしまう。ならばと、俺は考えた。
この台は下にわずかながら空間があり、人がギリギリ通れそうなのだ。
スタート時はよじ登ったが、帰りの今は助走をつけているため潜り抜けられるのではないか。
そう思い立ったと同時に、地面を力強く蹴り、足を前に出し、上半身を後ろに倒してスライディングをした。
台の真下に入り、視界が一瞬暗くなる。しかしすぐに滑り抜け、ゴールである中央地点にまで戻る。
「時間は!?」
ゴールの余韻に浸る間もなく、声を上げて電光表示器へ顔を向けた。
そこに表示されていた数字は、09:59,57。
「クリア……したんだよな」
自分でも信じられないほどに、現実感の無い声音が漏れ出た。
ストップウォッチを止めた男性スタッフが驚愕の表情を浮かべる。
「ちゃ……、チャレンジ成功です……!」
宣言した途端、遠巻きに見ていた他のスタッフや一般客が歓声を上げた。割れんばかりの音が競技場内に反響する。
かくして俺と池は、1秒すら残っていないギリギリの時間でクリアした。
今回はキリのいいところまで投稿すると、いつもより長めになりました。
この作品の要とも言える、選択肢を挟めなかったのも落ち度です。
けれど、とても良い物語を書けたと満足しております!
皆さんはいかがだったでしょうか?




