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いつも起こしに来てくれる幼馴染みに、明日はあたしを起こしに来てほしいとお願いされて……?

 日曜日は特別何も無く過ぎ去り、月曜日の朝を迎えた。

 変わらず真里に起こしてもらい、朝飯を食べて一緒に登校する。


「あんたはたまに、自分で起きようとか思わないの? いつまでもあたしに起こしてもらえると思ったら大間違いなんだからね」


「なん……だって。真里に起こしてもらえなくなったら、俺はどうやって起きればいいんだよ……」


「目覚まし時計でもなんでもセットしなさいよ! なに本気でショックを受けてるのよ!」


「目覚まし時計ってあんまり好きじゃないんだよ。だってあいつ、人が気持ちよく寝てるところをいきなり叩き起こすんだぞ。どんな拷問だよ」


「あんた、いっぺん目覚まし時計の意味を辞書で調べてきなさい」


「それに比べ、真里なら優しく起こしてくれるからな。寝覚めの気持ちよさが段違いだ」


「そっ……! それはまぁ、あたしだし! 感謝しなさいよね!」


 おふざけのやりとりをしていたのだが、真里は急に顔を赤らめた。いかん、三悠とのデートでさんざんたらしたクセが抜けていなかったのかもしれない。こんな発言をするようでは本当に女たらしになってしまう。


「……ねぇ、起こしてもらうのって、そんなに気持ちがいいの……?」


 どうやって話を長そうかと考え始めたところで、真里が視線をチラと向けて問いかけてきた。


「あぁ……まぁ、少なくとも音楽で義務的に起こされるよりは、感じるものがぜんぜん違うぞ」


「そ、そうなんだ……。なら……さ、明日はあたしを起こしに来てよ」


 は?

 予期せぬ要望に頭の中をクエスチョンマークが飛び交う。

 俺が真里を起こしに行く? 俺のほうが起きるのが遅いのに?

 などと考えもしたが、その思考が間違っているのだとは分かっている。

 そんなどうでもいいことは問題ではない。真里は、寝覚めの傍らに俺の存在を要求してきたのだ。

 昔からの付き合いがあり、いつもは起こしに来てくれる幼馴染み。女が男の家に行くのはお馴染みのパターンだが、男が女の家に行くのはいいのだろうか?

 俺だって灯賀家には幾度も入らせてもらっているし、真里の部屋だってポスターの数まで把握している。だが、朝起こしに行った経験など無い。

 お互いにもう高校生だ。無防備な女子高生のもとへ行くのは許されるのだろうか。いや、ここは女子高生などという括りをするべきではない。無防備な真里を起こしに行くのは許されるのだろうか。

 むしろ、行かなければならないという考え方もできる。普段はお世話になっているのだから、ここで要望の1つも受け入れるのが男ってものだろう。いやだから、男が寝込みに突入していいのかっていやこれ思考の無限ループに入ってないか?

 考えても理論は導き出せそうにない。ならば、ズバッと勢いで決めてしまうべきだ。決めてから理由を後付けすればいい。




 明日は真里を起こしに


 行く    33%

☆行かない  67%




「いや……、さすがにそれはちょっと問題があるだろ」


「問題ってなによ」


「女子高生の部屋に男が侵入するだけでも事案なのに、寝ているところを起こすんだぞ。何かの法に触れたりするんじゃねぇの?」


「本人及び周りの人達が了承していれば何の罪にも問われないわよ。なに? 怖じ気付いてるの?」


「怖じ気付いてるって訳じゃないが、気後れしてるのは本音だな。お前は、俺に無防備な寝姿を晒して何も感じないのか?」


「そりゃちょっとは思うところもあるわよ。だけど、お互いに今さらそんなことを気にする関係じゃないじゃない」


「分かる。言いたいことは分かるぞ真里さんよ。だけどここはちょいと男の立場になって考えてみてほしい。相手は女子高生、気が置けない仲とはいえ、だからこそ越えてはいけないラインに最も近い位置にいると言える。そんな状況に欲求多感な男子高生が放り込まれてみろ。自制心との戦いで悶え苦しむはめになるぞ」


「え……」


 熱弁し終えた途端、真里は若干引き気味で顔を青ざめさせた。


「あんた、あたしをそんな目で見てたの……? いやっ……! けだもの!」


 ズザザッと足音を立てて5歩ほど離れる。自身を抱くように胸元へ腕を回した。


「ここで否定するのも男として格好がつかない。だから敢えて言わせてもらうが、お前はもう少し自分の魅力に気付くべきだ。俺は幼馴染みではあるが、それと同時に男なんだよ。あんまり警戒心の低い発言をしないでくれ。気持ちが暴走を起こすとも限らないんだぞ」


 この際だから内心でハッキリと自分に言い聞かせておこう。

 幼馴染みで家族ぐるみの付き合いがある、灯賀真里。つんけんとした口調だが、世話焼きで面倒見がいい。大きな蒼い瞳は清く澄んでいて、セミロングの髪は揺れる度に爽やかな香りを漂わせる。女性的な膨らみを描く曲線美は制服の上からでも明確で、異性を惹き付ける圧倒的な色香を持つ。

 そんな人間の寝顔なんて見てみろ。さすがの俺だって平常心を保てる自信が無い。


「今までほとんど口にはしなかったけどな、俺はお前のことをそんじょそこらの女性と同じ扱いでは見ちゃいない。1人の魅力的な女性として、俺の目には映っている。それを幼馴染みという建前で誤魔化しているだけなんだ。だから、あまり過激な発言は控えてくれると助かる」


 幼馴染みではあっても、俺達は恋仲ではない。その一線は守るという誠意を伝えた。

 すると真里も分かってくれたのか、離れていた分の距離を縮めて隣に戻る。


「あんたは変なところで律儀よねぇ……。はぁ、まぁ分かったわ。そこまで言うなら、あたしも女としてあんたに応えるわよ」


「さんきゅ」


 今はまだ、心の準備が足りない。だけどいつか、恋仲になった時ならば寝顔を見に行ってもいいだろう。

 軽率な男ではありたくないと心に刻み、早すぎるイベントを回避した。


******


 5時限目の授業終了時。

 残す授業もあと1つとなった小休憩の時間に、そいつは唐突に現れた。学生達が各々お喋りを楽しむ教室に、コンコンコンとノックの音が鳴る。

 教室へと訪れた際にノックなんてするやつはまずいない。俺を含めた多くのクラスメイトが、驚きや奇異の視線を入り口へと向ける。


「ーーーー」


 半分だけ開かれた扉に体を晒していたのは、無言で教室内へと視線を注ぐ池だった。

 池はゆっくりと全体を眺め回し、窓際後方に座っている俺を見つけてバッチリ目を合わせる。


『お邪魔します』


 身に纏う雰囲気は静謐で透明。楚々《そそ》とした所作で手帳をクラス全体へとかざした。

 シンと静まりかえる教室よりもなお静かに、音も無くこちらに歩み寄って来る。

 呆気に取られている俺の顔を、僅かに1歩だけ離れた位置から見据えた。


「池……? 何か用事か?」


 突然の訪問の理由を問いかける。すると池は手帳にボールペンを走らせ始めた。

 しかし、言葉は書くよりも言うほうが早い。池が文章を書き終わるよりも先に、クラスメイト達がそれぞれ口を開く。


「池さんだ」「池が坂衣に用事……?」「2人はどういう関係なの?」「そういや最近、一緒に昼飯を食ってるのを見かけるぜ」「まさか付き合ってるとか?」「いやでも悠一には灯賀がいるし……」「じゃあなんで池さんがわざわざやってくるのよ」


 等々、声を潜めて好き勝手な予想を話し合っていた。

 俺が聞こえているのだから池だって聞こえているはずなのだが、気にした様子も無く手帳を見せてくる。


『今日の放課後に、付き合ってほしい場所があるの』『時間が空いていれば、一緒に来てもらえないかしら?』


 たっぷりと2ページに渡って書かれた文章に目を通す。クラスメイト達は内容が気になっているようだが、手帳の向きからして読めるのは俺だけだ。


「まぁ……、とくに予定は無いから大丈夫だ」


 思惑を飲み込めずに戸惑いながらも返答をする。

 大丈夫なんだが、誘う相手は俺でいいのか? 真里のほうが良かったりしないのか?

 などと考えもしたが、問うかどうか迷っている間に再び手帳を見せてくる。


『では、玄関で待ち合わせましょう』


 ジッと見据えてくる瞳は、疑問を挟ませる余地など無いと言っているように感じた。全ての情報を整理した結果の最適解を求めているのだとすら思わせる。


「あぁ……、分かった」


『では、またあとで』


 それだけ書き残して、池は身をひるがえす。教室の入り口で1度クラスメイト達に振り返り、『お邪魔しました』と書いて見せてから去って行った。


「ねぇ。みぞれさん、何かあったの?」


 クラスメイト達の間を抜けて、真里が問いかけてくる。


「さぁ……現時点ではイマイチよく分からん。それこそ、お前は何も知らないのか?」


「ええ、心当たりは無いわ。けれど、みぞれさんがわざわざ別のクラスまで話しかけに来たんだから、何かよっぽどの事態でもあるんじゃないの?」


 池の言動が気になるようだが、何も伝えられていないのだから説明しようも無い。


「とにかく、今は何の情報も持ってない。それに、池がお前に何か隠し事をするとも思えん。お前が何も知らないのは、別段知る必要も無いからなんじゃないのか?」


 だから、せめて不安だけは残さない憶測を伝えた。


「そう……よね。まぁ分かったわ。もしみぞれさんに何かあったら、真っ先にあんたを疑うとするわ」


「何もしねぇっての……。むしろ、何をしたらいいのか知りたいぐらいだ……」


 俺と真里に疑問を、クラスメイト達には奇異の空気を残していった少女。一連の言動が池を有名にさせる要因の一助なのではないかという想像だけは確かにあった。

幼馴染みイベントは、まさかの回避となりました。

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