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兄妹デートの続き 不思議な後輩

 タッパーに入っていたカットパインも食べ終え、片付けを済ませて立ち上がる。


「なぁ三悠、この後の予定はあるか?」


「とくに、無い」


 時間は正午0時30分頃。追加で出かけても充分に余裕がある。


「ならこれから、水族館にでも行かないか?」


「行く!」


 半分だけ見開かれた三悠の瞳がぱぁっと輝く。しばらく行ってなかったからか、すでに喜びが溢れているのを感じた。

 バスに揺られること20分。普段は訪れない方向に向かう。下車したそこは、海岸に程近い小さな水族館だ。


「ひさしぶり、だね」


「そうだな」


 幼い時は家族全員で度々訪れていたが、あまり広いとは言えない館内はだんだんと慣れを生じさせてしまう。観覧できる生物が頻繁に変わるわけではないため、三悠が小学校を卒業する頃にはまったく来なくなっていた。

 入り口で2人分のチケットを購入し、蒼く薄暗い通路を歩く。


「にぃ、タツノオトシゴだ。オトシゴがいる」


「だな。前に来た時はいなかったよな」


「うん。本物は、初めて見た」


 三悠が、ほぁー……と感嘆の吐息を漏らす。館内は数年でいくらか変化している部分もあり、新しい生き物との出会いを楽しめた。

 その逆もしかりだ。


「見て見て、このナポレオンフィッシュ、10年も生きてるんだって。前に来たときも、いたってことだよね」


「あぁ。こんな再会もあるもんなんだな」


 寿命の長い魚だと、ずっと変わらずにここで泳ぎ続けているものもいる。お互いに相手のことなんて覚えていないが、再会したという事実だけは不思議と心を暖かくさせた。


「こっちは、フウセンウオだって。小さくて丸くて、プクプク泳いでる。可愛い」


「三悠だって可愛いぞ」


「いいから。いまは、そういうのはいいから」


 俺の軽口を非難し、ぷくーっと風船みたいに頬を膨らませる三悠がまた可愛い。けれどここでまた可愛いと言ってしまうと、同じようにたしなめられるのは目に見えていた。なにそれ、可愛いの無限ループ? むしろお願いしたい。

 館内の中央辺りまで来ると、一際大きな水槽が現れた。中には多種多様な魚類がのんびりと泳いでいる。


「マイワシ、マアジ、マダラトビエイ、シロワニとかがいるんだって。シロワニって、あの大きなサメだよね」


「あぁ。歯並びがめっちゃ凶悪でちょっと怖いな」


「うん。いわし達が、すっごい群れを作って逃げてる。食べられたり、しないのかな」


「飼育されてる生き物は定期的にエサを与えられるから、めったなことがない限り他の魚を襲わないらしいぞ。苦労して追いかけて捕まえられるかも分からないなら、苦労しなくても食べられるエサでいいってなるって前にテレビで言ってた」


「そうなんだ、知らなかった」


「あぁ、だからいわしは本能的に逃げてるだけなんだよ。サメのほうは襲うつもりが無いんだが、こればかりは仕方がない」


「だね。さかなさんには悪いけど、群れで泳ぐ姿が、とっても綺麗」


 上手くできた裏の事情を聞きながらも、上手く見せられている表の光景を楽しんでいた。

 館内を3分の2ほど進むと、アザラシが上下に泳げる縦長の水槽があった。そこで、予期せぬ運命を見つける。


「おぉー! すごいっす! 下からぐわーって! ぐわーって上がってきたっす!」


 水槽の向こうから、聞き覚えのあるなんちゃって敬語が聞こえてきた。そちらへ目を向けると、小さな体躯に薄桃色の髪を落とす女の子が視界に入る。

 なんであの後輩がここにいるんだよ……。

 偶然の居合わせに驚きを隠しきれない。思わず足を止めてしまい、三悠が不思議そうな視線を向けてくる。


「にぃ、どうしたの?」


 このまま歩き進めれば、間違いなく遭遇してしまう。どうしよう。見てみぬフリをするべきか?

 いやそれとも、こんなところで見かけたのも何かの縁。あえて声をかけるべきだろうか。




 兄妹とはいえ、2人きりのデート。知り合いとも言えないような後輩


 を避ける    40%

☆に声をかける  60%




 なんだか、このまま放っておくのはダメな気がする。

 なんとなくそんな感覚に襲われ、はぁ……と溜め息をつきながら近寄った。


「おい」


「ひゃう!」


 背中から声をかけられて驚いたのか、可愛い悲鳴を上げた。ガバッと勢いよくこちらに振り向く。


「なんだ、先輩ですかー。ビックリさせないでくださいよー」


「驚かすつもりは無かったんだかな。どうしてここにいるんだ?」


「どうしてと言われても困るっすねー……。ウチが水族館にいちゃいけないんすか?」


「べつにそういうつもりで言ったんじゃないんだが……。……いや、そうだよな、プライベートでどこにいようが自由だよな。すまない」


「まぁ、こんな所で出会っちゃ何か意図的なものを疑うのも仕方無いっすよね。ドンマイっす先輩! 失敗は誰にでもあるっすよ!」


「なんだかバカにされているように感じる励ましだな……。まぁ何でもいいや。他の客だっているんだから、あんまり騒ぐなよ」


 楽しむのはいいが声量は抑えめにしとけと注意した。すると、楽しそうな表情が一転。口角を下げてジト目で俺を見据える。


「えぇー……。もしかして先輩、それを言うためだけにウチに声をかけたんですか?」


「そうだ」


「マジっすか、ちょっと信じられないっす。女の子とのデート中に、そんなことのために他の女に声をかけるなんてどうかしてるんじゃないっすか?」


 こいつは俺の体の先、俺の背中に隠れながら様子を窺っている三悠に視線を向けた。


「まぁ、先輩らしいっちゃらしいのかもしれないっすけど」


「お前は俺の何を知ってるんだよ……。それにデートとはいえ、三悠にはこのぐらいの言動は許してもらいたいところだな」


「ふーん、そうっすか」


 おざなりな返答だなおい。

 などと呆れ混じりの視線を向けていると、急に体を動かして三悠を真正面から見据え始めた。


「ねぇ三悠ちゃん。お兄ちゃんはこんなこと言ってるけど、三悠ちゃんはどう思う?」


「えっ。わたし、ですか?」


 唐突に話しかけられ、少々戸惑った様子を見せる。


「そっ! せっかくのデートなんすよ! お兄ちゃんを他のオンナに取られたくないっすよねー?」


「それは、そうかもしれない。けど、相手にもよる、かも。お兄ちゃんにとって特別な人なら、仕方が無いと納得もできます。あなたは、お兄ちゃんとどんな関係、なんですか?」


「関係? 関係かぁ~。そう言われちゃうと困るっすねー。はぁ~、的確に痛いところを突いてくる兄妹すねー」


 腰に手を当て、大仰な素振りで嘆息をつく。


「ウチは三悠ちゃんが納得するような、特別な関係の女じゃないっすよ。だって、お互いに名乗ってもいないんすから」


 当たり前のように告げられたセリフ。だが、俺はその言葉を聞いて気付かされた。

 確かに、俺はこいつに名乗っていない。そして俺もこいつの名前を知らない。

 トラブルメーカーな後輩というイメージだけは存在していたが、名前すらも知らなかったのだ。

 ……いやいやいや、だからどうしたってんだよ。あまり関わりも無ければ、それぐらいは普通に起こり得る。


「そう……なんですか?」


「そうっす! だから、大好きなお兄ちゃんを借りちゃってごめんね!」


 2人は俺の心情など知らずに会話を続けていた。かと思えば、名前も知らない後輩は俺に顔をずいっと寄せてきた。


「先輩も先輩っすからね。今回は三悠ちゃんだから良かったかもしれないっすけど、他の女の子だったら激おこっすよ! 気を付けたほうがいいっすよ!」


 背伸びをしているが、あまり身長差は埋まっていない。俺の胸元辺りで薄桃色の髪が揺れるたび、安心感を抱かせる香りがふわりと漂う。


「それと」


 などと油断していると、肩口を捕まれて強引に上半身を引っ張られた。小さな顔が俺の横顔に近付く。



「ウチは、ダメっすからね」



 優しい吐息に甘い声を乗せ、耳元でそっと呟かれた。

 突然の言動に対応しきれない。

 ダメって何がだよ。こいつとデートした場合、同じような場面で他のやつに声をかけるのは許さないって意味なのか? 心配されなくとも、お前とデートする未来なんて訪れねぇよ。

 などと思ったことを言おうとした矢先、小悪魔な後輩はパッと手を離して身をひるがえした。


「デートのお邪魔をして悪かったっすね! ウチはスパッと立ち去るっすよ! それではっす!」


 3歩ほど離れたところで肩越しにこちらへ顔を向け、謝罪の言葉を一方的に述べて駆け出して行った。マジで何のためにエンカウントしたのか分からない。

 すでに通路を曲がって見えなくなったところで、三悠に顔を向けて俺も謝罪する。


「なんか……、すまなかった。声をかけたのは間違いだったかもしれん」


「うん、よく分からない人だった。お互いべつに、用事も無かったんだね」


「用事ってほどじゃないが、他の人の迷惑になるからあんまり騒ぐなよって伝えたかったのだけは事実だ。まぁ指摘された通り、デート中にそんなことを言いに行ったこと自体間違ってるのかもしらんが」


「だね。と言う訳でにぃ、デートに思わぬ事態が起こって、わたしは少々機嫌を損ねました。早期対応をオススメします」


「あぁー……。じゃあ、イルカのぬいぐるみを買お」


「…………」


 ぬいぐるみと提案した瞬間に、半眼をさらに細めて侮蔑の意思を混ぜ始めた。これはふざけてる場合じゃないな。


「すまんすまん、おみやげコーナーで小物でも選ぶから許してくれ」


「ふむ、いいでしょう」


 三悠が満足げに薄い胸を反らす。最近はぬいぐるみよりも、部屋に置ける小さな雑貨にハマっているのだ。この事実は父親に伝えていない。与え過ぎてぬいぐるみ同様飽きられては、俺が機嫌取りをする際に困るからな!

 残りの通路ものんびりと歩き、出口を抜けたロビーでイルカのスノードームを購入して帰路に着いた。

今回は後輩のセリフで、おかしな点があったと気が付く方がいるかもしれません。

けれどそれは後で説明しますので、そのままお楽しみくださいませ。

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