ただいま
え、怖い話をしろ、ですか?
魔女さんも無茶ぶりしますね。
怖い話、怖い話。
あ、一つありました。
知り合いの話でも良いですか?
それじゃあ、話します。
と言っても、怖い話界隈じゃ手垢がつきまくっているような、そんなよくある話ですよ。
だから、そんなに怖くないです。
えっとですね、知り合いのお母さん、仮にA母としましょうか。
A母は、なんというかとあることにおいてかなり自分勝手な人だったんだそうです。
ええ、過去形でわかる通りもう亡くなっています。
そのA母なんですが、綺麗好きだったんですよ。
もうなんて言うんですか?
ほらたまに、居るじゃないですか、自分基準で家族の物でも勝手に判断して断捨離しちゃう人。
A母はそういうタイプだったんだそうです。
そうです、そのテレビ番組に影響されたらしくって。
嫁ぎ先である、まぁ自分の知り合いの家なんですけど、その家の主だった姑さんが亡くなると、それ幸いにと持ち物の大半を処分したんだそうです。
A母は、生前からどうにも片付けられていてもとにかく物があるのが嫌だったみたいで、もう本当に手当り次第捨てたんだそうです。
価値のある物、無いもの、そんな区別なんてつかずに旦那さんにとっては母の形見にあたるものまで遠慮容赦なく捨てまくったそうです。
その中に、姑さんがとくにわざわざ業者に依頼して手入れをして大事にしていた人形があったんだそうです。
魔女さんは知っていますか?
異国の人形なんだそうです。
綺麗な布で作られた着物を着た、髪は艶やかな黒のストレートで人形の肩口で切りそろえられていたんだそうです。
え、はい、はい。
そうです、前髪は目の部分より少し上で切りそろえられていたそうです。
へえ、イチマツドールって言うんですか。
ふむふむ、正確にはイチマツ人形と呼ばれる人形なんですね。
勉強になります。
で、そのイチマツ人形なんですけど、ガラスケースに入って飾られていたんです。
ただ、そのまま飾ってあったんじゃなくて、必ずガラスケースの中にお菓子とジュースを、姑さんはお供えしていたんだそうです。
A母は不思議に思って聞いたんだそうです。
なんで人形にお菓子をお供えしてるんですか? と。
すると、姑さんはこう答えました。
そりゃ、この子は私の友達で、これからはAちゃん(俺の知り合いで、A母の子供)のお友達になってもらうんですから、おもてなしをしてるんですよ、と。
A母はとても不気味に感じたそうです。
そして、Aにこのことを愚痴りました。
ついでとばかりに、姑さんのこともかなりひどい言葉で愚痴ったそうです。
でも、嫁いだ身であるA母は、人形をすぐに捨てたくても出来ませんでした。
代わりとばかりに、旦那さんの大事にしていたプレミアがついたフィギュアやプラモデルを捨てたそうです。
そして、父親に似て収集癖のあったAのカードゲームのコレクションも整理して自室の棚にしまってあったファイルごと燃えるゴミに出したんだそうです。
二人は反発しました、しかし、正しいことをしたと自己満足に浸っているA母にその声は届きませんでした。
それから数年後、姑さんが亡くなってすぐに先程話したとおりに、姑さんが大事にしていたものを一気に処分しました。
その中には、そのイチマツ人形もあったんだそうです。
燃えるゴミの日に、A母は人形をガラスケースから取り出して新聞紙に包んで中身が見えにくいようにして、指定のゴミ袋に入れて捨てました。
ガラスケースは別の日に捨てるためにまだ所定の位置に、置きっぱなしだったそうです。
朝のゴミ出しをして、Aや旦那さんのご飯を用意したりして、まぁ、いつも通りの家事ですよね。
それをこなして、中番のパートに出かけました。
朝十時半から、たしか午後十五時かそれくらいの五時間パートだったそうです。
その仕事を終えて、帰宅したA母は見ました。
家の前に、まるで住人の帰りを待つかのように立っているイチマツ人形の姿を。
あれ? って思ったそうですよ。
確かに捨てたのに、って。
ひょっとして、旦那さんが持ち帰ってきて、意趣返しに置いておいたのかな、とA母は考えて、その夜に旦那さんを問い詰めました。
そしたら夫婦喧嘩に発展したんだそうです。
Aはとても不思議に思っていたんだそうです。
なんで母がそこまで、その人形を嫌うのか全く理解出来なかったそうです。
燃えるゴミの日は、毎週あります。
A母は、来週にちゃんと捨てようと決めました。
この後の展開、おわかりですよね?
ええ、そうです。王道も王道な展開ですよ。
また待ってたんだそうです。
それも今度は、扉を開けた先、玄関の靴棚の上にいたんだそうです。
A母は、怖くなってその人形を靴棚から払い落としました。
すると、その落ちた衝撃で首が取れてしまったんだそうです。
とりあえず、その日はもう一度、今度は新聞に包んだ上でさらに適当なスーパーの空き袋に入れて口をキツく締めました。
その筈でした。
その日の深夜のことです。
妙な視線を感じて、A母は目覚めました。
すると、コロコロと何かが床を転がっている音がしました。
それは、コロコロ、コロコロ転がって、やがてA母が寝ているベッドの下へ転がったようでした。
音が真下から聴こえたんだそうです。
コロコロ、コロコロ。そんな何かが転がる音が。
音が気になってすっかり目が覚めてしまったA母は、物を確認しようと決めました。
電気をつけようと、体を起こそうとして、ベッドの下からくぐもった声が聴こえたんだそうです。
ただいま、と。
とても、背筋が冷えたそうですよ。
で、それでもA母は勇気を振り絞って、体を起こして電気をつけてベッドの下を覗き込みました。
その間にもコロコロと、転がる音は止むことはなく続いていました。
A母がベッド下を覗き込むと、そこにはイチマツ人形の首が転がり続けていたそうです。
でも、いきなりその動きを止めてA母の方を見たんだそうです。
で、笑ったそうですよ。
こう、ニタァって感じで笑ったんだそうです。
そして、キャハハハ、と甲高い声でも笑ったそうです。
どうしてそんなことがわかるかって?
Aが、完全にそれによって気を病んでしまったA母から聞いたらしいです。
あと、Aがこの話をしてくれた時に言ったんですよ。
『あの子、普通に笑えばとっても可愛いんだけどねぇ』と。