人の頭の上に数字が見えたら、その力をどう使う?
突然だが聞きたいことがある。
毎日毎日謎の数字を言ってくるクラスメートがいたら、どう思う?
「あ、杉原くん32!」
「高木くんは48だね!」
その数字の意味を聞いても、本人は「分からない」と言ったら?
どう考えても変人だ。
変な奴がいたらとりあえず虐める小学生にとって、こんな変人は格好のターゲットだっただろう。
実際そいつはイジメられた。
「だってみんなの頭の上に数字が見えるんだもん!」
そいつは頑なにそんなことを言い張った。
挙げ句の果てに「みんなは見えないの?」なんて言い出したんだ。
中二病も裸足で逃げ出す痛い奴だったのは間違いないだろう。
……
…………
そう、それは俺だ。
生まれつき「人の頭の上に数字が見える」という謎の能力を持っていた俺は、小学校3年生になるまでそれが普通のことだと思っていた。
だけど、小学校3年になってようやく気が付いたんだ。
それは普通じゃないってことに。
遅い?
まぁ普通の人からしたらそう思うだろう。
だけど俺は生まれた瞬間から見えていたんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ……」
深い溜息をついて美樹原(19)が教室に入ってくる。
誰がどう見ても落ち込んでいるのは明白だが、俺は美樹原が落ち込んでいる理由まで分かってしまった。
ゾンビのような足取りで教室を歩く美樹原は、ゆっくりと、だが確実に俺の机の方へ向かってきている。
「(またかよ……)」
これで18回目になる憂鬱なイベントを確信した俺の前に、足取りだけでなく顔までゾンビみたいになった美樹原が立っていた。
「……」
「……」
立ったまま何も言わない美樹原はどうやら頭までゾンビになってしまったらしい。
このままだと奴に噛まれて俺までゾンビ化してしまうので、奴が反応する言葉を言ってやるか……
「また振られたのか?」
俺の声に美樹原は体がビクッと跳ねる。
FPSでゾンビを撃った気分だ。そのまま死んでくれればいいのに。
俺の期待も虚しくゾンビもとい美樹原は堰を切ったように涙を流すと俺の肩を掴み前後に大きく振り出した。
「来栖〜聞いてくれよ」
「はいはい、また振られたんだな。今度は誰だ? C組の東堂さんか?お前には無理だ、残念だったな」
「そんなことないって! 東堂さんは組が違うのに、俺が挨拶したら挨拶を返してくれたんだぜ!? こんなの誰だってイケるかも?って勘違いするじゃん!!」
「そんなんで勘違いするのはお前くらいだ。で、これで何連敗だっけ?」
「……じゅうはち」
一瞬ゾンビのうめき声と勘違いするようなか細い声で美樹原は自分の連敗記録を口にした。
「おお、ついにロッテの連敗記録と並んだな。あと1敗で日本新記録だぜ」
「バーーーーカ!!!次こそは……次こそは上手くいくんだよ!!」
「その言葉、もう18回目なんだけど……」
「うっせ!!次は大丈夫なんだよ!!」
この男。
美樹原高貴は高校に入学してわずか1ヶ月で全校生徒の誰もが知る有名人になっていた。
入学初日。
奴は昨年の文化祭でミス春ヶ丘に選ばれた3年の洲崎さんに告白。
当然のように振られて一躍学校の有名人となった。
しかし、こいつの伝説はそこで終わらない。
翌日、今度は茶道部の姫こと十条さんに告白。
当然また振られる。
その後もほぼ毎日誰かしらに告白しては毎回振られ続けるという伝説を作り上げたのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お前さ、そんなにアホみたいに告白してないで、もう少し1人の女の子を口説いた方がいいんじゃないか?」
「来栖くーん……そんな童貞みたいなこと言ってたらモテないぜ?」
「お前には言われたくない」
そして今日、奴は晴れて18連敗を達成した。
「いいかい来栖くん。俺みたいな非イケメンはな。女の子を選ぶ権利なんてないの。女の子を選ばずに手当たり次第に告白をして、俺のことを「いいなぁ」と思ってくれる天使みたいな女の子と付き合うしかねえんだよ」
「そうかそうか、それはいい考えだな。せいぜい俺に迷惑をかけないように頑張れ」
「おいおい来栖くん、幾ら何でも冷たくないかい? 将来俺がモテたら君に女の子を紹介してあげてもいいんだよ?」
「お前がモテる世の中になったら、世界は終わりだよ」
こんなやりとりももう18回目だ。もはや伝統芸の域に達してるね。
「チッチッチ、次は違うんだって。次こそは絶対にうまくいく」
18連敗をしてる人間の言葉とは到底思えないその前向きさもはや国宝レベルかも知れない。
「で? 次は誰に告白すんの?」
「よくぞ聞いてくれました!!」
美樹原は俺の耳元に口を寄せて、小さな声で言った。
「神崎さんだよ」
「神崎さん?」
思わず吹き出してしまいそうになった。
「お前さ……いくら何でも神崎さんは無理だって」
「なんでだよ!!」
神崎さんは美樹原とはまた違った意味で有名人だ。
新入生代表挨拶をしていたくらいだから、多分入学試験で1位だったんだろう。授業中に指されてもいつも的確な答えを言っていたから、間違いなく頭はいい。
普通はそういう女子は瓶底眼鏡におさげと決まっているものだけど、神崎さんは違った。
可愛い女の子が多いと話題になった俺たちの代においても、神崎さんはダントツの美人なのだ。
それでいてそれを鼻にかけることもなく、誰に対しても物腰柔らかな対応。
さらに家は大金持ちときた。これで有名にならない訳が無い。
18連敗中の美樹原とは対照的に、入学して1ヶ月足らずで既に10人以上から告白をされたらしい。
あまりそういう噂に詳しくない俺の元にもそれだけの話が聞こえてくるのだから、もしかしたらもっと多くの男子から告白されているのかも知れない。
その中には学校一のイケメンと言われているサッカー部のキャプテンまでいたらしいのだが、神崎さんはその全てを断っている。
「そんな神崎さんが、学校一の底辺であるお前の告白をOKする確率なんて0を通り越してもはやマイナスだよ。お前の告白が成功しない方に全財産を賭けたっていいね」
「甘い!プーさんが食べてる蜂蜜より甘い!」
謎の自信に満ち溢れている美樹原は、探偵が犯人を指差すかのように俺を指差した。
「お前は1つ重大なことを見落としている!!」
「重大なこと?」
美樹原のこういう発言はだいたいクズな発言であることを俺は知っている。
「これまで神崎さんに告白した男子には全員ある共通点があるんだよ……」
「共通点?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
美樹原はそういうと胸のポケットからメモ帳を取り出すと、ページをパラパラとめくり始めた。
「須藤誠 3年A組サッカー部主将。竹峰智也 2年C組 バスケ部エース。近藤実 3年C組生徒会副会長。青島達也1年B組……」
美樹原は名前をつらつらと喋り始めた。
全体的に聞き覚えのない名前だったが、断片的な情報をつなぎ合わせるとこの人たちが「神崎さんに告白した男性」なのだろう。
「わかったか?」
名前を呼び終えると、美樹原は「分かったよな?」とでも言いたげそうな顔で俺に聞いてきた。
「まるで分からん」
「ここまで言って分からないとは……お前さてはバカだな?」
この世で最もその言葉を言われたくない相手からその言葉を言われたが不思議と腹は立たない。
(バカにバカって言われても腹が立たないのは本当なんだな)
怒りではなく同情すら湧いてくる。
「ああ、バカでもいいよ。で、共通点って一体なんなんだ?」
「仕方ないなぁ……本当は隠して置きたかったんだけど、そこまで言うなら教えてあげなくもないぜ?」
「ならいいや」
別にそこまで聞きたくもない。
俺は机から教科書を取り出し、次の授業の準備を始めた。
「すいません聞いてください」
「最初からそう言え」
美樹原はCIAの秘密文書を話すかのようなテンションでその秘密を語り始めた。
「実はな……これまで告白してきた男子は全員1年A組以外なんだよ」
「そうなのか。で、それがどうしたんだ?」
「お前、神崎さんの性格をどう見る?」
「あんま話したことないけど……優しくて真面目な優等生じゃねえの?あと金持ち」
「そう!それ!」
「??」
いまだに話の要点が欠けらも見えてこない。
「これまで告白した男は全員違うクラス……つまり断ったとしても翌日から顔を合わせなくて済むんだよ」
「それで?」
「だが俺はどうだ? 俺と神崎さんは同じクラス。つまり俺の告白を断ったら神崎さんは明日から毎日振った男と顔を合わせなくちゃいけないんだよ。そんな気まずさにあの優しい神崎さんが耐えられると思うか?」
この上なくクズな理由だった。
「お前……自分で言ってて悲しくならないのか?」
「ならないね! どんな理由であってもOKしてくれたらこっちのもんよ!」
そんな理由でOKしてくれるなら、このクラスにいる20人の女の子全員と付き合えそうなものだけど、バカな美樹原にはそれが分からないのだろう。
まぁいいや。
別に美樹原が振られたって俺は少しも困りはしない。
「それじゃせいぜい頑張ってくれよ。19連敗にならないように祈ってるよ」
自分でもびっくりするほど心のこもってない声が出た。
「おいおい来栖くん。親友の一大事に冷たすぎじゃないかい?」
「会って2週間で親友とは、お前の親友は随分と軽いんだな」
「親友は時間じゃない……どれだけ相手のことを理解し合っているかだぜ」
それっぽい名言だが、別にお互いのことを深く理解し合っている訳でもない。
とはいえ……
実際、美樹原が友達になってくれて嬉しいのは嘘じゃない。
友達作りがあまり上手じゃない俺にとって、バカみたいに喋りかけてくれる美樹原は実際有難い存在だ。
「で、親友の来栖くんに相談なんだけど……」
「ん?」
「もしも神崎さんを脅せるような弱みを見つけたら、こっそり俺に教えてくれない? それをネタに告白するからさ」
前言撤回
こいつは本当のクズだった。