第3話・反転攻勢への一歩
レストラクト軍兵舎会議室。
ここに国王派のレストラクスト侯爵、フィレスラクスト伯爵、サラウスラクスト伯爵、オーボランド伯爵の四人とシェリル、数名の武官が揃った。
議題は言うまでもなく、シェリルを王とした残った王国軍の指揮と国の復興についてだ。
会議は開始から巻き返せるのを前提とした覇権争いから始まる。
まずフィレスラクスト伯爵がここよりさらに北のフィレスラクスト伯爵領を拠点としてレストラクスト侯爵領を戦場の最前線にすること、それにともないシェリルをフィレスラクスト伯爵領へ避難させるべきだという考えを述べる。
もちろん、そんな事を言うなら我が領土を拠点にと、残りの二人の伯爵が主張をし始めた。同じくして地の利があるや、やれ食料が確保できる等それぞれの領土の主張をしだす。
レストラクスト侯爵はそもそも自身の領土が最前線になることは避けられぬという事からか、生末を見守るだけ。
他の武官たちも戦という点においては各伯爵たちの言い分が正しいだけに何も言えず、ただ腹の中ではレストラクスト侯爵とシェリルを退避させるべきだろうと考えていた。
シェリルと言えばあまりに勝手なことをいう伯爵らをよそにこの状況をどうするべきかを考えていた。
なぜなら下らない覇権争いをする利己主義的な者たちに任せてはおけないからだ。
シェリルとて戦のいろは、は分かっている。
ならば敵の進行ルートを何パターンか考え、どこを拠点にしどこを前線にするのがベストかを考える方が余程、建設的だと思った。
そもそもこういう非常事態のために各所に砦を作ってあるのだ。
戦略的拠点がいくつかあるならどこに兵を集中させるべきかを早く考えるべきだとシェリルは考えた。
だから、始まってから主張を繰り返す伯爵らに一喝をする。
「いい加減にしなさい!」
シェリルの一喝にその場にいる全員が一瞬固まった。
「わたしを避難させる事ばかり考えているようだけれど、わたしを誰の娘だと考えているの?」
一瞬の間が空き、一人の将校が前に出た。
「ファスティク公爵様の娘にございます」
そう答えるのは、シェリルにトルマストスク公爵が打たれた報告をした女性将校だった。
「そう。わたしはファスティク公爵の娘よ。ならわたしがどういう教育を受けているかは知っているわね?」
「シェリル様は軍での行動が取れるよう武芸、魔法、そして兵術を学ばれております。そして大隊長、つまり将軍に次ぐ地位をお持ちです」
「ええ。その通りよ。初陣は南部トルマ帝国との国境付近であったトルマ軍鎮圧戦。この時、大隊を率いて味方の陣営の防衛線を維持したわ。これがどういう意味かお分かり?」
「シェリル様には軍での実戦経験がおありだという事です」
女性将校の回答にシェリルは満足げに頷いた。
「あなた、名前は何て言うの?」
「私はレストラクト軍、大隊長を務めるサーラ・オフラン・セレトニクスと申します」
跪いたまま答える。
大の男たちが何も言えぬところを堂々と出てくるサーラと名乗る者を、シェリルは頼もしいと感じた。
「サーラ。あなたの名前、覚えておくわ。そこで、サーラ。あなたなら、どうするべきだと考える?」
サーラは顔を上げると自身の考えをシェリルに告げ始める。
「わたしであれば、シェリル様とレストラクスト様をここより北のフィレスラクスト伯爵領付近にある砦を拠点に置き、敵を迎え撃ちます。ただ迎え撃つだけでは能がないので、レストラクスト侯爵領中央と中央の東西にある砦に兵を置きます。中央は二千程度、東西は五百ずつです」
ここで一度切り、サーラはシェリルの顔を見た。
シェリルは頷きながら続けるよう促す。
「当然、中央に兵がいるので、シェリル様はこちらにいる踏み、攻撃して来るでしょう。あとは頃合いを見て中央の兵を北の砦まで退避させつつ、東西の兵を敵の後ろから追う形にします。中央の兵も退避しつつ左右に展開して最終的に北の砦で四方から攻撃します。北の砦まで敵軍がくれば当然、補給路も伸びるので一度なら退くことが出来るかと。あとはもう一度軍を整えて反攻の機会を伺いたいと考えております」
自身の考えを告げ終えるとサーラは周りも見まわした。
武官たちはこれ以上の策はなしと満足気な表情である。
伯爵の三人は不満そうな顔だが、策が良かったのか何も言えないでいた。
「サーラの案をわたしは採用したいと思うわ。誰か異論がある人は?」
「私はサーラの案で準備をしたいと考えます」
そう答えるのはレストラクスト侯爵だ。
自分の臣下が示した道だ。指示するのは当然だった。
「ありがとう。あとの三人は?」
伯爵三人はただ黙りこくだけである。
「何もないのね? それでは、サーラの案で各自、準備に取り掛かって」
シェリルがそういうとサーラ以外の武官が返事をしてすぐさま動き始める。
「サーラ。ありがとう。わたしの考えていた以上のプランよ」
跪くサーラに手を差し伸べと彼女はその手を掴み、シェリルに引かれて立ち上がった。
「いえ。この国を考えるからこその最善を考えたまで、です」
「それについて、感謝を言いたいの。サーラ、あなたをわたしの補佐に任命するわ。考えがあれば遠慮せずに言ってちょうだい」
「光栄です。ですが、わたしの策は最善であって必勝ではありません。苦戦を強いられるのは避け得られない状況です」
サーラの答えに、満足そうにシェリルは頷いた。
この時点で反乱軍との戦力差は約半分。
最善の策であっても厳しい戦いになろうことはシェリルも重々承知していたからである。