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祝主は、真相を知らされる

 葵翳(きえい)を筆頭とする格付けらの談義の場に、佑楽(うらく)は何の先触れもなく駆けこんだ。

 円卓を囲んでいた格付けらが思わぬ乱入者に驚き、一斉に戸口の方を向く。


「佑楽、どうした!」

 大事を感じ取った葵翳が、厳しい表情で問い質した。

 佑楽は口を開こうとし、ふと格付けの中に司凉しりょうの顔を見つけて一瞬、答えを躊躇った。

 司凉は何も知らず、ただ驚いたように自分を見つめていた。


 翔士(しょうし)の想いを裏切ってしまう…。

 佑楽が先ず考えたのはその事だった。


 翔士は最後まで、司凉に知られる事を恐れていた。

 何とか佑楽の力だけで浄化できないかと頼む翔士に、格付けに報告すべきだと強く説得したのは佑楽だった。

 すでに貴沙(きさ)は墓守を含め、四人もの人間を手にかけている。

 浅ましい噂が人の口の端に上る前に、一刻も早く手を打たなければならなかった。


「翔士が、自分を襲った鬼の顔を見ていた」

 司凉の目を真っ直ぐに見つめ、佑楽は言った。場は大きくどよめき、全員が総立ちとなった。


「佑楽、それは真か?」

 格付けらが掴みかからんばかりの勢いで質してくる中、司凉だけが動揺を隠せずに瞳を揺らがせた。

 翔士がそんな重要な事を、自分に隠していたことがどうしても信じられないのだろう。

「馬鹿な…」

 唇だけで呟く司凉の顔から目を逸らし、佑楽は改めて葵翳に向き直った。

  

「あの日、追い詰められた翔士が司凉の名を呼んだ時、まるで怯んだように立ち竦んだ鬼の面が(にわか)かに崩れ、中から貴沙妃(きさひ)の顔が現れたと…」

「何だと……!」


 身の毛もよだつ報告に、場の空気が一変した。いやしくも一国の宗妃ともあろう者が死して鬼になり果てるなど、凡そ信じられる事ではない。


「間違いではないのか…」

 問い質す葵翳の口調からも完全に覇気が失われている。事の重大性にその面は青ざめ、それは他の格付けらについても同様だった。


「翔士も最初はそう思ったらしい。自分の見間違えかもしれない、と。

 だからあいつは、一人で裏を取っていた。


 里で鬼に襲われた乃而(のに)という官女は、貴沙妃が死の際に身に着けていた首飾りを形見分けにもらっていた。

 貴沙妃はその首飾りに執着していた。死後は自分の墳墓に入れて欲しいと、そう乃而に伝えていたそうだ。

 だが、覇麝(はじゃ)さまがそれを許さず、結局その首飾りは乃而が譲り受けることになった。だから鬼は乃而を殺して、その首飾りを奪っていった」

 

 束の間の静寂が卓議の場を埋め、やがて成唯(せいい)が怒りを抑えた声で呟いた。

「そんな大事を、あいつは何で黙ってたんだ!」


 佑楽が理由を説明しようと口を開く前に、微乃(みの)が静かに言葉を挟んだ。

祝主(はふりぬし)を庇おうとしたのでは?」


 微乃は吐息混じりに言葉を続ける。

「あの子は本当に司凉に懐いているから…。

 二親を続けて亡くした司凉に、その母親が鬼になったかも知れないなどとは、とても言えなかった。真相はそんな所ではなくて?」


 問われた佑楽は、ああ、と頷いた。

「司凉だけには知られたくないと、翔士はそればかりを気にしていた」


 翔士に抱いていた漠然とした違和の正体をようやく掴み、司凉は大きく嘆息した。

 鬼に襲われて以来、翔士の様子は明らかにおかしかった。空元気からげんきを出して笑っていたかと思うと、妙に思い詰めた目で何事かを考えていた。

 問い詰めても、何でもないと言うばかりで埒が明かない。

 瘴気を浴びたせいで不安定になっているのかと思っていたが、貴沙妃の顔を鬼の中に見たというのなら、全ての事柄に説明がつく。


「余計な気を回しやがって!」

 司凉は忌々し気に拳を横の壁に叩きつけた。その激しさに、他の格付けらが驚いたように司凉の方を見るが、司凉は意にも介さなかった。


 その気遣いこそがそもそも見当違いなのだ。

 母が宗主を愛していないことくらい、自分はとうの昔に見切っていた。未練のあまり、鬼になり果てたと聞いた今でさえ、一介の格付け以上の情や憐憫を母に覚える事もない。


 それが翔士にはわからない。

 この先、気の遠くなるような長い生を生き抜いていく自分には、糧である愛依より他にいとおしく思える者などいないというのに。

 そのことが何より司凉の心を苛立たせた。


「それよりも貴沙妃だ」 

 愛依(うい)に怒りを募らせる司凉を宥めるように、葵翳が苦笑混じりに口を挟んだ。

「鬼が掴んでいったという首飾りなら、俺もおそらく見た事がある。よほどの財がある者でしか作り得ぬ逸品だ。

 だがあれは、儀容(ぎよう)が贈ったものではないな」


 切り付けるような声で質されて、佑楽は目を逸らさずに真っ直ぐに葵翳を見た。己の罪深さなら、自分が誰よりも知っている。

 あの首飾りこそが、あらゆる悲劇の発端だった。その誹りから逃れたいとは微塵も望んでいなかった。


「あれは、ずっと昔に私が貴沙に贈ったものだ。それを身に着けて、貴沙は命を絶った」

 

 佑楽の言葉に、場はしんと静まり返った。

 貴沙妃は何故、自ら死を選んだか、何故、鬼となって蘇らなければならなかったのか、格付けらは佑楽の言葉で全ての真実を知った。


「それでこの先、鬼は何を求めると思う?」

 佑楽の心中を思いやり、葵翳は敢えて、貴沙妃の名を出さなかった。佑楽は暫く考えていたが、やがて疲れたように首を振る。

「分からない。俺を殺したいのであれば、ことは簡単なのだが」


「首飾りの他に何か贈ったものは?」

 奏慧の問いに、佑楽はあっと声を上げた。

「揃いの指輪を贈っている。

 だが、乃而が形見分けにもらったのは首飾りだけだったと…」


「すぐにその指輪について調べさせろ!」

 葵翳の命に、羽前(うぜん)がすぐに駆け出て行った。


 その姿を見送って、佑楽は気力が尽きたように壁に凭れかかった。

 傍らにいた奏慧(そうえ)が、肩を抱くようにして佑楽を自分の椅子に座らせる。

 過去にどんな経緯があったにせよ、宗妃となった女に佑楽が手を出していたと信じるほど、格付けらは愚かではなかった。


「佑楽」

「済まない…。俺があんな首飾りさえ貴沙妃に贈らなければ…」

 血を吐くような自責の言葉に、司凉がふと面を上げて佑楽を見た。

「俺にはそうは思えないが」


 葵翳が眉宇を寄せて司凉を見た。司凉が実母である貴沙妃を貶めるつもりなのかと案じたのだろう。

「貴沙妃が鬼となったのは、宮の隠れによるものだ。

 いくら若い依人にのぼせていたとしても、気の調和がこれほど崩れていなければ、貴沙妃は決して鬼になり果てることはなかった筈だ」


 満足のいく答えに、葵翳はうっそりと笑った。

「だ、そうだ。佑楽」

 そして静かな眼差しで、正面から佑楽を見据えた。

「謝罪は二度と口にするな。格付けはお前の非を認めない」


 佑楽が僅かに瞠目した時、羽前が血相を変えて飛び込んできた。

「どうした!」

「例の指輪は、若い官女見習に譲られていた。間違いなく、次の標的はその官女だ」

 

 葵翳の合図に、格付けらが部屋を飛び出していく。

 その中にあって、同じく奥宮に向かおうとしていた司凉の歩が、僅かに止まった。翔士に渡していた符が破られたのだ。

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