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愛依は、真相を突き止めようとする

 翌々日、翔士しょうしの元を宜張ぎちょうが見舞いに来てくれた。

 翔士が鬼に襲われたことを聞きつけ、自分が焚き付けたせいだとかなり責任を覚えていたものらしい。


「具合はどうだ?」

 宜張が訪れた時、翔士はすでに床を上げ、きれいに身だしなみも整えていた。貴沙妃のことを、誰かに聞きに行こうと思っていたからだ。


「もう、平気。司凉しりょうに血を分けてもらったから」

 実際、傷の方はもうほとんど治っている。依人よりうどは元々傷の回復が早い上に、怪我を負ってすぐ司凉に血を分けてもらったため、傷の治りは格段に速かった。

 ただ、瘴気の方はなかなか抜けず、今もかなり体が重だるい。


「司凉はいないのか?今日くらいまでは、お前の傍にいるかと思ってたんだが」

「さっき、葵翳きえいから呼び出しがあったんだ」


 殺された女の身元が分かったのかもしれないと、ふと翔士はそう思った。ひどく慌ただしい様子で司凉が出掛けて行ったからだ。


「それより宜張。俺、この前からどうしても気になることがあってさ」

「何だ」

「亡き宗妃さまって、本当に自害されたの?」


 宜張は変な顔をして翔士を見た。

「……どういう意味だ」

「だって、死ぬ理由が分からない。いくら宗主を愛していらっしゃったからと言って、後を追って死ぬ必要なんかないだろ」

「そりゃ、そうだが」

 宜張は、何が言いたいのかよくわからないと言いたげに眉を顰めた。

「よほど、宗主のいない生活が耐え難かったんじゃないのか。まあ、そこまで情の深い方だったとは、俺は夢にも思わなかったがな」


「あのさ、本当に自害なの?殺された、とかじゃなくて?」

 躊躇いがちに疑問を口にした翔士に、宜張は呆れかえった視線を向けた。

「お前って、時々とんでもないことを思いつくんだな」


「ごめん。だって、一国の宗妃が不審な死に方をなさったのに、碌に検分もしないで自害だって決めつけたのが、なんか納得いかなくて」

「ああ、そういうことか」

 ようやくわかったと言いたげに、宜張は口元に笑みをはいた。


「亡くなった時、宗妃のおられる隣室に官女が控えていて、宗妃が一人きりで籠っておられたことは確認できているんだ。 

 争ったような声や物音も聞こえなかったようだしな。


 それに宗妃が服毒されたのは、粲毒さんどくだと聞いている。あれは独特の刺激臭があって、間違って飲めるような代物じゃないんだ」

「そっか」


 翔士はめまぐるしく頭の中で考えた。殺されたんじゃない。ではいよいよ、貴沙妃が鬼になった理由が分からなくなった。


「俺を襲った鬼ってさ、屍鬼だったんだ。まだ半分人の心を残しててさ。

 あれって相当な怨みを呑んで死んだってことだよね。つい最近死んだ者を調べれば、誰が鬼になったのか分かるのかな」

 おそるおそるそう問いかけるのへ、

「そんな簡単なものじゃない」

 宜張は薄い苦笑を頬に浮かべた。


「誰にも顧みられずに放置されていた遺体が、このところの宮の呪力の薄さで念となって蘇ったとも考えられる。

 俺たちも一応、荒らされた墓がないかを調べているがな。

 行き倒れた無縁仏なんて山のようにあるから、特定するのは難しいだろう」


「屍鬼って、どのくらいで人の心を失うものなの?」

「屍鬼によって全く違うな。

 現世に残した未練がどれだけ強いかにもよるし、鬼になって人を殺せば殺すだけ、早く人の心を失う。

 完全に鬼になってしまえば浄化は不可能になるし、そうなるともう、魂魄ごと封殺するしかない」


 宜張の答えに、翔士は途方に暮れたように瞳を伏せた。

「…調べはどこまで進んでいるんだろう」

 思わず口をついて出た独り言に、宜張は面白がるように片眉を上げた。


「そんなことは俺じゃなくて、お前の祝主はふりぬしに聞け。俺よりはよっぽど情報を握っているさ」

「司凉が俺に格付けの情報を漏らしてくれると思う?」

 恨めし気に問い掛けると、宜張は肩をゆすって笑い出した。

「あり得んな」


 翔士は脱力して項垂れた。これ以上同胞はらからから情報を仕入れるのは無理だろう。では一体、誰に聞けばいいのか。

  

 思わぬ頓挫に唇を噛んだ翔士だが、欲しがっていた情報は、期せずして翔士にもたらされる事になった。

 殺された女が、翔士にも間接的に関わりのあった人間であったからだ。




 それを教えてくれたのは、仕えていた主を失い、無位の官女として奥宮に戻されていた緋沙ひさだった。

 宗妃の死以降、気落ちしていた緋沙を案じて、翔士は何度か文をやっていたのだが、さすがにここ三、四日は緋沙を気に掛けるどころではなく、夕刻になってふと気が向いて、緋沙を奥宮に訪れたのだ。


「どうしたの?何か慌ただしいね」

 翔士の姿を認めて小走りに走り寄ってきた緋沙に、翔士はよっと片手を上げるが、いつもなら嬉しそうな笑みを返してくれる筈の幼馴染は、強張った顔で小さく頷くだけだ。

 訪れた奥宮もどこか不穏なざわめきに包まれ、尋常ではない様子が窺えた。


「知り合いの官女さまが亡くなったことが分かったの。宿下がりなさっていた先から、さっき連絡があって」

「宿下がりしてたってことは、何か病が重かったの?」

 そう問いかける翔士に、緋沙は恐ろしげに首を振った。

「そうじゃないの。どうやら鬼に襲われたらしくて…」


「え……」

 翔士の心臓がどくんと鳴った。

「その官女、どこに宿下がりされてたって」

「御所を南に下ってすぐの部落よ。翔士、聞いてない?」


 翔士は驚愕に目をみはった。それではあの時殺されていた女は、官女だったのだ。


「お前の知り合いだってことは、その官女も貴沙妃付きだったって事だよな」

 震える声を抑えて問い掛けるのへ、緋沙は「ええ」と辛そうに頷いた。

乃而のにさまって言われた方よ。とても面倒見の良いお方で、私も大層可愛がっていただいたわ」


「その官女って、もしかして貴沙妃と仲が悪かった?」

 どこか歯切れ悪く問い掛ける翔士に、緋沙は大きく首を振った。

「まさか。

 あの方は宗妃さまが最も頼りにされていた官女さまよ。宗妃さまが幼い頃からお仕えしていたと聞いているわ」


「そうなんだ…」

 翔士は瞳を伏せて黙り込んだ。それでは辻褄が合わない。生前自分に尽くしてくれた官女を、貴沙妃がわざわざ鬼となって襲う必要などないからだ。


 いや……。翔士はふと、浅ましく女の引き出しを漁っていた鬼が、片手に首飾りらしきものを握っていた事を思い出した。

 あのような鄙に場違いな逸品だと、咄嗟にそう思った事を翔士は覚えている。

 血に滑ってはっきりとはわからなかったが、真ん中の宝玉は確か翡翠ではなかっただろうか。


「その乃而さまってさ。貴沙妃が亡くなられた時、何か形見分けとかもらったのかな」

「いただいている筈よ」

 あっさりと緋沙はそう答えた。


「仕えて日の浅い私でさえいただいたくらいだから」

「お前も?」

「ええ。覇麝はじゃさまが、宗妃さまの墳墓には、宗主さまが贈られた以外のものは決して入れてはならないと厳しく言い渡されたの。

 それで残った宝玉を処分なさる時、私たち官女を一人ずつお呼びになって、肩身の品を下さったという訳」


「じゃあ、例えばさ。乃而さまとやらがどんな品をいただいたかわかる?」

 翔士の問いに、緋沙はううんと首を振った。

「知らないわ。私は一番の新参者だもの。玻奈はなさまくらいなら、あるいはご存知かもしれないけど」


「玻奈さまって?」

「乃而さまに次いで古い方よ。貴沙さまが宗妃に上がられた時に官女見習としてあがられた方。

 乃而さまにも信頼されていて、乃而さまがお忙しい時は、あの方が代わって采配を振るわれていたくらい」


「ねえ、緋沙。俺、その人に会えないかな?」

 唐突な翔士に願いに、緋沙はびっくりしたように顔を上げた。

「どうして?」

「司凉がさ。宗妃さまの首飾りの事を気にしていたんだ。大切にしておられた筈なのに、どこに行ったんだろうって」


 翔士の咄嗟の嘘に、緋沙は素直に騙されてくれた。

「そうなんだ。じゃ今度、玻奈さまに聞いて上げようか、その首飾りのこと」

「できたら本人に色々聞きたいんだ」


 翔士がきっぱりと答えると、緋沙は仕方ないなあという風に軽く肩を竦めた。

「分かった。じゃあ今度、玻奈さまにお願いしてみるね」

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