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現代妖怪物語  作者: 干柿
2/2

日本人形と髪切りの変物語

よろしくお願いします。

 小学生の時、私、髪を切られたの。

 多分、あの子たちは私のことが嫌いだったのね。

 でも、それ以降何もしてこなくなったわ。

 なぜかしら。


 ✂   ✂   ✂


「ねえ、見てよ、椿!綺麗でしょ?」

「あら、茶色に染めたのね。柔らかい色でいい感じ」

「でしょ!今度、パーマもしたいんだよね。今流行りのこれ!」


 そう言って、茶髪の女子高生が取り出したのは、若い女性向けの雑誌だった。見せてもらったページにはふわふわ紙の可愛らしい少女が写っている。

 もう一人のほう、つまり、話しかけられたほうの女子高生はしげしげとそのページを見て、教室を見渡した。


「この髪型の子、たくさんいるんだけど?」

「流行りだって言ったでしょ?人気なのよ!」

「皆同じ髪型、何か変な感じじゃないかしら。まあ、自分が好みのものにするのが一番よね」

「何を勝手に納得してるのかはそらないけど、とにかく、世の女子はみんな流行に乗ってかわいくしたいのよ!昔っからぱっつんの椿と一緒にしないでよね!」


 椿―――和城椿は自分の髪を見た。腰までまっすぐ伸びた黒髪だ。日光や湿気にも負けず、傷みも一切見当たらない。


「私は別にぱっつんじゃないわよ。もう、いいじゃない。好きな髪型にしてくれば」

「椿も行こうよー。せっかくの機会じゃん!楽しいよー」


 椿は自分の髪を梳き、笑った。


「私はこれが好きなのよ。また、可愛くした姿を見せてちょうだい?」


 そして、自分のカバンを持って、立ち上がった。


「帰るの?」

「ええ。今日は早めにね。……そうそう、忘れてはいないと思うけど、うちの学校、パーマもカラーも校則違反だからね」


 いらない台詞を残して椿は教室を後にした。




 椿は一人、帰路についていた。早めに学校を出たつもりだったが、日は既に落ち始めている。

 何もない、ただの帰り道のはずなのだが、今日はいつもと少しだけ違っていた。


 しょきっ


 音。


 しょきっ、しょきっ、しょきっ


 どこからか聞き覚えのあるような音が、椿の耳に入った。


「何かしら…。どこかで聞いたことあるんだけど」


 椿は立ち止まり、あたりを見渡してみるが誰もいない。

 耳を澄ましてみると、その音はより鮮明に聞こえてくる。

 だんだん近づいてくるようだ。音が大きくなっていく。


 しょきっ、しょきっ、しょきっ、しょきっ


 何か冷たいものが椿の頬を撫でた。そして、音は聞こえなくなった。


 ✂   ✂   ✂


 次の日、椿はいつものように通学した。

 教室に入ると、何やら騒がしい。

 椿は一人のクラスメートに話しかけた。


「おはよう。皆、どうしたの?朝からとてもテンションが高いのね」

「おはよう。和城さん。もしかして噂、知らないの?」

「噂?知らないわ。何か流れているのかしら?」


 昨日までは皆、普通だったから、昨日の夕方から今朝にかけて流れたものになるのだろう。

 クラスの女子たちが集まってくる。そして、彼女たちは次々としゃべり始めた。


「この学校の女子が昨日、帰り道で通り魔に襲われたんだって」

「けがとかは特にないんだけど、髪を切られたらしくってね」

「何か、音がしたと思ったら、目の前に知らない人が立っていたんだって!」

「声をかける前にその人、不審者?はいなくなって、気づいた時にはもう、髪の毛を切られていたって言うの」

「その子の髪、ショートになっちゃったみたいだから、可哀想だよね」

「で、最後に『これじゃない』って聞こえたんだって!』


 これってまだ誰かが狙われるってことかな、と皆口々に言う。


「初めて聞いたわ、その噂。うーん。都市伝説みたいな話ね。そうね、一人で帰らない、早く帰る、不審な人がいたらすぐに逃げて大人に知らせる。こんなところかしらね、先生方の言うことは」


 さほど驚いておらず、冷静な椿を見て、男子は一言。


「さすが委員長」




 そして、担任の先生が朝のSHLで言ったことは椿が言ったものとほぼ同じだった。


「その事件で私、気になるのだけど何かの音ってどんな音だったのかしら」


 移動教室の準備をしながら、椿は近くにいた女子生徒に聞いた。


「えーと、なんて言ってたかな……なんか、高温で聞いたことのある音?ってみんな言ってるよ」

「そう、ありがとう。まあ、自分たちが被害者にならないように気を付けるだけね、私たちは」


 しょきっ


 椿の耳に何やら聞き覚えのある音が聞こえた。教室を見回すと、一人の男子生徒がはさみを使っている音だった。


「……三上君。次は移動よ。準備しないと遅れるわよ?」


 名前を呼ばれた三上という男子生徒は顔を上げて、椿の方を見た。


「ああ、忘れてた。あいつら、おいて行きやがったな」


 仲の良い友達に置いて行かれたらしい。ぶつぶつと文句を言う三上と並んで、廊下を歩く。


「朝から女子がうるさいけど、あの噂、委員長は気にならないの?」

「そうね、あまり。自分には関係ないかなって思ってしまうのよね」

「ふーん、そういうもの?でも、女子にとって髪の毛は大事なものなんでしょ?」

「もちろん。髪は女の命って昔から言うでしょう?勝手に切られるのは嫌よ。犯人はそれを知らないのかもしれないわ」

「知っててやっているのかもしれないよ?その場合はどうなるのかな?

「そうね、もっと許せないんじゃないかしら。困るわね。三上君もそんな怖いこと言わないでちょうだい」

「はは。まあ、本当のところは分からないし……おっと、予鈴が」


 委員長が遅れるのは立場的に避けたいところだ。二人は廊下を小走りで急いだ。


 ✂   ✂   ✂


 二週間が経った。女子生徒の髪が切られるという事件は収まってはいなかった。

 それどころか、被害は増えていく一方だ。一般の女性まで被害に遭い、巷では『髪切り魔』という名前がつくまでになった。

 椿の高校でも、絶えず噂されており、登校拒否をする女子生徒もいるようだ。


 そんな中で、椿はいつも通りの生活を送っていた。


「また出たの?髪切り魔」

「そうなのよ!次は、隣の高校の子!長い髪をいつも自慢してた子なんだって」

「可哀想ね」

「でも自慢しすぎて周りからウザがられてたんだって!そういう子ならザマアって感じしない?」


 少し有名な子やあまり好かれていなかった子、そういう女子が被害に遭ったとわかると彼女らはすぐに上髪切り魔の援護を始める。

 椿はそれを快く思っていなかった。彼女たち自身、自分が被害者になる可能性を一変たりとも考えていないからだ。

 椿も被害の対象になるのではないかと噂されているが、まだ無事である。


「……目撃者はまだいないんでしょう?また、声だけなの?」

「そうみたい。好みの髪が見つからないんじゃないの?」


 犯人の姿は見えず、毎回、『これじゃない』という言葉だけが聞こえるらしい。

 まるで都市伝説のようだ。

 しかし、このまま事件と被害者だけが増え続けるのは困る。

 学校や地域も連携して対策を練り始めているらしい。




 そして放課後。やはり、椿は一人で帰っていた。女子生徒の間では、『頭を隠しておけば、髪切り魔に狙われない』と言われているらしい。帽子やフード付きの上着、ヘルメットまで被って帰る女子生徒が集団でいるようだ。

 椿はいつも通りだった。彼女は何も変わらない。


(どんな音だったかしら)


 椿はこの頃、そればかり考えている。

 なぜかわからないが、気になる。



 しょきっ



 気になる。

 これは―――この音は、鋏の音?




 カランコロン、と扉につけられたベルが鳴った。


「おや、久しぶりだね、椿。いらっしゃい」


 そこは、カフェ―――というには少し妖しげな雰囲気を持つ店だった。

 やってきた椿に声をかけたのは、柔和な笑みを浮かべた青年だ。


「そこまで久しぶりでもないんじゃないかしら。でも、貴方は久しぶりに見たわ。ずっと籠ってたのに。うーちゃんの手伝い?」

「そんなところかな。まったくあいつはいい年して……。かわいい子を見つけたから少し店をよろしく、とね」

「まあ。恋多き乙女だから」

「乙女じゃないけどね。そんなことより、今日はどうしたんだい?真面目に学生をしてる椿が学校帰りに寄り道なんて」

「あら、つっちー。遅れているわ。今時の高校生は寄り道ばかりしているわよ。……そうね、つっちー。貴方、今ちょっと有名な髪切り魔って知ってる?」

「髪切り魔?ああ、髪切るって奴か。それがどうかしたのかい?あ、何か飲む?」

「緑茶がいいわ。熱いのね。周りがうるさいのよ。ほっといてもいいのだけど、女の命、狙われちゃあ私としても黙っていられないのよ。何か知らないかしら」


 椿の目の前に湯気の立つ緑茶が置かれた。一口飲む。とてもおいしい。

 青年は面白そうに目を細めた。

 椿も綺麗に笑っている。


「貸しにしとくかい?」

「あらいやだ。昔馴染みじゃないの」


 室内で風もないのに、椿の髪がざわりと揺れた。

 青年の眼には妖しげな光が灯る。


「……しょうがないな。椿の頼みだ。教えてあげないこともない」

「つっちー。悪いけどうーちゃん呼んでくれる?うーちゃんの方が知ってそう」

「……椿って意外とひどいよね」


 ✂   ✂   ✂


「集団下校?高校生にもなって?」

「そう!そうなのよ!全然、被害が減らないからって集団行動とかおかしくない⁉」


 椿は友達に聞いた。


「女子だけ?」

「それじゃ不公平だってことで、男子もだって」

「面倒くさいわ。家の場所を知られて被害が増えるかもしれないのに。いつからなの?」

「今日からよ」



「あ。和城さんもこっち方面なんだ?」

「違うわ。今日はこっちに用があるのよ」


 堂々と言い切った椿は、集団の列に加わった。

 小学生以来の集団下校だと、口々に言う生徒たちの声に椿は勝手に相槌を打つ。


「それでは帰りますよー」


 ちなみに用があると言って参加していない生徒もいる。めんどくさいと言って、先に帰った生徒もいる。本当にどうでもいい対策である。


「これ、ホントに意味あんのー?だるいだけなんだけどー」


 出発して少し経つとすぐに不満が上がった。

 当たり前だ。集団でだらだらと歩いているだけなのだから。


「きゃああああっ⁉」


 前方で悲鳴が聞こえた。

 女の声だ。

 騒ぎ始める生徒たちを無視して、椿は走った。


 椿の予想が正しければ―――


 うずくまっている女子高生。彼女は頭を押さえている。彼女の周りには細くて長いものが落ちている。


「やっぱり、あれの仕業ね」

「わたしの髪が……髪が……」


 椿は、泣きじゃくり始めた女子高生の横に膝をついた。そして、彼女の肩を優しくたたくと、


「貴女が被害に遭ってしまったのは可哀想だと思うけれど、しょうがなかったことにして、また髪は伸ばしてちょうだい」


 少しひどいとは思ったが、こういうことしか言うことができない。

 椿は立ち上がった。女子高生を上から見下ろす。


「ひどいと思うかもしれないけれど、私は被害現場にやっと立ち会えたからよかったわ。貴女のおかげね。だから、お礼をするわ」



 敵を取ってあげる。



 その女子生徒が、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた時、椿の姿はどこにも見当たらなかった。



 ✂   ✂   ✂



 椿は歩いていた。どれくらい歩いていたのだろうか、あたりは暗くなってきている。

 椿はとても楽しそうだった。足取りは軽く、今にもスキップを始め、鼻歌を歌いだしそうだ。

 家には戻らない。そもそも逆方向だ。店にも寄らない。彼らの店は本日、休みにするそうだ。


「今日は満月なのね。楽しいわ。楽しいわ。貴方はどうかしら。お話しない?———三上君」


 椿の背後には、彼女のクラスメートである、三上がいた。

 椿は振り返り、彼を見据える。


「それとも、こっちで読んだ方がよいかしら?———髪切り。巷で噂の髪切り魔。正体は貴方でしょう?」

 

 三上は困ったように頭をかいた。


「弱ったなあ。どうしてわかったんだ?しかも、髪切り《ぼく》みたいなマイナーな奴、よく知ってたね」


 ぼくの周りに知ってる奴はいなかったよ


 そう言って、三上―――髪切りはポケットからはさみを取り出した。


「あら。貴方が使う鋏は洋鋏なのね。和鋏は使わないの?」

「この時代に和鋏なんか使う奴、いないだろ」

「それもそうね。それで、貴方はどうして女の子の髪を切るのかしら?女の命だってわかっていたわよね」


 髪切り、その名の通り、人間の髪をひそかに切ると言われる妖怪だ。正体が不明という記録も多いが、主に狐、髪切り虫の仕業と言われている。


「わかっていると思うけど、ぼくはそういう妖怪だからね。今の男の髪は短いし、そもそも男の髪を切って何が楽しいっていうんだ」


 しゃきっ、しゃきっと音が鳴る。


「女の子の髪は綺麗だけど、昔ほどじゃないね。パーマやらカラーやらで傷んでる」

「何時の時代でも女は着飾りたいものなのよ」

「その点、委員長の髪は綺麗だね。……切ろうかな」


 目にもとまらぬ速さで髪切りが消える。椿はもちろん対応できない。

 あっ、と驚く間もなく、じゃ金という音がした。


 ばさばさっと落ちる髪。頭が軽いというのが正直な感想だった。


「委員長さ、自分は関係ないとか言ってたよね?どう?結局切られちゃったけど!」

「頭が軽いわ。あと、いい腕ね。綺麗に切れているわ。でもこれじゃ、私、トイレの花子さんになっちゃう」


 椿はおかっぱになっていた。

 しかし、椿の反応が気に入らなかったらしい髪切りは、


「……なんだそれ。それだけ⁉もっと他にないの⁉」

「ないわよ。どうってこともないわ。私にとってはね。

 ———だって、私も妖怪だもの」


 椿の髪がいつの間にか肩に触れていた。少しずつ、少しずつ、しかし徐々にスピードを上げて髪は伸びていく。

 ざわざわとうねる髪を後ろへ流す。


「はじめまして。私、呪われた日本人形。切っても切っても髪は伸びてくるわ」


 髪切りは呆けた様子でこちらを見ている。


「委員長、君も妖怪だったのか……」

「そうよ。自分の存在意義のためとはいえ、今じゃできることも限られてくるわ。貴方の行動はいけない行動になったのよ」


 椿の髪の毛が髪切りの方へ伸びていく。首へ静かに巻き付いていく。髪切りの体は宙に浮き、椿の目の前まで移動させる。


「忠告で済ませておいてね?二度目はないわ」


 夜は更けていく。



 ✂   ✂   ✂



 次の日、どうにか、髪をもとの長さに収めた椿は何事もなかったかのように学校にいた。

 馬鹿な行動をしたかみきりには忠告をしたので、もう髪切り魔は出ないだろう。現代を生きる以上、目立つような行動はご法度だ。そして、ここら辺は椿の、呪われた日本人形の管轄だ。次、被害を出したら殺そうと思っている。


「委員長。ちょっと話があるんだけどいいかな?」


 三上が話しかけてきた。昨日の今日だ。何を話すというのだろうか。


 場所は人気の少ない校舎の裏。


「君の忠告通り、もうこんなことはしないよ」

「それは嬉しいわ。私も貴方を消したくはないもの」

「こんなに綺麗な髪を持っている君以外の髪なんて、切る価値もないと思ったんだよ!」


 これは……根本的な解決はしていない。ただ、椿がめんどくさい奴に捕まったということだけがわかる。

 椿はただ、人間に紛れて平和に暮らしたいだけである。人間に作られた、人間に近い彼女はそれを望んでいた。


「君が好きだ!ずっとぼくの隣にいてくれ!」

「面倒くさいわ、三上君。貴方は美容師とか目指したらいいと思うの」


 面倒ごとを起こした髪切りは日本人形に恋をした。

 そして、この話は続くのだろう。


 ただし、この物語は恋物語なんてものではなく、ただの変物語なのである。



〈おまけ〉

「アタシに何の用?」

「うーちゃん。いたのね。久しぶり!」

「久しぶりだけどさあ、日本人形。まだそれで呼んでるの?」

「あら。可愛いじゃない」

「アタシはいやだけど」

「俺もいや」

「つれないわ。そういえばうーちゃん。つっちーに聞いたけど、可愛い子見つけたんでしょう?」

「そうなのよ!今時珍しく、アタシらが視える子さ。でも、がしゃどくろが邪魔するのよねえ」

「あら。が斜度黒、起きたのね」

「そ!もう、あいつ邪魔だわあ。ああ、手足の一本か二本くらい食べさせてくれないかねえ」

「やめといた方がいいわ。今時の子はひ弱だから」

「そういう問題じゃないと思うけど、お前の施行もおかしい」

「いいじゃないの可愛いんだから!何よ!あんたも今、お気に入りの子いるんでしょ!」

「うーちゃんもつっちーも昔から変わらないわねえ」


 こうして時間だけが過ぎていく。






 


ありがとうございました。

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