がしゃどくろの恩返し
よろしくお願いします。
昔々……今の時刻でいうと午前二時、いわゆる丑三つ時。暗い暗い夜道を月の光に頼りながら歩く人影が一つありました。
それは二十代くらいの青年でした。少々、酒が入っているようで、ややふらついた歩き方でした。
「いけない、いけない。つい飲みすぎてしまった」
彼が今歩いている場所は、何の変哲もないただの道です。辺りは草だらけ。もう少し歩かないと、青年の住む長屋は見えてきません。
「しくしくしくしく、しくしくしくしく」
どこからか泣き声が聞こえてきました。風の音かな?と思った青年は、気にせず歩き続けましたが、泣き声は大きくなるばかり。
「こんな夜遅くに、いったい誰が泣いているというんだ?」
すると、前方にうずくまっている大きな影が見えました。青年が近づいてよく見てみると、それは大きな大きな骨でした。
青年は悲鳴を上げるところでしたが、どうやら先程から聞こえてくる泣き声はこの骨から聞こえてくるようだ、と気づき、やめました。代わりに、
「お前さんはどうして泣いているのかい?」
そう尋ねました。
「目が……目が……」
骨はそういうと、姿を消してしまいました。
青年は困ってしまいました。
「多分、酔ったせいだな!そうだ、そうだよきっと‼」
酔っていることを理由に何もなかったことにしました。
気を取り直して、歩き始めました。青年は早く帰って寝たいと思っています。
「おや……?」
草むらの中に、何か白いものが見えました。
衣か何かかと思った青年は草むらの中に入り、それをよく見てみました。持って帰れそうだったら持って帰ろうと思っていました。
「うわあっ⁉」
それは、人間の頭蓋骨でした。この時代、人が死ぬことは珍しくもなんともありません。明日は我が身の時代でした。が、真夜中に人骨を見たら、さすがに驚きます。
さて、その頭蓋骨は眼窩からススキが生えていました。
青年はこれを見て、
「ははあ、このせいであの骨は泣いていたんだな。死んでまでも、痛いのはつらかろう。可哀想に」
ススキを抜いてあげました。いいことをしたと青年は思い、足取り軽く帰っていきました。
〇 〇 〇
「豆腐……いらんか?」
「いらない」
「豆腐……食べんか?」
「食べない」
「豆腐……」
「ああもうっ、うるさいな!今から学校なんだからついてくるなよ豆腐小僧っ!」
そう言うと、少年は早歩きになった。豆腐小僧は置いていかれた。
「まったく、これから楽しい夏休みだってのに、終業式まで遅刻してたまるか!」
「ホントになあ。義弘は遅刻してばっかりだもんなあ」
「お前らのせいでね」
少年―――義弘は隣をちょこまかと歩く一匹の鬼を見た。初めて会った時、その鬼は自らを、天邪鬼と名乗った。
そう、彼らは妖怪であり、義弘には妖怪が見えていた。
「毎朝毎朝、あの手この手で引き止めやがって、高一の一学期で遅刻魔のレッテルが貼られたじゃねーか!おかげで、『遅刻と言えば、瀧だね』って言われるようになってるんだぞ!」
「よく独り言を言うヤツともいわれてるんじゃないか、瀧義弘」
義弘はため息をついた。
周りの人には見えないこの妖怪たちは、小さい頃から義弘の邪魔をする。嘘つき扱いも変人扱いもされた。幸い、いじめにはあっていないから、まだ良いのかもしれないが、これからもずっとこのままかと思うと嫌になってくる。
とりあえず、学校に行かなくてはならない。そのためにはこの生意気な天邪鬼をどうにかしなくてはいけない。ずっとこいつに付き合っていたら、いつものように遅刻をする。
「じゃ、俺は行くから。一人でしゃべってろ」
「水臭いこと言うなよ」
「遅刻すんだよ馬鹿野郎」
つい口が悪くなってしまったが、これで義弘が困っていることをわかってくれるだろうか。しかし、この程度では帰ってくれなかった。義弘以外の生徒は見当たらない。妖怪と話しているところを見られないというのはいいが、遅刻決定が近づいていくことしか意味をしていない。
(本格的にやばいっ!)
「君ー、お困りのようだね?手ぇ貸してあげるよ。ほら」
いきなり現れた男に天邪鬼が捕まえられてしまった。
「え⁉」
「てめえ!このっ、放しやがれ!」
天邪鬼がすごい勢いで暴れているが、男はまったく気にしていない。男はにこやかに笑って、義弘に手を振った。
「行ってらっしゃーい」
「とりあえず、ありがとうございまーす…」
なんかすごいぞあの男。
結局、義弘は遅刻した。
〇 〇 〇
「ヨシー、やっぱお前遅刻だったなー」
「……しょうがないから、二学期から頑張るよ」
無理だと思うけど。
義弘は終業式、大掃除、ホームルームも終えて、友人らと教室で雑談をしていた。
「てか、宿題多すぎ」
「分かる。遊べないっつーの!」
「そーだ、夏祭りいつだっけ?」
「先生の話長かったなあ。早く終われって感じだったわ。えー、何の話してたっけ?」
「えーっと。よく分からないことを口走りながら追いかけてくる不審者がいるから、気をつけろ、だったかな?」
「なにそれこわっ」
義弘はカバンを持って立ち上がった。
「俺、先帰るよ」
「オー、じゃあな。また遊ぶ時、連絡するわ」
「よろしく~」
今日は昼前に学校が終わる。友人らに付き合って、夕方に帰るのもいいが、義弘はなるべく早く帰りたい気分だった。
理由は簡単。
「お前らに遭遇しないためだよっ……」
「なに言ってんだ、義弘。まだ若いんだからおかしなことを言うなって」
「会話も成立してない……!」
妖怪たちに遭遇しないために早く帰ろうとしたのに、普通に天邪鬼に会った。
「お前、今日もやっぱり遅刻したんだろ?駄目だなあ義弘」
「誰のせいだよ。俺帰るから、お前も帰れよ!」
「妖怪に帰る場所なんざあるかよ」
天邪鬼はヒヒッと笑った。その言葉に何か引っかかったけれど、義弘は歩き始めた。
当然のように、天邪鬼はついてくる。どうでもよい会話付きだ。義弘は結局、その会話に付き合ってしまう。
「そういえば、先生が不審者に気をつけろって言ってたんだけど」
「へー。人間も面白いこと言うなあ」
「……よく分からないことを口走ってるって」
「そうそう。で、追いかけてくるんだろ?」
「……やけに詳しいな」
「気にするな、ほら家着いたぞ」
天邪鬼に言われた通り、家に着いてしまった。いやな予感がした義弘は、すぐに部屋に入った。
学校や家の外では妖怪に遭遇する義弘だが、彼らは家の中には入ってこない。その理由が知りたいのだが、どの妖怪も答えてくれない。両親には妖怪が見えないので、聞くこともできない。
義弘の両親は共働きで、今、家にはいなかった。彼は一人っ子なので、家の中はとても静かだ。
うるさい妖怪どものいない幸せな時間。夏休みに入ってまだ一日も経っていないのに、宿題に時間を割くつもりはない。
昼寝をすることにした。
(そういえば……あの男誰だったんだろ……)
窓から差し込む光によって、義弘は目を覚ました。欠片もすがすがしい目覚めではなかった。直射日光がきつい。
時刻は既に夕方、六時前後であった。
「……あちー。なんか飲もう」
そう呟いて、キッチンの冷蔵庫を開けると、麦茶があった。母親が夏になると毎日作るのだ。
義弘はそれを飲もうと思い、麦茶を取り出した。容器の側面に何やらメモが。
『注意!
腐っている可能性があります。変な臭い、ペンキのような味がしたらすぐに飲むのをやめること!』
「そんな麦茶は捨てろよ‼」
麦茶は諦めて、何か買いに行こうと、麦茶をシンクに流しながら、義弘は誓った。
自宅から少し離れたところにあるコンビニに行った義弘は誰もいない道路を歩いていた。
案の定、天邪鬼が現れる。
「よう、義弘。買い物か?」
「家に腐った麦茶しかなかったからな。飲み物を買ったんだ」
特に急いでる訳でもない。だから普通に会話をしている。
「まだ明るいし。やっぱ夏だなあって感じするよ、暑いけど」
「そういや、さっきの話だけどよ。ほら、あの不審者」
「……お前がやけに詳しかったアレか。不審者がどうした?」
なぜか分からないが、義弘には天邪鬼の声が遠く聞こえた。
「そいつ―――マスクつけてんだろ?」
目の前にひとりの女性が立っていた。長い髪、夏らしいワンピース、そして―――大きなマスクをつけている。
何か、ぶつぶつと呟いているが、義弘には聞き取れなかった。
「あのー、こんにちは?」
「おお、いかにも怪しいヤツに話しかけるたあ、やるなあ義弘」
女性は義弘の存在に気づいたようで、ゆっくりと顔を動かした。
にたあ、と笑ったのがマスク越しで分かる。
そして、顔に手を持っていき、マスクをはぎ取った。その下は、
「……私、きれい……?」
耳まで裂けた口。
義弘は逃げ出した。実はコーラを買っていたのだが、この際どうでもいい。
「アレ、妖怪だろ⁉」
「その通り!巷で噂の不審者は、妖怪口裂け女さ!」
「さっさと言えよそういうことは!うわ口裂け女、追いかけてきてるっ!」
義弘が後ろを振り返ってみると、口裂け女も同じように走っていた。
意外と速い。
「……私、きれい……?ねえ、答えてよ」
「怖い怖い怖い!誰でもいい!誰か助けてくれ!」
唐突に、足音と声が掻き消えた。
義弘はもう一度、振り向く。口裂け女はまだそこにいた。しかし、彼女は地に倒れていた。
口裂け女の前に男が立っていた。義弘に背を向けているため、顔は分からない。
その男は肩越しに振り向き、義弘の方を見た。その顔には見覚えがあった。
「あんた、朝助けてくれた……」
「そうだよ、また会ったね。———ちょっと待っててくれ」
男は口裂け女に顔を近づけ、何か呟いた。その瞬間、口裂け女は弾かれたように立ち上がり、姿を消した。次に天邪鬼に近づこうとしたが、天邪鬼は自分から消えていった。
「これでいい。大丈夫だったかい?」
「あー、大丈夫です。朝といい今といい、ありがとうございます。あんた……あなたも妖怪なんですか?」
ただの人間があんなに簡単に妖怪を追い払えるなんておかしい。それこそ漫画、小説の世界だ。それだったら、同じ妖怪だと考える方が納得できる。
「ああ、もちろん!僕も妖怪だよ」
「やっぱり……じゃあ何で俺のこと助けたんですか?妖怪同士助け合ったりする方が普通じゃないかと思うんだけど」
「それ、説明すると長くなるんだけどいいのかい?」
日も暮れるし、妖怪出やすくなるよ、と男は付け加えた。
義弘としては、これ以上妖怪なんぞと関わりを深めたくない、というのが本音だ。
「……じゃあとりあえず、俺帰るんで明日でいいですかその話」
「いいよー。君の家はあいつらも手出しできないし。また明日だね。……しかし、いつのまに人間は髷を結わなくなったんだろうか」
おかしな台詞を残し、男は迫ってきた夕闇の中に消えていった。
「……髷⁉」
〇 〇 〇
次の日、夏休み二日目の朝、義弘は昨日の場所に来ていた。他に人はいない。もちろん、昨日の男の姿もない。待ち人を探してうろうろしているその姿ははたから見ると、おかしな人だ。
約束をしたのはいいが、時間と場所を決めていなかった。
「朝からはいないか……?」
「誰が?」
独り言に答えが返ってきたので、義弘は驚いて振り返った。
そこには、昨日の男がいた。
「君、早かったねえ。妖怪は朝、活動しないって思ったんだろう?」
「まあ、そうだけど。違うのか?」
「大体はしないね。でも夜行性ってわけでもないし、日が出てても活動はできる。気分次第かな。
―――雑談はここまでにして、本題に入ろうか」
近くにベンチを発見したので、そこに腰掛けることにした。
「ずっとずっと昔のことだよ」
そう言って、男は話を始めた。
あるところに一人の男がいた。何の変哲もない、ごく普通の人生を送っていた。
何か犯罪を犯したわけでもない。だが、その男はある日殺されてしまった。人の人生ってヤツはそんなもので、どれだけ善人でも殺されてしまうことだってある。
男を殺したヤツは死体をばらした上に、放置して逃げてしまった。更に悪いことに、その放置された場所が人目の少ないところだったから、誰も見つけてくれなかった。
そのまま時は過ぎ、死体は骨になった。周りには草が生い茂っていた。
死んでしまった男は思った。
なぜ、自分が殺されなければならなかったのだ、と。
その思いは執念となり、男を甦らせた。ただし、妖怪として。
それが―――がしゃどくろ。
「それが、あんたなんですか?」
「その通りだ。僕はがしゃどくろ」
男―――がしゃどくろのことは分かった。しかし、なぜ自分を助けてくれたのか、の説明がされていない。
「ここまでが僕の話。でも、君が聞きたいのは別のことだよね?―――僕はがしゃどくろになり、人間ではないが、第二の人生を手に入れた。でも、僕の骨はそのまま。まあ、それでもいいかなって思ってた。だけど、頭蓋骨をススキが綺麗に侵食してくれていたんだ。しかも眼窩貫通してるし。それの痛いこと痛いこと。あまりの痛さに僕は泣いてばかりいた。すると、人間の男が頭蓋骨を見つけてくれて、ススキを抜いてくれたんだ。だから、僕を助けてくれたそいつに恩返しをしようと、考えたんだ」
「……で?恩返しできたのか?」
義弘にはがしゃどくろを助けた男の話と自分の共通点が見いだせなかった。
がしゃどくろは手をひらひらと振った。
「いや、できなかった。ちょっとひと眠りしたらそいつ、いなくなってて、時代も飛んでたんだよ……」
「寝過ごしたにもほどがある!」
昨日の髷発言が理解できた。
「実を言うと、起きたのが昨日だったんだ。目が覚めてみたら、目の前にあの男と同じ気配がする君がいるじゃないか!だから君を助けたんだ。君に恩を返すことにしようと思って」
「そうか。いきなり話が飛んだな。……お前が助けた男も妖怪が見えたのか。そいつも俺も霊力とか持ってたりするの?」
それが妖怪が見える原因なのだろうか。
「あ、違うよ。君ら自体が持っている霊力は一般人と同じだった。君らが優れていたのは、見鬼の才だけだ。まあ、さっきも言ったように、あいつに似ている君に僕は恩返しをすることにしよう」
昨日、助けてくれたことは義弘にとって、とてもありがたかった。しかし、これ以上妖怪と関わることは極力避けたいのだ。
「あの、俺帰るわ。今日は友達と遊ぶ約束だし。あんたが妖怪だってことは理解したから……じゃあ、そういうことで」
後半の話は聞かなかったことにした。
〇 〇 〇
「起きろ、起きろって。おーい、義弘ー」
義弘は自分の名前を呼ばれて、目を覚ました。
そこはまったく知らない山の中。ちょうど夕日が沈む黄昏時。
「やっと起きたか。遅いぞ、義弘」
「……天邪鬼?何でここに……いてぇ」
義弘は後頭部に鈍い痛みを感じて顔をしかめた。身体の自由が効かないことに気づく。
(確か俺は、友達と別れて、帰る途中に―――)
その後の記憶がない。とりあえず現在、義弘は糸に吊られて、宙に浮いている。
目の前には天邪鬼がいる。
「おい、天邪鬼。どういうことだよ。とっとと降ろせ!」
「悪いがそれはできねえよ。お前にはちょっと人質になってもらう。抵抗しないでくれ」
そして、天邪鬼は去って行った。代わりに女が一人、現れた。とても綺麗だが、下半身が蜘蛛になっている。
「おはよう坊や。アタシは女郎蜘蛛さ。あんた、美味しそうだねえ。手足の一本や二本なら食べてもいいかねえ」
義弘は言葉を返せない。どうやら彼を拘束している糸は女郎蜘蛛のもののようだ。
「別にねえ、あんたが何かしたわけじゃあないんだよ?まあねえ、しょうがないことなのさ」
「しょうがなくねえよ、理不尽だ。早く放せよ」
震える声で精いっぱいの虚勢を張って義弘が言い返してやると、女郎蜘蛛はにたり、「と笑みを見せた。
「言うねえ、坊や。ますます美味しそうだ」
「おい、女郎蜘蛛。遊んでないで、お前はお前の仕事をしろ。———来たぞ」
三人の目の前に一人の青年―――がしゃどくろが現れた。その瞳には怒りの感情が見える。山の木々が揺れる。場の空気が引き締まる。
「義弘を放せ」
言った言葉はこれだけだ。しかし、とてつもない威圧感であり、天邪鬼と女郎蜘蛛は背中にうすら寒いものを感じた。
「……眠っていたとはいえ、長く生きているだけのことはあるねえ」
「がしゃどくろ、オレらの仲間となれ。そしたら義弘を開放してやる」
天邪鬼の言葉にがしゃどくろは首を傾げた・
「人質のつもりかい?そもそも、何で仲間になれと誘うんだ?君らの立場からすると、縄張りにいきなり別の妖怪が来たようなものだろう?」
「追い払いやがったしな。だが、事情が変わったんだ。仲間になるのか、ならないのか……答えろ!がしゃどくろ!」
悠長に構えるがしゃどくろと違って、天邪鬼の声は荒々しく、余裕のないものになっていく。
「そう焦るんじゃあないよ天邪鬼。まったく……付き合ってやってるこっちの身にもなりな」
「その事情とやらも教えてもらいたいな。仲間になるもならないもそれ次第だね」
(これ……俺、関係ないんじゃね……)
目の前では妖怪どもが話を続けていた。人質にしてるくせに、放置気味だ。
「……もうすぐ、酒呑童子が復活するらしい。また、あの鬼の時代が来ることになる。だから、復活する前にもう一度殺す」
「そのために妖怪たちを集めているのか。天邪鬼、君のやりそうなことじゃないね。次は誰の手下になっているんだい?」
そう言ったがしゃどくろを天邪鬼は苦々し気に見えた。どうやら言いたくないようだ。
しかし、女郎蜘蛛が笑いながら答える。
「よく分かったねえ。そうさ。こいつは今、茨木童子の手下だよ。酒吞童子を倒したいのも奴さ」
「天邪鬼、君は自分より強いものには下手に出るからね。———さて、事情を聞いたところ悪いが、仲間になる気はないね。くだらない。昔のようにどこぞの人間に任せておけばいい」
天邪鬼はその名の通り、鬼の形相になった。義弘の体を吊っている糸が絞まっていく。女郎蜘蛛は面白そうに笑っている。
「さあ、義弘を放すんだ」
「断る。こいつには悪いが、このまま連れていく」
「ふざけんな天邪鬼!今の話、百パーセント俺関係ないだろっ!」
たまらず、義弘が吠えると、がしゃどくろはため息をついた。
「もうお遊びはやめにしよう。……天邪鬼、女郎蜘蛛」
―――消えろ
その瞬間、二匹の妖怪は煙のように消え失せてしまった。糸も急に消えたので義弘は地面に落ちてしまった。
がしゃどくろが駆け寄ってくる。
「……大丈夫だよ。ていうか、ここどこだ?帰れないじゃねーか。……あー、頭いてえ」
殴られたらしい場所はたんこぶになっている。思っていたよりひどくなかったので、良かった。よかったが、現在地がよく分からないのは困った。このまま遭難することは避けたい。
がしゃどくろは上を向いて、ひゅう、と口笛を吹いた。すると、どこからか風が吹き始め、それがどんどん強くなっていく。目も開けられないくらい強い。
次に、義弘が目を開いたとき、義弘は自分の家の前に立っていた。
「ええっ⁉」
「天狗たちに頼んだんだ。速かっただろう。……巻き込んですまなかった。いろいろ聞きたいことがあると思うけど、これは妖怪達《僕ら》の問題だ。忘れてくれ」
そう言うと、がしゃどくろは姿を消してしまった。一人残された義弘は納得がいかない。しかし、自宅の前でずっと立っている訳にはいかない。家に入りながら、
「なんだよそれ!『忘れてくれ』じゃねえよ。……なんなんだよ」
「義弘、何ぶつぶつ言ってるの?今日は早く帰れたのよ。お帰り」
「……ただいま、母さん。麦茶、腐ってたよ」
命が危うかったのだ。詳しく聞いて妖怪にこれ以上関わろうとする必要はないのだ。避けるべきなのだ。
———だからこれで、正しい。
そして、妖怪どもは義弘の前に姿を現さなくなった。
〇 〇 〇
九月一日、二学期が始まった。いつもより早めに起きた義弘は欠伸をしながら通学路を歩いていた。
夏休みの間、義弘の前に妖怪どもは、一切姿を見せなかった。物心ついた時から見えていた妖怪がいない。それは嬉しいことであるはずなのに、何か物足りない気がする。
「……いや、あいつらがいないことは喜ばしいことじゃないか。これで変人扱いもされない、遅刻もしない。うん、素晴らしい」
これから自分は自分は普通の人生を送るのだ、と納得する。
「じゃあ、これからもよろしくだなあ、義弘」
「……天邪鬼⁉」
声のした方向を見ると、天邪鬼が普通にいた。
「オレらがいない方がそんなにいいんなら、登場しないわけにはいかないだろ?天邪鬼的に」
「おまっ……俺の喜びを返せ!ていうかその前に謝れよ!」
「やだね」
……この天邪鬼め。
「まったう……また消してやろうか」
「……がしゃどくろ⁉」
見覚えのある男も現れた。がしゃどくろだ。
「やあ、久しぶりだね。義弘」
「また俺の前に妖怪が増えていく……」
「いやあ、君に恩返しをするって言ったのに、恩を仇で返していることに気づいてね。またやってきたんだよ」
「お引き取り下さい。帰れ」
うっかり本音が出てしまったが、それを気にする相手ではないのだ。絶望している義弘はよそに、今までの分を取り返すかのように妖怪どもがわらわらと出てくる。豆腐小僧、女郎蜘蛛を始め、天狗、付喪神、一反木綿、子鬼……。
「久しぶりだなー」
「寂しかったかー?」
「元気そうだなー」
妖怪どもは好き勝手にしゃべり始める。正直、やかましい。
「ああもうっ、うるさいな!」
「さすがだなあ、義弘」
「お前もうるさいぞ天邪鬼!どっか行け‼」
妖怪どもにまとわりつかれつつ、叫ぶ義弘を見ながら がしゃどくろが言った。
「義弘、学校はいいのか?」
急いで腕時計を見た。
「……遅刻だ‼」
ありがとうございました。