『スノウとユキミ』
「こりゃ、見事に折れてるねぇ。内臓に刺さらなかったことを幸運に思うんだね!」
「あだっ!? イドミ婆さん! なんで叩くんだよ!」
ここは、シラユリさんやヒオウが働いているお店だ。なんのお店かは……とりあえず、男が夜に来るそういう店から察してくれ。
治療に来てくれたのは、魔法やら薬やらを使う医者のイドミさんというお婆さんに、その助手で俺の折れた腕を見てくれているミズハさん。
あ、ロンレンさんのお弟子さんだが、ユンファさんというらしい。
「うるさいよロンレン! 見てみな」
「ん?」
イドミさんが俺を指さしたが、よく分からずに小首を傾げる。ロンレンさんも分からないようで、怪訝な表情を浮かべた。
すると、イドミさんがロンレンさんを叩いた。
「あだっ!?」
「まったくこの男は……見てごらん! この白魚のような手を! アンタはこの手を折ったんだよ! 反省しな!」
「そうですよ! こんな綺麗な手を、酷いです!」
おおう。ロンレンさんが、凄い責められてる。
「おい待てよ! こいつは、自分で腕を犠牲にしたんだぞ!」
「ふん! こんな可愛いらしい娘に手加減しなかった、アンタが悪い。こんな娘が孫にいたらねぇ」
「私も、妹に欲しいです」
イドミさんとミズハさんに撫でられる。ロンレンさんは、若干不満のよう。
俺は、腕の治療をしてもらいながら、ロンレンさんから貰った、付与系統の“符字”の書かれた書物を読む。
読めたのは少ないが、なかなかに有用そうなのがある。
「はい。とりあえずは大丈夫です。でも、定着に3日ほどかかるので、それまでは激しく動かさないでくださいね」
「ん。ありがと」
「可愛いー!」
ミズハさんに抱きつかれる。
激しくするのは、厳禁だったんじゃあ?
「はーい。ご飯ですよー!」
「待ってました!」
「お腹ぺこぺこー」
「おや? あたしもいただこうかね」
「あ、俺も」
「ロンレンさんはダメですよ」
「なんでだよ!?」
「スノウさん、食べられないものありますか?」
「ん。大丈夫」
ユンファが、おそらくだが〈ヤマト〉の食文化がアンファングとかなり違うから、心配して聞いてきた。
まぁ、向こうには刺身も、味噌汁も、漬物も、米も無かったからな。しかし、やっぱり日本人だからね。日本食のほうが口に合う。
「美味しい」
「あれ? 普通に食べられるんだ?」
ヒオウが目を丸くしている。他のメンバーも、同じような感じだ。
その後も、もくもくと和食を口に運ぶ。美味しい。まさか、豆腐とワカメの味噌汁が飲めるとは! もう少しかかるかと思ったよ……
とりあえず、飯炊き釜を買おう。そうしよう。
「あら? ロンレンさんにユンファちゃん。イドミお婆様、ミズハちゃんまで……今日はどうしたの?」
遅れて部屋に入って来たのは…………俺?
「ユキミさん! こっち、こっち!」
「よぉ、今日も綺麗だな~」
「相変わらずだねぇ。流石は傾国と呼ばれるだけはあるよ」
「うふふ。ありがとうございます。それよりも、かわいらしいお客様が来てるわね」
ユキミさんと呼ばれた人が、俺の隣に座る。
うん。こういう人に、『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』っていうのを使うんだね。
腰まで流れた艶やかな白髪、潤んだ青い瞳は神秘的だ。そして、桜の描かれた白い着物を着ている。
なんというか、スノウを全体的に大人にした感じだ。
「貴女、なんて名前なのかしら?」
「スノウ」
「……スノウ……そう。いい名前ね。私はユキミって言うの」
「ん」
ユキミさんに、頭を撫でられる。とても優しい撫で方だ。俺を見る瞳には、慈愛の色が見える。しかし、どこか寂しそうな━━泣きそうな顔をしている。
ユキミさんの頬に手を伸ばす。何故か、そうしたくなった。
「━━━ありがとう」
「………」
震える声でユキミさんが呟く。
ヤバい、やっちまったか? くっ! こういう時は!
「きゅきゅ?」
「???」
そうです! アニマルセラピーです。ユキミさんも、ネーヴェとシャルーを見て、目を輝かせている。
「あらあら、この子達は?」
「ネーヴェとシャルー」
「きゅきゅ!」
「!!!」
「きゃー! 可愛いー!」
ネーヴェとシャルーがお姉さん達に捕まって、もみくちゃにされている。ユキミさんも参加して、ネーヴェとシャルーを撫でている。
そして、夕飯が終わった。
俺達は宿に行こうかと思ったが、お店の一室を貸してくれた。
窓から月を見上げる。
なんか、変な泣き声とか、叫び声とか、人魂っぽいのとか見えるけども……
「スノウ起きてる?」
「ん」
ユキミさんが入って来た。ほんのちょっぴり気まずいのだが………
「私達ってそっくりよね」
「ん」
「あのね」
「ん」
「私のこと………」
ユキミさんが、何か言おうとして口を閉じる。
「ううん。やっぱりいいわ」
「…………」
ユキミさんは、お休みと言って部屋から出て行った。
月が綺麗な夜だった。