『山を越えるため』
俺は現在、新幹線に乗っている。え? なんで新幹線に乗っているのかって? それは、実家に行くためだ。普通なら、夏休み入ったら直ぐ行くだろ、と思うだろうけど、出された課題を終わらせるのに夏休み前を使っても、夏休み二日は使ってしまう。実家でやれば、いいじゃん! と、思うかもしれないが、あの家は騒がしすぎて集中出来ないのだ。
新幹線に乗ること、四時間ほど、実家のある村に一番近い市についた。そこからバスに乗ること15分。バス停から歩いて三分、実家に着いた。
「ただいま~。」
バタバタと音がして、長い黒髪に垂れた糸目をした美人さん。俺の母さんの、冬道 冷が出てきた。
「雪ちゃんお帰り~。」
「ただいま母さん。ちゃん付けはやめてくれ。」
「お兄ちゃんお帰りー!」
「雪くんお帰りなさい。」
「雹、霙姉さんただいま。」
じいちゃんとばあちゃんは、山に行ってるのかな? 後は父さんだけか。
「雪ちゅわ~ん! お帰り~!」
「必殺、ただい回し蹴り!」
「げぶほぉ!」
ゆるゆるな顔をした父さんこと冬道 吹雪が、ルパンダイブしてきたので、必殺の撃退技を繰り出す。回し蹴りが、右の頬にクリーンヒットし、吹き飛ぶ父さん。まったく、毎度毎度めんどくさい。
「さぁーて、お土産あるから食べるか。」
「「「はぁーい!」」」
「ちょ! 父さんは!? ね、父さんは!?」
ちっ! 三十分くらい気絶してると思ったのに……流石は熊に殴られたのに、かすり傷で済んだ男。どういう肉体構造してるんだか。
皆なでお土産を食べる、父さんには大福を投げつけておいた。
「お兄ちゃん! 夏休み中にイベントやるんだって!」
「ふーん。何の?」
「『Miracle Would Online』のだよ! どんなイベントかは、まだ分からないけど。」
イベントねぇ。面白そうだな、なにやるんだろ? 皆目検討もつかないが、楽しいイベントであってほしい。そんな事を思いつつ、俺の部屋だった部屋━━━一応今も、俺の部屋だけど━━━のベッドでログイン! 本日の予定は、魔法剣士になってやる気全快のライラの提案で、他の方角の町を解放する予定だ。
ログイン場所の宿屋の部屋から出ようとしたら、アナウンスが流れた。
《お知らせします。》
《南の洞窟のエリアボス。“影潜む暗殺蜘蛛”が討伐されました。》
《南の町〈ズューデ〉が解放されました。以後、“影潜む暗殺蜘蛛”を倒すと、南の町〈ズューデ〉に行く事が出来ます。》
おっと、南の町が解放されたようだ。っていうか、物騒な名前のボスだな。しかも、かなり強そう。
下の階に降りると、不服そうな顔をしたライラと、そのライラを慰めるクノがいた。
「お待たせ。」
「スノウ! さっきのアナウンス聞いた? せっかく南の洞窟行こうと思ってたのに………」
「しょうがないよライラちゃん。後は北と西だけど、西は沼地。北は山なんだよね。スノウちゃんは、どっちがいい?」
「山!」
「そうよね。沼地なんて嫌よね。」
当たり前だ。新しい防具をさっそく汚してしまいそうな場所になんて、行きたくない。という事で、俺達は北門から草原に出て、その先にある山に来た。
「この山を登るのかぁ…………」
「大変そうだけど、行くしかないよね。」
「レッツゴー。」
先頭に立って登って行く。普通の女の子にはキツイハズだが、そこはゲーム補正。疲れずにサクサク進める。何より、ここの敵は物理には強いが、魔法には弱いので、術系のスキルを全員が持つ俺達には、さほど戦闘も苦にならない。
「メェェェェェェ!」
「『ウィンドカッター』!」
「ブメェ!?」
「意外と簡単なエリアね。」
「だね!」
「ん。」
ちなみに山で会う敵は、岩山羊、土鶏、石ヤモリ。以上の三体だ。まぁ、弱いんですけどね。
「あれ? 別れ道ですよ。」
「真っ直ぐ行けば北の町〈ノルデ〉。右に行けば山頂…………」
三人揃って無言で山頂を見る。麓からでは分からなかったが、山頂付近は黒い雲に覆われていて、時折稲妻が迸るのが見えた。
「今は、北の町よね!」
「はい!」
「ん!」
どう見ても、山頂に行くのはもっとゲームを進めてからだと分かる。気になるけども、今は本来の目的地に行くのが正しいだろう。
真っ直ぐ進んで暫くすると、開けた場所に出た。怪しいなと思ったその時、生き物の影が差し、上を見上げると………
《イベントフィールドに入りました。イベントフィールドから出ると、ペナルティがあります。気をつけてください。》
「ギャグォォォォォォォ!」
「「「ワイバーン!?」」」
ファンタジーでお馴染みのワイバーンが現れた。
落ち着いて鑑定! ふむふむ。レッサー・ワイバーンですか…………どうやら、普通のワイバーンより弱いみたいです。
「レッサー・ワイバーン。普通より弱い。」
「レッサー………そう、良かった。」
「でも、空飛んでますし、厄介ですよ。」
そこなんだよね、火とかは吐かないみたいだけど、空飛んでるって時点で、めんどくさい。とりあえず、術を主にして戦う事にする。
「『風刃』!」
「『ウィンドランス』!」
「『光の槍』!」
俺達が放った術が飛んでいき、レッサー・ワイバーンに当たる。落ちてはこないが、効いてはいる………のかな? レッサー・ワイバーンが、俺を狙って滑空してきて、右の翼についた爪で攻撃してきたが、避けて符を投げつける。
「『土槍』!」
俺の言葉とともに、符から土の槍が飛んでいきレッサー・ワイバーンに突き刺さる。【符術:Lv5】で書けるようになった新たな術の一つ。ちなみに現在の【符術】のレベルは、8だ。
「もう! なんとか落とせない?」
「どうでしょう? 『エンチャント━スピード』『エンチャント━アタック』」
「むぅ。」
ライラの言う通り、なんとかして落とせばボコボコに出来る気がするんだけど、翼を狙ってみようかな? そう思ってると、ワイバーンが翼を広げて……………いくつもの、風の刃を飛ばしてきた。