『とある戦い:未知』
「『ダーク・クレッセント』!」
「『サンライト・アロー』!」
「YEEEEEEEE!!!」
黒い月の軌跡を残しながら放たれた斬撃と、少し赤く光る光の矢が、ターゲットへと一直線に飛んで行ったが、奇声とともにどちらも砕かれる。
それは剣の形を取っていたが、鉄塊と言う方がしっくりくる物体だった。その武器を振るうのは、PKで一番大きい体と武器を持つ、ゲオルグというプレイヤーである。
対するは、《雪月花》の月と花、ライラとクノである。
「見逃してやるって言ってるのによぉ……なんで向かってくる?」
「そういうイベントでしょ!」
「まぁ、引いちゃダメだよね」
ゲオルグの言葉にイラつきながら答えるライラと、苦笑しながら言うクノ。既に十数分ほど経過しているが、戦いは拮抗していた。先ずは、クノとライラ側の攻撃は殆ど凪ぎ払われてしまうことと、ゲオルグはPK一の耐久を誇り、攻撃が当たってもあまりダメージになっていないのだ。スノウとスノウの従魔達は、何処かに行ってしまっていないので、その分の火力不足もある。
ゲオルグの方はというと………
「おらぁぁぁぁぁ!!!」
「ホー!」
「今度は火か!」
ライラとクノに攻撃を仕掛けようとしたゲオルグが、空から突然目の前に現れたフクロによって阻まれる。フクロが放つのは、【忍術】の『火遁』だ。威力はそこまででは無いが、目眩ましや猫だましには使える。
ゲオルグは火を払うと、フクロを叩き潰すように大剣を叩きつけるが、白い煙が小さくフクロの体から出たと思ったら、フクロの姿がただの小さな丸太になっていた。
「ちぃ! またか!」
「ホー」
フクロの【忍術】を使った特殊なタンクに加え、大福を乗せたすあまも、カバーや攻撃を担当して、ゲオルグからの攻撃がライラとクノに当たらないようにしている。そして、ダメージを食らったらすかさずクノが回復する。さらにそこに、ライラの魔法を織り混ぜた剣術と、クノの魔法が入り、ゲオルグに少しずつダメージを与えていった。
戦いは拮抗していたが、長期的に見れば圧倒的に不利なのはゲオルグだった。自慢の耐久も限界があり、大振りな武器持ちにしては素早い動きにより振るわれる大剣による強力な一撃も、なんなくかわされ防がれる。
(このままじゃ負けるな………仕方ねぇ。アレを使うか)
ゲオルグは一度距離を取ると、とあるスキルを発動させる。
「“出でよ、我を守り力を与える者よ”━『化身降臨』!」
ゲオルグの言葉と同時に、ゲオルグの体から筋骨隆々の大柄な褐色肌の大男が現れた。立派な白い髭を生やし、腕を組んでいる。
「これが俺様の【化身】、タイタンだ。【化身】の中じゃあシンプルだが━━━」
そう言っている間に、ゲオルグは飛び上がると大剣を地面に叩きつけた。
「かなり強力だぜ!!!」
轟音とともに床が割れる。砦は破壊が可能だが、それは強力な攻撃によってである。アーツすら使っていない攻撃で、砦の床が割られたということは、今のゲオルグの攻撃は、純粋なタンクでも耐えられないかもしれない。
ライラとクノは冷や汗をかきつつ、冷静に相手の他に強化された所を探そうとする。先ずは、攻撃を食らわない事、これは絶対だ。何故なら、食らったらデスペナルティなのは確実だからだ。
「んじゃあ、どんどん行くぜぇ!」
「クノ! すあまに乗って!」
「うん! すあま!」
「グラァ!」
速度も上昇したゲオルグが、ライラとクノに向かって突撃する。クノはすあまに乗ると、すあまの速度を生かしてゲオルグから離れた。ライラは、真正面からゲオルグを見据えて、手を突き出す。
「『ダークネス・コラプス』!!!」
真っ黒な塊がライラの手から放たれ、真っ直ぐゲオルグに飛んで行く。ゲオルグは、それをかわそうともせずに受ける。ゲオルグに直撃した黒い塊は、何の音も出さずに大きく広がると、暫くしたら静かに消えた。
闇が晴れると、殆ど無傷のゲオルグがいた。ゲオルグは、ニヤリと笑う。
「今、何かしたのか? 一度言ってみたかったんだ」
「攻撃と防御……それとも全ステータス強化? とりあえず、攻撃力と防御力は大幅に、速度もかなり強化されてるわね」
「とりあえず、倒すのが大変そうになったね」
「とりあえず、とことん攻撃しかない!」
ゲオルグのセリフをガン無視して、二人は再び攻めに転ずる。魔法と剣撃、その他の攻撃を織り混ぜて、隙を見せずに攻めていく。しかし、ゲオルグはその場から動かずに全ての攻撃を受けていく。全くの無傷で済ませたゲオルグは、大剣をその場で大きく凪ぎ払う。
巻き起こった風と衝撃波が、ライラ達を襲う。クノと大福が咄嗟に結界を張ったが、近場にいたライラとフクロは吹き飛ばされてしまった。
「ライラちゃん!」
「そろそろ諦めな。今の俺には勝てねぇ」
「どうかしら?」
吹き飛ばされたライラが、立ち上がって笑う。
「どう考えても強化のレベルがおかしい。【化身】とかいうのを出す前は、魔法攻撃はきっちりと潰していた。つまり、魔法攻撃にはかなり弱いのよね?」
徐々に近づきながらライラが、自分の考えを淡々と告げる。
「全ステータスが上がったとして、いくらなんでも弱いステータスまで大幅に上がるものかしら? 多分だけど、魔法攻撃に関しては別の防御が発動してたハズ」
(こんな早くバレるのか!?)
ゲオルグは内心焦っていた。ゲオルグの【化身】は、強化に特化しているため、技は存在しない。その代わり、全ステータス強化に加え、攻撃力を大幅に底上げする強化と、ある条件下で魔法攻撃を無効化する能力がある。しかし、無効化には限度がある。そして、それが近づき始めている。
(一気に片をつけるしかねぇ!)
カラクリの一部が分かった今、とにかく攻めるしかないとゲオルグは考えた。【化身】の攻撃技は無いが、当たりさえすれば勝てるのだ。ならば、問題は無い。
ゲオルグは攻めに転じようとした。しかし、それは敵わない。
「このままじゃ負けそうだし………クノ! アレ使うわよ!」
「えっ!? でも、スノウちゃんが教えてくれた奥の手………」
「ピンチに使わないで何時使うのよ! フクロ!」
「ホー!」
ライラの呼び掛けにフクロが、ライラの首の後ろに止まる。
「面白いもの見せて上げる。『獣衣・黒翼』!」
ライラが叫ぶと同時に、部屋の壁が吹き飛んで、誰かが転がって来た。ゲオルグはそれを見て、眉をひそめる。
「辻斬り?」
「くそっ! 聞いてねぇぞ!」
ボロボロの辻斬りが睨み付ける先を見たゲオルグは、目を大きく見開く。
真っ赤な着物に身を包んだ、黒い髪に青い目をした女がいた。手には、薄紅色の刀身に、所々に光を吸い込むような真っ黒な桜の花びらの柄がついた刀を持っており、額からは真っ白な角が生えていた。
鬼。そうとしか言えない者がいた。しかし、そんなプレイヤーがいるとは聞いていなかった。
「なんだあい━━━っ!?」
何かに斬られた。しかし、気配も無ければ、音も無い。直感に任せて後ろを振り向くと、先程まで戦っていた少女の一人が、その姿を変えてそこにいた。
背中から黒い翼を生やし、足はまるで鳥のようになっていた。
「なんだその姿は!」
「………」
ゲオルグの言葉に答えずに、ライラは地を駆ける━━━いや、空を駆ける。
そして、PK達は“未知”と戦う事になったのだった。




