7.デレデレ
――50年程前のこと。
“闇の森”がある地域一帯を治める領主はビビりまくっていた。それはもうションベンをちびるのじゃないかというくらいの勢いで。彼の部屋には闇の獣達がわんさか沸いていて、しかも彼に対して明らかに敵意をむき出しにしていたから、そりゃ誰でもビビるでしょってな話だった訳だけど。
もちろん、闇の獣達を操るといったら、“闇の森の魔女”アンナ・アンリしかいない。領主の目の前で、彼女は冷たい表情を浮かべていた。
「どうしてだ? お前は、人の社会には関与しないと聞いていたぞ?」
心底怯えながらも威張った喋り方は相変わらずに領主はまるで抗議をするようにそう彼女に尋ねた。
冷笑を浮かべて、アンナはこう返す。
「ええ、わたしに悪影響が及ばないに限りにおいては関わるつもりはありません。でも、あなたは少しばかりやり過ぎました。領民達から税をむしり取ってやりたい放題。ちょっとばっかり自重するべきでしたね」
そう言いながら、彼女は闇の獣達を領主に近付かせていった。彼を取り囲む異形の闇の輪が、少しずつ狭くなっていく。
「助けてくれ。命だけは……」
顔面を蒼白にして、領主はそう言う。「フフ」と闇の森の魔女は笑った。
「ご安心を。そもそも、命まで奪おうとは思っていません。
――ただし、もう二度と、圧政を行おうなどと思わないくらい…… いえ、この領地から逃げ出したくなるくらいの目には遭ってもらいますけどね」
そう彼女が言い終えると、闇の獣達の群は領主を呑み込んでいった。禍々しい闇に埋もれ溺れながら、領主は悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁ! 誰か助けてくれぇぇ!」
その後、直ぐにこの領主は、この地から文字通りの意味で逃げ出してしまった。闇の森の魔女の名を耳にするだけで怯え、この時に何があったのかは決して語ろうとしなかったらしい。
「ありがとうございます」
全てが無事に済んでから、この事を闇の森の魔女にお願いをしたある若者は、彼女の屋敷を訪ね、そう彼女にお礼を言った。しかし、彼は何故かどことなく悲しそうにしていたのだった。
「ですが、本当に良いのですか? あなたのお蔭で皆は助かるのに、皆は相変わらずにあなたを誤解し嫌っています。本当の事を伝えれば……」
それを聞くと、アンナはゆっくりと微笑みこう返した。
「構いません。そもそも、それを望んだのはわたし自身ですよ? わたしはあまり目立ちなくはないのです。感謝されたいなどとも思っていません」
「でも… あなたのような優しい人が、皆からあんなに悪く言われて…… あなたは僕の事だって助けてくれたのに…」
やはり若者は悲しそうにしている。そんな彼をアンナはそっと抱きしめた。
「大丈夫です。わたしは慣れていますから。わたしは人の社会に深く関わってはいけない人間なんです。陰からあなた達を助けることはできても、明るい場所からあなた達を助けることはできない…… それはわたしにとっても、あなた達にとっても悪い結果を招いてしまうから」
彼女がそう言っても若者は相変わらずに悲しそうにしていた。そんな彼を安心させるように彼女はまた言う。
「大丈夫です。わたしはあなたのような人がわたしにそんな表情を向けてくれているだけで充分に仕合せですから……」
――で、現在。
「わたしが優しいって何の話ですか? あなたもわたしへの皆の噂を聞いているでしょう?」
そう言った“闇の森の魔女”アンナ・アンリは、明らかに動揺していた。その言葉もまるで言い訳をしているみたいに聞こえる。反対にオリバー・セルフリッジはとても落ち着いていて、穏やかな表情だった。
「はい。聞いています。デタラメだらけのあなたに関する噂なら」
「デタラメって…」
「いわく、闇の森の魔女は、森を奪って病気にとてもよく効く薬草を独り占めにしている。いわく、闇の森の魔女は闇の獣達を使って人々を不幸に陥れている。すべて、根も葉もない噂でしょう」
それを聞くと、アンナはしばらく迷ったような表情をした後で、それを振り切るように口をきつく結んでからこう言った。
「どういった根拠で、あなたがそれを言っているのかわたしには分かりかねます」
それに対し、寂しそうに微笑んでから、セルフリッジはほんの少しだけ首を傾けると、「普通、自分への悪口を否定されれば、素直にそれを認めるものだと思いますよ」と言ってから説明をし始めた。
「まず、おかしいと僕が思ったのは、二百年以上前のこの辺りの記録を見た時でした。世間一般では、あなたがここに“闇の森”を創ったのは、水が重要だからという事になっています。ここでは日照りが続いても、山頂付近に積もった雪が天然のダムのような役割を果たし、雪解け水によって干ばつを防いでくれる。だからあなたはこの場所を占拠したのだと。
ところが、二百年以上前の記録を調べてみるとどうもこれが違っていて、この辺りでもしっかりと干ばつの被害が発生しているのですね。干ばつの被害がなくなったのは、あなたがここに闇の森を創ってからなんです。実に奇妙としか言いようがありません」
そこでセルフリッジは、一度切ると少しだけアンナの様子を確認してからまた続けた。
「ところで、この地方に伝わる雪のお化けの伝承を知っていますか? 冬の雪山を超えようとした命知らずの男が、山頂付近で雪のお化けたちに出遭うというものです。そのお化けたちはたくさんいて、どれも真っ黒い姿をした巨体を持ち、それらがせっせと雪を積み上げては固め溶けにくくしている。この地方で、雪解け水が長い間流れ続けるのは、そのお化けたちのお蔭という、まぁ、おとぎ話の類で、大人で本気にしている人はあまりいませんが、他の地方に類話はなく、非常に珍しいと言わざるを得ません。
そして僕にはですね。この雪のお化けたちが、あなたの闇の獣達ととてもよく似ているように思えてならないのですよ」
アンナはそれにこう返した。
「論理の飛躍が激しいです。単に黒い巨体という共通項があるだけじゃないですか。それに仮にそれをわたしがやっているのだとしても、自分の森の為に偶然、干ばつを防いでいるだけかもしれませんよ?」
そう語る彼女には、やっぱりなにか誤魔化しているような雰囲気があった。ちょっと照れいる気もするし。
「そうですか? でも、この地方に伝わる奇妙な話はまだ他にもあるんですよ。こっちは実体験者が多いので、雪のお化けのおとぎ話よりも信じている人が多いのですが、森の精霊が山や森で迷った人を助けて、人里まで連れて来てくれるというものです。
誰か遭難者が出た時に、村の中などにある祠にそれを伝えると、不思議なことに森の精霊がその遭難者を救出してくれるという。しかもその精霊は稀にその姿を見せるそうです。子供などが飢えていると、優しそうな女性の姿で現れて、食べ物や水を与えてくれるといった事が何度かあったのだとか……」
「その森の精霊がわたしだとでも? それこそ何の根拠もありません」
その言葉に少しだけセルフリッジは、悲しそうに笑った。
「でも、僕は少し調べてみたのですが、助けられた人の少なくとも数人は、それからあなたと親交を結んでいますよね? あなたは人間嫌いで有名ですが、稀には例外もあるようで……。その人達は、遭難者を救ってくれる森の精霊の正体に気が付いたのではないですか?」
抗議をするようにアンナは言う。
「ですから、論理の飛躍が激し過ぎます。憶測でものを語らないでください」
やっぱりわずかに照れているみたい。それを無視して、彼は続けた。
「この地方は、疫病の被害が少ない点も奇妙です。理由がまったく分からない。しかし、これにもあなたが関与していると考えると確りと説明がついてしまうのですよ。あなたはよく効く薬を売ってお金を稼いでいます。その知識を用いて、闇の獣達の小さなものを使えば、気付かれないように疫病の予防だってできるでしょう?」
それには彼女は何も応えなかった。彼はため息をつき、呆れながらも、どこか愛おしげに彼女を見つめると続けた。
「そして、どう考えてもおかしいのは、魔王の魔物達から、あなたがここの地方の人達を守り続けていたという事実です」
「それは、魔王にわたしのテリトリーを侵されることが嫌だっただけです。人間を守ろうとした訳ではありません」
「……という事に、世間ではなっていますね。ところが、だとするとやっぱり少しばかりおかしいのです。テリトリーの範囲が大き過ぎるのですよ。あなたは確かに地域の住民達と取引をしていますが、それを確保する為に必要な範囲を遥かに超えて、あなたは魔物達から人々を守っていました。
それに、もしもあなたの支配欲がそれほど強いのであれば、あなた程の力があれば簡単にこの辺り一帯を支配できるでしょう? この辺りに攻めて来ていた魔物の数は、それほどでもなかったはずですが、それでも国軍ですらどうしようもなかった魔物達にあなたは勝っていたんだ。こんな田舎を支配するくらい容易にできるはずです。
ところが、あなたはそんな事にはまるで無関心のように思える。なら、そんなに広いテリトリーを守りたがるとも思えない。そもそもあなたのテリトリーを超えている訳ですし。だから僕はこう考えたのです。闇の森の魔女は本当はできる限り広い範囲の人達を助けたかったのではないのか?」
そこで一度セルフリッジは話を区切った。アンナは何も応えない。詰問のようで、そこに“責める”という要素はなかった。彼はただただとても悲しんでいて、そこには彼女を助けたいという純粋な思いがあった。そして。“この男は、自分の為に悲しんでくれている”その事実に、アンナは大きく感動していたりするのだった。
また、彼が口を開く。
「闇の獣達が、魔物達を捕えて食べるというその禍々しい光景も、あなたが嫌われた一因になっていると思いますが、それだって仕方のないことだったはずです。魔物達と戦うのにはエネルギーは必要でしょう。そして、魔物達はエネルギー源として最適です…… 守ってくれている事を理解もせず、そんな理由であなたを嫌うだなんて愚かとしか言いようがありません。
あなたはずっと独りで魔物達から人々を守っていた。しかも、魔物達がいつ現れるのかは分からない。昼も夜も気を引き締めていなくてはならなかったはずです。闇の獣達は、あなたがコントロールしなくては、人間達も襲ってしまうのでしょう? これでは片時も休めない。かなり辛かったはずです。
なのに、人々はあなたに感謝もせず、それどころか忌み嫌ってすらいた。知らなかった事とはいえあんまりです。魔物達の件だけではありません。干ばつを防ぎ、疫病から守り、この地方の人達はあなたに感謝してもしきれないくらいの恩があるのに……
そしてそんな中でもあなたは人々を守り通した。僕はあなたのような素晴らしい人に会った事がありません……」
そこまでを聞いて、“闇の森の魔女”アンナ・アンリは泣き出しそうになっていた。瞳に涙を溜めている。
彼女は思う。
“うう…… まずいわ。これだけわたしをちゃんと理解している人から、これ以上、優しい言葉をかけられたら、わたし、自分の感情を抑えられない”
彼女のイメージの中では、本当の自分の感情をせき止めているペルソナの堤防が決壊しかかっている光景が展開されていた。その向こう側では、たっぷりとした重量の苦しみや孤独といった感情が渦巻いている。
“決壊するぞ~”
小さなアンナ・アンリたちが、その下で大騒ぎをしている。
……多分、とんでもない事になる。
だけども、オリバー・セルフリッジは、容赦なく、そんな彼女に優しい言葉をかけたのだった。
「魔王討伐に参加しなかったのだって、だからでしょう? もしも、あなたが魔王討伐に行ってしまったのなら、この地方の人々は魔物の犠牲になってしまう。だからあなたは行く事ができなかったんだ。それなのにそれすら責められるなんて、酷過ぎます……」
――で、
それで、彼女のペルソナの堤防は呆気なく決壊し、その本当の感情は、いとも容易く溢れ出してしまったのだ。
再び、王城“ホンマデッカ”。その書庫のような場所。
「どんな謎が解けたって?」
そうスネイルはキャサリンに尋ねた。“闇の森の魔女”アンナ・アンリに心を感じ取れる能力があるという説明を受けたキャサリンの「なるほど。それで謎が解けたわよ」という発言に対する質問だ。
ちょっとスネイルは、こいつ何言ってるんだ?ってな顔をしている。
「ワタシが精一杯の愛想笑いをしていたのに、あの魔女はワタシを嫌っていたみたいだったのよ。その理由がどうしても分からなかったの。あの女、ワタシの心を感じ取っていたのね。思った事が直ぐに顔に出るティナよりも嫌な顔をしていたもの」
「……つまり、お前は邪な気持ちを抱いていたって事だな」
「まぁね!」
それから一呼吸の間の後で、スネイルは淡々とこう言った。
「しかしだ。その心が感じ取れる闇の森の魔女が、うちの勇者に対しては随分と甘かったよな?」
「ええ、そうね。だからティナがあれだけ警戒心を剥き出しにしていたのだし。もっともあれは、近所の世話の焼ける子の相手をしているって感じだったけど」
「どうして闇の森の魔女は、キークに対しては、甘かったのだと思う?」
「そりゃ、キークに性格の裏表がある訳はないし、そもそもあいつだけはあの魔女を何故か嫌ってなかったし」
スネイルはその言葉に数度頷く。
「だな。でもって、それはつまりは、あの魔女は“邪で自分に敵意を向けて来る相手”にはとことん強いが“善良で自分に好意を向けて来る相手”には意外に弱いって事になるじゃないのか?」
少し考えるとキャサリンはこう返す。
「うん。そうかもね。でも、それがどうかしたの?」
それを聞くと、スネイルは“闇の森の魔女について”という例の極秘資料を示しながら言った。
「それがな、この資料によると、あの魔女はそういった善良で仲の良い人間から頼まれて、過去に何度か悪徳領主とか悪徳役人とか悪徳商人とかを脅したり追い出したりしているみたいなんだよ。表には出て来ていないが、どうも事実らしい。多分、この資料には出てこないだけで、他にも色々と助けているんじゃないか?」
「ああ、なるほどね。だから、その資料は極秘資料なんだ。そんな事がもし知れ渡ったら、あの魔女にそういうお願いをする人達がもっとわんさか増えるものね。権力者側にとってみれば都合の悪い事実だわ」
「その通り。でもって、この資料を信じるのならまだそれだけじゃない」
「へぇ。どんな事があるの?」
スネイルはそれを聞くと、皮肉っぽいような変な笑いを浮かべてから説明をし始めた。
「あの魔女は、200年以上生きているって言っても正確には転生だろう? だからお婆ちゃんじゃない。肉体的な年齢は、ちゃんと見た目通り。つまり、今の彼女は、うら若き乙女ってことになる」
「うん」
「そして、どうもその肉体年齢に精神が引きずられるようでもあるらしいんだよ。だからあの魔女は、ちゃんと年相応に恋をするってワケだ」
少し考えるとキャサリンは言った。
「今までの話を総合すると、善良で自分に対して好意を向けて来る人に?」
「らしい。で、飽くまでこの資料によればだが、好みは年上で包容力があるタイプ、本来は依存的な性格をしているらしく、そういった相手を見つけるとそれはもうデレデレに甘えまくるらしい。うちの勇者はそんなタイプじゃなかったから、そうはならなかったってだけかもしれない」
それを聞くと、キャサリンは物凄く嫌そうな顔をした。
「デレデレに? あの女が? まったく想像できないのだけど…… と言うか、想像すると気持ち悪いわ」
それから指を組み合わせて顔の前に置くと、スネイルは言った。
「でもって、今回、あの闇の森の魔女に会いに行ったオリバー・セルフリッジって男だよ。あいつはどうも闇の森の魔女に対して好意を持っているっぽかった。多分だけど、善良でもあるだろう。しかも、年上で落ち着いた雰囲気がある……」
それに淡とキャサリンは返す。
「つまり、“もしかしたら”って事?」
スネイルはうんと頷く。
「つまり、“もしかしたら”って事だよ」
闇の森の魔女の屋敷。
相変わらず、闇の壁は消えていない。部屋の中を遮断している。だから向こう側で何かが起こっているのか、セルフリッジ達の反対側にいるティナにはまったく分からなかった。
ティナはその闇の壁の前に立ち、腕組みをしている。もう充分過ぎるほど待った。これをつくった闇の森の魔女がどんなつもりなのか分からないし、この壁に何の意味があるのかも分からないけれど、もうこれ以上は放置できない。
「もし、あの女が敵意を持っていたら、かなり厄介だわ。はっきり言って、この“闇の森”の中じゃ、勝てる気がしない」
ティナは拳を握りしめる。
「でも、取り敢えず…… アンチ・マジック」
抗魔力の拳をつくる。それから、彼女はそれを鋭くとがらせた。「貫手」とそう呟くと、ふぅと息を吐き出し、「闇の壁掘りぃ!」とそう叫んでそれを闇の壁に向かって激しく打ちつけ始めた。刺していると表現するべきかもしれない。それからまるでシャベルのようにして、彼女は闇の壁を掻き分けた。それだけでかなりの量の“闇”が削り取られた。
もしも、まだオリバー・セルフリッジが無事だったなら、隙を見て救出し、それから一緒に逃げるしかない。
彼女はそう思いながら、闇の壁を掘り始めた。祈るような気持ちで掘り進む。瞬く間に闇の壁に穴が開いていく。壁を突き抜けた瞬間を狙われるかもしれないから、直ぐに対応できるように心の準備が必要だ。
やがて彼女の手に手応えがあった。闇の壁を突き抜けたのだ。一気に力を込めて、最後のそれを崩す。どうやら罠は張られていないようだ。ティナは叫ぶ。
「セルフリッジさん! 無事!?」
壁の向こう側に躍り出る。そして、躍り出た瞬間に彼女はズッコケたのだった。
「は?」
と、こけたまま変な顔で固まる。
「本当はずっと辛かったんですよぉ」
“闇の森の魔女”アンナ・アンリは、何故かオリバー・セルフリッジに抱き付いていた。ソファの上で。それはもうべったりと。甘えているようにしか見えない。
「魔物達と戦っている間、どれだけ辛かったか……… なのに、皆、わたしの悪口ばかり言うんです」
アンナ・アンリは、そんな感じで甘えた声を出している。セルフリッジは、戸惑ってはいたようだったが、それを受け入れているようだった。
「そうですね。酷いと思います」
なんて返している。
ティナは起き上がりながら、その信じられない光景を目を大きくしながら見つめていた。
「ちょっと、あんた、一体なにをやっているの?」
そう問いかける。
“……というか、誰?”と、思いながら。
アンナはそう言ったティナを興味なさそうに一瞥すると「あら、ティナさん。どうしたのです? 人の家の中で暴れないでくださいな」とそんな返しをした。
「いや、だから、何をやっているの?」
呆れつつティナはそう応える。
“この女、目が完全にハートになっているわ。もし仮にハートマークが可視化されたなら、軽く100個は身体から放っている。煙幕代わりになるレベルよ”
そんな風なよく分からないことを思いつつ。アンナは澄ました顔で答える。
「見ての通り、この人に甘えているんですよ」
それから、アンナはより一層にべったりとセルフリッジにくっついた。物凄く変な顔になるとティナはセルフリッジにこう尋ねる。
「あの、セルフリッジさん。一体、この女に何をやったんですか?」
頭を掻きながら、彼はこう返す。
「はぁ、普通に正直に闇の森の魔女さんを僕がどう思っているかを話しただけなんですが」
それにアンナはこんな反応をした。
「“闇の森の魔女”はやめてください。ちゃんとアンナと呼んでください」
「はい。アンナさん」
それを聞いて「うふ」と笑うと、彼女はこう続けた。
「その正直な言葉が、わたしにはとてもとても嬉しかったんです。ただ、それだけですよ」
それからセルフリッジを強く抱きしめて、顔を埋めるようにする。ティナはそれを見て、“えっと、これ、どうすればいいの?”と、そんな光景を目の前にしてとても困っていた。彼女があまり経験した事のないパターンだから。いや、誰でも滅多に経験しないだろうけど。