4.魔物討伐 その1
クロナワ地方へと続く森の道。
そこをゴウと勇者キークが一緒に歩いている。その二人の後には、十数人の兵士も従っていて、兵士達は一様に不安そうな表情を浮かべていた。それもそのはず、これから彼らは強力な魔物を討伐しなければいけないのだ。しかも頼りになりそうなのはゴウだけで、勇者キークの方はどう見ても高い戦闘能力があるようには思えなかった。
なんか、明らかに違和感のある髭もつけているし。
防衛大臣のゴウだけではなく、王である勇者キークまでもが魔物討伐に参加しているのには、ちょっとばかり理由があった(いや、それを言ったら、防衛大臣自らが魔物討伐に出張るのもかなり変なのだけど)。
ティナがオリバー・セルフリッジを“闇の森の魔女”アンナ・アンリを説得する為に闇の森まで案内するとほぼ決まりかけていたあの時、
「――でも、僕もアンナ・アンリの所に行きたいのだけど。ほら、最近、運動不足だからさ。あそこの“闇の獣”達を相手にちょっとばかり暴れてみたいんだ」
なんて事をキークが言ったのだった。当然のように“蒸し返すなこの野郎!”な雰囲気が流れ、
「暴れたいんなら、ゴウに付き合って、あんたも魔物討伐に行きなさいな」
それにティナがそう返したのだった。
「王様が自ら魔物討伐するのは良いの?」
「良いのよ。問題は、いかがわしい魔女に一国の王が会いに行くって事なんだから。魔物討伐で武勲を立ててらっしゃい」
スネイルがそれに同意する。
「まぁ、確かに、今のままじゃ、いずれ家臣達に呆れられそうだよな、勇者は。ここらでなんか働いておかないと」
「そーお?」とそれに勇者。
「そうだよ」
「髭もつけたのに?」
「そんな髭が何になる?」
「ふむ」とそれを受けると勇者は腕組みをする。どういう思考過程が彼の中で流れたのかは分からないけれど、それに納得をしたみたいだった。そうして勇者キークは、なんだか魔物討伐に参加する事になった…… のだけど。
道中。
「今回は、どんな風でいく?」と勇者キークがゴウに尋ねた。
「そうだな。俺は料理が好きだから、料理風で」
「ああ、いいかもね。じゃ、それで」
そんな謎な会話を勇者キークとゴウの二人がしている。会話の意味は分からないが、物凄く緊張感がない事だけは伝わってくる。大丈夫なのか、この人達? 兵士達が不安になるのも無理はない感じ。
この兵士達はほとんどが避難民達の中から選抜されていた。国民の中には避難民達に対して反感を抱く者も少なくない訳で、ここらで世の中の為に役に立ってもらって、それを緩和しようというスネイルからの提案があってそうしたらしい。まぁ、本当は、キークとゴウの二人だけで充分で、それどころか兵士達がいた方が却って足手まといにすらなりそうなのだけど。
そんな事情だから、当然の事ながら、兵士達のほとんどは、自らの身を守ることばかり考えていた。
「なぁ、もし分かれるのなら、ゴウ隊長と勇者様、どっちに付いて行く?」
「そりゃ、ゴウ隊長だろう。なんか、よく分からないふざけた髭もつけているし、勇者様」
「何なんだろうな? あれ?」
因みに、ティナ達はなんとなく慣れてしまって感覚が麻痺し、勇者の髭を止めさせ忘れていたみたい。
やがて一団が、大きな曲がり角に差しかかった辺りで、真面目そうな兵の一人が立ち止まるとこう口を開く。
「妙ですね。魔物達の通った跡が残っています。報告では、こんな所を通ったりはしないはずなのですが」
見ると、まるで何か岩が転がったような痕跡が川の方に向かって伸びていた。
「これが魔物達の通った跡?」
勇者がそう尋ねる。
「はい。この森に棲みついている魔物達は、岩石のような姿をしているのです。大ボスは一体だけですが、どうも増えているようで、他に小さいサイズのものがかなりの数いるようなのですよ。
と言うか、さっきも同じ話をしたはずですが?」
それにやや呆れた表情で兵士はそう応えた。勇者は大きく頷く。
「うん、もちろん、覚えているとも。食用は無理かな?ってさっきゴウとも話していたところだし」
“ああ、料理とか言っていたやつ”と、それを聞いて兵士達は思う。
「確か大ボスは、火山に顔ができたような姿をしていて、“火山顔”とかってそのまんまの変な名前が付けられているのだろう? そんなの魔王の城の方でも観なかったよ。いやぁ、世の中って広いねぇ」
真面目そうな兵士は、真面目なだけあって勇者のそんなノリにいまいちついていけていないようだった。やり辛そうにしながら、こんな質問をする。
「それで勇者様、どうしましょうか? 本来のボスがいると言われている目的地はもっと先ですが、この魔物達の跡を追ってみるというのも手だと思います。恐らく、この跡はその小物達のものでしょう」
それを受けて「うーん」と考えると勇者はこう答えた。
「じゃ、二手に分かれちゃおうか? 大ボス狙いと小物達狙いに。都合良く、こっちは二人いる訳だし」
そう言ってから、彼はゴウを見る。それで察したらしくゴウは拳を振って、ジャンケンの合図をした。どうも、行先をそれで決めるつもりのよう。
「ホイ」
と言って出す。勇者キークはチョキで、ゴウはパーだった。
「二ヒヒ。僕の勝ち。
じゃ、僕が大ボスの相手って事で。悪いね。ゴウ」
それを聞いて、呆れているというよりは戸惑いつつ驚いているような表情で、真面目そうな兵士は尋ねた。
「ちょっと待ってください。まさか、今ので決めてしまったのですか?」
「そうだよ」
と勇者は親指を上げた“グウ!”のポーズで指を握りしめて前に突き出す。意味不明。
「いえ、普通はもっと確りと計画を練るものなのじゃありませんか? 即席ですから、綿密には無理だとは思いますが……」
それに勇者は大きく首を傾げる。
「だから、二手に分かれた方が効率が良くなるじゃない。ちゃんと計画練ってるよ」
その言葉に真面目な兵士は慌てた。
「ここの大ボスの火山顔は、大きな家程もある巨大な怪物なのですよ? 戦力を分散させるのは得策ではありません!」
勇者はなんでか笑う。
「プププ……」
真面目な兵士は不思議そうな顔。勇者は言った。
「やっぱり、火山顔って変な名前だよね。真剣に言えば言うほど、笑えてくるっていうかさ」
それを聞いて、真面目くん(長いので、ちょっと略してやった)は愕然となっていた。
“……なんだ、この気楽なノリ? 大丈夫なのか?”
なんだか、真面目くんが少し可哀想になって来たけど、とにかく、そうしてそんな彼が愕然となっている間で、勇者はこんな事を提案をするのだった。
「じゃ、班分けしようか? こっちの勇者大ボス討伐組に入りたい人、手を上げてくださーい!」
兵士達は顔を見合わせる。誰も手を上げない。軽く首を傾げると、勇者は次にゴウを指差しながらこう言った。
「じゃ、そっちのゴウ小物討伐組に入りたいひとー!」
すると、今度は一斉に手を上げたのだった。間違いなく、勇者は頼りないと思われている。無理もないけど。
「おう。ゴウは大人気だなぁ」
と、それを見て勇者は言った。ゴウは「ふふん」と笑いながらこう返す。
「悪いな、勇者さん。これも貫禄の差だ」
あながち外れてもいない。と言っても、勇者キークがちょっとアレ過ぎるだけなのだけれども。それを聞くと兵士の一人が言った。
「いえ、小物はたくさんいるので、数が多い方が良いと思いまして」
それを聞き“ナイス・フォロー!”と、兵士達一同は心の中で叫んだ。
「なるほど。一理あるかもね。僕の方はたった一体だし。まぁ、じゃ、そっちは皆に任せて僕は大ボス退治に向かいますか」
「うむ」とそれにゴウは応え「こっちは小物狩りだ」と、平然とした様子で魔物達の跡を追って歩き始めた。ゾロゾロと兵士達がそれについて行く。
だけど、真面目くんただ一人だけは、罪悪感が傷んだのか、その場で立ち止まって勇者に声をかけたのだった。
「……あの、勇者様?」
「はい。なんでしょう?」
「繰り返しますが、そっちの大ボスは大きな家程もある怪物ですよ?」
「そう聞いてるねぇ。もし食用にできたらいいのにねェ」
「しかも、そっちにも小物達がいないとは限りません。最悪、大ボスと小物達を勇者様一人で相手にしなければいけないのですよ?」
「そうなったら、そうなっただよ。やっつければ良いだけだし」
その言葉に口を一の字に結ぶと、少し悩んでから、真面目くんはこう言った。
「分かりました。飽くまで行くと仰られるのなら、僕もそっちにお供します! 王一人にそんな危険な目に遭わせられません!」
「来るの?」
「はい」
それを聞いて、勇者キークは不思議そうに彼を見てから少しの間をつくると、嬉しそうにこう言った。
「良かった。実は少し寂しいかと思っていたんだ。ツッコミがいないと、ボケが活きないからねー」
“何言ってるんだろう、この人?”
とは思いつつも、真面目くんは勇者の進む方向に向かって一緒に歩き始めたのだった。
勇者と真面目くんが森の中に分け入ってしばらく進むと、薙ぎ倒された木々や、丸太で押したような足跡がいくつもあった。隠す気もないし隠す必要もない。強いから。早い話がこれは大ボスの痕跡って訳だ。
「こりゃ分かり易いや」
と、勇者キークはその明らかな目印を辿ってずんずんと進んでいく。真面目くんはその後ろを「もう少し慎重に行きましょうよ、勇者様~」と怯えた様子で付いて行く。そのうちに開けた土地が目に入った。大ボスはかなりでかいらしいから、休憩するのはこんな場所かもしれないと、一歩そこに足を踏み入れて、勇者はニカッと笑い、真面目くんはザッと青ざめた。
もちろん、大ボス“火山顔”がいたからだ。横顔が見えている。噂通りに大きな家程のサイズがある。もっとも怯えていた真面目くんは、それ以上の大きさに感じていたのだけど。大ボスの火山顔は、その名称の由来となったのだろう火山を彷彿とさせる特徴的な頭の形で必要以上にその存在感を主張していた。
「ど・ど・どうしましょう? 勇者様。幸い、周囲に小物達はいないようですから、アレだけですが……」
真面目くんが震えながらそう言う。ところがそんな彼の心持ちを知ってか知らずか、勇者は首を傾げると
「“どうしましょう?”って、だから倒すのでしょう?」
と、そう応え、そのまま何の躊躇もなく、その開けた土地に進んで行ってしまったのだった。火山顔に見つかっても不思議ではない。と言うか、実際に火山顔は勇者をジロリと見たのだけど。
そして、それから、大きな音をたてながら、火山顔はとても緩慢な動作で勇者の方に身体を回転させたのだった。絶対にもうばれている。
火山の形の顔に、手足がそのまま生えているような形状。一つの大きな目、大きな顎には鋭い歯がびっしりと生えている。
火山顔は勇者を凝視すると、にったりと笑った。それを見て勇者は言う。
「なるほど。これは“火山顔”って名付けるしかないような姿だねぇ。こいつの小学生の頃のあだ名も“火山顔”だよ、絶対!」
そう勇者が言い終えると、火山顔は「グアアアッ」と吠えた。
勇者は首を傾げる。
「あれ? もしかして、気にしてた? ごめん。ごめん」
それに真面目くんが「違うと思います」とツッコむ。
「単に威嚇しているだけですよぉ!」
で、ちょっと泣きそうだった。
それから勇者は「じゃ、行きますか」とそう言うと剣を構えた。それを見て、真面目くんはごくりと唾を飲み込む。
“この体格差です。真正面から挑むんじゃ勝ち目がない。勇者様、どうするんですか?”
そう思った。ところがどっこい、それから勇者は剣を振りかざして、真正面から突っ込んでしまったのだった。
「んな、アホなー!」
なんて、真面目くんは叫ぶ。
「くらえ! 勇者斬り!」
それから勇者は火山顔に向けて水平に剣を振った。
因みに、“勇者斬り”とは「勇者斬り」と叫びながら斬る、単なる普通の斬撃である!
……ただし、それでも勇者が放つだけあって中々に鋭かったけど。ところが火山顔は、(どこに隠していたのか)大きな岩を盾代わりにして、それを防いでしまったのだった。
ガキィィィンと音が響く。
「なにぃ! 道具を使う知性があったのかぁ!」と勇者。
「あんたが言うなー!」と真面目くん。
それから少しだけ退くと、勇者は「しかし、知性ならば人間の方が上!」とそう言って今度はこう叫んだ。
「くらえ! 勇者連続斬り!」
そして、剣を何度も振るって、岩に当て始めた。
「なんの知性の欠片もない攻撃キター!」
と、真面目くんは頭を抱える。
しかし、そう頭を抱えながら戦闘を見守る真面目くんは、そこで信じられない光景を目にする事になるのだった。
「……え? 火山顔が押されている?」
そう。ちゃんちゃらおかしくって話になんないよってくらいの体格差があるはずなのに、勇者の方が押し勝っているのだ。しかも盾代わりにしている岩はボロボロとあっという間に崩れていく。「そんな馬鹿な……」と呟いてから真面目くんは気付いた。
“ああ、そうか…… 斬撃に、魔力を込めているのか”
よっく見ると、勇者の剣にはぼんやりとオーラのようなものが漂っていたのだ。勇者は斬撃を繰り返しながらこんな事を言う。
「おお! この岩のザクザクとした気持ちの良い感触はどうだ?! もし、仮に口に含んだのなら、恐らくは、飲み物が欲しくなるだろう!」
料理風コメント。
“何言ってるんだろう?”と真面目くん。そしてそんな事を思っている間に、岩はほとんど崩壊していた。後少しで、火山顔にまで剣戟が届きそうだ。
咄嗟に真面目くんは叫んだ。
「勇者様! チャンスです! 重量級を相手にする場合は、足を狙ってまずは機動力を奪うのが定石! 足を狙ってください!」
それに勇者は「ええ、そう?」と返す。
「そうです!」と真面目くん。
それに「したらば」と応えると、勇者は岩を完全に砕いたタイミングで、綺麗な流れで火山顔の足を攻撃した。スパッと切ってしまう。それで火山顔は体勢を崩したのだけど、何故だかニタリと笑うのだった。そして、次の瞬間には周囲の土を集めて簡単に足を再生してしまう。
勇者は言う。
「ほーらー。こいつの足、魔法で作ったニセモンだよ。切ってもあんまり意味ない。多分、本来こいつに足はないんじゃないかな?」
それに真面目くんは、ツッコミ込みでこう返す。
「間違ったアドバイスをしたのは謝りますけども、分かっていたんならやらないでくださいよぉ!」
それから真面目くんらしく真面目な顔になると彼はこう続けた。
「しかし、だとするとどうします? そいつの身体は堅い皮膚で覆われています。弱点はないのじゃ……」
しかし、言いながら彼は気が付いたらしかった。
「ああ、そうか! 分かりました! そいつの弱点はその大きな目ですよ! プニプニの柔らかい目なら、攻撃が刺さります! 勇者様、やってください!」
それを聞くと勇者は「ふん。なるほど……。確かにあの皮膚は堅そうだねぇ」とそう言って剣を構えた。
「そうです。だから目を狙ってください、勇者様!」
と、真面目くん。そんな彼を横目で見て、勇者は地面を蹴った。斬撃を振るう。しかし、その瞬間だった。火山顔が、何故か再びニタリと笑うのだった。真面目くんに不吉な予感が走る。見ると、勇者から死角になった位置で、火山顔は岩を握りしめていた。しかも、目の周囲の光の屈折に違和感が。
“まさか。魔法シールド? 罠だ! 斬撃をシールドで受け止めて、あの岩で勇者様を殴る気だ!”
彼は叫ぶ。
「勇者様! 逃げてくださーい! 罠です」
しかし、時は既に遅かった。勇者は火山顔に向けて剣戟を放っていた。
“まずい!”と真面目くん。
が、その次の瞬間だった。
ガァンという凄い音が。そして、飛び散る岩の破片。真面目くんは目を瞑る。彼は勇者は弾き飛ばされてしまったとそう思っていた。ところが、ゆっくりと目を開けてみると、何故か勇者はそこに平気な様子で立っているのだった。反対に火山顔が倒れている。
「どうして……?」と呟くように言った真面目くんに勇者はこう返す。
「確かに堅そうな皮膚だけど、僕に貫けないとは言っていないよ?」
楽しそうに笑う。
つまり、勇者キークは目ではなく、火山顔の堅そうな皮膚の部分を攻撃したのだ。火山顔の横面の一部は破壊され、柔らかそうな中身が見えている。
それから火山顔はむっくりと起き上がる。まだ死んでいない。だけど、その表情は明らかに驚愕していて、かつ勇者に怯えているようでもあった。
「さって、止めいきますか」
勇者がそう言って剣を構えると、火山顔は手の平を向けて前に付き出した。勇者は首を傾げる。
「なにそれ? “ちょっと待て”ってこと?」
火山顔はそれに何度も頷いた。
真面目くんは、まさか勇者がそんな要望を受け入れるとは思っていなかった。いくらなんでも容赦なく止めを刺すと。ところがどっこい、勇者はそれからこう答えたのだった。
「分かった! 待とう!」
“えー?!”と、真面目くんは心の中でそう叫ぶ。
しかし、それから彼はこう思い直す。勇者は戦闘になった途端に凄く頼りになっている。これも何かの作戦じゃないか?
まぁ、半分は願望だったのかもしれないけれど。