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23.説得という名の戦闘 その2

 「ふざけた魔法を使いやがって。もう、分かった。他の魔物達は何もしなくて良い。この私自らが、勇者共の相手をしてやろう!」

 

 という魔王のその言葉を受けて、魔王に近付きつつあった勇者パーティの面々は周囲を見渡した。

 キークとティナが一番魔王に近くて、ゴウとスネイルとキャサリンはやや遠い位置にいるけども、いずれの場所からもまだ戦闘ができそうな魔物の姿は確認できなかった。だから“言われなくてもそーなるよ”ってな表情を全員が浮かべた訳だけれど、“ここはツッコまずに、一応返しておくかな”ってな感じでスネイルが口を開いた。

 「随分と強気だな? 前回は、オレ達五人を前にして取引を持ちかけて来たのに。たった一人でどうする気だ?」

 もしかしたら、怒りで我を忘れているだけかもしれない。冷静になったら、態度を変えるかもと言ってみた感じ。

 すると魔王は「フンッ!」と言ってからこう続けるのだった。

 「馬鹿め! この私がただ黙ってお前らの戦闘を見物していたとでも思っているのか? ちゃんと魔力を練って準備をしていたわ!」

 「何?」

 それから魔王は両手を広げると、こう叫んだ。

 「くらえ! 爆・魔・大・結・界!」

 すると魔王を中心に、破れたような黒の輪が生じる。それは大きく大きく広がっていき、勇者達のいる一体をすっかり囲んでしまった。が、ただそれだけで、変わった事は何も起こらない。ゴウがそれに首を傾げる。

 「これが一体、なんだというのだ?」

 一歩、前に出ようとする。それにスネイルが怒鳴った。

 「馬鹿! 下手に動くな!」

 次の瞬間、ドフンッ!という爆発音と共に爆発が起こった。ゴウはそれをまともにくらってその場に倒れる。ただし直ぐに「気功回復術!」とか言って、自分だけにしか効果のない回復魔法を使って復活したけれども。「ああ、びっくりした」なんて言っている。

 それを見て「やっぱりか……」とスネイルが言う。魔王が直ぐに口を開いた。

 「見た通りだ。この結界内には、数多の爆弾が設置されている! 下手に動けば、そのように爆発する仕掛けだ!」

 スネイルは頷く。

 「なるほど。確かに少々、厄介な魔法だな」

 と、そう言うと「賢者の慧眼……」とそう呟いた。

 「どう?」とそれにキャサリン。

 スネイルは首を横に振る。

 「駄目だ。オレの目でも爆弾は見えない」

 それを聞くと、キャサリンは「黒炎」と呟いた。頭上に黒々とした炎を発生させる。そして「ファイヤー!」と叫ぶと、それを魔王に向けて放った。ところが、それは魔王に届く前に弾かれてしまう。

 肩を竦めるキャサリン。

 「当然、防御結界も張っているみたい」

 続けて、ゴウが近くにあった岩を持ち上げて魔王に向けて投げたが、やはり同じ様に弾かれてしまった。

 「物理も駄目か」

 と、そう言う。

 「ハハハ! 無駄だ無駄だ!」

 それを見て、魔王は楽しそうに笑う。

 それからスネイルは、手をかざして、直ぐ目の前を念入りに探知し始めた。微弱な魔力をぶつけて、その反応で爆弾のありかを探るという試み。しばらくそれを続けると、「あった」とそう呟いた。どうやら結界内の魔法爆弾を発見できたようだ。それから彼は、そこを避けて少しだけ前に進んだ。

 「魔力を放って探知すれば爆弾を見つけられるぞ。ゆっくりとなら前に進める」

 それから皆に向けて、そう言う。

 「つまり、時間さえかければ、魔王に近付けるって事ね」

 ティナはそう言うと、早速スネイルがやっていたように自分も探知し始めた。爆弾を見つけては、それを避けて少し前に進む。どうやら成功しているよう。しかし、それでも魔王は余裕の態度を崩さなかった。しかも、何もしてこない。

 スネイルは首を傾げる。

 この爆魔大結界とやらは、時間稼ぎにしかならない。なら、この間で逃げるなりなんなりしなくてはならないはずだけど、何にもしてこない。おかしい。

 「ちょっと、なんで何にもしてこないのよ?」

 キャサリンもスネイルと同じ疑問を抱いていていたらしくそう言う。炎を手の平に発生させつつ、こう続けた。

 「魔法攻撃でもして来たら、そのカウンターで魔法攻撃をぶち込んでやろうと思っていたのに」

 それにスネイルはこう返す。

 「何にもしないでガードに集中すれば、確かに防御は強くなるが、それだけじゃどうにもならないよな…… 一体、魔王は何を狙っているんだ?」

 彼は腕を組む。それから考え込み始めた。

 “もし、この手段が有効なら、前回、自分達が魔王城に攻め込んだ時も同じ事をやっていたはずだ。つまり、前回はなくて、今回だけにあるものがキーになる……”

 そこまでを考えて彼は気が付いた。

 “そうか! 軍隊だ! 今回の奴には軍隊がある!”

 そして大声を上げる。

 「オイ! 分かったぞ! 魔王の狙いが! 魔王はこうやって時間稼ぎをしている間で、他の軍隊を呼び寄せるつもりでいるんだ!」

 そのスネイルの言葉に、魔王は笑う。

 「ハハハハハ! 流石だな。もう分かったか! だが、分かったところで、どうしようもあるまい? 流石にお前らでも大軍隊を相手に勝てるはずがない! 逃げられもしない。もうお前らは終わりだ!」

 キャサリンがそれを聞いて言う。

 「つまり、“私自らが、勇者共の相手をしてやろう!”っていうのは、嘘だったってことね? せこい嘘をつくわぁ……」

 スネイルが返す。

 「確かにせこいが、ちょっとまずいぞ? 魔王の言う通り、軍隊丸ごとは流石にオレ達でもきつい。さっさとあいつをなんとかしないと」

 「でも、この何たらとかいう結界、けっこう厄介よ? 一か八かで、特攻してみる?」

 「いや、こんな中を走って魔王にまで辿り着けるのは、よっぽど勘の良い奴くらいだ。下手に動けば、自爆するだけだぞ」

 「だったら、どうするのよ?」

 スネイルはそれに何も返せない。キャサリンも黙る。答えは出ない。ところが、そんなところで、勇者キークがこんな大声を上げたのだった。

 「ねぇ? よく分からないけど、つまり、魔王の所まで行ってやっつけて、説得すれば良いのでしょう?」

 スネイルがそれにこう返す。

 「だから、それが難しいって言っているんだよぉ!」

 追い込まれている所為か、ちょっと苛立っている。それにキークは“どうして、怒っているの?”ってな不思議そうな表情を浮かべると何でもない様子で一歩踏み出した。それにティナが慌てる。

 「ちょっと、キーク! そんなに簡単に動いたら危ないってば! もっと慎重にいかないと」

 ところがどっこい、キークは平然とした様子でそこを歩き始めてしまったのだった。時折、爆弾を避けるような動作をしているから、どうやら爆弾がないって訳でもなさそう。それで、「どうして、爆弾のある場所が分かるの?」と、ティナが驚きながら尋ねた。

 「んー? なんとなく」なんてキークは答える。つまり、考えてはいない。直感力で行動しているだけみたい。

 その様子をスネイル達は目を大きくして見つめていた。

 「ああ、そういや、いたな。物凄く勘の良い奴が一人……」なんて呟く。

 「今更だけど、呆れるレベルね、キークの直感力は」と言ったのはキャサリン。

 「流石、勇者さんだ」とゴウは感心している。

 そして、ティナはなんだか頬を赤らめ、目を輝かせていた。

 「凄い! 流石、キーク! 頼りになる時は、頼りになるぅ! もう、あんたしかいないわ! 任せたからねぇ!」

 そう叫ぶ。

 それを聞いて、勇者キークは嬉しそうな表情を浮かべ「分かった!」と、そう応えると駆け始めた。

 軽快に走って、魔王へと向かっている。

 爆弾が設置されている中を、平気な様子で走って来る勇者キークを見て、魔王は鼻水を垂らした。

 「な、なんなんだ? お前はー?」

 と、そう叫ぶ。

 キークはにやりと笑ってこう答える。

 「勇者キーク! 人間社会の王にして、平和と仕合せの守護者! とか、なんとか、言ってみたりしてぇ!」

 そして、途中にあった防御結界を剣で斬り裂いた。魔王はもう直ぐ目の前にいた。こう続ける。

 「お前は、僕が絶対に説得する。そして、戦争を止めてみせる」

 魔王はそんな彼を見据えながらこう叫んだ。

 「うるさい! お前、たった一人くらい、私一人でも充分に倒せるわ! 殺してやる! 覚悟しろ!」

 それから両手をパンッ!と叩き合わせるとこう続けた。

 「出て来い! 召喚獣ヒュドラ!」

 すると、魔王の足元に黒と銀とを混ぜたような渦が生じた。そしてそれが物凄い勢いでせり上がり、まるで竜巻のようになって一瞬で弾けると、後には、九つの首を持つ、多頭の大蛇が現れていた。「シャー」と声を発している。

 それを見て、「はぁ? 一人でも充分に倒せるんじゃなかったのぉ? 言った傍から、仲間呼んでいるじゃないわよ」と、キャサリンが呆れた顔で言った。

 「なんか、さっきから、せこい嘘ばっかつくわね、あの魔王………」

 魔王はそのヒュドラの姿を満足げな表情で見つめると、勇者キークを指差して命令をした。

 「よし!行け! ヒュドラ! お前の力を見せてやるのだ!」

 それを受けると、まるでうねるような動きでヒュドラはキークを目指し始めた。波打つたくさんの首。剣を構える勇者キーク。ところがどっこい、そうしてしばらく進んだところで……、

 ドフンッ! ドフンッ! ドフンッ!

 と続けて爆発音が鳴ったのだ。

 目が点になる魔王。目が点になる勇者キーク。どうやらヒュドラが魔王の仕掛けた爆弾に引っかかったらしい。しかもいくつも。

 「もしかして、自爆? ちょっと間抜けすぎるんだけど……」と、それを見てティナが呟いた。しかし、その次の瞬間だった。もうもうと立ち込める爆発後の煙の中から、いくつものヘビの頭が出て来たのだ。

 生きている。

 しかも……

 「ちょっと、さっきもよりもヘビの頭の数が増えていない?」

 ティナがそう言った。彼女の言う通り、登場した時は九だったヘビの頭は、今ではそれ以上に増殖していた。

 「フハハハハ! その通り! それが、そのヒュドラの能力だ! 首を斬っても直ぐに再生し、しかも、その数を増やす! 私はこの能力を見せる為に、わざとヒュドラを爆弾に触れさせたのだ!」

 それを聞いてキャサリンが「絶対に嘘よね?」とそう言った。それを無視して、魔王は続ける。

 「つまり、勇者キーク! お前に勝ち目はないという事だ! そして、更に私の魔法がお前を襲う!」

 魔王はそう言うと、「ダークマター!」とそう叫んだ。球状の黒い何かが出現すると、勇者キークを目がけて飛んで行く。ただ、勇者キークの目の間にはヒュドラがいたから、それらはほとんどヒュドラに当たったけれど。それでヒュドラの首が飛び、また首が増える。

 「アハハハ! どうだ? 更に手強くしてやったぞ!」と魔王。

 「また、せこい嘘が出た……」とキャサリン。

 とにかく、それでヒュドラの首はかなりの数になった。そのかなり数になったヒュドラの首が、勇者キークに一斉に襲いかかっていく。それを見てティナが叫んだ。

 「攻撃したら数が増えるなんて反則よ! キーク! ひとまず逃げましょう!」

 ところがどっこい、キークは何故か剣を振るうとそんなヒュドラの首を斬り始めてしまったのだった。

 ザクザクザクッと。

 魔王が笑う。

 「アハハハハハ! 無駄だぞ、勇者よ! いくら斬っても無限にそいつの首は増え続ける!」

 だけれども、やっぱり勇者キークは首を斬るのを止めない。

 「オイ! だから、無駄だと言っているだろうが!?」

 と、魔王。

 「そうよ、キーク! 取り敢えず、逃げましょう!ってば!」

 なんて、そこにティナが言葉を重ねる。

 「その通りだ! 逃げた方がいいぞ!」

 魔王が続ける。なんかよく分からないけど、ティナと魔王が同意見みたい。

 「どうして、斬り続けるのよぉ!?」

 ティナがそう尋ねると、キークは瞳を輝かせながら答えた。

 「だって、これ、なんだか、すっごく面白い! 斬っても斬っても生えてくるぅ」

 ゴウがそれを見て言う。

 「うむ。好奇心を刺激された子供の目をしているな、勇者さん」

 「なんじゃそりゃあああ!?」

 と、魔王とティナが声を揃えて叫んだ。キークは続ける。

 「それに、どれくらいまで増やせるのかやってみたい! 記録に挑戦! 歴代トップになってみせる!」

 「無意味な目標を持つなぁ!」

 と、魔王は再び吠えた。

 それを見てキャサリンが言う。

 「ねぇ、さっきから魔王の様子がおかしくない? なんか、キークに戦って欲しくないみたいなんだけど……」

 「だなぁ」とそれにスネイル。

 呑気な感じ。

 そんな間にもキークはヒュドラの首を斬り続け、結果として、動くのも困難になる程にヒュドラの首は増えていた。ちょっとボールっぽい形状に。

 ティナが言う。

 「物凄く気持ち悪いんだけど」

 魔王は何故かフルフルと震えていた。

 「ええい! もうやめろ!」

 なんて言う。

 「でも、折角ここまで来たんだから」と勇者。

 「“折角”とか、そーいう問題かぁ?」と魔王。

 でもって、やっぱり相変わらずに、勇者キークはヒュドラの首を斬り続けた。首が増え過ぎて、ヒュドラは最早攻撃できる状態じゃないみたい。

 「いい加減にしろ! もし、この話が漫画化とか映像化とかされたらどうするんだ? 描く人が大変じゃないかぁ!」

 「大丈夫、されないから」

 そうだろうけどさ。

 「夢くらい見ろ!」

 「夢と現実逃避を一緒にするな!」

 そこまで言わんでも。

 「やめろぉぉー!」

 堪りかねた魔王は、そこでヒュドラを掴んで引っ張るような動作をした。すると、その途端に空間の狭間に消えるように、ヒュドラの姿が見えなくなってしまったのだった。

 「ああ! せめて、どれくらいまで首を増やせたのか数えたかったのにぃ」

 なんて言って、キークは悲しんでいる。

 「運動会かなんかでもやっているつもりか、お前は!」

 と、それに魔王はツッコミを入れる。そう言った彼は肩で息をしていた。体調があまり芳しくなさそう。それを見て、スネイルが言った。

 「あ、そうか。ヒュドラの首を増やしていた魔力の源は魔王だったのか。だから、ヒュドラの首を勇者が斬れば斬るほど、魔王は魔力を消費していたんだ……。首を斬るのを止めて欲しかった訳だ」

 キャサリンが続ける。

 「多分、キークに逃げさせて、時間稼ぎするつもりだったのね。つまり、“倒せる”って言ったのも嘘。本当にせこい」

 その後でスネイルがまた言う。

 「何にせよ、良い感じだな。あの魔王は魔力だけは凄まじい量を持っているようだが、この爆弾結界にさっきのヒュドラ、もうかなりの魔力を消費している。魔物達を支配している魔力も考えると、そろそろ限界なんじゃないのか?」

 そして、にやりと笑った。

 肩で息をしている魔王は呼吸を整えると、腕を地面に伸ばして手の平を広げた。すると、そこから空間が裂け、中から非常に長い剣が出現した。それを握り締める。

 「もういい。この大魔剣で、お前を叩き切ってやる!」

 そして、その剣に魔力を込め始める。

 どうやら、魔王は魔力のこもった斬撃で遠方から勇者キークを攻撃するつもりのようだ。かなり魔力を消費したとはいえ、まだまだ油断できない。

 「フッハッハッハッハ 斬ってやる! 斬ってやる! ぶった斬ってやるぅぅ!」

 なんて、ギラギラした目で言っている。

 キークはそんな魔王の姿を不思議そうに見つめていた。

 「行くぞ、この野郎!」

 と、魔王はそう叫ぶ。

 ところが、その瞬間だった。キークは何故か地を払うようにして剣を振るったのだ。見ると、足元の地面から植物の根のようなものが出て来ていて、それが斬られている。どうも、それはキークを捕らえようとしていたみたいだ。

 大魔剣を構えたまま、頬を引きつらせる魔王。

 「また、だまし討ち?」と、それを見てティナが呟く。

 「ほんと、せっこい嘘ばっかりねぇ……」とキャサリン。

 額に手をやりつつティナが言った。

 「キーク! そろそろ、そいつを痛めつけちゃいましょうよ! なんか、この戦闘が物凄く馬鹿馬鹿しくなってきたから」

 キークはそれに「おっけ」と返す。剣を構えると走り出した。さっきヒュドラが爆弾を減らしてくれたお蔭で走りやすいみたい。

 「やり過ぎて、殺さないようにねぇ!」とそんなキークに向けてティナ。

 「分かってるー!」とキークは返す。

 魔王は向かって来た勇者キークに大魔剣を振ったが、どうやら剣術は得意じゃないらしく、まったく鋭くない。キークは軽くそれをかわすと、「勇者小手打ち!」とそう叫んで、魔王の手に軽く斬撃を当てる。

 「ぐぬぅ!」

 それで魔王は剣を落としてしまう。血は出ているが軽傷だ。手を抱える魔王に、勇者キークは剣の切っ先を突きつけた。

 「さて、魔王。どうする? そろそろ説得された方が良くない?」

 それを見て、「魔王様!」とイグアナな側近が言った。久しぶりだけど、一応、ずっとこの辺りにはいたみたい。

 「慌てるな!」

 と、それに魔王。

 「知っているだろう? 私はまだ本気を出してない」

 そう言う魔王の言葉に、疑わしそうな表情を全員が浮かべる。ずっと、嘘ばっかついてきたから。

 「“本気”ってどうやるの?」

 と、それにキーク。魔王は淡々と返した。

 「何を言っているのだ? お前らだって知っているだろう? 私は魔物達を支配する為に常に魔力を発している。それを一時的に止め、魔力をこの戦闘に集中させるのだ。断っておくが、魔力だけではないぞ。そうして、支配を止めれば私の知力は格段に上がる! 見ていろ! せこい嘘とか、もう言わせん! もっといい感じの作戦を考えてやるぅ!」

 そう言うと、魔王は大きく天を仰ぎ見た。両腕を広げる。

 すると、何かしら周囲の雰囲気が変わった。勇者キークも、ティナも、キャサリンも、スネイルも、ゴウもそれを敏感に感じ取った。魔王の言う事がハッタリではないと、それは示しているようだった。

 イグアナな側近が言った。

 「アハハハハ! 勇者共、覚悟をしろ! 魔物達への支配を解き、聡明になった魔王様は、この状況下を客観的かつ的確に分析して最も秀でた策略を導き出し、莫大な魔力をもってお前らを滅ぼすだろう!

 後悔しても、もう遅いぞ!」

 そのうち、地響きが聞こえ始めた。地面が震えている。天を仰いでいる魔王の瞳が怪しく光り輝き始めた。

 暗雲が魔王の周囲に発生し、ゆっくり回り始める。それは天に昇っていき、いつの間にかあたりを薄暗く変えた。

 魔王は叫ぶ。

 「ハハハハハハ! 頭がスッキリしている! 全てが見える! 分かった! 分かったぞぉぉ!」

 勇者キークは、厳しい表情を見せ、剣を構えた。

 「これは、ちょっと、冗談じゃなくまずいかもしれないわね……」

 キャサリンがそう呟く。

 「ああ、そうだな」とスネイル。

 ゴウは、ゆっくりと剣を構えた。

 「キーク……」と呟いて、心配そうに彼を見つめるティナ。

 魔王は叫んだ。

 「この状況における最も優れた策略が分かったぞぉぉぉ!」

 暗雲の回転速度が上がる。その場にいる全員が緊張した面持ちで魔王の次の言葉を待った。

 魔王は叫ぶ。

 

 「それは、勇者達からの停戦申し入れに合意し、経済協力を受ける事だぁぁぁ!」

 

 は?

 と、全員が思う。

 途端に暗雲が裂け、明るい光が差し込んで来た。なんだか、美しい、光景、みたいな?

 変な間が流れる。

 「あの…… 魔王様。今、なんと仰いましたか?」

 唖然とした顔でイグアナな側近がそう尋ねた。

 「だから、停戦に合意すると言ったのだ」

 何でもないような顔で魔王。

 「いいか? イグアナ。戦争ではこちらが不利なのに、ほぼ何にも損害を負わないばかりか、協力まで受けられるのだぞ? 負けそうな戦争で、まるで勝ったかのような好条件。これを呑まない馬鹿はいないだろう」

 そう淡々と説明した。

 スネイルが無表情で言った。

 「ああ、なるほど。頭が良くなったお蔭で、魔王はオレ達が言った事の意味がようやく分かったんだな……。そもそも戦争ってのは、お互いに足を引っ張り合う馬鹿な頭の悪い方略な訳だし…」

 「んー、納得できるけど、納得できないわね」とキャサリン。

 ゴウは剣を構えたまま固まっていた。どうすれば良いのか分からないみたい。

 そんな中で、唯一勇者キークだけは嬉しそうにしていた。ガッツポーズを取る。

 「よっし! 説得成功!」

 説得成功ってぇか、なんてぇか。

 「ちょっと待って、こんなんで良いの? クライマックスよ? 物語が一番盛り上がるところなのよ?」

 と、ティナ。

 確かに“こんなんで良いの?”って感じだけれども、戸惑っているティナを尻目に、それから魔王は本当に爆魔大結界を解いてしまったのだった。ティナ達は自由に動けようになってしまう。戦闘を続けるつもりなら、こんな事はしない。

 「先の経済協力をするという約束は、本当だろうな?」

 と、魔王。

 「もちろん」

 と、勇者キーク。

 そして、勇者パーティの面々が集まって来ると、その場でそのまま二人は契約書を作成してしまったのだった。

 「契約書に細工をしていないでしょうね?」とキャサリンが疑わしそうに言って、それを丹念に調べた。何にもなさそう。

 「ふん。そう言って調べる振りをして、何か契約書に細工をするようなせこい真似をするなよ」

 なんて、魔王が言う。

 「いや、お前が言うな!」と、それに全員がツッコミを入れたけれども。

 そして、それからお互いに停戦合意にサインしてしまったのだった。

 つまり、停戦が成立。

 

 「本当に、こんなんで良いの?」

 

 と、最後までティナは言っていたけれど、どうも、こんなんで良さそうな感じだった。

 

 帰り道、また勇者の運転する自動車に乗って彼らは人間社会に戻っていったのだけれど、その途中で戻りかけの魔王の軍隊とすれ違った。しかし、攻撃も何もしてこない。本当に戦争は未然で防がれたのだ。

 そして、気の所為なのかもしれないけれど、兵隊達のその表情は、とても喜んでいるように思えた。

 どうやら、彼らも戦争なんて本当はしたくなかったようだ。

 

 ……どうも、やっぱり、こんなんで良さそうな感じだった。

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