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21.魔王までのドライブ

 勇者キークの運転する車は、猛然と道路も何もない荒れ地を進んでいた。灌木も窪地も岩もまったく問題にしていない。それどころかちょっとした丘だって難なく乗り越える。車って言うかもう既にロボット。いや、トランスなんとかではないけれども。

 「いやぁ、やっぱり僕はこっちの方が運転し易いなぁ」

 なんてキークは言う。

 「それはそれで問題だけどな」と、横にいるスネイルがぼやくように言った。地図を広げて、こう続ける。

 「よし。このまま直進すれば、軍隊に鉢合わせしないで魔王の所まで行けるぞ。まぁ、奴らだって動いているから順調に行くかは分からんが」

 後部座席。

 なんとかティナはこの怪異な運転に慣れ始めたようで、まだ、顔を青くしてはいるけど、仰向けになった姿勢で大人しくしていた。少なくとも悲鳴は上げていない。

 ゴウが言う。

 「いやぁ、凄いな。俺はこんな経験は生まれて初めてだぞ」

 「そりゃ、そうでしょうよ」と、顔を引きつらせてそれにティナ。キャサリンが続けた。

 「ま、とにかく、信じられないけど、今のところは順調よ。このまま、魔王の所まで辿り着いて、あっさり説得できる事を願いましょう」

 「そうだね」「そうね」と一同はその言葉に賛同する。

 と言っても、彼らは多少の戦闘は覚悟…… と言うよりも期待していたのだけど。なんだかんだで暴れるのが好きな人達だから。最悪、力でねじ伏せて、強引に説得すれば良いとかそんな事を思っていたりしたのだった。だからけっこうな戦闘準備もしていたりして。実は。

 

 ――自動車がダッシュをし続けて、しばらく。

 人間というものは、意外にけっこうな状況にも慣れるもので、二足歩行で全力疾走する勇者キークの運転する自動車の中でも、次第に彼らはリラックスし始めていた。

 まぁ、と言っても、かなり揺れるから、寛げるといった感じではなかったのだけど。

 だがしかし、そうして緊張感が失われかけていたところに、不意にスネイルがこんな事を言ったのだった。

 「おおっと? なんか、妙な連中がいるぞ」

 ティナ達のいる後部座席は低い位置にある上に仰向けの姿勢だからそれが見えない。見えないからこその不安にかられたティナが尋ねる。

 「何が見えるってのよ?」

 そう尋ねられる前に、スネイルは「賢者の慧眼! ズームモード!」とそう言った(なんだこりゃ?って感じだけど)。視力を格段に上げ、その妙な連中を捉える。呟くように言った。

 「あ~、ワーラットがたくさんいるな。あれは間違いなく魔王軍だ。いっちょまえに、弓とか槍とか鎧とか装備しているぞ」

 それを聞いて、キャサリンが嫌味っぽい口調で言う。

 「直進すれば、軍隊には鉢合わせしないで済むんじゃなかったのぉ?」

 スネイルはこう返す。

 「“奴らは動いているから、順調に行くかどうか分からん”とも言っただろう? しかし、とにかくだ。見つからない内に迂回しようぜ。ここでの戦闘は避けたい」

 それにティナが言った。

 「見つからないようにするのは、ちょっと無理じゃない? この自動車、多分、全宇宙の中でもトップレベルで目立つわよ」

 そして、そう彼女が言い終えたタイミングだった。

 「確かに、もう手遅れだな」

 と、そうスネイルが言う。

 「どうしたの?」とキャサリン。

 「連中、弓を構えている。キャシー、頼んだ。勇者は連中を避けてくれ。大きく迂回する感じで」

 「しゃーないわね」とそれにキャサリンは応え。勇者は「おっけ」と言った。それから、ワンテンポ後、大きな岩を乗り越えたところで弓矢が大量に放たれる。

 「キャシー!」とスネイル。

 「あいよ」と、キャサリン。

 「魔力結界!」

 そう彼女が言うなり、ぼんやりとした壁のようなものが自動車を包む。そして次の瞬間に降り注いできた弓矢を弾いた。パラパラと、弾かれた弓矢が車の外に落ちて行く光景が見える。

 「これだけの速度で動く標的に、なかなか正確な射撃をするではないか、魔王軍の連中。戦争をしようってだけあって、それなりに訓練しているな」

 そう言ったのはゴウだった。

 「呑気に感心しないでよ」

 と、それにティナ。そんな会話をしている間にも弓矢が降り注いで来る。パラパラと弾かれた弓矢が周りに落ちている。それでキャサリンが言う。

 「まぁ、こうやって遠くから弓矢の無駄撃ちをしてくれるってだけなら、別に良いのじゃない? この自動車のスピードにはついて来られないでしょう?」

 彼女も呑気。

 が、しかし、それからやや危機感のこもった声でスネイルが言うのだった。

 「いや、弓矢の無駄撃ちするだけってわけでもないようだぞ、どうやら」

 「何かあったの?」とキャサリン。

 「化け猪が突っ込んで来る」

 そう言われて、ティナ達は後部座席からスネイルが見ている方角を見てみた。すると、確かに巨大な猪がこちらに向かって突っ込んで来ている。

 スネイルが言う。

 「あの巨体じゃ、長距離あのスピードは維持できないだろう。少し足止めすれば、それで充分だな。戦争をするつもりはない。できるだけ無傷で誰か頼む」

 ティナがそれに「分かったわ」と頷く。

 「キャサリン。わたしに速度アップの魔法をお願い。わたしがやるから」

 「あいよ」とそれにキャサリン。指をくるりと回転させると、細かな粒子をまき散らすような光が彼女を覆う。

 次の瞬間、ドアを開けるとティナはそこから飛び出した。普段も常軌を逸した速度を誇る彼女だが、今は更にその上をいく。目で追うのも難しい。ずんずんと化け猪に迫っていく。化け猪は、ティナに気付いているようで、彼女を睨みつけて走って来る。明らかにターゲットにしているようだ。彼女はそれににやりと笑う。

 「逃げないなら、却って好都合よ」

 そして、衝突するまで後少しというタイミングで彼女はこう叫んだ。

 「呪符魔術…… 左手“光”の拳! 右手“音”の拳!」

 言い終えると、巨大な化け猪はもう目の前に迫っていた。叫ぶ。

 「超! 絶! 猫だまし!」

 ティナはそこで自分の手の平を打ち合わせる。すると、その強烈なバチンッ!という音と共に眩い光が放たれた。化け猪はそれに驚いて上半身をのけ反らせる。ティナはその隙を見逃さない。

 「ハイスピード! 超絶、ローキックゥ!」

 と叫びながら、化け猪の足を払う。化け猪はそれを受け、宙を舞って身体を一回転半させて地面を転がった。動かない。ティナは小さく回転して、走って来た勢いを殺さずに方向転換すると、再び勇者達の車を目指した。

 キークがスピードを落としていたとはいえ、ティナはあっという間に自動車に追いついてしまった。そしてゴウが開けたドアから器用に車内に滑り込む。

 座席に座ると言った。

 「おっけ。ミッション・コンプリート。無傷で相手を止めて来たわよ」

 「いや、あれ、無傷なの?」とそれにキャサリン。彼女の視線の方向にいる化け猪は、まだ倒れたまま動かない。それを無視してティナは尋ねた。

 「ところで、予想外に魔王軍に遭遇しちゃったんでしょう? 魔王の居場所は大丈夫なの?」

 先の軍隊は勇者達を攻撃するのは諦めたようで、もう何もしてこなかった。距離もドンドンと離れて行く。だけれども、魔王の居場所が不明なら安心できるとはとても言えない。

 スネイルはそれに自信たっぷりにこう答える。

 「ああ、安心しろ。さっきの魔王軍の位置から場所を補正して割り出した。魔王の居場所は分かりまくりだ」

 その説明に、勇者達は「ほほぉ」と感心した声を上げる。

 「かっこいい」とキーク。

 「流石、スネイルね。賢者だわ」とティナ。

 「心強い」とゴウ。

 そして最後に、「それ、嘘でしょう?」とキャサリンが。

 「ああ、」と真顔で頷くスネイル。

 全員、こけそうになる。キークの運転する車も。寸でのところで、バランスを取り戻したけど。

 「ちょっと、やめてよ! ボケで事故るとか勘弁して欲しいんだから!」

 そうティナが叫んだ。それに淡々とスネイルは返す。

 「ま、魔王の居場所が分かったっていうのは本当だよ。多分、これから先、迷うこともない」

 「どうして?」とティナ。

 「道しるべを見つけたからだよ」

 スネイルの言葉を聞くと、キャサリンが尋ねた。

 「どういう事?」

 「さっきのあの化け猪だ。あいつへ向かってぼんやりとだが、恐らくは魔王が放っているだろう猪を支配下に置く為の魔力の筋がある。俺の目にはそれが見えたんだ」

 「なるほど。でも、不思議ね。前に魔王達の所に行った時には、そんなものには気付かなかったじゃない」

 スネイルはそれに「ああ、」と頷く。

 「これは予想に過ぎないが、恐らくは軍隊の組織化に関連しているのだと思う。前回、魔王は漠然と魔物の全てを支配していたのだろう。だから、細かなコントロールが効かなかった。ところが、軍隊を組織し一部の魔物に支配力を集中させた事で、その負担が減ったのじゃないか?

 さっきの化け猪は、社会性なんかなさそうだが軍に同行している。それはきっと、魔王の支配力が集中している所為だよ」

 ゴウがそれを聞くと言う。

 「しかし、そのお蔭で、魔王の魔力が捉えられ、我々には奴の居場所が分かってしまうという事だな」

 ところがそれから、キャサリンがこう続けるのだった。

 「それは助かるけど、それって、今回は魔王の近くにも強力な魔物がいるかもしれないって事よね?」

 スネイルは頷く。

 「ああ、そうだ。皆、覚悟しておいた方がいいぞ」

 皆はそれに頷いたけれど、実を言うと少しばかり期待もしていたのだった。久しぶりに思いっ切り暴れられそうだし、色々と試せそうだとも思って。

 

 ――勇者達の自動車が目指す先。

 引き連れているのはワーラットの部隊。それと強力な魔物達数体、及びに知略専門の側近何名か。中サイズのドラゴンの背に揺られている……

 魔王。

 彼はバブル崩壊のショックを転嫁させた怒りをたぎらせ、人間達の領土を目指していた。

 つまりは、単なる八つ当たり。八つ当たりで戦争を仕掛けられたら堪ったもんじゃないけれど、実は意外にそれっぽい事は多いのかもしれない。

 人間の領土が近付けば近付くほど、魔王は“戦争をする”という気分を昂らせていた。侵略者の心持ち。真っ当な意味での戦争など彼は初めてだから、という事もあったのかもしれない。平たく言ってしまえば、彼は怒りながらもこれから始まる“戦争”にワクワクとしていたのだ。

 ……しかし、ある時、そんな魔王の気持ちを削ぐような謎のフォルムのなんだかおかしなものが、遠くから近付いて来るのが見えたのだった。

 ズガッシャ! ズガッシャ!

 と、音を立てて。二足歩行で走って来る。しかもかなりの速度で。

 “なんだ、ありゃ?”

 それは四角い形状をしていて、とてもじゃないが何かの乗り物には思えなかった。ただ、回してはいなかったが、車輪を付けてはいる。しばらく見つめて魔王は思い出した。随分と前に、“人間達が生み出した自動車には二足歩行する機能が備わっている”という報告を受けていたのだ。それから目撃例がなかったから、或いは何かの勘違いだったかもしれないと彼は思っていたのだが、ここにこうして現れたからには真実だったのだろう。

 しかし、だとするのなら、あれには人間達が乗っているはずだった。そして、たったあれだけの人数で魔王の所までやって来ようと思う連中も、その能力を持った連中も魔王には一つしか思い浮かばなかった。

 「……恐らくは、勇者達だな」

 物凄く変な顔をして、二足歩行する四角い形状のものを見つめる側近に向けて、魔王はそう言った。

 それを聞いて側近は慌てる。

 「なんですって? それは大変だ。なんとかしなければ……」

 それに魔王は不敵に笑う。

 「案ずるな。前とは違う。こっちには私の他にも強力な魔物達とワーラットの部隊がいるのだぞ。返り討ちにするまでだ」

 やがて二足歩行する自動車とかいうものが小高い丘の上に停まる。バタンと前に倒れると、中から勇者達が出て来た。

 「キーク! もっと大人しく停まれないのかしら?」

 出て来るなり、女の一人がそう言った。頭をポニーテールにしている。ティナとかいう呪法武闘家だろう。それを見ると、魔王の側近の一人が呟いた。

 「ほほぅ。あの女が例の下着の色の……」

 どうも、彼がクロちゃんの通信相手だったみたい。

 やがて、恒例のミニコントを終えると彼らはそのまま小高い丘の上に横一列に並んだ。なんだかとっても緊張感がない。

 “……変わらんなぁ、こいつらは”

 と、それを見て魔王はそう思った。そしてそれから横一列に並んだ彼らに向けて、大声でこう叫ぶ。

 「たった五人だけで、私達を倒しに来るとは見上げた根性だ! だが、それは無謀というもの。この魔王軍の中枢のエリート達に敵うつもりでいるのか! この愚か者共!」

 それに勇者キークがこう返す。大声で。

 「そんなに褒めないでぇ! 照れちゃうからぁ!」

 「褒めてなどいない!」

 魔王はそうツッコミを。

 それに続けて、彼ら勇者パーティの面々はワイワイと色々と言い始めた。

 「五人だけで乗り込むったら、前の時も同じじゃない。ねぇ?」とティナ。

 「魔王城まで辿り着くまで歩きで、もっと戦闘もいっぱいあったし、前回の方がかなり辛かったわよね」とキャサリン。

 「忘れているんじゃないのか? 前の時にあんなに怯えまくっていたのにさ」とスネイル。

 「なんか、美味しい物が食べたい」とゴウ。

 本当に緊張感がない。

 “……変わらんなぁ、こいつらは”とフルフルと震えながら魔王。こう叫ぶ。

 「もういい! 全軍、あの勇者共を殺せぇ!」

 ところがそれに「待ったぁ!」と勇者キークが叫ぶのだった。

 

 「落ち着いてくれ、魔王! 僕らは戦闘に来た訳じゃない!」

 

 そうキークが叫んだのを聞いて、表情こそ変えなかったが、小声でティナが言った。

 「聞いた? なんか、キークがまともな事を言っているわよ?」

 キャサリンが頷く。

 「気持ち悪いわよね。何か悪い事でも起きなけりゃいいけど」

 スネイルが続ける。

 「どうせいきなり説得なんて不可能なんだから、さっさと戦闘を始めても良いんだがなぁ」

 ゴウが言った。

 「なんか、美味しい物が食べたい」

 しかし、

 「経済的に困っているのだったら、援助をしても構わない。こちらとしては、その用意もある! それに、自力で魔力を得る手段があるからっていきなり全部の魔石輸入を止めるような真似もしない! つまり、君らには絶望しなけりゃいけない理由が一つもない!

 ゆっくりと、話し合おうじゃないか!」

 そんな感じで、その間もキークは魔王の説得を続けていたのだけど、ティナ達の予想に反して、キークの説得の言葉は意外に効果的っぽかったのだった。実際、魔王の側近達はその言葉に惹かれてもいるようだった。

 「魔王様。戦争をせずに済み、その上、経済でも協力が得られるのなら、奴の話にも一理あるかと思いますが…… 相手の戦闘力も馬鹿にできませんし」

 そんな事を魔王に小声で言う。

 魔王はそれを聞くと「ぐぬぬ」と呻く。

 「しかし、人間共を侵略してしまえばそもそも経済協力など必要ないではないか。その方が手っ取り早い。それに、私は折角整えた軍事力を使ってみたいし、なんか、ここまで来ちゃったのに引っ込みがつかないし」

 「いや、魔王様。そんな理由で……」

 そんな頃、勇者パーティの面々はこんな会話をしていた。

 「なんか、上手くいっちゃいそうな雰囲気がない? 実はわたし、戦闘するつもり満々だったんだけど」とティナ。

 「俺もだ」とゴウ。

 「同じく」とキャサリン。

 それを聞くと、スネイルはこんな事を言った。

 「皆、安心しろ。説得しているのは、あのキークだ。絶対に何かポカをやる」

 そう言っていると、案の定、キークはこんな事を言ったのだった。

 「このまま戦闘になっても、多分僕らが余裕で勝つから別にどちらでも良いけども、そっちとしては、このまま話を呑んだ方が得だと思うよぉ!」

 “やっぱり”と一同は思う。

 

 「なぁんだとぉぉぉ!」

 と、それを聞いて魔王はそう怒号を上げた。

 もちろん、魔王はブチ切れまくりで怒っていたのだけど。

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