2.食糧問題と勇者の髭
「――そんな訳で、諸々な事々があって、こうしてなんかわたし達が、国を運営する感じになっちゃったんだけどさ」
そうティナが言った。国の中心、大都市“ダイジョウダン”。その更に中心にある王城“ホンマデッカ”。その第一会議室でのこと。勇者パーティのメンバー全員がそこには集まっていた。
ティナは今や文部大臣の職に就いてた。だけど、その姿形はまったくそれっぽくない。相変わらずに呪法武闘家の戦闘服を着ている。戦闘服ばかりか、手には呪符を施した布まで巻いている。つまりは、ほぼ臨戦態勢。政治をやろうって恰好じゃない。
しかし、それは他のメンバーも同じだった。魔王討伐に向かった時と、大差ない装備を身に纏っている。多少は小奇麗になった程度でしかない。
「“まつりごと”って何をどうすればいいの?」
ティナはそう結ぶと、キャサリンを見た。キャサリンは頷きながらこう返す。
「まぁ、あなたの言わんとしていることはよく分かるわ。正直言って、ワタシも何をどうすれば良いのかまるで分からない。魔物と戦っている方がよっぽど気楽よ。思わず、“イシャはどこだ!”って言いたくなるわ」
(このネタ、分かる人いる?)
ゴウが頷く。
「まぁ、我々は戦闘の専門家だしな。まつりごとしろって言われてもな。ぶっちゃけ、無茶振り」
彼はこーいう話題では、積極的に発言する。因みに彼は真っ先に防衛大臣に名乗りを上げた。
「他は無理。絶対に無理」
と言い張って、無表情のまま微妙に震えるその迫力に、誰も抗えなかったのだ。
それからなんとなくの流れで、ゆっくりと皆は賢者スネイルを見た。メンバーの中で“まつりごと”ができそうなのは、彼くらいだと、皆は思っているのだ。
「いや、オレに頼られても困るよ。オレは賢者って言っても、やっぱり戦闘の専門だもん。戦略立てたりさ…… ま、でも…」
「ま、でも?」
と、一同は期待を込めた声を上げる。
「カジノはいずれは作りたいよなぁ。カジノは……」
それを聞いてティナは「チッ 元遊び人が…… うんなもん作ってる余裕はないでしょうが」とそうツッコミを。彼が財務大臣である事に多少の不安を覚える。
スネイルが口を開いた。
「まぁ、順当に考えて、今、一番やばいのは食糧問題だろう? でもって、食糧問題ったら担当は農林水産大臣のキャサリンだよ」
それにキャサリンは驚く。
「ちょっと待って! ワタシに全ての責任を押し付けるつもり?!」
「全てとは言ってない。ただ、責任が一番重いことは確かかなぁ?」
「ちょっとぉ!」
キャサリンは大いに怒り出しそうだったのだが、そこで勇者キーク…… 今は既に国王となった彼が口を開いたのだった。
「静かに! 皆、落ち着こう!」
それでキークに注目が集まる。
「なんにせよ、取り敢えず、できる事からやるべきだと思うんだな、僕は」
ティナが言う。
「おお、キークが久しぶりに真っ当なことを言っているわ」
キャサリンが質問する。
「で、できる事って?」
キークは頷いた。
「うん。ほら、僕ってば外見がどちらかというと子供っぽいだろう? だから、王としての威厳にいまいち欠けると思うんだ。そこで、まずはそこから改善しようと……」
ティナがツッコミを入れる。
「そんなもん、優先順位は一番後よ!」
だけど、それからキャサリンが呟くように言うのだった。
「でも、ワタシ達、未だに冒険していた頃の戦闘服なのよね。なんでかしら?」
スネイルが答える。
「だって、なんか国民のみんながこの格好に妙に納得してるんだもん。今更、変え辛くってさ」
そのやり取りを全て無視して、勇者が言った。
「で、王としての威厳を出す為に、僕は髭を生やそうと思うんだけど、どうだろう?」
“髭……”
と、それを聞いて一同はイメージする。皆の想像の中で、童顔の勇者の顔に穿たれた髭が燦然と違和感を放っていた。
一呼吸の間。
「ま、いつも通り、今のキークの発言は無視で」
と、キャサリンが言う。
しかし、それからティナが言うのだった。
「ちょっと待って!」
「何よ?」
「意外に、可愛いかもしれない」
「は?」
「ほら、小さな子供が無理して大人ぶっているみたいなノリでさ」
そうティナから言われて、キャサリンは再び髭を生やしたキークを想像してみた。分からないでもないといった表情。
「なるほど。試してみる価値はあるかもしれないわね」
と、続ける。
スネイルがそれにツッコミを入れた。
「いや、あのさ、試してみるもなにも、そもそも可愛さとかは、今はかなりどうでもいいよね?」
女性陣二人には、その声は届いていないようだった。
会議室の外では扉を衛兵が守っている。彼は会議室の中から響いて来るそんな声を聞いていた。もっとも、なんと言っているかまでは分からないみたい。だけど、なんだか白熱しているのだけは伝わってくる。それで、
“おお、勇者様達は真面目に、この国の今後について考えているのだなぁ”
などと感心していたのだった。
魔王から「国をぶっ潰されたくなかったら、勇者に国を明け渡すように」という勧告を受けた時、圧政を敷いていた当時の国王は初め渋っていたらしい。権力も欲しかったし、裕福な生活も手放したくはなかったから。国全体が瀕死の状態でも“欲”に固執する。恵まれた立場になって偉くなると判断力が鈍るのか、それとも彼にとって玉座は全てを犠牲にする程の価値があるのかは分からないが、国民にとっては迷惑な話だ。
まぁ、人間ってのは業深き者ってことなのかもしれない。
「これを受け入れなかったなら、国は本当にぶっ潰されます。あと、我々もぶっ潰されます」
最終的に、そんな側近達の懇願に近い忠告を不満たらたらでようやく聞き入れて、国王は魔王からの勧告に従ったらしい。つまり、玉座から退いて勇者に政権を譲ると約束をしたのだ。すると、それから直ぐに“勇者領”であるとの説明のあった地域から魔物達が退いて行った。“魔王領”に向かったみたい。入れ替わるようにして、人間達が魔王領から勇者領へ避難してくる。そしてそれと同時に、勇者パーティ一行が国に帰って来たのだった。
魔物が消えた事で浮かれ状態の国民達の下に今回の件の英雄である勇者達が帰って来た訳だから、それはもう大歓迎された。おまけにこれまで圧政を行って来た嫌われ者の王様は引退して、彼らが新たな政権を担うのだ説明をされる。まるで夢のよう。それでまだまだ社会は疲弊し切っていたのに、まるで全ての問題が解決したかのようなお祭り状態になってしまった…… ただし、高い興奮状態が長続きしないのはこの世の常だったりもする訳で、それを皆、どこかでちゃんと分かっていたようでもあったのだけど。
そのお祭り状態の中で、勇者パーティが政権に就いた。なんだかかんだかで色々あったのだけど、ティナは文部大臣、キャサリンが農林水産大臣と厚生労働大臣を兼務、スネイルは財務大臣、ゴウは防衛大臣、そして勇者キークはもちろん国王。そんな感じで決まったみたい。
まぁ、正直、彼ら自身、右も左も分からないような状態で、一部を除いては、なんとなくそうなったというだけなのだけど。
彼らが政権を担ってまずした事は、前国王と前国王の取り巻きの類の力の排除だった。前国王が引退したとは言っても、彼らにはまだまだ資産があり、影響力は計り知れない。それで賢者スネイルと魔法使いのキャサリンが中心となって彼らの旧悪を暴いて、その資産を大幅に没収してその力を削いだのだ。
「政治は素人だよ」と言っていた割に、スネイルとキャサリンはよく迅速に動いたもんだとは思うけど、彼らにしてみれば「やる事、やっておかないと、下手すりゃ命に関わるから」という事らしい。
前国王の一派が勇者達に反感を抱いているのはほぼ確かな訳で、野放しにできないというのは、まぁ、戦闘の専門家の彼ららしい発想でもあった訳なのだけど。
資産を奪った後、前国王一派は完全に沈黙をした。力を奪われた事だけが原因じゃない。どうもスネイルらが暴いて握った彼らの旧悪はまだまだあるようなのだ。その気になりさえすればぶっ潰せる。大人しくしていれば、これ以上は何もしない。どうも、それがいい脅しになっているようだった。
それから勇者達は、国王派以外の、かつては日陰者だった政治家や官僚達にそれなりの地位を与えて政権運営を任せた。何度も書くけれど、勇者達は政治は素人だから、経験者に頼る事にしたって訳だ。彼らは国王に取り入らなかっただけあって、良心的な者が多かった。だからこそ抜擢したのだけど、人が良いだけで無難な運営しかしそうにない。それでも充分に勇者達は助かったのだけど、斬新な改革とか、奇抜な案とかは期待できなかった。
まぁ、仕方ないよね。
世の中、そう、なんでもかんでも上手くいくってもんじゃないから。
……ただし、「まぁ、仕方ないよね」で、済ませられるほど、今の世の中の現状は甘くはなかったのだけど。
先にも述べた通り、今の勇者領には魔王領からの避難民達が来ている。キャンプを張って、住む場所は何とか今のところは確保できてはいるけれど、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。それに、それよりももっと大きな問題も。
食糧不足。
以前から国には食糧の備蓄があり、魔物達は幸いにしてあまり人間の食糧は狙わなかったから、一応もつことはもつのだけど、それでも一年も経てば、避難民達に回せる食糧は底を尽きそうという大ピンチ、つまりはそれまでに食糧増産を成功させなくてはならないという、のっぴきならない事情があるのだった。
だけど、食糧増産なんてそんなに簡単にできるもんじゃない。その体制作りだけでも、政治の素人の勇者達と、無難な方法しか知らない政治家や官僚達では、一年くらいかかってしまいそう。
だから彼らは困っていたのだった。
さて、
どうしよう?
髭面の勇者の姿があった。口元に、太めの毛筆のような髭を八の字型につけている。もちろん、つけ髭だけど。
「うん。まぁまぁ、可愛いのじゃない?」
そうティナが言う。それにキャサリンが反論した。
「ワタシはこっちのちょび髭の方が面白くていいと思うわよ?」
「何言っているのよ? 当初の目的は可愛さの追求でしょう!」
「面白い方が面白いでしょーう!?」
「可愛い方がいいに決まっているわ!」
物凄く不毛な議論(?)。
彼女達二人の言い合いを聞いているのかいないのか、勇者キークは満足げな表情で髭をなでつつ、指を組み合わせて口元に置いた。「ふふ」などと笑っている。こいつの行動も謎が多い。本当に。
席から少し離れた場所、女二人のよく分からない言い合いを見つめながら無表情でゴウが口を開いた。
「“可愛さも面白さもどうでもいいだろ!”と、ツッコミは入れなくていいのか、スネイル?」
彼の傍にいるスネイルは呆れた顔をしていた。平素から彼は呆れた顔をよく浮かべているが、今は本当に呆れているのだろうと思われた。彼はこうそれに答える。
「いや、もうツッコミとかそういう次元じゃない気がしてさ」
「しかし、うちの勇者さんはモテるな」
「モテるね」
「まったく羨ましくはないが」
「まぁ、ティナの愛情は歪だし、キャシー(キャサリンのこと)は、勇者をオモチャにして遊んでいるだけだしなぁ」
ティナとキャサリンは相変わらずに、髭論争を続けている。いや、“論争”ですらないのかもしれないけれども。
「しかし、こんな場面を兵士にでも観られたらまずくはないか?」
ゴウがそう言った。スネイルはにひるに笑いながらこう返す。
「ククク。そりゃ、権威も信頼も傷つくだろうなぁ」
そんなタイミングで、いきなり異質な音が会議室内に響いた。
コンッ コンッ
ノック音。その後で、「失礼します」という声が。続いてドアの開く音。ドアの向こうから兵士が姿を見せた。
「なにかな?」と、それにスネイル。しっかりと席についている。さっきまではだらけていたのに。ゴウも同じく席にいる。女達も同じくしっかり席に着き、真面目な顔で真正面を向いていた。勇者だけがさっきと同じ様に、指を組み合わせてそれを口元に置いている恰好でいる。もちろん(と言うのもなんか変だけど)、髭もつけている。
「会議中とは思いましたが、この男がこの時間に面会の約束をしているというので。許可書も持っていますし。もしや、この会議に参加する予定なのかと思い、ここに連れてきました」
兵士はかしこまりながらそう答える。
因みに、勇者を見て彼は“何故、髭?”と思っていたが、口には出さなかった。
「この男?」
キャサリンが疑問の声を上げると、扉の向こうから男が入って来る。背は高いが痩せていて、どことなく頼りなさげに思えるけども、その分温和そうな印象があった。
「わたしは聞いていないわよ。何かの間違いじゃない?」
と、そうティナが言う。
それに「同じく」と声を揃えて、他の二人、スネイルとゴウ。だけども、勇者だけが何も言わなかった。それで他の四人は、ゆっくりと勇者キークに視線を向けたのだった。
その視線を受けて、彼は手を挙げて言う。
「あ、はい。僕が許可を出したかもしれない」
と。
「言えよ!」
と、声を揃えて他の四人はそうツッコミを入れた。