18.エネルギー問題の解決と闇の森の魔女の“闇の木”
「軽く大問題だ」
と、スネイルが開口一番にそう言った。それは王城の会議室、いつもの勇者パーティメンバーに緊急招集がかかり、皆が集まったその場での発言だった。因みに、緊急招集なのでアンナ・アンリは不在。
皆はそれを聞いて顔を見合わせる。ただ、あんまり緊迫感はない。このメンバーは冗談が多いし、彼らには不安材料も思い浮かばなかったから。
「何が?」
それで、“くだらないことだったら、ぶっ飛ばすわよ”ってなノリでキャサリンがそう尋ねた。スネイルが口を開く。
「実はずっとオレ達は、ティナの家にいるクロちゃんを監視していたんだが」
それに「初っ端から、ちょっと待て!」とティナが言った。
「聞いてないんだけど?」
「うん、言ってないからな」
「なんで、そんな事をしていたのよ?」
「お前の家にいるクロちゃんが、魔王の手下だからだよ」
それにティナは頭を抱えつつ「再び、ちょっと待てーい!」と叫んだ。
「聞いてないんだけど?」
「うん、言ってないからな」
「言ってよ!」
頭を少し掻くと、スネイルはそれにこう応えた。
「悪く思うな。お前に言ったら、色々と面倒だと思ったんだ。それに、安心しろ、お前の家のクロちゃんは白だ」
「何言ってるのよ? クロちゃんは黒いじゃない。黒いからクロちゃんなんだから! 白かったら、シロちゃんよ!」
「いや、だから、その黒いクロちゃんが、白なんだよ」
「なにそれ? 黒なのか白なのかはっきりしてよ!」
「いや、色は黒だけど、白なんだよ」
そこまでを聞いて、「ワケの分からない議論をしないでよ」と、キャサリンがそれを止めた。冷静な口調で。
「まぁ、とにかく、クロちゃん自体には問題はないって事よね? で、一体、何があったの?」
そして、続けて彼女はそう質問をした。スネイルは答える。
「クロちゃんは、定期的に魔法通信によって魔王達に報告をしている。オレ達は、それを傍受しているんだが……」
そこまでを説明して、ティナがピクリと反応した。それを受けてスネイルが言う。
「安心しろ。クロちゃんは、大した事は伝えてないよ。精々がお前の家の献立とか、お前の下着の色とかだな」
「充分に問題よ!」とそれにティナ。勇者キークは「ほぅ」と、呟くと質問をした。
「因みに、今日の下着の色は?」
「白だな」
それを聞くと、顔を真っ赤にして、ティナは立ち上がった。
「スネイル…… あんた、殴る!」
「いや、待て、オレは勇者じゃないぞ?」
「んなことは、分かってるわよッ!」
そんな光景を観ながら、勇者キークがボソッと呟くように言う。
「ティナの下着の色は重要な情報だよね」
「うむ、」とそれにゴウ。
――で、それからしばらく後、
スネイルは殴られたし、ティナはまだ怒っていたけれど、会議は再開した。
「それで? クロちゃんと魔王達との通信を傍受して、何か“緊急招集”がかかるような情報を握ったのでしょーう? なによ?」
そうキャサリンがスネイルに尋ねる。スネイルはいつになく真面目な表情でこう説明をした。
「簡単に言うとだな、どうも魔王達は戦争を仕掛けてくる計画を立てているようなんだよ。ここ最近で、あいつらは軍隊を組織する事に成功したらしい。まぁ、魔石を取引できている時点でその可能性は疑っていたんだが、悪い予感が的中したな」
それを聞いて、皆は顔を見合わせた。オリバー・セルフリッジが質問する。
「戦争ですか? でも魔王達は、人間社会側から食糧を大量に輸入しているじゃないですか。もし、戦争になったらそれが止まる訳でしょう? 彼らにとって、それは問題にならないのですか?」
「ああ、大いに問題らしいぞ。なにしろ、奴らが軍隊を組織できたのは、人間社会から食糧を調達できたからみたいだからな」
それを聞いて、セルフリッジは安心したような表情を浮かべる。「なんだ。それなら…」と言いかけた。が、それを「甘い」とスネイルに封じられてしまう。
「多分、戦争を可能にする為に、連中は食糧の備蓄を始めていると思う。準備ができたら、突然同盟を破棄して、戦争を仕掛けてくるんじゃないか?」
しかし、それにセルフリッジは疑問の声を上げる。
「でも、それだと戦争が長期化したら、一気に不利になるじゃないですか」
それにはキャサリンが応えた。
「だから、短期決戦を狙っているのだと思うわよ。連中は人間社会の軍事力を甘く見ているから。前回負けたのは、組織的な戦闘ができなかったらで、それを克服したから“もう余裕!”とかって思っているのじゃない?」
ゴウがそれに続けて「実際、組織的な戦闘をやられたら我々でもちょっと辛いな」と珍しく真面目な事を言った。
次にティナが口を開く。
「なら、人間社会からの食糧輸出を止めちゃえば良いのじゃない? そうしたら、魔王達は食糧の備蓄ができなくなるわ」
キャサリンがそれにこう返す。
「輸出を抑える程度ならできるかもだけど、完全には難しいかもよ。そうしたら、人間社会は魔石を手に入れられなくなる。既に魔石の魔力に頼って社会が成り立っているから、そうなったらどうなるか……」
「でも、背に腹は代えられないでしょう?」
スネイルがそこでこう言った。
「仮にそれをやったら、もしかしたら、魔王達は食量を備蓄せずに直ぐに攻め込んでくるかもしれないぞ。勝てると思うか?」
キャサリンが答える。
「五分五分ってところじゃない? まぁ、でも、食糧がなくなって、連中の組織が崩壊するまでの間に、うちらが手痛いダメージを受けたらまず勝ち目はないけど」
スネイルはそれを聞いて肩を竦める。
「オレも同意見だ。しかも、仮に勝ったとしても膨大な数の犠牲者を出す事になるだろう。何かもっと良い策はないか? できれば、戦争を未然で防ぎたい」
それを聞いて、セルフリッジが言った。
「戦争を防ぐのだったら、やっぱりパワーバランスが一番だと思います。魔王軍に対抗できる力…… できれば、それ以上の力があれば相手も戦争を仕掛けては来ないでしょう」
すると、そこでゴウが言った。
「軍事力といったら、昨今の我が国の軍隊の力も捨てたものではないぞ」
ティナが訊く。
「どうして?」
「研究の成果だ」
「研究の成果?」
「そうだ。兵器の研究の成果」
それを聞いて皆が同時に言った。
「料理ではなくて?」
憮然とした表情でゴウは応える。
「俺は防衛大臣だぞ?」
「いや、料理以外にも研究するんだと思って」と、ティナが言う。「確かに料理の方が面白いが」と言ってから、ゴウは説明を続けた。
「最近になって、様々な技術力が上がっているだろう? その恩恵を軍隊も受けているのだ。前回は、我々以外は魔物との戦闘で後れを取ったが、今なら充分に対抗できるはずだ」
その説明を聞いて「凄い」と、キャサリンが呟くように言った。
「ゴウがこんなにたくさん喋ってる」
そこかい。
スネイルが頷く。
「ああ、驚きだ。しかもボケていない。というか、大いに真面目だ」
この話を広げるな。
それに「いいボケが思い付かなくてな」とゴウ。こんなシーンであんまりボケを入れられても困るけども。
その流れを断ち切るように、セルフリッジが、手を挙げながらこう訊いた。
「あの、質問ですが…… その新しい軍事兵器は魔力なしでも動くのですか?」
ゴウは首を横に振る。
「いいや、中には必要ないものもあるが、基本は魔力を利用している。魔石が必要だな。しかも、かなりの量の」
「となると、戦争が長期化すればそれら兵器は使い難くなります。魔王達から、魔石を輸入できなくなってしまいますから」
ゴウはそれを聞いて「おおう、それは盲点だった」などと言う。なんか、魔王達と同レベルかもしれない。
「ならば、魔王達と同じ様に、今から戦争に備えて、魔石の備蓄を始めるか……」
ティナがそれを聞いて「なんか、戦争を未然で防ぐってよりは、積極的に戦争をしようとしているみたいね」なんて言った。そもそもパワーバランスで戦争を防ぐって発想は、戦争準備と紙一重なのかもしれないけれど。
そこでセルフリッジがまた口を開いた。
「つまり、エネルギー問題が解決できれば良いのでしょう? なら、手がない訳じゃないかもしれませんよ」
ただし、そう言った彼は、少しばかり難しそうな表情を見せていたのだけど。
――その日の晩、オリバー・セルフリッジは緊張しながら自宅にいた。“闇の森の魔女”アンナ・アンリは、定期的に彼の自宅を訪ねて来る。しばらく来ていなかったので、そろそろ彼女が来る頃だと彼は思っていたのだ。
夜中の八時を回った辺りで、部屋の中の植木鉢から闇がしたたり落ちて来ているのに彼は気が付いた。それは数メートル先まで流れ出て、ぽっかりと床に穴を開けたような感じで水たまりのようなものをつくっている。
“来た”
彼はそう思うと、その前にまで進み、そこで畏まりながら彼女の事を待った。
やがて、その闇の水たまりの中から嬉しそうな顔が浮かび上がってくる。アンナ・アンリ。彼女だ。
「セルフリッジさん! こんばんは! 今日も来ちゃいました!」
全身を現すと、そう言って彼女はいきなり彼に抱きついて来る。それを受け止めながら、「ハイ。アンナさん。こんばんは」などと彼は返す。ただ、彼女はそんな彼の態度から、いつもとは少しばかり違う気配を感じ取っていたのだけど。
何かしら?
少しだけ首を傾げる。
「お茶と菓子を用意したんです。晩御飯の後でしょうが、これくらいなら大丈夫かと思いまして」
セルフリッジがそう言った。見ると、テーブルの上には彼の言うようにお茶とお菓子が置かれてあった。彼女は少し笑って「どうしたんですか、今日は?」なんて言う。不思議には思っているけども、彼女は彼を警戒してはいない。
邪な計画など、彼が立てるはずがないと、信じて疑っていないから。
それから彼女はやや速歩きで移動するとソファの上に座る。セルフリッジがその前のソファに腰を下ろすと、お茶を一口、お菓子を一欠けら、口に含んで飲み込み「美味しい」とそう呟いた。
そして、次のタイミングで、まだセルフリッジの態度が妙なのを見て取ってから「それで、何かわたしにお願いですか?」とそう尋ねた。
「バレてましたか?」
「バレるようにしていたのでしょう?」
アンナは笑う。
そして「少しだけ、卑怯だとも思います」とおどけた口調で続けた。それにセルフリッジは「すいません。ありがとうございます」と謝罪と感謝の言葉を述べる。
「……実はアンナさんに、また技術力を与えていただきたいのです。我々、人間社会に」
「技術力? 何のですか?」
「あの、光を吸収して魔力に変える“闇の木”の技術力です」
それを聞くと、アンナは固まる。セルフリッジはアンナが人間社会にあまり技術を教えたがってない事を知っている。その理由も。それが凄まじい威力を発揮するものであればあるほど、特に彼女は人間社会に与えたがらない。そして“闇の木”は、凄まじい威力を発揮する技術力の一つだった。
「……理由を、聞きましょうか」
少し悩んでから、彼女はそう言った。よっぽどの理由があるのだと思いながら。彼は嬉しそうにしながら「ありがとうございます」とそうお礼で返し、今のままでは魔王軍が攻めて来て戦争が始まってしまうという事情を説明したのだった。
「どうかお願いします。“闇の木”の技術を教えてください。僕はどうしても戦争を防ぎたいんです」
説明し終えると、セルフリッジはまるで土下座をするように深々と頭を下げてそう言った。
「これが身勝手な頼みである事は承知しています。僕が防ぎたがっているのは、飽くまで僕の短い人生での人間社会に起きる悲劇です。ですが、あなたはもっと長く生き、だからこそもっと長い期間を観ている。高度な技術を人間社会に教えてしまえば、遠い未来、それがどんな悲劇を生み出してしまうのか、それをあなたが恐れているのはよく分かっているのです。
でも、それでも、僕は明日起こる悲劇をなんとかして防ぎたい」
深々と頭を下げたまま、オリバー・セルフリッジはそう言い終える。アンナ・アンリはそれを悲しい気持ちで聞いていた。ただし、それでも仕合せそうにしている。
それは、自分がこの目の前にいる優しい人とは、まったく異なった時間スケールに生きている現実を思い知らされる言葉だけど、同時に彼がこんなにも自分を理解してくれていると分からせてくれる言葉でもあったから。
それからずっと頭を下げ続ける彼の隣に移動すると、彼女は「えい」と言って、彼に覆いかぶさるようにして抱きついた。
「あの…… 何をやっているんですか?」とセルフリッジ。
「いえ、こういう姿勢のセルフリッジさんには抱きついたことがなかったな、と思いまして。レアだな、と」とアンナ・アンリ。
「はぁ」と彼が言い、「ふふ」と彼女は笑った。それから少しの間の後で、
「顔を上げてくださいな。セルフリッジさん」
そう彼女は言った。
その言葉に大人しく従って、セルフリッジは顔を上げる。
「実は、わたしは吃驚していたんです。“回転する魔法”を教えた後、わたしの予想を超えて人間社会が発展してしまった事を。ある程度は発展が起こると思ってはいましたが、まさかここまでとは……」
それを聞いてセルフリッジは不安そうな様子を見せる。
「あの…… それは…」
……後悔しているという事?
アンナは首を横に振る。
「いいえ、後悔してはいません。むしろ、逆です。わたしは人間社会を見くびっていました。恐らく、わたしが教えなくても、いずれは似たような事が起こっていたでしょう。ならば避難民達の餓死や混乱を防げた分だけ、あの時に教えておいた方が良かったと思っています。
“闇の木”も、もしかしたら、似たようなものなのかもしれません。実は最近、わたしの闇の森に生えている“闇の木”を調査している人が増えているのですよ。まぁ、あれだけ大量に生えまくっていますし、あれが光を魔力に変えているのだと知られていたとしても不思議でも何でもありませんし、ならば興味を持たれるのも必然でしょう。
それで最近、わたしはこう思うようになったのです。勝手に技術を盗まれて、無秩序に使われるよりは、むしろ積極的に教えて、間違った使い方をしないように指導するべきなのじゃないか?って」
セルフリッジはそれを聞いて、「という事は……」とそう呟くように言った。
「はい。“闇の木”の作り方と、制御方法を教えます。ただ、やり方はちゃんと考えましょう。失敗をすると、とんでもない事になりますから」
「ありがとうございます!」
それを聞くと、即座にセルフリッジはそう言い、また深々と頭を下げた。
「顔を上げてください」
アンナはそんな彼にそう言ったけれども、またその姿勢の彼に覆いかぶさるようにして抱きついたりした。そんな風に抱きつかれたら、顔を上げられない。
そして、そんな姿勢のまま、彼女は彼にこんな事を言ったのだった。なんか、ちょっとシュールな光景だけども。
「でも、セルフリッジさん。わたし、ちょっと不安なんです」
「何がですか?」
「あなたは、闇の木によって魔力エネルギーを手に入れる事で、軍事力で優位に立ち、それで魔王達に戦争を思い止まらせようとしているのでしょう?」
「はい。負けると分かっている戦争をする人などいないでしょうから」
セルフリッジはアンナからの圧力が少し軽くなったのを確認してから、そこで身体を起こした。流石にその姿勢に疲れたみたい。身体を起こすと、すぐ目の前にはアンナの顔があり、とても不安そうにしていた。彼女は続ける。
「その考えは、基本的には正しいと思います。ですが、相手がその正しい理屈をまったく理解していなかったとしたら、どうなりますか?」
その彼女の指摘に、彼は何も答えられなかった。もっとも、例えどうであろうと、道は一つしかなさそうだったけども。
「シロアキ。どうも国は、エネルギー問題対策に闇の森の魔女の“闇の木”を使う気でいるみたいだよ」
暗黒街の金融会社。情報を広範囲から集めることの出来る“タッチ・カスケード・リーディング”を終えたアカハルは、シロアキがソファの上で寝転がって本を読んでいるのを見つけるとそう言った。
“呑気だなぁ、こいつ。この能力、使うのかなり疲れるのに”
そんな事を思いながら。
それを聞くと、シロアキは寝転がったままの姿勢で弾んだ声を出した。
「おお、マジか? なら、そろそろ、株の売り時だな。魔王んとこの魔石会社の株を残らず売っちまおう。もうかなり上昇しているし、充分だろう」
人間社会が魔力エネルギーを自前で得られるようになったのなら、当然ながら、魔石会社から魔石を輸入する必要がなくなる。そうなれば、魔石会社の業績は急速に悪化するのは間違いない。と言うか、多分、倒産する。つまり、バブル経済の崩壊。シロアキはその前に株を打って儲けを出そうと、そう言っているのだ。
「シロアキ。僕の能力はある特定の情報を狙って盗める訳じゃない。デタラメに広範囲から情報を集めて来るだけだって言ったよね? あまり頼り過ぎるのは止めてくれ」
アカハルがそう文句を言うと、シロアキは身体を起こしてこう応えた。
「蓋然的に情報を拾って来れれば、それで充分なんだよ、今回は。アカハル」
その言葉に軽くため息をつくと、アカハルはこう言った。
「そう言えば、偶然、能力で見ちゃったのだけど、魔王達は嬉々として今でも株を買いまくっているみたいだよ。完全にバブル状態になっているのに。無知ってのは恐ろしい」
アカハルは同情気味にそう言ったのだけど、ところが、シロアキはそれを聞くと嬉しそうに笑うのだった。
「ハハハッ! そりゃ面白いな! バブルが弾けた後で、どれくらい落ち込むのか見物だぞ!」
それを聞いて、アカハルは“こいつ、本当に性格が悪いな”などとそんな事を思ったりしていた。
――その頃の魔王城。
「ハハハ! コンドルよ! まだまだ、株が上がっているようだぞ! まだまだ買えい!」
半ば小躍りする感じで、魔王は浮かれていた。彼の側近のコンドルも同じ様に浮かれている。
「はい!魔王様! 今さっき、魔石会社の株が大量に売られたようなので、それも全て買ってしまいましょう!」
これ、シロアキが売った株ね。
彼らはまだ、“金融”というものの恐ろしさを知らないようだった。
少しも。




