表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/24

14.汚職と罠

 無事にジャガイモの収穫までに、クロナワ地方から市場までの道路が開通し、その運搬には自動車が使われた。勇者キークのデモンストレーションの成功もあって、自動車への注目度は高く、その自動車によるジャガイモ運搬には見物客も出る程だった。そうなってくれば、当然ながら自動車を買いたいという人間もたくさん現れる。ただでさえ高額商品なのに、その需要増も加わったものだから、自動車の価格は一気に跳ね上がった。しかし、実用面と娯楽面の両方から、それでも「自動車が欲しい」という声は治まらなかったのだった。

 だけど、自動車の増産なんてそう簡単にできるものじゃない。まず、これまで以上に道路を造らなくてはならないし、ならば公共事業の規模を拡大しなくてはならない。もちろん、その要望は強く上がり、公共事業の甘い汁を狙っている役人達も、それに応えようとしたのだけど、そこで「待った」の声がかかってしまったのだった。

 「これ以上の自動車の普及は、物理的に無理があるわ」

 そう主張したのは、魔法使いのキャサリン・レッドだった。その理由は至極単純で、しかも真っ当なものだった。

 「このままでは、いずれ自動車を動かす為に必要な魔力を供給する為の魔石が足らなくなるのよ。自動車を普及し過ぎたら、やがては枯渇するわ」

 勇者パーティのメンバーのように、自分自身に強い魔力があるのなら、ある程度はそれを動力源にして自動車を動かせるが、そんな人間は稀だ。だから魔石を自動車にセットして、その魔力を動力源にするのだけど、魔石の数には当たり前だけど限りがある。

 自然発生するから、待っていればいずれ何処かにできるのだけど、自動車の魔石消費量がそのペースを超えてしまえば魔石は枯渇する事になってしまう。魔石が足らなくなれば自動車はただの粗大ゴミ。粗大ゴミになると分かっているものの普及を後押しするなんて無責任を国が行う訳にはいかない。もしも、強引に押し通せば、そうなった時に国民から不満の声が上がるだろう事は明白だった。もちろん、倫理的にもバリバリアウト。

 ただ、世の中には欲に目がくらんで、倫理観が欠如した役人で溢れているから、そんなのカンケーねー!ってなノリで、公共事業の規模を拡大しようとしているのだけど。

 もっとも、彼らの言い分にも一理あることはあるのだった。

 「自動車の数と、魔石の増減バランスの適正な値は不明ではないか。まだ、自動車の数は増やせるという研究報告もある」

 そんな主張をしたのはあの財務官のグロー。どっかの怪しい学者を抱え込み、謎の研究成果を後ろ盾にして、キャサリンの主張に真っ向から反対をした。もちろん、公共事業によって富を増やそうと目論んでいる役人達の多くもそれに賛同をしている。彼らにとっての勝算は、今の段階で道路建設を縮小しようと主張しているのがキャサリンただ一人だけという点だった。彼女以外は、どうやら中立の立場にいるらしい。

 

 「魔石が不足し始めてからじゃ遅いのよ。分かっているでしょう? 魔石は食糧生産を支えてもいるのよ? だからもしも、魔石が足らなくなれば、食糧危機問題が再燃しかねないのよ。しかも、今度こそ解決策がないかもしれない。

 つまり、自動車普及には大きなリスクがあるって事よ」

 王城の会議室。そこで、キャサリンはいつもの勇者パーティの面々に向かってそんな主張をした。

 会議の雰囲気がいつになく真面目だ。ボケも期待できそうにない。その彼女の主張を、他のメンバーはよく理解していた。けれど、同意はしていない。

 「でもさ、あれだけ国民の皆が自動車に期待しているのに、それを抑えるってのも気が引けるよ」

 そう言ったのは勇者キークだった。

 「うむ。恐らくは、我々が政をし始めてから、もっとも人気のある政策でもあるしな」

 そうゴウが続ける。

 「まぁ、抑えれば絶対に不満が出るな」

 とスネイルが更に続け、

 「せめて、魔石がピンチだっていう明確な証拠があればねー」

 と、ティナが加える。

 最後にオリバー・セルフリッジが「とにかく、調査報告の結果が出るまで、この件は保留としませんか?」と言った。

 つまり、問題の先延ばし。

 考える“筋”さえあれば、まとまりと決断力だけはある勇者パーティにとって、これはとても珍しい事だった。それだけ難しい問題だからなのかもしれない。

 「取り敢えずは、それでも良いけど、調査結果を待っている時間もなさそうだったら、道路建設を縮小しておかないと間に合わないわよ? 財源の問題もあるんだし」

 キャサリンが、苦言を呈するようにそう言った。

 もしも、道路を造り過ぎて無駄になってしまったなら充分な経済効果は得られない。すると税収は伸びないから、国は借金を返せなくなってしまうのだ。

 つまり、これを放置すれば“国家破産”という最悪の結果も有り得るという話。この問題をより深刻にしているのは、「そんなのどーでもいいから、とにかく金が欲しい」って連中が国の中枢に多くいるって点だった。こいつらの害悪を甘く見ちゃいけない。少し隙を見せれば、国の税金を貪り食おうとする。

 

 ――で、その害悪は、その頃、こんな事を考えていたのだけど。

 

 「いいか? メイロナ! ここが正念場だぞ! ここで公共事業を拡大して、多くの富と権力基盤を固めれば、我々があの勇者達を倒す事も夢ではない! なんとしても公共事業の規模拡大を行うのだ!」

 まぁ、財務官のグローとその仲間達だ。やっぱり会議室を二人で貸し切って、悪巧みをしている。グローの言葉を聞くと、メイロナは自信ありげな表情でこう応えた。

 「ご安心を、グロー様。既に準備は整っています」

 「何か策があるのか?」

 「はい。唯一、反対しているのが、キャサリンとかいう魔法使いで助かりました。あの女は魔力を使わせれば非常に強力ですが、魔力が通じない状況下では貧弱という話です」

 「つまり?」

 「つまり、強力な抗魔力結界を張れば、捕えれる事は容易なのです」

 それに満足げに頷くと、グローはこう返した。

 「なるほど。しかし、捕えた後はどうするつもりでいる? 殺すのか?」

 メイロナは首を横に振った。

 「いいえ、殺してしまっては怪しまれてしまいます。我々の犯行だとバレなくても、公共事業拡大の話を進めることは難しくなるでしょう。それに、あの女は魔王に対抗する為の兵器でもあります。兵力を減らす事は、得策とは言い難い」

 それにグローは「では、どうする?」と問いかけた。メイロナはわずかに口の端を歪めるとこう答える。

 「実は非常によく効く催眠薬を入手してあるのです。しかも、既に効果は実証済み。それをキャサリンに飲ませれば、我々の意のままに動くようになる…… 殺してしまうよりも、そうして操り、公共事業拡大に協力させる方がより良いでしょう」

 グローはその説明を聞くと、いかにも悪人といった感じの邪な笑みを顔面全体で表現した。

 「そんな便利なものがあるのか! それは良いではないか! 他でも利用ができそうだ。ワシの王への道も開けて来たぞ!」

 それから額をコンコンと指先で二三度叩くとこう言った。

 「思い付いたぞ。どうせなら、その催眠薬をオリバー・セルフリッジにも使ってやろう。あの男にも公共事業を後押しさせるのだ。あいつはただの学者で、戦闘力は皆無に等しい。キャサリンよりも捕えるのは簡単だろう」

 メイロナはそれにゆっくりと頷く。

 「分かりました。では、そのように指示を出しておきましょう」

 何の不安もなく、彼らはそんな決定をしてしまった訳だけど、彼らはあの“闇の森の魔女”がセルフリッジに協力しまくっている事を知らない。もっとも、欲に目がくらんでいて、正常なリスク評価能力がなくなっているから、それを知っていてもやっぱり似たような事を決めてしまっていたかもしれないけれど。

 

 キャサリン・レッドは夜の道をたった一人で歩いていた。彼女は呪術や毒、薬なんかも使うので、その材料を買う為に怪しい店々をよく巡るのだが、それはその帰りだった。

 彼女の自宅までの道のりには、人気のない場所がいくつかある。もっとも、常人を遥かに超えた戦闘能力を誇る彼女が、強盗の類を恐れるはずもないので、平気な顔でそういった場所も歩いていたのだけど。

 そしてその時も、そんな人気のない場所を彼女は歩いていた。ふと人の気配が近付いて来るのに彼女は気が付く。十数人ほどはいるだろうか。前後から自分を囲もうとしている。自分を勇者パーティの一人だと知らない愚かな連中が、無謀にも襲いかかって来ているのだろう。そう思った彼女は、持っていた杖で地面を軽くついた。

 コツンと。

 ちょっとした魔法でも見せて、追い払うつもりでいたのだ。ところが、地面に杖が当たっても黒い煙が一瞬微かに上がるだけで、何も起こらない。

 “おや?”と、彼女は思う。

 そしてそれからこう考えた。魔法が打ち消されている。これは抗魔力結界の効果だ。しかもかなり強力な。恐らく、自分を襲おうとしている連中の何人かが協力して張っているのだろう。この辺りでは今、魔法は使えないはず。

 “ふむ”と彼女は思う。

 ……しかし、だとするのなら、これからやって来るのは強盗の類ではない。もっと別のもっと悪い連中が、自分を狙っている。

 “やれやれ”と彼女は肩を竦める。

 やがて、完全に辺りが囲まれると、その彼女に向けて剣や槍を向けながら、ゆっくりと男達が近付いて来た。

 「キャサリン・レッドだな?」

 一人がそう問いかけてくる。

 「ま、そうだけど?」と彼女は返す。男達の一人がまた言った。

 「抵抗しても無駄だぞ。この辺り一帯に、抗魔力結界を張っている。魔法は使えない。魔法を封じさえすれば、お前が無力になるという情報は入手済みだ」

 その声はわずかばかり震えていた。勇者パーティの一人を相手にしているという事で、緊張をしているのかもしれない。

 キャサリンはその言葉に笑みを浮かべる。強がりか、それとも何か別の意味があるのか。どうであるにせよ、彼女には抵抗しようという気配がない。それから彼女はこう言った。

 「なるほど。で、ワタシを無力化しておいて、あなた達は一体、何をするつもりなのかしら?」

 それを聞くと、男の一人がポケットから妙なビンを取り出した。小さなビン。薬用のものだ。

 「これをお前に飲んでもらう。お前は油断ができないからな、さっさと飲め」

 「あら? これは一体何の薬?」

 「いいから飲め」

 そう言われたキャサリンは、仕方ないといった感じで、大して躊躇もせず、ビンの蓋を開けると、その薬を飲み込んでしまった。

 

 ほぼ、同時刻。オリバー・セルフリッジも、囲まれていた。しかも自宅で。彼の自宅付近は、治安が比較的良い方で、だから彼は自分が自宅で襲われるなど考えてもいなかった。彼を襲撃した連中は五、六人ほど。全員、手に武器を持っていた。

 強盗ではない。

 そう彼は判断した。

 仮に強盗だったなら、素早く自分の自由を奪って金品の類を物色し、できる限り早く逃走するはずだ。しかし、彼らはそんな動きを見せてはいなかった。

 両手を上げ、抵抗の意思がない事を示している彼を横目に、家の外をしきりに気にしている。どうやらこの襲撃が付近の人間にバレていないかを警戒しているようだ。やがて、安心したのか、ようやく彼らはセルフリッジに近付いて来た。

 その時、セルフリッジは、庭にある二本の黒々とした木に、彼らが気が付かないかと少しだけ心配していたが、夜でその黒さが目立たない所為もあってか、彼らは特に注意を向けなかったようだった。

 剣を向けて脅しながら、男達の一人がセルフリッジに向けて言った。

 「この薬を飲め」

 彼はもう片方の手に小さなビンを持っていた。中には薬が入っているのだろう。セルフリッジは、それを受け取りながら尋ねた。

 「あの…… これは何ですか?」

 男はそれに答えない。

 「余計な質問はするな。お前は、ただその薬を飲みさえすればいいんだよ」

 そう言いながら、剣を前に突き出した。だが、その時に別の男が何故かこんな事を言ったのだった。

 「おい、まさか刺しちまったのか?」

 しかし刺した覚えはその男にはなかった。そんな手応えもない。だからその男は、何故そいつがそんな事を言うのか訝しんでいたのだが、やがて気が付いた。

 セルフリッジの服の裾や袖や襟元から何かしら黒いものがしたたり落ちているのだ。それを見て、その男は血液だと思ったのだろう。剣で刺されて血が流れているのだと。しかし、それは血ではなかった。血にしては黒過ぎる。いや、それは“液体”ですらなかった。

 「おい? なんだ、これは?」

 男達はその怪異に戸惑い慄いていた。そして彼らが何が起こっているのかどう対処すれば良いか分からいでいるうちに、床にしたたり落ちたそれは、その量からは不釣り合いな程に急速に広がっていく。はじめゆっくりと、そして瞬く間のうちに、加速度的に部屋中の全ての床を埋め尽くしてしまった。重力の影響を受けているようには思えない。果てしなく濃い暗黒。それは或いは闇そのものだったのかもしれない。

 男達が逃げ出そうと思った時には既に手遅れだった。

 「まずい! 沈んでいくぞ!」

 床一面に広がった闇に、男達の足は囚われていたのだ。膝の上ほどまで埋まり、満足に動かす事すらできない。不思議な事に沈んでいるのは男達だけで、家具調度の類はそのままだった。そしてもちろん、セルフリッジ本人も平気で立っている。そのセルフリッジに向けて男達の一人が言った。

 「おい! お前! 奇妙な術を使うようだが、こんな事をして無事で済むと思うなよ? さっさと俺達を解放しろ!」

 それにセルフリッジは困ったような声を上げる。

 「はぁ、そう言われましても……」

 その彼の態度が、男の怒りのツボに触れたのか、持っていた剣を突然投げつけて来た。しかしその剣はセルフリッジに当たる前に、彼の袖から伸びた闇の鞭によって絡め取られてしまう。

 そして声がした。

 「まったく醜い……」

 それは高い女の声だった。とても澄んでいて、どことなく幼さが残っている。

 「自宅に夜襲をかけるなどといった卑劣な悪事を働いておきながら、まったく罪悪感を感じてない。ふてぶてしい態度。あなた達のような醜い人達など、見るのも嫌です」

 その声は部屋の中から響いてきていたが、男達はその主を見つけられなかった。何処にもいない。しかしやがて気が付く。セルフリッジの足元辺りに、女が半分だけ闇から顔を現している事に。そしてその女はそれから“ズ・ズ・ズッ…”と闇の中から浮かび上がって来たのだった。

 全身が露わになる。

 それは二十歳前後に見える可愛い女の姿をしていた。ただし、雰囲気は明らかに魔女のそれだった。

 「な・なんだお前は?」

 男の一人が言うのを聞くと、その女はにっこりと笑った。何故か、嬉しそうに。

 「わたしは、この方のことを常に守っている者です」

 そう言い終えると、彼女はセルフリッジに抱きつく。いつもの事なのか、彼はそれを自然に受け止めた。痩せてはいるが、一つ頭ほど小さい彼女を、確りと抱きしめている。以外に力は強いのかもしれない。それから彼はこうお礼を言った。

 「助けていただいて、ありがとうございます」

 女は軽く首を横に振る。

 「いいえ。あなたの方こそ、囮の役割、ご苦労様でした。怖かったでしょう?」

 “囮?”

 それを聞いて、男達は表情を歪ませる。

 「どういう意味だ?」

 女は淡々と返す。

 「そのままの意味です」

 そして、それからセルフリッジの身体に抱きついていた手をほどくと続けた。

 「あなた達には、もう二度とセルフリッジさんを襲ったりしないように、よっく分からせてあげないと駄目ですね。潜在意識の奥底にまで」

 その言葉に呼応するように、床に広がった闇がゆらゆらとざわめく。生き物のよう。それはまるで男達に食いつこうとしているかのようだった。

 「ヒィ!」

 と、男達は軽く悲鳴を上げた。それを見て心配したのかセルフリッジが言った。

 「この方達は、命令を受けているだけです。どうか手荒な真似は……」

 その言葉に女は嬉しそうな表情を浮かべる。

 「相変わらず、お優しいですね、セルフリッジさん。大好きです。でも、安心してください。ちょっと脅してみただけですから。事前の打ち合わせ通り、催眠薬を飲ませましょうか」

 「……催眠薬?」

 男達が不安そうに呟くと、彼女はにっこりと笑ってこう言った。

 「あなた達もよっく知っている薬ですよ。なにしろ、あなた達がこれからセルフリッジさんに飲ませようとしていた薬ですから」

 そう言うと、小さなビンがいくつも闇の下から浮かび上がってくる。

 「なんで、お前らがこの薬を持って……」

 相変わらずの笑顔で女は応える。

 「さぁ? なんででしょう?」

 それから真顔になると、彼女は言った。

 「これから、この薬で、あなた達の雇い主が誰なのか、その他の事も、洗いざらい全て吐いてもらいます。覚悟してくださいね。あなた達はもうお終いです」

 男達の顔からは、色がなくなっていた……

 

 ――もちろん、この謎の女の正体はアンナ・アンリだ。闇の森にいなくてはならない彼女自身には、常にセルフリッジを守ることなんかできないけれど、その代わりに彼女の小さな分身を彼の身体に潜ませて、彼を守っていたのだ。今回は、彼のピンチの連絡を受けて、本人が直ぐにワープして来たのだけど。

 その為の魔力は、セルフリッジの庭に植えてある“闇の木”から補給している。光のエネルギーを魔力に変えるそれによって、彼女の分身はは魔力を得ていたのだ。近くの住民達からは奇妙に思われていたけれど、彼は「魔法の実験です」と嘘を言って誤魔化していた。彼には人望があるし、住民達は彼の今の立場を知っているから、疑われはしなかった。

 

 ……男達が呆然とした表情を浮かべている。目の焦点が合っていない。今なら何でも言う事を聞きそうだった。それはもちろんアンナ・アンリが彼らに件の催眠薬を飲ませたからだった。その異常な様子に、セルフリッジが言った。

 「これ、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 アンナは肩を竦める。

 「さぁ? そこは、キャサリンさんを信用するしかありませんね」

 そして少し間の後に、こう続ける。

 「そう言えば、多分、今頃、あっちにも行っているんじゃないでしょうかね? やるんなら、同時の方が良いでしょうし」

 

 ――同時刻。

 

 「……ああ、やっぱりクソ不味いわ、これ。イチゴ味とか、ヨーグルト味とか、考えてみるべきかしらね?」

 

 ビンに入った催眠薬を一気に飲み干した後、キャサリン・レッドはそう言った。それから少しの間の後で、「うーん。でも、焼け石に水って感じもしなくはない」と続ける。

 彼女に目立った変化は観られない。彼女を囲んでいた男達は顔を見合わせると、不可解そうな様子を見せはしたが、そのままこう命令をした。

 「取り敢えず、お前らだけしか知らない秘密を話してもらうぞ。勇者パーティのメンバーだけの機密事項だ」

 恐らくは催眠薬の効果を確かめる為だろう。キャサリンは「フフフ」と笑うと、こう続ける。

 「ワタシ達だけの秘密? いいわよ、話してあげる」

 その言葉に、男達はやや安心したような表情を浮かべた。彼女は饒舌に語り始める。

 「ホラ。失礼な話なのだけど、ワタシってば勇者パーティの中で一番やる気がないって言われているじゃない? まぁ、事実だから仕方ないのだけど、なら、どうして、今回は妙にやる気を見せて“公共事業反対!”なんて主張をしたのだと思う?」

 しかし、なんだかノリが変だった。男達は訝しげに思う。薬が変な風に効いてしまったのかもしれない。彼女は続けた。

 「ワタシはね。誰かを騙すとか弄ぶとか、そーいうのが大好きなのよ。だから、その限りにおいては、とってもやる気を出すの」

 それから怪しい表情を浮かべる。

 「本当に面白かった。

 “キャサリン・レッドは、アンチ・マジックを使われたら無力になる”

 そんなワタシ達が流した安易なデマに簡単に引っかかってくれるなんて。思わず笑い出しちゃいそうだったわよ。

 ねぇ? 本当にそんな事を信じたの? ワタシは魔物だけの国にたった五人だけで乗り込んで平気で帰って来たメンバーの一人なのよ? たったそれだけの事で無力なるんだったら、生きて帰って来るなんて不可能だとは思わない?」

 その彼女の言葉に、男達は戸惑いの表情を浮かべ始めた。

 「これ、ちゃんと薬が効いているのか?」

 「おい。騙されるなよ。ただのハッタリだ」

 「分かっている。今、こいつは無力だ」

 そして、そんな事を小声で言い合い始める。キャサリンは意地の悪い表情を浮かべて続けた。

 「アンチ・マジックは魔法に対して絶対じゃないのよ。破る方法なんていくらでもある。例えば、身体や衣服なんかに予め結界を張っておいて、“身体強化魔法”は可能にしておくとかね」

 そうキャサリンが言い終えた瞬間だった。何か光る物が、彼女の身体から放たれたように思えたのだ。そして、彼女の傍にいた数人が倒れてしまう。

 「なっ!」と驚きの声を上げる男達。

 指で細い何かを挟んで見せつけつつ、彼女は言う。

 「毒針よ。安心して、死んではいない。まぁ、しばらく体は動かせないだろうけどね」

 身構える男達。彼女は不敵に笑うと、こう続けた。

 「アンチ・マジック対策、その2。抗魔力結界の外から、間接的な方法で攻撃を加える事」

 そう言い終えた途端、男達の背後から悲鳴が聞こえた。

 「うわぁあぁ!」

 見ると、男が一人倒れていた。近くには大きな石が転がっている。

 「ワタシはね、使い魔を飼っているのよ。コウモリとか、フクロウとか。もちろん、ただのコウモリとか、フクロウじゃないわよ? そいつらに結界の外から攻撃させたってワケ。これなら、アンチ・マジックなんて意味ないわ」

 そう言い終えると、彼女の直ぐ近くにも大きな石がいくつも降ってくる。それに男達は慌てた。構わずキャサリンは続ける。

 「そして、最も単純かつ効果的なアンチ・マジック対策は、抗魔力結界を壊してしまう事。物理的に、ね」

 そう言い終えると、彼女は懐から丸くて黒い物を取り出した。そしてそれを男達の一人に向かって投げつける。すると、“ボンッ”という破裂音が鳴り響いた。簡易爆弾。男はゆっくりと崩れ落ちた。その男は抗魔力結界を張っていた一人だ。一人崩れれば、もう抗魔力はそれほどの威力を発揮しない。

 「ンフッ」と彼女は笑う。

 慌てる男達。

 「逃げろぉ! 魔法が来るぞぉぉ!」とそう叫ぶ。

 それに彼女は「もう、遅いわ」と淡と言った。それから彼女はスルスルと自分の髪を伸ばすと、逃げようとしている男達の足を縛り上げた。為す術もなく、男達は簡単に捕えられてしまう。

 「暴れると、痛くするわよ」

 楽しそうに彼女はそう言う。

 「どうしてだ? どうして、催眠薬が効かないんだ?」

 まるで悪あがきをするように、男の一人がそう訴えた。キャサリンは楽しそうに笑うとそれに応えた。

 「それは簡単。あの催眠薬は、元々ワタシが作った物で、しっかりとワタシには耐性があるからよ。まぁ、ワタシは毒全般、呪い全般に耐性があるのだけど。

 断っておくけど、勇者パーティの皆は、全員、耐性があるわよ。ワタシほどじゃないけど」

 それを聞くと、男は呆然とした表情を浮かべる。

 「そんな…… つまり、最初から全て罠だったという事か?」

 「その通りよ」

 その時キャサリンは、非常に意地悪く満足げな笑みを浮かべていた。彼女は敵に回さない方が良さそうだ。それから彼女は懐から薬ビンを取り出しながらこう言った。

 「さて。あなた達には、これからこの催眠薬を飲んでもらうわ。ちょっと不味いけど、我慢してね」

 

 「大変です、グロー様! 襲撃が失敗に終わりました!」

 

 そう言って、メイロナがグローの元にやって来た。

 「何っ!?」

 と、それに驚愕の表情を浮かべつつも、グローはメイロナを叱る。

 「それは分かったが、こんな所でそんな事を大声で言うな!」

 それがいつもの二人切りの会議室ではなく、通常の執務室だったからだ。周囲には、他の職員もいる。

 「それが、落ちついている場合ではないのです。早く逃げなければ!」

 「何を言っている?」

 「我々の計画の全てが、既にバレてしまっているのですよ!」

 それにグローは顔を青くした。

 「何だと? どうして襲撃に失敗したくらいでそんな事になる?」

 メイロナは早口で説明をする。

 「それが、どうも勇者達は催眠薬を使ったようで、実行犯から芋づる式に指示を出した者まで辿られてしまったのです。しかも、それだけではなく、はじめから勇者達は至る所に監視体制を敷いていたようです。証拠がすっかり押さえられているのです! 恐らく、全てが罠で、この襲撃失敗に合せて、一斉に我々を摘発する魂胆だったのでしょう」

 それを聞き終えると、グローは慌てて立ち上がった。

 「もしかして、警察が来るのか?」

 「はい。時間の問題かと」

 グローはそれから大慌てで、近くの部屋に飛び込むと少しでも金になりそうな物をバックに詰め込み始めた。メイロナもそれに倣っている。他の職員達は、それを物珍しそうに見つめていたが、止めようとはしなかった。やがて、二人は大慌てで、執務室から駆け出して外に飛び出した。

 だが、そこで二人は愕然となって、立ち尽くしたのだった。

 「財務官のグロー及びにメイロナ。お前達二人を、業務上横領、あっせん収賄罪等の容疑により逮捕する!」

 そこには、既に警察官達が二人を逮捕しようと待ち構えていたからだ。金品を詰めたバックを、二人はその場にドサリと落とした。

 

 「かんぱーい!」

 

 そんな明るい声が響く。

 王城の会議室。勇者パーティの面々が顔を揃えていた。アンナ・アンリの姿もある。

 「いやぁ、ビックリするくらいに巧くいったなぁ」

 そんな事をスネイルが言う。はしゃいだ感じでキャサリンが続ける。

 「まったくねぇ。ワタシはともかく、キークが真面目に会議をやっている時点で疑わなくちゃ駄目だってのに!」

 「ほんと、ほんと」とそれにキークが続けた。

 「あんた、言っておくけど、馬鹿にされているんだからね」

 と、そうティナがツッコミを入れる。

 「何にせよ、今回でかなーり王城内の人事は綺麗になったわね。あのグローとメイロナってのが悪い事をしそうな連中を集めてくれたお蔭で一網打尽にできたわ」

 キャサリンがそう言い終えると、「イェーイ」と彼らはまた喜びの声を上げた。しかし、そこでアンナ・アンリが口を開いたのだった。「お喜びのところ、悪いですけど」とそう前置きすると続ける。

 「今回、確かに税金を貪りたがっている欲深な連中を、一掃できたかもしれません。ですが、これは飽くまで一時的なものに過ぎない事はちゃんと忘れないでください。放っておけば、また自然とわいてきますよ」

 いつも通り、セルフリッジに抱きつきながら。

 「そんな恰好じゃなければ、良い台詞かもしれないのにね」

 と、ティナがぼやくようにツッコミを入れた。

 「まぁ、分かっているよ。システムに手を入れて、こういう汚職問題が発生しないようにしていかなくちゃならないのだろうな、やっぱり」

 そう言ったのは、スネイルだった。

 「いくら手を入れても、抜け道を見つける悪いのが出て来るだろうけどね。イタチごっこよ、こーいうのは」

 と、キャサリンがそう続ける。ただ、その後で

 「でも、何にせよ、これからしばらく、国内は安心して過ごせるでしょう?」

 と、ティナが言うと、「それは否定できません」とアンナが続けた。

 なんだかんだで、やっぱり今日は皆ハッピー気分っぽかった。

 ただし、彼らはまだ知らなかったが、その頃、ちょっとばかり妙な気配が、国内で既に動き始めていたのだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ