13.アカハルとシロアキとクロナツとフユ
公共事業によって、クロナワ地方で自動車用の道路が造られ始めた。クロナワ地方のジャガイモの収穫に合せて、自動車用の道路を開通させるためだ。その道路の建設が順調に進み、見通しが立つと、やや前倒しで他の地方でも道路の建設が始まった。
勇者達が焦って、フライング気味で道路建設を始めたのには理由があった。彼らの予想よりも早く農村の失業問題が悪化してしまって、失業者達の受け皿として、“道路建設”という仕事が必要だったのだ。タイミングとしてはギリギリセーフ。深刻な事態を引き起こす前に、なんとか職を用意できた。
もちろん、その為の資金調達は急務だった。実を言うのなら、財源はそれほどなかったから。それで国は民間の金融機関を頼って、東奔西走していたりしたのだった。
もっとも、その喧騒に紛れて、何かしら良からぬことを企んでいる連中もいるようだったのだけど。
そして、ある暗黒街の小さな金融会社にも、そんな良からぬ連中の息のかかった政府関係者が訪ねて来ていた。
「――なるほど。道路建設用の資金が足らない。それでうちを頼って来たと」
政府関係者のその話を聞いていたのはシロアキという名の男だった。彼はかなり特異な姿をしている。どう見ても子供にしか見えないのだ。子供のような姿をしているのは、彼ばかりではない。その小さなオフィス内にいる他の従業員も全員、子供のような姿をしていた。
――矮躯童人。
彼らはそんな名で呼ばれる珍しい亜人種で、成人しても子供の姿を保ち続ける。子供に見えても、彼らは全員大人なのだ。
政府関係者と話をしているシロアキは、この会社の代表格。理知的だが冷たい印象がある。一見、大人しそうだけれど、本性はかなり凶悪で狡猾。
シロアキの座っている席から少し離れた場所で隠れたように待機している男がいた。その男の名はアカハルといい、気弱な性格で引っ込み思案。ただし、年齢はこの中で一番上で皆から馬鹿にされつつも、それでも一目置かれているような不思議な立ち位置にいる。
後の方の椅子にだらしなく座り、つまらなそうにしている男。こいつはクロナツという。この中では最も背が大きいが、やはり外見は子供に見える。ただ、その面相は明らかに凶悪そうで、実際にかなり暴力的でもあった。まるでギャングみたい。まぁ、実際、ギャングまがいの商売をしているのだけど。
政府関係者がやって来た時に、お茶を出し、丁寧に挨拶をしたのは、この中で一番の常識人のフユという女だった。彼女は見た目も性格も大人しく、この金融会社が会社として機能しているのは、彼女が内と外の人間関係を調整してくれているからという要因が大きい。因みに、クロナツの実の妹でもある。
「うちのような小さな会社では、提供できる資金は限られていますが、分かりました。できる限り尽力しましょう」
そうシロアキが言うのを聞くと、政府関係者は満足そうな表情を浮かべた。隠してはいるが、彼らが矮躯童人という亜人種であることから軽んじている雰囲気がひしひしと感じられる。シロアキはそれを敏感に察知していた。
“お前らみたいな下等種族は、政府の意向に従って当然って顔をしていやがるな”
心の中でそう呟く。もっとも、もちろん表情には出さなかったけれども。
「それではよろしくお願いします」
政府関係者はそれからそう言うと、席を立ってシロアキに握手を求めて来た。シロアキは“おっ チャンス”と思いつつそれに応じる。
「はい。こちらこそ」
恐らく、この政府関係者は矮躯童人に興味があったのだろう。珍しい動物に触れるような感じで、シロアキのその小さな手に触れてみたかったのだ。ひょっとしたら、小児性愛の傾向があるのかもしれない。ちょっと気持ち悪いとシロアキは思う。
それから政府関係者は再び礼をし、彼らのオフィスから出て行った。それを見届けると、クロナツが愚痴をこぼすように言う。
「あいつ、フユのことを変な目つきで見ていやがったぜ。二度と呼ぶなよ」
彼は重度のシスターコンプレックスで、妹を溺愛しているのだ。だから、それは彼の警戒心が生んだ被害妄想かもしれないが、シロアキに対する先の態度を見る限り、そうとばかりも言い切れない。
「別にこっちから呼んだ訳じゃないさ。勝手にやって来たんだ」
シロアキがそう言うと、「だから、来るなって言えって言ってんだよ!」とクロナツは声を荒げる。ただ、彼が声を荒げるのは日常茶飯事なので誰も驚かない。
「お兄ちゃん。お願いだから、そんなにすぐに怒らないで」
そして、そんな感じで彼がフユに諌められるのもいつもの事で、それで簡単に大人しくなるのもいつもの事。
シロアキがこの会社の代表格ではあるが、クロナツにはそれを認めているような素振りはない。ただ単に自分が“代表”なんて柄じゃないのを分かっているから、それを放置しているだけ。そんな彼が暴れ出さないのはフユがいるからで、だからシロアキもフユには頭が上がらない。つまりは、放っておけば、どんな悪事に手を染めるか分からないこの会社のこの二人が暴走しないのは、フユがそれを抑えているからなのだ。
「しかしだ。なんかおかしいぜ、今回の政府の行動は」
クロナツを無視してシロアキがそう言った。
「何がだよ?」とクロナツ。
「場末の、小さな、しかも胡散臭いうちみたいな金融会社にわざわざ足を向けて来るって点だよ」
そう彼が言っている間で、隠れるようにしてオフィスの奥にいたアカハルが顔を出した。そして呟くような言い方でこう言う。
「それほど資金調達に困っているのか、それとも何かしら悪い事を企んでいる連中が政府内にいるのか……」
そう言いかけてから、何かを考え直したのかこう言い直した。
「いや、資金調達に苦労しているのを理由にして、良からぬ連中が、悪事に手を貸しそうな会社を探して回っているとか、かな?」
シロアキはそれに頷く。
「だな。その線が一番濃い」
そして、それからクロナツを一瞥すると、フユの様子を観察する。それほど嫌そうな表情は浮かべていない。
「おい、アカハル。あの能力を使えよ。ちょっと面白そうだろう? ひょっとしたら、オイシク稼げるかもしれないぜ。チャンスだ。チャンス」
フユに咎める気がないと判断すると、シロアキはそう言った。アカハルはそれに「えー 嫌だよ。疲れるから」などと返す。
「お前な。ここにお前がいられる理由を忘れるなよ。その能力がなかったら、ほとんどお前になんか価値はないんだよ」
そう言ったシロアキをフユが少し睨んだ。ただ、怒っているというほどではない。
「だって範囲が広いだろう? かなり消耗するから次に使えるようになるまで、しばらく休まなくちゃならなくなるよ?」
「構わないさ。今回の件は、それくらいの価値はある。
ホレ。さっきボクはあいつと握手をした。ボクから辿れるだろう?」
それを聞くと、アカハルは“仕方ない”といった表情を浮かべ、シロアキに向かって近付いていった。その様をクロナツは馬鹿にしたように見つめる。フユは関心があるのかないのかお茶の後片付けをし始めた。
……彼ら矮躯童人は、その子供ような容姿の所為で差別を受けている。そんな彼らが、暗黒街で金融業などという商売を成り立たせられているのにはちゃんと理由があった。
彼らはそれぞれの能力を活かし、この世知辛い世の中を生き残っているのだ。
シロアキは魔力は弱いが幻術系の魔法が得手で、おまけに頭が鋭い。クロナツは荒事専門で、怪力を持ち火の魔法も使える。そして、アカハルには彼がタッチ・カスケード・リーディングと名付けた特殊な能力があった。
知合いの知合いの知合い…… と辿っていけば、わずか数回で、この世の中にいるほとんど全ての人間と繋がる事ができる。これは“スモールワールド”などと呼ばれる構造だが、アカハルはただ触れるだけで、その繋がりを辿り、その繋がった人々の膨大な記憶から情報を集める事ができるのだ。厳密に言えば、触れ合った事のある人々だが、とにかく、だから凄まじい情報収集能力を持っている。もっとも、範囲を広げればかなり疲労するし、情報の精度もそれほど高くはないのだが。
シロアキの手に触れると、直ぐにアカハルは目を瞑った。既にリーディングを開始している。
「……いえ、それは駄目でしょう」
オリバー・セルフリッジがいかにも困ったといった表情でそう言った。それは、城内にある休憩場で、ある役人の一人から公共事業を上手く利用しさえすれば、合法的に大金を稼げると持ちかけられた時の一言だった。
それに、その役人は目を大きくする。
「いや、しかし、違法ではないのですよ?」
それに彼は首を大きく横に振る。
「違法かどうかは問題ではありません」
その役人には、彼が何を言っているのかが分からないようだった。
「通貨というものは一部に集中させてはいけないのですよ。飽くまで循環させてこそ価値があるものですからね。そうやって、もしも誰かが税金を自分の資産にしてしまい、そしてそれが死蔵された通貨になってしまったなら、世の中は不景気になってしまうんです。そうなれば、たくさんの人の生活が苦しくなります」
いかにも彼らしいその台詞に、役人は目を白黒させる。ちょっとその役人の常識の範疇を超えていたみたい。
「いや、しかし、誰もがやっている事で……」
セルフリッジはそれに頷く。
「そうですね。民間では、一部に富が集中するという現象は頻繁に起きています。ただ、それには実力主義によって競争原理を活かすという機能的な意味があるんです。国の場合、今現在はそれに相当する仕組みはありませんから、資産をより多く得る事に正当性がないんですよ。
それに、民間だって富の偏りが野放しになっているという訳じゃありません、国が税金として富を集めて再分配する事により、それを防いでもいます。富が偏り過ぎると、社会は劣化していきますからね」
オリバー・セルフリッジは自分の行動が社会全体にどんな影響を与えるのかを考えて常に行動する。世の中にとって悪影響ならやらないし、良い影響なら積極的に行う。常識がどうとか、法律がどうとかは、意識しない訳じゃないけれど、優先順位としては低い。それが彼の行動原理で、本来なら国で働く人間は斯くあるべきのはずなのだけど、どうにもこの役人には想像すらできないみたいだった。異界の何かを見つめる目つきで彼を見る。
その役人の表情をよく観察すると、セルフリッジは“これはこんな話じゃ、駄目ですかね”とでも思ったのか、こんな事を言った。
「それに、そもそも勇者パーティの方々は、そんなに馬鹿じゃありませんよ。もしも、僕が彼らを誑かそうとしたなら、直ぐに見破られて僕は相談役をクビになるでしょう。世間では僕を彼らのブレーンのように思っている人も少なくないようですが、僕にそんな力はないのです。
ただ少しのアドバイスをするくらいが、僕の役割なんですよ」
その彼の言葉が、どれだけその役人に伝わったかは分からないけれど、“この男は買収できない”という点だけはどうやら役人にも分かったようだった。そして、
「分かりました」
とだけ言うと、その役人はセルフリッジの前から去っていった。この時、セルフリッジの首元の襟の中から、こっそりと小さな姿のアンナ・アンリが顔を出している事には誰も気が付かなかった。
小さな会議室に男が二人がいた。財務官のグローとその部下のメイロナだ。小さいとはいえ会議室を二人きりで使っているのは、はた迷惑な話だろう。まぁ、それはもちろん、他の人には聞かれたくない悪巧みをしているからなのだが。
「勇者を騙すのですか?」
そうメイロナが言った。グローが頷く。
「その通りだ。勇者に対抗する連中を集める事ばかりワシらは考えていたが、それよりも、奴の力を削ぐ方が手っ取り早い。しかも、あいつはかなりの馬鹿ときている。騙すのは容易いだろう」
勇者パーティのブレーン。オリバー・セルフリッジにはなびく気配もないし、騙すのも難しいという報告を受けた後、しばらく考えるとグローはそのような提案をしたのだった。
「しかし、下手に手を出せば、我々の計画が奴らにバレてしまう可能性もありますが?」
メイロナがそう不安を口にすると、グローはグフフと笑ってこう返した。
「なに、心配するな。取り敢えずは、ほんの小手調べ、酒に酔わせてどんな反応をするかを観るだけだ」
そう言われては、メイロナには反論ができなかった。が、それでも不安を感じてはいた。何故なら、勇者キークは確実に馬鹿なのだが、勘だけは異常に発達をしているという話を耳にしていたからだ。最近になって、勘だけを頼りに、王の承認を得に回って来た書類の不備や不正を数多く発見しているらしいのだ。
“果たして、大丈夫だろうか?”
彼は心の中でそう呟いた。
勇者キークは、執務室で書類に承認印を押す仕事をその日はずっとやっていた。
「ん。なんかこれおかしい」
内容を軽く読んではポンポンポンと印を押していく中で、時折、そんな風に“何か気に食わない”と感じた書類を部下に渡す。渡された部下はその書類の内容をよく吟味して、おかしな点を探す。するとほとんどのケースで、何かしら問題点が見つかる。
この作業が、意外に効率が良く、“政治では無能”と思われていた勇者キークは、それで少しだけ見直されたのだった。もっとも、王にとって重要な仕事ではないのだけれど。
もちろん、キークは勘だけでそのチェック作業をやっている。ちょっと前までは、ちゃんと考えてやっていたのだけど、それで不備のある書類を承認してしまった事があって少しばかり問題になり、やり方をスネイルによって改めさせられたのだ……
「――おい、勇者。お前は文字は読めるよな?」
と、その時スネイルは言った。
「読めるよ! 馬鹿にしているの?」とキーク。
「うん。まぁ、馬鹿にしているけどな。なら、読んだらその内容を考えるな。直感だけで判断して行動しろ。戦闘の時みたいに」
「なにそれ? 馬鹿にしているの?」
「うん。まぁ、馬鹿にしているけどな。良いから、そうしろ。お前の場合は、その方が上手くいくんだから……」
……そんな感じで、スネイルから指導されてキークはやり方を改めたのだけど、それ以降は少なくとも承認のチェック作業だけは、キークは皆から認められたのだった。ただそれで、彼にはチェックの仕事が増えてしまったのだけど。
その日の午後、キークが承認作業だけをし続けて、いい加減飽きていた頃に、執務室のドアがノックされた。
「誰?」と彼が尋ねると「わたしよ」と言ってティナが入って来る。
「そろそろ、仕事に嫌気がさしているのじゃないかと思って来てみたの」
キークの前にまで来ると、彼女はそう言った。
「そりゃ、飽きているよ。ここ最近、書類仕事ばっかりだし」
その返答に悪戯っぽい笑顔を浮かべると彼女は「うん。わたしも同じ」とそう言ってから、こう続ける。
「そんなキークに朗報。今度、兵隊達の訓練をやるんだけど、それにあなたも出てみない?」
「なにそれ?」
「本当はゴウの仕事だったのだけど、交換したのよ。彼は今、新作のジャガイモ料理の研究に熱中しているわ。ほら、食糧増産に成功したって言っても、今のところはジャガイモばかりでしょう? 飽きちゃうから、せめて料理のバリエーションを増やそうって話になってね。あいつ、料理が好きだから、やりたいみたいなのよ」
「へー」
なんか、この二人が普通に会話していると違和感がある。
「断っておくけど、わたしに料理ができないって訳じゃないからね。断っておくけど」
ティナはそう強調してから続けた。
「で、わたしが兵隊達の訓練に付き合う事になったのだけど、どうせなら、模範戦闘も見せた方が良いのじゃないかと思ってね。でも、ほら、わたしってば剣は使わないじゃない? それで剣を使うキークと練習試合をやった方がいいかなって思って…… 運動不足だろうし。お互いに。それに、あなたってば、あまり王様としての威厳がないから、ここらで戦闘能力の高さを見せつけておくってのも良いかと思うし」
かなり言い訳がましい誘い文句だったけれど、要はキークと一緒に何かがしたいのだ、彼女は。キークはその回りくどい言い方を特に気にしていないようで、それに「いいね」とそう返した。
「書類仕事ばかりで嫌になっていたし、やってみようかな」
それを聞くと、ティナは「本当? 約束だからね」と嬉しそうにそう言った。それから、「じゃ、詳しい話は後日に連絡するから」と告げると部屋を出て行った。
どうも、いつも小学生のような愛情表現を繰り出す彼女にも、関係を進展させたい気持ちがあるにはあるようだった。
キークと約束してから、ティナはすこぶる上機嫌だった。そして、その反対にそんな彼女を見つめるあの魔物のクロちゃんは、すこぶる機嫌が悪かった。
ティナが他の男とデート(だと彼は勘違いをしている)というだけで嫌な感じなのに、その相手が自分を車で跳ねたあの勇者キークだというのだからそれも当たり前。
「ちょっと、キークと一緒に用事があるのよ」
なんて言葉を自宅で聞いてから、ずっとふてくされている。ただ、ティナはそれに気が付いていなかった。ちょっと様子がおかしいなと思っているくらい。ほら、クロちゃんは、いつも自己表現が控え目だから。
でもって、約束の日。ティナは上機嫌で仕事に出掛けて行ったのだった。まぁ、家で待っている彼は気が気じゃない。でも、魔物の自分がそのままで外に出られるはずはない。ましてや王城なんてとてもじゃないが行けやしない。下手すれば捕まってしまう。それで彼はちょっとばかり悪い事を思い付いたのだった。
「そうだ。あの勇者に化けてやろう」
例によって、言わなくていいのにそう呟く。
勇者の姿なら城の中にだって入れるし、あわよくば、そのままティナと自分がデートできるなんてこともあるかもしれない。
そして、昼食を食べ終えると、彼は勇者に化けてティナの自宅を出てしまったのだった。まぁ、かなり杜撰な計画だけど。
ただ、彼は幻術の類だけは得意で、彼のその変身は誰にも見破られなかった。王城に入る時も入ってからも、「来なけりゃ良かった」と後悔する程に緊張していたのだけど、誰からも疑われなかった。
もっともそれは、勇者キークの普段が普段だから、多少変な行動を執っても奇妙には思われないという事も大きかったのだけど。
城の中に入れたは良いけれど、クロちゃんは少しというかかなり困っていた。彼はもちろん、ティナを探したいのだけど、城の中をどう行けば彼女の元に辿り着けるのかが分からないったらありゃしないから。しかも、彼の声は異常な程に小さい。場所を聞こうにも、そもそも誰も話しかけられている事にすら気付いてはくれなかった。
で、しばらく城内を迷いまくっていたのだけど、そのうちに、役人の一人から彼はこう話しかけれられたのだった。
「おや? 勇者様。こんな場所で、どうしたのですか?」
この時、本物の勇者キークは兵士達の訓練に行っていたのだけど、それをこの役人は知らないようだった。役人はそれからこう続けてきた。
「もし、用事がないのなら、これからパーティにでも行きませんか? 今日、偶然、催されるのですがね。なに、特別な理由はございません。以前から、一度でいいから、敬愛する勇者様と歓談しながら食事をしてみたいと思っていたのです」
それを聞いてクロちゃんは困った。どう答えれば良いのか分からなかったから。下手なことを言えば、勇者ではないとバレてしまうかもしれないけど、もしかしたら、そのパーティにティナも出席するかもしれない。それで動揺して固まりまくる。しかも彼は声がとても小さい上に、そもそも元々の性格から、誘いを断るのが下手だったりもする。それで、
「おお、来てくださるのですか。これは大変に嬉しい。光栄でございます」
有耶無耶に返事をしていたら、いつの間にか気付くと彼はそのパーティに参加する事になってしまっていたのだった。
役人が語った“パーティが偶然催される”という話は嘘だった。その役人は、グローの仲間で、今が勇者を罠に嵌めるチャンスだと考えた彼は口から出まかせを言ったのだ。彼はこれから大急ぎで、パーティの準備を手配するつもりでいた。
勇者キークは酒にはそれほど強くないと聞いている。大酒で酩酊させた後は、状態を見て、何かしら約束をさせるなり、弱みを握るなりするつもりでいた。
しばらくが経つと、馬車が用意され、そこに勇者キークに化けたクロちゃんは乗せられてしまった。街の高級飲食店を目指す。ただでさえ気の弱い彼は、その状況にとてもとても小さくなっていた。
その頃、ティナと勇者キークは、ちょうど練習試合をやっていて、それを見ている兵士達の顔を青くさせていた。
「呪符魔術“炎”の拳! ボディが甘いぜぇ!」
超高速で、ティナの炎をまとった拳がキークに向かっていく。キークはそれをギリギリでかわすと、剣戟をティナの頭に振るう。もちろん、本物の剣ではないけれど、もし普通の人が受けたなら、確実に死に至ると思える程に、その打ち込みは鋭かった。
実際、それをかわした後で、衝撃波らしきものが土ぼこりをさらっていた。絶対に必殺の威力だ。
これでは見て真似をしろと言われても、レベルが高過ぎてどうすれば良いか分からないし、もしこの後で、あの二人のうちのどちらかと試合をしろと言われでもしたら、下手すれば殺されかねない。
実を言うと、手加減を知らないゴウを説得するのにも、普段から彼らはとても苦労しているのだった。
常軌を逸したティナとキークの戦闘を目の前にして、兵士達は“どうか、まずは人間レベルの戦いの訓練をさせてください”とそう祈っていた。
一方、連れて行かれたクロちゃんは、パーティ会場で憮然としていた。そのパーティとやらは酷くつまらなかったから。彼にとっては、はっきり言って、拷問に近かった。ティナが現れそうな気配は少しもないし、美味しくもないお酒とかいうものを大量に飲ませられるしで。
彼にアルコールは効かない。だから、彼にとってみれば、それは変な味のする水という程度のものだった。だから飲みたくはなかったのだけど、彼は断るのが信じられないくらいに下手だから、なんだかんだで飲ませられ続けていたのだ。アルコールが効かなくても、大量に飲ませられれば気分も悪くなってくる。
左隣に座った女がニコニコと明らかな作り笑いで媚を売って来て、右隣に座った役人が公共事業の規模がどーのというクロちゃんにとってはよく分からない話をする。もう、うんざりだ。嫌だ。帰りたい。
辛抱ができなくなったクロちゃんは、隙を見て幻術を使うと、寝ている勇者の幻影を残し、そのパーティ会場から逃げ出してしまった。ただ、歩いて帰るしかない上に、ティナの自宅まではけっこうな距離で、しかも正確な道も分からない。
彼は随分と苦労して、なんとかティナの自宅に辿り着く事はできたのだけど、その頃には時刻は既に夜になっていた。
「何処に行っていたの、クロちゃん? 心配していたのよ」
ティナが温かく迎え入れてくれた事だけは嬉しかったけれど、あとは彼にとっては散々な一日だった。
おまけに、それからティナは嬉しそうに彼に向かって勇者との練習試合がとても楽しかったことを話したりしたものだから、最後まで気分は最悪だった。
「もう二度と、勇者に化けたりなんかしないぞ」
そう彼は独り言を言ったけど、やっぱり小さ過ぎてそれはティナには聞こえていなかった。
「駄目でした。勇者を騙そうとしましたが、逆に騙されてしまったようです」
メイロナがそう財務官のグローに報告をした。
「パーティに連れて行き、大酒を飲ませたらしいのですが、いつの間にか幻影にすり替わっていたそうです。しかも、その日、勇者は兵士達の訓練に参加していたそうなので、或いは初めから偽物であった可能性もあります」
グローはそれを聞くと、不機嫌そうに顔を歪ませた。
「下手な事は喋らなかっただろうな?」
「それは大丈夫のはずです。ただし油断は禁物でしょう。あの勇者は実はそれほど馬鹿ではないのかもしれません。少なくとも警戒されている事だけは確実です。今後も手を出さない方が無難かと」
グローはそれからとても悔しそうに「ぐぬぬ……」と呻いた。
もちろん、クロちゃんは自分が憎い勇者キークを助けていたなんてまったく知らなかった。彼がこれを知ったなら、どう思って、どんな独り言を言うだろう?
矮躯童人達の金融会社。
そのオフィス内。
――アカハルが目を開けた。
それに気付いて興味深そうに目を向けたのはシロアキだけで、クロナツは何かの本を捲っていたし、フユはオフィスの掃除をしていた。
“かなり、疲れたのにな”
と、憮然としつつも彼は口を開く。
「随分と変な事なっているみたいだよ。どうも、役人の一部が勇者達に対抗しようとしているみたい」
それを聞いて、シロアキが驚いた声を上げた。
「なんだそりゃ? マジか? ただ、公共事業で甘い汁を吸おうってんじゃなくて、勇者達と敵対する気でいるのか?」
「うん。しかも、どうも勇者達側にはあの“闇の森の魔女”もいるみたい」
その彼の説明に疑問の声を上げたのは、シロアキではなくてクロナツだった。
「闇の森の魔女? 嘘を言うなよ。闇の森の魔女は、人間嫌いで有名だぜ」
「いや、それが、オリバー・セルフリッジって男にべったりだったんだよ。今回はガッツリ協力しているみたい」
そのアカハルの言葉に、「俄かには信じ難いな」とクロナツは返す。しかし、それからシロアキがアカハルの言葉を肯定するのだった。
「いや、思い当たる節がある。“物を回転させる魔法”の技術を、国が何処から手に入れたのかボクには不思議だったんだが、闇の森の魔女が協力しているっていうなら、不思議でも何でもなくなる。恐らくは、闇の森の魔女に教えてもらったんだろうよ」
クロナツは何か言いたそうにしたが、結局は口を開かなかった。それをまったく気にせず、シロアキは続ける。
「役人どもが、そんな危険な橋を渡ろうとしているって言うなら、その件にはあまり首を突っ込まない方がいいな」
「どうして?」とアカハルが尋ねた。
「勇者達の方が圧倒的に有利だからだよ。考えてもみろ、単に地位が上ってだけじゃなく、奴らは戦争兵器そのものだ。軍隊にも対抗できる程の力を、たった五人で持っていやがるんだぞ? しかも、魔王が再び攻めて来た時に対抗できるのは、実質連中だけだ。闇の森の魔女も加わっているってぇなら、尚更だろう。仮に一時、権力争いで勝っても、魔物の群が攻めて来れば簡単に勇者パーティは権力の座に返り咲ける。敵対するのは、馬鹿のやる事だよ。
まぁ、権力に取り憑かれた連中ってのはリスク評価が甘くなる傾向にあるが、だからなのかもしれない」
シロアキは饒舌にそれだけのことを語った。アカハルはそれを聞き終えると、「ふーん。なるほどね。そうだ、魔王と言えば変な事があったよ……」とそう言ってからこう続けた。
「なんでか、勇者パーティのティナって女の子の所に、魔王の手下がいるみたいだったんだ」
「魔王の手下?」とそれにクロナツが反応する。
「うん。なんか、居候というか、ペットみたいな感じで」
「なんだそりゃ? スパイか?」
アカハルは首を横に振りつつ「よく分からない」と答える。
しかし、それに対してそこでシロアキがこんな事を言うのだった。
「ふーん。そっちの方が面白そうだな。もしかしたら、使えるかもしれないぞ」
と。




