12.イベント後の諸々
王城。会議室。
その場で、いつもの勇者パーティの面々によって、反省会だかなんだかよく分からない話し合いが行われていたりした。
「ぶっちゃけ、キークがハンドルを切った時は終わったと思ったわよ。今回のキークの行動は、いつも以上に常軌を逸していたわ」
キャサリンがそう言う。
「それについては同意見だな」
と、頷きながらスネイルが。
そして「オッタマゲーション・マーク」とゴウが〆る。
“オッタマゲ……?”
その最後の〆に、と、そこにいる全員が思ったけれども、誰もツッコミは入れなかった。なんか不毛なことになりそうだったから。ティナが疲れたような笑顔を浮かべつつこうキークに尋ねる。
「しかし、キーク。よく分かったわね。あそこに魔物が幻術結界を張っていたなんて」
それを聞いてキークはキョトンした表情を浮かべるとこう言った。
「え? 分かってなかったけど?」
「分かってなかった?」
「うん。なんか違和感を覚えてさ。これはハンドルを切るっきゃないと思って、ハンドルを切った」
ほぼ説明になっていない。つまり、直感に従って行動したというだけ。その言葉にティナは額に青筋を浮かべた。
「やっぱりかぁ! そうなんじゃないかとは思っていたけど! やっぱりかぁ! 違和感を感じたんなら、まずは車を停車させなさいよ! このバカ! もう、こーなったら“拳固でグリグリ”の刑よぉ!」
「えー! あの時、ちゃんと車を停めたんだから、それはないでしょう?」
「問答無用!」
それからティナは、キークの頭を拳で挟むと思いっ切り“拳固でグリグリ”をし始めた。「イデデデ!」と勇者キーク。久しぶりだからか、特に力が入っているご様子。それを見ながらキャサリンが言う。
「これは単に、キークに“拳固でグリグリ”をやりたいだけね」
「だな」とスネイル。
勇者キークが、ティナから拳固でグリグリをくらっているのに構わず、話し合いは進行した。いつもの事だけど。
「で、問題はあの黒い魔物よね。キークが車で跳ねちゃったヤツ。確かティナが引き取ったのよね? どうしている?」
キャサリンのその質問を受けると、ティナは拳固でグリグリをし続けながら言った。勇者の「イデデデ」という悲鳴をBGMに。
「ああ、クロちゃんなら、わたしの家にいるわよ?」
「クロちゃん?」
「顔が黒いからクロちゃん。なんか、本当の名前は、人間じゃ発音できないんだって。だからわたしが付けてあげたの」
“なんか、おかしい”
その説明を聞いてキャサリンはそう思う。しばらくの間。勇者キークの「イデデデ!」という声だけが、会議室の中を反響していた。
「尋問とかは、もう終わっているのでしょうね?」
何かを確かめるようにキャサリンは今度はそう質問する。ゆっくりと。ティナは少し不思議そうな表情を浮かべるとこう答えた。
「尋問? ああ、まぁ、公共の場に幻術結界を張って、自動車見物ってのは、確かにやり過ぎよねぇ」
それを聞くと、キャサリンはスネイルと顔を見合わせた。
「もう一度訊くわ。ティナ。あの例の魔物は、あなたの家にいるのよね?」
「いるわよ? 保護してる。まだ、怪我が治ってないのよね。いやぁ、生きていて良かったわ」
またキャサリンはスネイルと顔を見合わせた。小声で彼女はこう言う。
「こいつ、なんか勘違いしていない?」
「してるっぽいな。普通に考えれば、あいつは魔王の手先だろう。なんかあそこで企んでいやがったんだ」
ティナはそんな二人の様子にまったく気付いていない。
「確かにクロちゃんも悪かったけど、彼が悪者になってくれたお蔭で助かったんだし、ちゃんと感謝しないとね」
なんて言っている。
キャサリンが小声でスネイルに言った。
「どうする? こっちであの魔物を引き取って尋問し直す?」
少し考えるとスネイルは返す。
「いや、案外、このままの方が面白いかもしれないぞ。泳がせて、どんな行動を執るか監視しよう。諜報活動じゃ、こっちの方が不利なんだし、上手くすればその穴を少しは埋められるかもしれない」
「なるほど。じゃ、このまま行くけど、ティナには一応、後で警告をしておくわよ」
「任せた」
二人のそのやり取りを、ティナは不思議そうに見つめていた。
「イデデデ!」
と、“拳固でグリグリ”をくらっている勇者キークが、相も変わらずにそんな悲鳴を上げている。
で、会議が終わった後、
「まっさかぁ。クロちゃんは、とってもいい子よ? ちょっと言うか、かなり声は小さいけども」
キャサリンから呼び止められて「クロちゃんとやらに気を付けなさい」という忠告を聞くと、ティナはそんな能天気な返事をしたりしたのだった。
「いやいや、自動車見物の為にだけ、魔物が人間社会にやって来たなんて普通は考えられないでしょーう?」
キャサリンの真っ当な指摘。少しだけ表情を曇らせるとティナはこう返す。
「そうね? 他にも何か観光がしたかったのかも…… その辺りの事情は、まだ聞いていないけども」
その言葉にキャサリンは呆れた。
「あなた、少しは脅すとか、拷問するとかしたんでしょうね?」
それでそう言ってみる。すると明らかにティナは不快そうな表情を見せた。
「拷問? なんで? 嫌よ。可哀そうじゃない」
納得いかないといった感じで、キャサリンはこう返す。
「あんたね、いつもいつもキークに対しては、しっかりと拷問しているじゃないの。今日もかなり痛そうだったけど。
どうして、キークには平気でできるのよ?」
ティナはその問いを聞くと、顔を真っ赤にした。普通、顔を真っ赤にするような問い掛けではないと思うけども。モジモジしながらこう返す。
「ホラ? “拳固でグリグリ”をやる時って、キークの頭が直ぐ近くにある訳じゃない?
……なんか、いいなって。それに、痛がっているキークって可愛いから……」
その説明に、キャサリンは顔をひきつらせた。
“こいつ…… 歪んでやがる。いや、察してはいたけどさ。かなり前から”
「はぁ」とため息を漏らすと、それからキャサリンは言った。
「あんたね。そのうち、キークにいじめ返されるわよ? あいつ、本気を出せば、あんたよりも腕力は強いでしょう?」
「え?」
するとティナは、思いも寄らなかったというような表情でこう呟くのだった。
「キークがいじめる? わたしを?」
そして、しばらく固まる。その反応を訝しげに思うキャサリン。それから、ゆっくりと確かめるように口を開いた。
「ひょっとして…… アリなの?」
彼女は、流石にちょっと引いていた。
――その、二、三日前のこと。
目を覚ますと、手当てをされ、何処かの家の中で寝かされていることに彼は気が付いた。しばらくは頭が混乱していた。ここは何処だ? 魔王領じゃない。部屋の装飾が根本から違っている。やがて彼は思い出した。自分は勇者に自動車で跳ね飛ばされて、大怪我を負ってそのまま意識を失ったのだ。確か、魔物だと人間達にバレたはず……
そこで彼は訝しげに思った。
どう考えても捕虜や犯罪者といった扱いではなかったから。柔らかい布団に包まれている。なんだか大切に扱われているっぽい。彼は捕まったならば、人間達から必ず拷問を受けるとそう思っていたのだ。そして、痛いのは嫌だから、さっさと洗いざらい吐いてしまおうとも思っていた(ヲイ)。
絶対、おかしい。罠? 逃げ出す?
彼はそう考えた。
だけど、罠だとはとても思えない。そんな事をする意味が分からないから。何か高度な計略なのかもとも思ったけれど、だとしても彼には少しもその意味が分からなかったから、やっぱり対処のしようもない。
どうしよう?
しばらく悩んでいると、そのうちにガチャリとドアが開いた。そして明るい女性の声が。
「あら? 良かった。気が付いたんだ」
見ると、そこには優しそうな女性がいた。
彼女には見覚えがあった。自動車に跳ねられ直後、薄れていく意識の中で、彼女は自分の目の前に現れて、突進して来る自動車を受け止めてくれたのだ。
命の恩人と言えるかもしれない。
状況からいって、彼女が自分を助けてくれたのだろう。
彼はそう判断する。それでお礼を言わなければと声を出そうとした。けれど、ただでさえ声が小さい上に緊張しまくっていて、うまくそれは響かなかった。
「う… あ、あ…… り、が」
“ありがとう”
そう言ったつもりだった。しかし、その女性は首を傾げる。明らかにクエッションマークが頭に浮かんでいた。彼が何かを伝えようとしていることだけは伝わったけれど、それ以外はきっと何も伝わっていない。ちょっとの間の後で、彼女は口を開いた。
「わたしはティナよ。勇者パーティの一員で、呪法武闘家」
どうも自己紹介を求められていると彼女は勘違いをしたようだった。
“勇者パーティの一員?”
それを聞いて、彼は怯えた。やっぱり、彼女は自分に何かをするつもりなのだろうか? 勇者パーティといったら、恐ろしい力を持っていて、魔王様ですら恐れている…… と聞いている。
「あ… あ、い」
今度は許しを請おうと、彼は口を開きかけた。ところが、その様子を見て、何故かティナというその女性は反対に頭を下げて来たのだった。
「ごめんなさい!」
その謝罪の意味が、彼には分からなかった。
なんで?
彼が不思議に思っていると、彼女は言葉を続けてきた。
「うちのキークが訳の分からない行動で、あなたを跳ねてしまって。彼も多分、まさかあんな所であなたが幻術で隠れているとは思っていなかったのよ」
へ?
それを聞いても彼にはまだ意味が分からなかった。彼女は更に続ける。
「でも、あなたもいけないのよ? いくら落ち着いて自動車を見物したいからって、あんな場所で幻術結界を張るから……
あ、もちろん、罪に対して罰の方が重すぎるから、やっぱり、こっちの方が悪いのだけど…」
そこまでを聞いてようやく彼は察する。
「まさか、ボクが魔王様の手先だってバレていない? むしろ被害者だと思われている?」
思わずそう呟いてしまったけれど、とても小さな声だったから、ティナには聞こえなかったみたい。
「ん?」
と、彼女は首を傾げる。フルフルと首を横に振って彼はそれを誤魔化した。それから彼女はこんなお願いをして来た。
「どうか、許してはもらえないかしら? 好きなだけ、ここにはいて良いから。もちろん、早く怪我が治るように看病もするから」
それに彼は何度も頭を上下運動させて、オーケーの意思をアピールした。何の罪にも問われない上に、怪我まで治してくれて、しかも生活に困らないとくれば断る理由なんてあるはずがない。
「どうせ、魔王様の所に戻ったら、この失敗を責められるのだものな。どうせなら、しばらくここにいよう」
そう独り言を言う。もちろん、いつも通り声が小さ過ぎて聞こえない。彼のそのクセに早くも慣れ始めたのか、ティナはそれを気にせず、こう尋ねた。
「ところで、あなたのお名前は?」
一瞬、彼は正直に自分の名を言おうかと思ったのだが、それは少々危険だと考えるとこんな言い訳をした。
「人間だと発音できなくて……」
精一杯の大きな声で。
なんとかそれをティナは聞き取る。
「発音できない。へぇ、そんな事もあるものなのね」
と、そう呟いてからこう言った。
「なら、わたしがここでの名を付けてあげる。あなたは黒いから、クロちゃんにしましょう! なんか可愛いし!」
なんて、安直な……
と、彼…… クロちゃんはそう思いはしたけれど、珍しく口には出さなかった。出したところで小さ過ぎて聞こえはしないだろうけど。
それからティナは無邪気に「気に入った?」と、そう尋ねて来る。“微妙”と思ったけれど、特に気にするほどの事でもないので、クロちゃんはそれに大きく頷いた。すると彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべ、「良かった」と笑ったのだった。
それを見て、
「この人はとてもいい人かもしれない」
と、クロちゃんはそんな独り言を言った。そして布団に顔を埋めると、少し赤くする。いや、彼の顔は“暗い”からどうだか見分けはつかないのだけど。
「自動車から守ってくれたのもこの人だったし、ここにいれば、これからもボクを守ってくれるかもしれない」
どうにもクロちゃんは、彼女を好きになり始めているようだった。
――王城。
そこには財務省の執務室があった。その一角にはグローという名の男の姿が見える。背は低いが、とても太っていて、それなりの威厳があった。もっとも、胡散臭さもプンプン漂わせていて、真面目な人間ならできる限り近づきたくないと考えるかもしれない。彼は財務官の一人で、地位としてはそれほど高くはないけれど、実を言えば油断ならない人物の一人でもあった。
彼は前国王時代に権力闘争に敗れて閑職に追いやられはしたが、各業界にコネクションを持ち、隙あらばそれを使って私腹を肥やそうと虎視眈々と狙っているような人物なのだ。スネイルもそれを分かっている(忘れている人も多いだろうけど、彼は財務大臣)から、それほど高い地位にはしなかったのだけど、少しばかり油断してもいた。彼の実務能力を買って、財政に関わる位置に付けてしまっていたのだ。違法な手段を用いさえすれば、彼の地位でも充分に民間会社と癒着し、不正に富を得ることは可能だ。そして、富を得れば、権力も手に入れられる。
「グロー様。デモンストレーションが成功し、いよいよ、勇者キーク達の公共事業計画が本格的に動き出しそうです」
そう報告をしたのは、彼の部下のメイロナという男だった。彼はグローとは違って背が高くて痩せていて、主に知略を得意とする。グローのブレーン的な存在だ。この二人は、凸凹コンビとして有名で、あまり敵に回したくないと政府内の人間達からは思われていた。ただ、メイロナは本心ではグローの事を馬鹿にしているのだが。利用できると思っているだけだ。
「フフフ……。そうか、ようやくチャンスが回って来たな」
メイロナの報告を受けると、グローはそう言ってにやりと笑う。
彼はいつまでも低い地位に甘んじているような人物ではない。野心家で、いずれは国王になる事すらも夢見ていた。もっとも、今の状況では到底かなうはずもない事は、彼も十二分に分かっていたのだが。
「とにかく、今は仲間集めだ! 利用できそうなヤツは誰でも仲間にしろ! 国でも民間でもナンでも構わん! これから行われる公共事業で手に入れられる富を利用して、買収しまくる! そして、あの無能なキークとかいうガキの王に対抗できる力を蓄えるんだ!」
彼はそう言って「グフフフ」と笑った。




