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1.はははっ 勇者よ、世界の半分をお前にやろう!

 「はははっ 勇者よ、世界の半分をお前にやろう!」

 

 石造り。一見廃墟のようにすら思える怪しい雰囲気。禍々しい黒い霧の立ち込める魔王城。その玉座の前にゆったりと腰を下ろしている魔王。彼は勇者パーティの面々に向けてそう言った。口調も態度も余裕ぶってはいたが、それがやせ我慢の演技である事は一目瞭然だった。だって、額には隠そうにも隠しきれない冷や汗が浮かんでいたし、表情はどことなくぎこちなかったし、声は少なからず震えていたから。

 魔王はいかにも悪魔然とした山羊の角を生やしていて、顔の造形は青年男性のそれだったが、極端に青黒い。身長はもし人間ならばかなり高く、3メートル近くはある。もっとも、彼は魔物なので低い方かもしれない。頭から生えた角は、当然だけど、先にいけばいくほど細くなる。その細くなった角は、よっく見ると微かにフルフルと震えていた。

 きっと、怖がっている。

 だから、その言葉を受けた勇者パーティのメンバーは互いに顔を見合わせると、大きくため息を漏らしたのだった。

 こんな申し出、苦し紛れで出して来た罠に決まっている。受け入れるはずがない。後少しで魔王は倒せるのだし。

 が、しかし、それから勇者キークはこうそれに返したのだった。

 「分かった。世界の半分を僕にクレ!」

 拳を握りしめながら。

 力強く。

 「待て!」

 と、それにツッコミを入れたのは、呪法武闘家のティナだった。動き易い装備だからというわけでもでなさそうだけど、素早く移動すると硬く握った両の拳固で、勇者キークの頭をグリグリと万力のように挟みながらこう続ける。

 「あんた、なに考えているのよ! なに考えているのよ! あんなの罠に決まっているでしょうが!」

 「イタタタタ! やめて、ティナ。やめて。お前の力でこれはやばい!」

 見ると、勇者キークの答えに当の魔王達まで驚いた顔をしている。まさか、勇者が自分達の申し出を受け入れるとは思っていなかったのだろう。

 それもそのはず。勇者達のパーティはそれなりにダメージを受けていたのだけど、それでもかなりの余力を持って、この魔王城の玉座にまで辿り着いていたのだ。それはもちろん、彼らが常軌を逸した超人的な力を持っているからでもあったのだが、それだけではなく、この魔王城の…… いや、魔王が率いている魔物の群に組織性がまったくなかった事も大きな要因になっていた。

 勇者達パーティはたった5人。流石にこの人数では、組織性を持った軍隊は相手にできないのは当たり前。連携攻撃されたり、休憩や回復の隙を与えないように矢継ぎ早に攻撃されたなら、いくら何でも攻略はできなかったはず。

 ところがどっこい、魔王城…… どころか、この魔王が支配する領域の魔物達は、ただただ彷徨っているだけなのだ。でもって、偶然に勇者達に回り逢ったのなら戦闘をすることはするのだけど、それはただそれだけで、仲間を集めようとか、何らかの戦略を立てようだとかはまったく考えていない。

 そしてそれはどうやら、この魔王城の中枢でも同じらしかった。いや、正確には知性や組織性を持った魔物もいるにはいるようなのだけど、そういった魔物の魔力や戦闘力は随分と低いようなのだ。

 流石に魔王本人の力は強いのだろうけど、勇者達5人を一度に相手はできない。見たところ、近くには他に強い魔物もいないようだ。ほぼ間違いなく魔王は敵わない。繰り返すけど、彼ら勇者パーティは常軌を逸した超人的な力を持っている。

 だからこそ、

 「はははっ 勇者よ、世界の半分をお前にやろう!」

 なんて台詞をさっき魔王は言ったのだ。訳すのならこの台詞は「国の半分をお前にやるから、命は助けてくれ」という意味になる。早い話が、魔王は勇者に取引を申し入れたってワケなのだけど。

 

 「イダダダ! イダダダ!」

 

 ポニーテールにしているティナの髪が揺れている。勇者の悲鳴が響いている。

 相も変わらずに呪法武闘家のティナが、その強固な拳で勇者キークの頭を挟みこみ、グリグリっとしているからだ。

 「この! この!」

 もしかしたら、ずっとやっている内に、当初の目的を忘れて、ティナはそれを楽しんでいるのかもしれなかった。外見はまだ少年のようなあどけなさを残す勇者キークが、拳固攻めに遭っている姿は妙に嵌っている。

 それをしばらく見つめてから、魔法使いのキャサリン・レッドが言った。

 「あのさ、キークはどうしてあの魔王の提案を飲もうとしたワケ?」

 彼女はいかにも魔法使いといった格好をしていた。大きなとんがり棒を被り、杖を持ち、暗い色のゆったりとした衣服を身に纏っている。

 キャサリンが見やると、魔王もその側近達も不安に満ちた表情で勇者達の様子を固唾を飲んで見守っていた。そりゃそうだろう。この決定如何によっては、彼らは皆殺しにされるのだから。気が気じゃないはず。

 そのキャサリンのを言葉を聞いて、一時的にティナは“拳固でグリグリ”を止める。拳で頭を挟んだままキークを見つめ、こう呟くように言った。

 「いや、この馬鹿の事だから、条件反射で何も考えずに答えたのじゃないの?」

 キャサリンがそれに返す。

 「確かに、キークは馬鹿だけど、直感力はあるじゃない? 今までに、その条件反射的な判断で何度か助かってるわよ」

 それは事実だった。キークの“思考ナッシング”な判断力は馬鹿に出来ない。考えると失敗するが。

 「ふん…… それもそうね」

 そうティナも渋々ながらそれを認めた。やっとティナの拳から解放された勇者キークは「ふぅ」と息を吐き出すと、キャサリンに向かってこう言った。

 「てぇか、キャサリン。そう思っていたのなら、さっさと言って止めてよ。ティナの拳固はイジョーに痛いんだから」

 「あら、ごめんなさい、悪意はないの。ただ、ちょっとばっかり、あなたのやられている姿が面白かったものだから」

 「悪意しかないじゃんか!」

 そう言い終えると、勇者は言った。

 「ああ、でも、分かった。答えるよ。もちろん考えはあるよ。魔王達の申し出を飲んで、世界の半分を手に入れたなら、少なくとも人口の約半分は幸せにする事ができる。だから、僕はあの申し出を受けたんだ!」

 悪い予感を覚えつつ、訝しげな表情でティナが訊く。

 「ほぉ。どうやって、世界の人口半分を幸せにするの?」

 「僕が王になったなら、国の全ての女性を僕の恋人にするんだよ! すると、当然、人口の約半分、つまり女性達だけは幸せにする事ができる!」

 「やっぱり、そんな理由だったかぁ!」

 そう叫ぶとティナはキークに向けて再び“拳固でグリグリ”をし始めた。

 「イタイ! イタイってティナ! 安心しなよ! 全ての女性って事は、その中には君も含まれている!」

 「それの、なにに、どー安心しろってのよぉぉぉ!」

 「イタイ! 本気でイタイ! ティナ、止めて! 止めて!」

 それからティナはしばらくキークに“拳固でグリグリ”をし続けた。そして、そろそろ当初の目的を忘れて、本気でただその行為を彼女が楽しみ始めた頃になって賢者のスネイルがこう言う。

 「あのさ、勇者のは飽くまで直感力だから、後になって理由を尋ねても、自分でもその理由は分からないのじゃないかな?」

 聞こえているのかいないのか、ティナは“拳固でグリグリ”をし続けている。

 「どーいう事?」とキャサリンは尋ねる。

 「そのままの意味だよ」とスネイル。

 「勇者の判断は正しいかもしれない。だけどその理由は本人は分からない。だから、もし理由を知りたかったのなら、こっちでそれを考えてやらないといけないんだな。

 めんどーだけど。

 さっきの女性がうんたらってのは、無視して良い戯言だと思うぞ。まぁ、いつもの事だけどさ」

 スネイルはそう言い終えると、皮肉っぽい雰囲気のある笑みを浮かべた。彼の外見からは全体的にやる気が感じられない。が、それが真実やる気がないのか、それともそういう風に見えてしまうだけなのかは分からない。まぁ、彼はそんな人なのだ。因みに、元遊び人で少しばかり今でもそんな雰囲気がある。

 「ちょっと待って!」

 と、そこで勇者キークが叫ぶように言った。

 「なに?」と、スネイルとキャサリンが異口同音に返す。

 「そーいう話し合いは、ティナの拳固を止めてからにして! このままじゃ、僕の頭に穴が空くよ!」

 その時、既にティナの目は尋常ではなくなっていた「ふんっ ふんっ」と鼻から息を出して。どうも、彼女は勇者の頭を拳固でグリグリすることに悦びを見出しているようだ。

 それを聞いて、スネイルは言う。

 「あ、すまん、すまん。悪意はないんだ。ただ、お前が苦しんでいる姿を見るのが、ちょっとばかり面白かったもんだから」

 「だから、悪意しかないじゃんか!」

 それまでの流れを受けて、魔王の部下の一人(?)がこう尋ねた。

 「あの…… どうしていきなりコントをし始めたのでしょうか?」

 キャサリンが答える。

 「あ、これ、いつもの事なんで、気にしないでくださいな」

 ペコリとお辞儀をする。

 

 「……まぁ、順当に考えるとだな」

 と、賢者スネイルが言った。

 魔王達に会話を聞かれないように、少しばかり離れてからの発言だ。

 「やっぱり理由は、現国王の圧政にあるのじゃないかと思う。このままオレ達が魔王を倒したとしても、あの国王が国を牛耳るのだったら、やっぱり明るい世の中なんてものはやって来ないだろう」

 ティナが続ける。

 「問題は国王だけじゃないけどね。大臣とかその他周辺も、自分達の私服を肥やす事にばかり熱心だもの。

 あれじゃ、当然、世の中は悪くなる一方だわよ」

 「だな」とスネイル。そこに続けて、キャサリンが言った。

 「ワタシ達が魔王を倒しても、やっぱり苦しい世の中がやってくるってだけなのね。下手したら、皆が不満に耐え切れず革命が起きて、国と国が分かれて、辛く長い戦乱の世の中がやって来る。魔物達との殺し合いが終わった途端、人間同士の殺し合いが始まるってワケね……

 魔王がいた頃の方が良かったなんて事になったら、笑い話にもならないわ」

 ティナが続けた。

 「つまり、キークが魔王の話を受け入れようしたのはだからだっての? どうせなら、わたし達で国を運営した方が、仕合せな世の中になるかもしれないから」

 ティナが言葉を終えると、皆はキークに注目をした。キークはその視線に応えるべく、拳を握りしめ、目をキラキラさせるとこう言った。

 「もちろん、僕はそんなよーな考えを持っていたんだよ!」

 それを受けると、全員がため息を漏らした。神託でもあるまいし、何をどう信用したら良いのかまったく分からない。

 一呼吸の間。

 「ところで、ゴウ。あんた、何もしゃべらなくて良いの? このままじゃ、あんた、読者からいないものとして扱われるわよ?」

 キャサリンがそう言った。勇者パーティの最後の五人目ゴウは無骨な“戦士”という言葉が似合いそうな男で、その外見通り肉弾戦を得意としている。

 ゴウは答えた。

 「俺はこういう話し合いは苦手だからな」

 「あら、そう? でも、あんた、この中で一番影薄いわよ、絶対に。ただでさえ、一度にたくさんのキャラが出ると、読者が混乱するから忘れられがちになるのに」

 それを聞くと、ゴウは手をパーにして振りながらこう言った(カメラ目線)。

 「ゴウでーっす。覚えておいてね」

 「あんたのキャラが未だにいまいち掴み切れないわよ、ワタシは……」

 と、キャサリンはツッコミを入れる。

 

 魔王…… “魔界”の侵略方法は、人間同士でやるような侵略戦争とはまったく違っていた。さっき書いた通り、そもそも魔王の率いる魔物達は組織性が皆無で、だから、指揮系統もなければ戦略と呼べるようなものもない。それは戦争と言うよりは、繁殖と言った方が正しかったかもしれない。

 表現するのなら、ある日、突然、近所に人間を襲う猛獣が現れるようになった、というような感じ。

 まぁ、そんな状態になったのなら、普通日常生活は送れないから、対抗するか、逃げるかをしないといけない訳だけど、ほとんどの場合、人間達は後者を選択した。だって、魔物達は強力な上に、大量に現れたから。一体、どーなってんだ?ってくらいに沸いて出てくる。当然、そうやって後退すれば、誰もいない土地ができてしまう。すると、その空いた穴を埋めるようにして魔物達は支配力を強め、更に侵略域を前に進める、そして、また人間達が退いた場所にもやって来る。

 人間が退けば、魔物が攻める。

 その繰り返し。

 ――で、そんなような繰り返しで、人間達は後退をし続けた結果、生活域がどんどん狭くなっていき、大ピンチに陥ってしまったのだった。国土の4分の1は既に完全に魔界の者達の手に落ちていたし、4分の2は人間の数が激減していて、もう真っ当な“社会”を維持できてはいない。後の残りも時間の問題。国の全域が、魔界に侵略されてしまいそうだった。

 そして、そんな状況下で、現れたのが勇者キークのパーティだったのだ。

 強力な剣と魔法の使い手の勇者キーク。

 その拳に呪を込めて戦う呪法武闘家のティナ。

 ニヒルな策士、魔法が得意で体術もこなす賢者のスネイル。

 スタンダードな魔法から、ちょっとアレな魔法・毒・呪いまで駆使する器用な魔法使いのキャサリン・レッド。

 無骨なパワーファイターのゴウ。

 どうやって手に入れたのかは分からないが、そんな超人的な力を持ってしまった彼らは、魔王達の支配域に突入し、遂には魔王城の中枢にまで辿り着いてしまったという訳だ。しかも、けっこー余裕しゃくしゃくで。魔王達がビビッているのも、まぁ、当然と言えば当然で、それで

 「はははっ 勇者よ、世界の半分をお前にやろう!」

 なーんて提案をするしかなかったのかもしれない。

 王国は既に虫の息で、だから魔王が「勇者に国を明け渡すのなら、魔物の群を国土の半分からは撤退させよう」とそう言えば、それに従うんじゃないかってのは充分に考えられることだった。もしも勇者に支配欲求があるのなら、これを受け入れるだろう。でも、勇者キークはよく分からない男で、どうもそんな俗な考えを持っていそうには思えない。

 だから、もちろん、それは魔王達からすれば一か八かの賭けだったのだけど。

 順調だった侵略が、まさかこんな形で脆くも崩れ去るとは…… なんて、彼らは泣きそうになっていたのかもしれない。

 ところがどっこい、

 

 「分かった。世界の半分を僕にクレ!」

 

 と、難しそうだという魔王達の予想に反して、勇者キークは、その提案を呆気なく飲んでしまったのだった。そしてそれから彼ら勇者パーティは、何故かいきなりコントをし出したり、コソコソと何かを話し合ったりしていたのだけど、結局は魔王の提案を受け入れてくれたのだった。

 

 「では、既に我々が完全に支配している領域と、ほぼ人間達が撤退している領域は魔王領とし、その他のまだ人間達が暮らしている領域に関しては、そちらの勇者キーク領という事でよろしいでしょうか?

 つまりは、先に魔王様が仰られた通り、世界の半分は勇者キーク様のものになるという事になりますが」

 

 そう魔王の側近っぽい魔物が言った。顔はどう見ても鳥だが、魔物達の中ではどうやらかなり知性がある方らしい。真っ当に勇者達と話し合えている。

 勇者パーティと魔王達との交渉は意外にすんなりと終わった。もちろん、互いの領土は侵略し合わないという約束もしている。魔王領となる場所にまだいる人間達を勇者領に避難させるかどうかで多少は揉めたけど、それも勇者が剣をちらつかせたら一気に話が進んだ。避難させるで、合意が取れた。

 どうも魔王達は勇者達に本気でかなりビビッているよう。

 無事に契約がまとまると、勇者パーティはさっさと帰っていった。去り際に賢者スネイルが「もし、約束を破ったら、すぐに殺しに来るからね」なんて捨て台詞を残していったので生きた心地がしなかったが、魔王達にしてみれば計画通りだ。

 「取り敢えず、上手くいきましたね、魔王様」

 そう、鳥のような顔をした側近が言う。彼は背が小さいので、大きく魔王を見上げるようにしながら続けた。

 「勇者達がこの停戦協定に安心している間で、我々は組織性を手に入れましょう。力は弱くとも、社会性を持った魔物もいることはいますから、奴らを中心に国をつくれば、きっと勇者達に対抗できる軍隊を育てられます!

 軍隊が完成したなら、停戦協定などさっさと破棄して、また侵略開始です!」

 それを受けると、魔王は「フフフ」と不敵に笑う。そして、こう続けた。

 「でも、そんなに上手くいくかなぁ? コンドル。なにせ、初めての事だし」

 えー!

 と、心の中で叫ぶ周囲の魔物達。

 「そこは強気で行きましょうよぅ! 魔王様! 折角、悪役らしく悪巧みをしているのが台無しです!」

 コンドルと呼ばれた側近は、そんな魔王に対して、そんなツッコミを入れた。

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